悲鳴2
大丈夫ですわ、本当にもう少しですのよ。
結局カルゥお兄様とルーシェム、そしてネウティーナも当然、両親と祖父母── わたくしも、ですわね ──に殴られてそれは痛い目にあったのでした。
お母様以外は殴るだけでしたけれど、お母様の怒りは凄かったわね。あれも最初におじい様がネウティーナを殴っていた時と同じくらい、怖くて忘れられないわ。
そうは仰いますけれど、エゥヴェお兄様もアーフも同じじゃなくて? だってあの時、見てるだけで動けなかったでしょう?
思い出しまして? ほら、わたくしの言う通りじゃありませんの。
お母様が何をしたか、ですか。ルーシェムにに呪いをかけたんですの。呪いというか、宣言したんですわ。『これ以降、人形を取るは能わず』と。
そんなに簡単に、と思われるでしょうけれど、力ある神の言葉ですよ。放たれた言葉は事実にりますわ。
ルーシェムはそんな事でへこたれるわけもないク……愚か者でしたし、カルゥお兄様もルーシェムがどんな姿をしていようとも構わない変た……もの好きでしたから、あまり罰にはならなかったんでしょうね。
本当に、ルーシェムは懲りるという事を知らない馬鹿でしたわ。
あの頃からエゥヴェお兄様はいつもどこかを放浪して、フランマテルム王国へ寄りつかなくなっていました。
嫌ですわ、今はもうお兄様があちらへ行かれたって知りましたけれど、あの頃のわたくしたちはお兄様がふらふらしているって思っていたんですってば。それに、あちらへ行く前は本当にあちこち放浪していた訳でしょう、嘘は言ってませんわ。
せっかくプロエリディニタス帝国で生まれたのに、カーリィねぇさまは次の生でわたくしを開放するべくフランマテルム王国へと生まれ戻ってしまいました。そして、カーリィの記憶を取り戻すと、わたくしに絡む鎖を解きほぐすためにあらゆる手を尽くしてくださいましたの。
むしろプロエリディニタス帝国やグラキエス・ランケア帝国で人生を繰り返してくださっていたら、自力で解呪できたのですけれど。
カーリィねぇさまはお優しいから、自分だけ自由になることは出来なかったのでしょうね。ですからカーリィねぇさまが寿命を迎えて次に生まれるまでに、気が付かれない最大限のところまでネウティーナの術を解いておきました。
カーリィねぇさまは何度か生まれては寿命を迎えるのを繰り返して、今のカリタのひとつ前の生で、とうとうほぼ解呪できるまでになったんです。
それまでにもルーシェムが邪魔しにきていたので、おばあ様のお力が満ちるフラエティア神殿の祈祷所で解呪を行っていたのに、またしてもあの汚物が!
誰にも気が付かれない様にアーフにだって内緒にしてたっていうのに、あの馬鹿が嫉妬の女神ラエティルミスを連れて乱入しやが…… アーフ、なに?!
あ、やだもう。また興奮してしまったわ。どこまでも呪うクソ女だわ……
ごほっ、失礼。
あの時のルーシェムは鳥の姿でしたっけ。カルゥお兄様に造らせた術具らしきものを持っていたので、カルゥお兄様には乱入を隠していたみたいでしたわ。
ラエティルミスはわたくしたちが大事にする『カーリィ』を妬んで妬んで羨んでいたものだから、どうにかしてカーリィねぇさまを傷つけたいルーシェムと利害が一致したんでしょう。
乱入した直後にラエティルミスから放たれた衝撃波は、人間どころか神々をも傷つけられる程でした。
ええ、狙いはカーリィねぇさまじゃなくて、わたくしだったのだから当然よね。
わたくしを狙えば、人間には向けられない程の力を込められるでしょ。実際、ラエティルミスってば手加減なしで殺傷術をぶっ放してきたもの。本当に、誰の入れ知恵だったのかしら。
いやだわ、アーフ。わたくしがカーリィねぇさまを庇わないなんて、有り得なくてよ。あいつ等はそれを狙って攻撃してきたのだし。
死ぬのは── わたくしは実際には分体が消滅するだけですが ──わたくしだけでも、お姉さまごとでも構わなかったみたい。
あら、わたくしだけが死んだらカーリィねぇさまがとても傷つくでしょ。そう、そういう陰険な考えだったみたいね。
鳥のくせにあの時のルーシェムの表情といったら…… やっぱり、こっそり紅天を殴っておくのだったわ。
手? わたくしの手がどうしたっていうの、あらやだ血が出てる。はい、これでいいわね。
かなり周到に用意してたらしく、術が放たれるまで気が付けなかったわたくしは防御壁を構築する時間が無くて、カーリィねぇさまを背後に庇うしか出来なかったのでした。
それで、あちらから帰還したばかりのエゥヴェお兄様がわたくしたちとラエティルミスの間に飛び込んで来た、というのがカリタの前での出来事ですわ。
結果、悲惨なフィアウェル様の最期を思い出してしまったカーリィねぇさまは……
いいえ。エゥヴェお兄様の消滅の仕方が、カリタお姉さまの記憶みたいに塵になって消えるって綺麗なものだったら、こんな事にはなっていませんわよ。
それはもう凄惨な状態でしたもの、カーリィねぇさまの記憶が蘇ってきても仕方ないと思います。
はい巫覡、何です?
あの時の状態を知ってどうするのです、どうにもなりませんわよ。
この先に備えるって…… この先、ね。ふふ、その気概や良し、ですわ。
あの時のエゥヴェお兄様の身体にはいくつも穴が空き、全ての穴から血液が流れていました。相当な苦痛があったでしょうに、そんな素振りはまったく見せずエゥヴェお兄様は綺麗に笑って事切れました。
さすがに怒りが湧いたわたくしは、鳥の姿のルーシェムを炎で串刺しにして結界に封じて、次いでラエティルミスの身体を数個の物体に分割しましたわね。
つい思いきり能力を使ってしまったわたくしも、疲弊して倒れてしまったのが痛恨の失敗でした。
茫然と前に倒れ込んだエゥヴェお兄様の身体を見つめていたカーリィねぇさまが、倒れたわたくしを見て絶叫してしまって……
ええ、だから失敗と言ったじゃないの。そうよ、わたくしの腹にも大きく穴が空いてたのよ。
大丈夫です、カーリィねぇさまに傷のひとつだってつけさせなかったわ!
あ、はい。調子に乗りました、ごめんなさいエゥヴェお兄様。
ええ、はい。エゥヴェお兄様の仰る通り、カーリィねぇさまが傷ついたらわたくしに転化する術を掛けておきましたので、ふたり分の傷のせいで思ったより大きな穴になってしまった、というのが事実です。




