狂う者たち
フィアウェル様の最期を思い出されて半狂乱になったコンニウェンテ様が司るのは『調和』ですもの、そのうえ『増幅』のカーリィねぇさままで居合わせたものだから、その場は乱れに乱れて混乱の極みでしたわ。
おかげで、あのデブも本来の能力を発揮できずにはいつくばっていましたけれど。ほんっと、いい気味だったわ。
まあ、エゥヴェお兄様ったら。わたくしが力いっぱい踏みつけても小さくて軽かったですから、なんの衝撃も与えられず悔しいだけでしたわよ。四肢を地面に縫い留めたお兄様が、心底うらやましかったですわ。
まあぁ、では侍従どの、貴方は巫覡がお兄様だとして、弟の自分がお兄様より成長するのを良しとしますの?
そうでしょう? わたくしは、いつでもカーリィねぇさまの妹なのです!
ご理解いただけて、嬉しいですわ。
あら、本当だわ。話がそれてしまいましたわね、ごめんなさいまし。
きょうだいの中でもカーリィねぇさまに並ぶ戦闘力を持つエゥヴェお兄様が居られたのと、戦闘力の塊ともいえるカーリィねぇさまと、半狂乱になってもお父様に匹敵する程にお強いコンニウェンテ様でしたから、何事もありませんでした。
おばあ様とお父様が早急に戻ってきてくださったし、おふたりとも恐ろしく怒ってましたからデブは瞬殺でしたわ。本当に、口を開く間を与えずに塵にしてましたものねぇ。
いま思い出しても震えがきますわ。
醜い悲鳴のあと塵が消えていく中で、コンニウェンテ様はカーリィねぇさまを抱きしめ機嫌よくにこにこ笑っていらして、表情のないおばあさまと満面の笑みのお父様という状況はとても怖かったですけれど、その時おじい様がルーシェムを引きずって現われたときの気配といったら、もう……
はぁ、いまだに鳥肌がとまりませんわ。
ええ、そうなのです。デブをそそのかした愚か者は、カルゥお兄様の恋人ルーシェムだったのです。
ルーシェムはカルゥお兄様への執着やら束縛がそれはもう酷くて、わたくしたち── 特に、問題解決に奔走するたびに窮地に陥るカーリィねぇさま ──を煙たがっていたんです。
カルゥお兄様ってば、ルーシェムを愛するあまりそういう束縛に喜びを感じる変態でしたから、相性は良くて問題は無かったのですけれどね。
でもカルゥお兄様はきょうだいの事も大事にしていて、何か問題があれば助けてくれていました。ルーシェムは、そんな事でふたりの時間を取られるのが面白くなかったのでしょう。
とはいえ、その問題の半分はカルゥお兄様とルーシェムのお互いしか見ない事が原因で、カーリィねぇさまが解決に奔走していたっていうのに。恩知らずだったらありやしないわ、あのクソ女。ほんっとうに、それなのにルーシェム、あいつ最後の最期まで……!
何よアーフ。あっ…… ごほっ……んんっ。言葉が乱れてしまいましたわね、失礼しました。
ええと、あの時のルーシェムはおじい様にぼこぼこに殴られて、しばらくの間氷漬けの刑でしたかしら。暢気にルーシェムを待ちつつ結界の補修をしていたカルゥお兄様は、残った問題解決と結界に突撃して暴れていた神々を拘束してあちらへ送り込む役目を言い渡されていましたわよね、エゥヴェお兄様?
だって、カーリィねぇさまが心配だったしおばあ様とお父様が怖くて、あまりよそ見したくなかったんですもの。他の事のなんて覚えていませんわよ。
あら、エゥヴェお兄様も? デブの侵入を防げなかったから、あらまあ。
ええ、あのとき捕えていたあちらの乱暴者の半数も送り返したそうですわよ。遠見していたお父様の記憶だと、あちらの中央部もかなり混乱していましたわね。
犠牲? 全員が無事ではない様でしたかしら。それが何か?
あら、なんとも思いませんわ。
『結界』だけでなく『均衡』や『親和』などの資格を持つあちらの新しい要神は戦闘力が心もとないのかどうか知らないけれど、厄介事を余所へ押し付け遠ざけるだけの卑怯者ですもの。
持てる能力で彼らを掌握すれば、こちらにこんな迷惑はかからなかったのだし。同じくこちらから厄介者を押し付けられても仕方ありませんわよね?
当然、対策はしています。再移転してこない様に、再移転防止の術具を装着させて送りだしていますわ。
あちらの人々にとってどれだけ偉大で素晴らしい要神だとしても、わたくしにとっては矮小で卑怯者ですわ。
あの時と今の大混乱は、いい気味だとしか思いません。
いえ、しっかり確認はしていません。けれど、お父様のことだもの、いままで大事に封印していた厄介者たちをいっきにあちらに送ったのではなくて?
うふふ、アーフの顔からして本当に送ったみたいね。様を見ろ、ですわ。うふふふ。
あらいやだ、わたくしったら。いけない、いけない。
デブの来襲でカーリィねぇさまの記憶はさらに混乱してしまったし、それ以降コンニウェンテ様もカーリィねぇさまとフィアウェル様を混同する事もしばしばありました。
容姿の見た目はわたくしがフィアウェル様に良く似ていたので、カーリィねぇさまを可愛がりつつもわたくしを見て切なそうな顔をするのです。
なかば狂ってしまったコンニウェンテ様はカーリィねぇさまが側に居ると精神が安定していたので、彼らを保護するためにも一緒に過ごしてもらうことになりました。
とはいえ、コンニウェンテ様はほとんど眠っていらしたので、目覚められたら暫くカーリィねぇさまと過ごし、しばらくしたらまた眠るという生活でしたが。
コンニウェンテ様が目覚めている間、わたくしはコンニウェンテ様の目に触れぬよう離れて過ごしていました。
いえ、わたくしが近寄るとコンニウェンテ様の瞳が金色になってしまうんです。せっかく眠って狂気を抑えて瞳が茶色に戻っても、フィアウェル様を彷彿とさせるわたくしの姿を見るとすぐに狂気に飲み込まれそうになってしまうので。
たぶん、カーリィねぇさまの持つ『制御』にフィアウェル様の気配を感じて、コンニウェンテ様の精神が安定していたのではないかと思います。あの方はとても強い意志をお持ちでしたし、鋼の意志と『抑制』を使い狂気に飲み込まれぬ様に耐えておられました。
わたくしは祖父母と両親と相談し、あの場に居なかったカルゥお兄様とアーフにはふたりの為だとだけ説明をして、カーリィねぇさまはフィアウェル様を亡くした後に生まれた事にしました。
記憶のあやふやなカーリィねぇさまはあっさり納得して、わたくしを見て悲しそうにするコンニウェンテ様の心配をする様にまでなりました。
あの方の狂気の度合いも、カーリィねぇさまが一番敏感に感じとっていた気がします。
カルゥお兄様にはこんな事になった原因のひとつにルーシェムの裏切りがあり、次にこんなことがあれば容赦はしないと、おじい様から厳しく警告もありました。
しかし、ルーシェムは己を省みる事もなく反省なぞしていなかったし、カルゥお兄様はルーシェムを溺愛するあまり好きにさせてしまったのです。
ええ、わたくしがフランマテルム王国という場所に拘束される事になったのはネウティーナのせいですけれど、ネウティーナやラエティラミスをそそのかし動かしたのは、やはりルーシェムなのです。
コンニウェンテ様だけでなく、ルーシェムもなかば狂っていたのかもしれませんわね。
ルーシェムは神ではありましたが、弱い方でした。カルゥお兄様からの愛と、カルゥお兄様への愛が司るモノより比重が重く、ルゥお兄様しか縋るものが無かったのかもしれません。




