悲鳴
デブの襲来から、かなりの間は穏やかな日々が続きました。
ネウティーナやクピフィーニートのちょっかいや、あちらから送られてくる厄介者も居ましたが、ことごとく撃退と捕獲をしてコンニウェンテ様とカーリィねぇさまには平穏を差し上げられたと思います。
とはいえ、カーリィねぇさまはわたくしたちが起こすあれこれの後始末で、あまり安らかだったとは言いにくいのですけれど……
まあ、エゥヴェお兄様ってば。そう仰いますけれど、お兄様はあちこち放浪するって言って逃げてたじゃありませんか。お兄様が立ち寄った先での揉め事を収めたのは、やはりカーリィねぇさまでしてよ。ねえ?
ええ、お分かりになればよろしいのですわ。
過ごす日々は穏やかでも、コンニウェンテ様の状態は悪化するばかりでした。
カーリィねぇさまもわたくしも成長してしまい、フィアウェル様が穏やかに過ごしていると記憶を置き換えることが出来なくなったせいもあるかもしれません。
コンニウェンテ様の希望もあり、ある場所で封印状態で深く眠っていただく事になりました。
祖父母と両親、そしてコンニウェンテ様自らが幾重にも施した結界に囲まれた場所は何者も侵入できず、目覚めさせる事も不可能なものになりました。
その結果、大結界内の調和が乱れても調整する術も封じられてしまったのでした。
両親と祖父母は残されたカーリィねぇさまを護るため、マテルムを中心にふたつの帝国を興しました。
ニタスは両親が人間の世界へ顕現するためのプロエリディニタス帝国へ、グラキエスはカルゥお兄様が顕現するためのグラキエス・ランケア帝国へ、その間にあるマテルムはカーリィねぇさまの為にフランマテルム王国へと成ったのです。
わたくしは常にカーリィねぇさまの傍に居ますもの、当然フランマテルム王国に顕現しやすいようにしていただきましたわ。
エゥヴェお兄様はどこでも可能、アーフはフランマテルム王国を治めてもらいたかったのでわたくしと同じでしたわ。
プロエリディニタス帝国の主神をサルアガッカお父様、グラキエス・ランケア帝国の主神をエイディンカおじい様、フランマテルム王国の主神をエイデアリーシェおばあ様としたのは我々が顕現しやすくする為に、各々のお力を浸透させるためでもあったのですわ。
あれは、今でも正しい判断だったと言えます。特におばあ様と相性の良いカーリィねぇさまは、思った通りとても精神と能力が安定しましたから。
『巫女』という言葉もカーリィというひとのための呼称でした。
炎と氷と戦と風の巫女。もうその頃には神々と詳細に意思疎通できる人間──『御使い』──は絶えて久しく、巫女と呼ばれるひとがカーリィだと理解できる人間は居らず、カーリィねぇさまを隠すのにとても便利な呼称でしたわね。
フランマテルム王国では炎の『巫女』、グラキエス・ランケア帝国に居るときは氷の『巫女』、プロエリディニタス帝国へ赴けば戦の『巫女』。
これがすべてひとりを指す言葉だと知っているのは、我々だけ。いくら『一族』の主神がカーリィを取り込めと指示しても、そのカーリィはフランマテルム王国に匿われているとしか情報がありませんものね。
巫覡だとか巫覡という呼称は、カーリィが不在時におじい様やおばあ様の声をしっかりと聞けて、お能力を貸していただいても使いこなせる者が現れたからです。
人間の生命は短い。大結界内が安定して幾度も代変わりすると、カーリィねぇさまはフランマテルム王国の外へ行きたいと望むようになりました。
人々が愛し合い家族を作るのが眩しくて羨ましいのだ、と。自分も愛しいと思えるひとを見つけたい、と言うのです。
子孫に紛れて顕現したアーフがよく治めた王国でしたが、王国の末裔は『巫女』が王国の最上位にあるのを煙たがるのが鬱陶しい、というのもあったと思いますけれど。
もちろん、わたくしも密かに付いていくつもりでしたわ。それが叶わないのならば、守護神として肉体を持たずこっそり付きまと……んんっ……ええと、お守りしようと思っていましたの。
人間として生まれなおすにも色々方法はありますが、手っ取り早いのは人間としての分体を子供を望む母体へ人間の卵として送り込むことです。
嫌ですわ、元から母体に存在する卵と取って代わるなんてさせません。
両親や祖父母を敬うひとの中で子供を大事にしてくれそうな方、そんな方が子供を望みまだ子を宿していないところへ送るのです。
あなた、わたくしをそんな非道をすると思っていますのね。ええ、良いですわよ、非道でも外道でも。望みを叶えるために手段は選んでいませんからね、間違いとは言い切れませんし。
カーリィねぇさまの希望はすぐに唯の人間として生まれる事でしたが、例え人間として生まれても炎を操れる稀有な能力は消えず、他国でも『巫女』として扱われることは間違いない事を説明して、父の権力の及ぶプロエリディニタス帝国へ送ることになりました。
あの頃からグラキエス・ランケア帝国も思い違いをし始めていたのもありますが、カルゥお兄様は信用ならなかったので。
プロエリディニタス帝国は遠く、送り込む母体を探すのにはとても集中力が必要でした。しかし、中央神殿の最奥部に居たことで油断してしまったのです。
わたくしは術を練るのに集中していましたし、カーリィねぇさまは術に委ねるつもりで全ての術具と守りの術を外してしまっていたのですから。
それでも、カルゥお兄様とアーフがわたくしたちを結界で守っていたので、外部から誰かが入り込むことは不可能なはずだったんです。
ええ、カルゥお兄様が結界を解かなければ、侵入を拒もうとするアーフの邪魔をしなければ、守り切れるはずだった。クソ女が手引きしなければ何事もなく終わったのに。あの、馬鹿の、所為で!!
あ、あら……またもや興奮してしまいましたわ、ごめんなさいまし。
もうお分かりでしょうけれど、ルーシェムがネウティーナを手引きして移転してきたのですわ。カルゥお兄様は基本的にルーシェムのする何事も否定しないので、簡単だったでしょう。
ネウティーナは魂を王国へ縛る術をカーリィねぇさまへ放ちました。
術を止められないと判断したアーフはネウティーナとルーシェムを昏倒させ、ただ傍観するだけのカルゥお兄様を拘束して両親を呼びました。
今思っても手早かったわ、すごい手際だったわよねアーフ。素晴らしいわ! 本当よ。
ええと、わたくしは術を完成させていたので、カーリィねぇさまを突き飛ばすと同時に術を放ちました。ええ、ですからネウティーナの術はわたくしに掛かったのです。
カーリィねぇさまも無事に転生できましたわよ。
でも、あの時のカーリィねぇさまの表情と悲鳴は、今でも忘れられません。
ネウティーナの術は魂にも干渉するものでしたから、絶対にカーリィねぇさまには当ててはいけないものでした。
カーリィねぇさまは自分で自分の魂に制限をかけている状態で、しかも本体ごと顕現している状態なのに、ネウティーナの術が掛かったらどうなるか…
わたくしは分体ですから魂に影響を与える術でもネウティーナごときの行使する術など、強引に引きちぎっても大した衝撃も損傷もないのですけれどね。
ですからカーリィねぇさまが王国に不在の間に術を弱めておりましたよ。
違う? ああ、馬鹿者どものことですか。
カルゥお兄様とルーシェムの顔は形が変わっていたわ。お父様は当然だし、おばあ様もおじい様も、あの時はお母様もたいそうお怒りで…… そうよね、アーフ?
わたくし? 当然でしょう。誰よりも早く全身打ちのめした記憶があるわ。
インフィウム様、もっと大きな声で仰いなさいな。何です?
あら、よくお分かりで。
おふたりとも顔の形が変わるたび、治してさしあげましたわよ。ええ、傷だけは。
痛み? 当然、そのまま残しておきましたわ。そうでもないと反省しないんですもの。まあ、残しても反省しなかったんですけれど。
見た目がましになるだけ、良いでしょう?
皆さま、顔色が悪いわよ。もう少し続くのですから、頑張ってくださいましね。




