憎む理由は
とても重大な情報が、これでもかと詰まった話だった。
わりと軽い感じで話す妹君に対して、内容は口調ほどに軽いものじゃない。兄君とアールテイ以外の皆は、何かしら考えている風だ。
我が巫覡は心配そうな表情で巫女を見つめ、彼女を支える腕に力が入っている。
「なんだ、俺のくたばり方に文句を言っていたが、ニィだって俺の事は言えない状態じゃないか」
「エゥヴェ兄上、カーリィ姉の傷まで受けてたら無理ないと思うけど」
「いいの、アーフ。エゥヴェお兄様の言う通りよ、分体なのだから痛みくらい遮断すれば良かったの。情けないったらないわ」
「ニィ姉さま。そこまで深く同調している分体の痛みを遮断するなんて改造を施したら、何が起こるかわからなかったよ。絡まった糸が更に魂を縛る可能性もあったんだし、無理ないと思うよ」
「それはそうなんだけれど、あの程度なら多少食い込んできても引きちぎれたのよ。最悪、分体を捨てれば良かったのに…… カーリィねぇさまにあんな顔させるなんて、大失態してしまったのが悲しいの」
「さっきの話の最後の方、だいぶ端折っただろ。ニィ、もっと詳しく」
椅子に肘を着いて顎に手を添え、砕けた姿勢の兄君が妹君を見据えて気だるそうに言う。
妹君はそんな兄君を見て、話を躊躇っている様だった。
「ちゃんと話をした方がいいよ、ニィ姉さま。陛下も言っていたけどさ、彼らも聞いて理解しておかないと、またカーリィ姉が混乱したとき何の対処もできない」
歯軋りが聞こえてきそうなくらい悔しがる妹君へ、落ちついた声音でアールテイが言う。
自分の事を『私』といったり抑揚を抑えた口調は、まるで巫女が皇宮に来る前のアールテイだ。
「なんだ。あの喧しい口調は演技だったのか、アーフ」
「私はエゥヴェ兄上の弟で長い間あんな感じだったけど、あの口調で生活していたのはニィ姉さまから言われたからだよ」
「ふぅん?」
アールテイは皇宮の筆頭文官の頃の様に静かだ。ほんと、最近の元気な少年どこいった?
妹君は目を細めて己を見る兄君を一瞥し、眉を寄せて溜息を吐いて言った。
「仕方なかったの。フィアウェル様の件があってからカーリィねぇさまの意識は閉じられてしまって、やんちゃだったアーフがこんな風に落ち着いたのを知らなかったのですもの」
ちらっとアールテイを見る妹君に、アールテイは肩を竦めて首を振る。うーん、さっきまでなら溌剌と返事をする場面だ。物静かなアールテイの方が付き合いが長いはずだが、違和感がすごい。
「カーリィねぇさまが目覚めて、アーフがこの口調で『カーリィ姉上』と話かけた時、カーリィねぇさま何て言ったと思います?」
「どなた?とか聞きそうだな」
「まさにそれですわ。『弟に似ている方ね』なんて、にこにこ笑っていらしてアーフと困惑しましたもの」
「姿を少年に戻して、わざとらしい抑揚で『カーリィ姉』と言うまで、私をアーフだと認識してくれませんでした」
それもう、今の我が巫覡より無表情じゃね?っていう位に無表情でアールテイが続く。
はぁ~、と風が起きそうなほど大きなため息をつきつつ、ゆるく頭を振って妹君がふたたび口を開く。
「あれからかなりの時間が経ったのだと、カーリィねぇさまは認められなかったのです。だって、記憶のない時間が長いなんて自覚したら、なぜそんな事態になったのかと考えてフィアウェル様の事を思い出してしまうでしょう?」
「カーリィはそこまで弱くなかったはずだが」
「カーリィという方は、弱くはないけれど強くもない方ですわ」
「確かに。カーリィはきょうだいの中で、いちばん割をくっていたな」
「ねぇさまの上も下も、揃いも揃って好きな事しかしない奴ばかりですものね」
「その通りだな」
妹君は足元を見て、もうひとつ小さくため息を吐く。
「あの時のわたくしは、死んではいませんでしたが結構な重症でした。おばあ様とおじい様が移転してくる気配を感じていましたから、分体を死なせることはないと安心したのは確かです。まだ泣き叫んでいるカーリィねぇさまを安心させる為に、倒れたままでしたが笑いかけたんです」
「俺の身体はそのままだったのか?」
「ええ、何も見ていない虚ろな目がねぇさまの方を向いていました。足元には倒れたわたくし、少し離れた場所にこちらを見て事切れているエゥヴェお兄様でしょう? 笑ったのは逆効果でしたわ」
カーリィねぇさまの悲鳴が酷くなるだけでした、と頭を落とす妹君。
あ、それはいかん場面だ。たぶん『虚ろな瞳』っていうのが、やばい条件のひとつなんだろうな。
「その上、異常な気配を察したおばあ様とおじい様、そしてお父様まで移転してきたものだから、フィアウェル様の事件の状況にとても良く似たものになってしまって、収拾がつかなくなりましたの」
「私が現場に着いたとき、カーリィ姉は頭を掻きむしって泣き叫んでいました。もう意味のある言葉は少なくて『ウェルお姉さま』とか『ウェテ兄さま』という言葉と、エゥヴェ兄上とニィ姉さまの名前だけがまともな言葉だったと思います」
「腹部の怪我を優先的に塞いでから、カーリィねぇさまを抱きしめてエゥヴェお兄様の姿を隠したのですけれど、あまり効果はありませんでしたわね」
「最後に到着した母上がカーリィ姉を眠らせて、やっと落ち着きましたよね」
「あれを落ち着いたと言っていいかは分からないけれど、叫ぶのは止まったわね。カーリィねぇさまは眠っているはずなのに、ずっとうなされてフィアウェル様とコンニウェンテ様に謝っていて……もう何をどうすればカーリィねぇさまが安らぐのか、分かりませんでしたわ」
右手で目を覆うように当てて力なく言葉が無くなっていく妹君に、兄君が続けた。
「やっと理解した。ニィがルーシェムを憎んでいるのは、あれがカーリィを壊したからなんだな」
覆った指の隙間から、組んだ足を解き崩れた姿勢を正してはっきり言う兄君を睨む妹君の瞳が、今までになくギラギラと輝いているのは気のせいだろうか。




