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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の巫女
210/217

兄君って……

 やだなぁ。

 妹君の視線は俺に向いてないってのに、背中までぞわぞわしてきた。

 兄君とアールテイは何の変化もなし。というか、むしろ納得したわってスッキリした顔しているんですけど。



 んん? けど、あれ?

 いつか見た夢? みたいなもので、我が巫覡ディンガーに良く似た青年── たぶん、蒼炎カエルライグニーだった上の兄君 ──との会話で、妹君は『ルーを庇った』とかなんとか言ってなかったっけ?

 話のつじつまが合わない、と頭を捻っている俺に呆れた兄君の声が届く。



「ニィ、どういうことだ?」


「あの会話を覚えていて、違和感を持ったのでしょうか。あの方、鋭いですわね」


「あいつはああ見えて、けっこう賢いんですよ、姉上」



 なんかひっかかる会話だな、と顔を上げたら兄君と妹君とアールテイが俺を見ていた。

 鋭いとか、ああ見えてって俺の事か。



「さて。あの侍従ディジャーが言う、ニィがルーシェムを庇ったという話は本当なのか?」


「エゥヴェお兄様だって、あの場を見ていたでしょう。人形のルーシェムなんて居なかったのだもの、嘘に決まっているじゃありませんか。お母様にお願いして、最後に到着したカルゥお兄様の記憶を、ルーシェムを庇うわたくしを遠くから見ていたと改ざんしていただいたのですわ」


「なんでまた、そんな事を?」


「あの頃のカルゥお兄様はルーシェムがすべてで、それ以外はどうでも良かったでしょう? わたくしたちを殺そうとしたんですの、と話したところで『そう?』で済ませられてしまうもの」


「むしろ、『次はルーに手を貸さなくちゃね』なんて笑うだろうな」



 恐ろしい言葉が聞こえたんですけど。

 


「ええ。実際に言われたこともありますわね」



 えらい殺伐としたきょうだい関係だ。でも、あの別れの場面は仲よさげな雰囲気だったのに。

 そう思うを見て、小さくため息を吐いて妹君は言った。



「ルーシェムがおかしくなったあたりで、カルゥお兄も狂ってしまいましたの。魂を半分に分けて紅天ルフスエルムを助け、異能(ちから)だけをカーリィねぇさまに与えて消えて行った方のカルゥお兄様は、狂っていない方だったんですのよ」


「紅天にルーシェムの記憶は、ほぼ無かった。ルーシェムにとってもカルゥ兄上はすべてで、人形を取れなくなっても兄上以外には誰にも触れさせなかったんだ。それが……」



 アールテイはそこで言葉を止めて、ちらっとフィダを見る。アールテイの視線に気が付いたフィダが、ぽそっと言った。



「紅天は俺を選んだ」


「そう。天馬調教師カエルクスマネジャレのイーネルトに支配されていたといはいえ、ルーシェムとしての記憶があれば誰も選ばなかったはずなんだ」


「だから、蒼炎はいつも俺に対して厳しかったのか」


「自分が選ばれなかったからって、インフィウム様に嫉妬していたんですのよ。馬鹿なカルゥお兄様」


天馬カエルクスではなく人間(ひと)として生まれていれば、兄上が選ばれたんじゃないのか」


「選ばれなかったと思いますわ。それが、ルーシェムを抑えられなったカルゥお兄様への罰なんですもの」



 兄上の問いに断言した妹君は、先を促す視線を受け止めて続けた。



「馬鹿なことしかしないルーシェムを抑えるのがカルゥお兄様の役目でしたのに、役目をまっとう出来ない、しないカルゥお兄様ですもの。お怒りになったお母様が、罰を下されたんですわ」



 どんな?と、やはり視線だけでアールテイに問う兄君に、アールテイが静かに答えた。



「カルゥ兄上がルーシェムを抑えられなかった分、兄上への想いや思い出をルーシェムの記憶から消すという術をかけられました」


「やはりカルゥお兄様はほとんどルーシェムを抑える事ができなくて、わたくしやアールテイが回避した事件の重さや数などで重要な記憶がどんどん消えていきましたわね」


「その結果、ルーシェムからカルゥ兄上と恋仲だったという記憶は完全に消えました」


「はは。兄上は俺がくだばりそうになってニィが生まれなおすまでの短い期間に、ルーシェムから兄上の記憶が無くなるまで止められなかったのか」



 情けなさすぎだろ、と笑いを含んだ兄君の言葉だが、唇の端がひきつっている。



「ルーシェムと共に、カルゥお兄様も狂ったのでしょうね。ルーシェムは、カーリィねぇさまを憎む理由を忘れてしまって、感情だけで行動しているみたいでしたから」


「それを正そうとしない兄上も情けないなぁ」


「昔は正そうとしていたよ、兄上。ルーシェムが聞いてなかっただけ」


「あいつ、思い込みが激しいもんな。で、兄上は半分になって、やっと正気に返ったのか」


「ええ。半分はルーシェムと同化して、消滅していきましたわ。わたくしがお別れした方のカルゥお兄様が言うには、幸せなことだそうでしてよ」



 妹君は言葉の穏やかさとは程遠いくらいに、憎々しげな表情で語る。



「お前、なんていう顔してるんだ。兄上が幸せと言うんだから、祝ってやればいいじゃないか」


「あら、嫌ですわ。あれだけ好きに生きて迷惑をかけてきたというのに、あのクソ……ルーシェムが最後は幸せに消えただなんて許せません」


「いや、俺はルーシェムじゃなくて兄上をだな」


「あぁ?」


「いや、なんでもない」



 なんか、女性にあるまじき低くてすごい反応が聞こえた気がする。隣のフィダの手が小刻みに震えてるのは気のせいじゃないと思う。反対隣のイヴは良い笑顔だ。

 それにしても……



「蒼炎だった兄君って……ヘタレすぎん?」



 ついうっかり、頭で考えていた言葉が口を飛び出ていった。

 またもや深く思考していたらしく、見えるのは俺の足。

 やべぇ、怖くて顔を上げられない。

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