最後の御使い
待ち合わせの花畑に踏み込んだカーリィねぇさまが目にしたのは、虚ろな瞳のフィアウェル様の亡骸を抱きしめて慟哭しながら取り込むコンニウェンテ様だったのです。
フィアウェル様の身体が中心から徐々に取り込まれていく様は、記憶を覗いただけのわたくしでも言葉にできない悲しさと虚しさが沸き起こりましたから、それを見たカーリィねぇさまと取り込んでいらしたコンニウェンテ様はどんなにか……
『制御』をお返しできたら「よくできました」と頭を撫でて笑ってくださる約束だった方は、もういない。それを目の当たりにしたカーリィねぇさまは、父にすがりついて泣き叫んでしました。
あともうほんの少しだけでも早く『制御』をお返しできていれば、あの場にフィアウェル様は行かなかったのに、と。
おばあ様やおじい様までが間が悪かっただけだと説得しても、どうしても納得できなかったねぇさまは混乱のあまり『増幅』を暴走させてしまった。
駆け付けたアウラお母様がねぇさまの能力を封じていなければ、あの場でコンニウェンテ様は他のモノを司る神へと転身してしまっていたでしょう。
それからしばらくの間、カーリィねぇさまの時と意識と感情は止まってしまいました。日々の生活やお勤めはこなしているけれど、それだけ。
次にねぇさまとしての意識を取り戻した時には、ご自分が『増幅』と『制御』を持っている事や、フィアウェル様のこともコンニウェンテ様のことも覚えていませんでした。
どれくらいの期間? さあ、どれ位だったかしら? あの頃と今とでは感覚も違いますし、重要なことでもありません。そこそこの時間、とでも思ってください。
狂気に飲まれそうだったコンニウェンテ様を父様とおじい様が深く眠らせていたのですけれど、ねぇさまも戻ったので起こそうという事になりまして、その場にねぇさまとわたくしとアーフも同行したのです。ですが、目覚めたコンニウェンテ様も、ねぇさまのことを覚えていない様でしたわ。
けれど、フィアウェル様の姿より少し育った状態のわたくしを見て、声もなく涙を流されたコンニウェンテ様とカーリィねぇさまが抱きあったのを、今でもはっきりと思い出せます。
はい、エゥヴェお兄様。なぜコンニウェンテ様が泣いたか、ですか?
わたくしの容姿と髪や幼い姿がフィアウェル様を彷彿とさせてしまったみたいで、ええ。あの頃のわたくしはフィアウェル様に雰囲気がよく似ていたそうですわ。
おふたりとも思い出しても良いことなど無いですしね。お父様は、カーリィねぇさまはコンニウェンテ様が深い眠りの間に生まれたことにしたのです。
コンニウェンテ様も、ねぇさまが『制御』を持っていると覚えていないかもしれませんね。まあ、それはもうあの方にはどうでも良い事でしょうけれど。
いえ、こちらの事情でした。皆さまには余計なことを申し上げましたわね、ごめんなさいまし。
目覚めたカーリィねぇさまは、きょうだいの中でなんの資格も持たず、ただ神としての身体を持って生まれたと思い込んでいたのです。『増幅』と『制御』を持っていることごと、フィアウェル様との記憶を無くしてしまったのでした。いえ、無くしたと、当時は思っていたのです。
今の大陸を覆う大結界は改善に改善を重ねたものですが、あの頃はまだ隙間が多く、その隙間からあちらから送り込まれる神々も多く居ました。それも当時の要神が持て余すような、やっかいな神ばかり。大結界のおかげで激減したとはいえ放置して良い事などありませんから、皆で戦いました。
ええ、わたくしも戦って荒ぶる神々を屠りましたわ。本体であれば、今でもそこそこ戦えると思いますわ。
なんですの? 今のわたくし? さすがに皆さまと戦えば、手足のどれかは無くなると思いますわ。この分体はか弱い作りですからね。
………アーフ、あとでゆっくりお話しをしましょうね?
ご自分の記憶があやふやなカーリィねぇさまでしたが、戦闘力は少しも衰えていませんでした。戦うときは自分の持つ能力を『増幅』して使用したり剣を振るっていたのですが、以前と変わりなく炎と氷と風を操り戦場を支配することができました。無意識で『増幅』を使っていたのでしょう。
特におばあ様の炎と相性が良かったですわね、短い時間ならばおばあ様がおふたり居るかの様でしたもの。まさに炎の巫女と呼ぶに相応しい在り様でしたわ。
きょうだい皆が同じか? いいえ、カルゥお兄様は氷、エゥヴェお兄様は氷と戦、わたくしは炎、アーフは風しか操れません。しかも、補助的にしか使えませんわ。祖父母、両親の能力をすべて持つカーリィねぇさまが特別なのです。
カーリィねぇさまえは炎と氷と風とを携え操って戦い、戦場をお父様のごとき支配権を行使し支配してしまう。まるで複数の『神権』を持つ『御使い』でしたわ。
カーリィという方は炎の巫女で氷の巫女、さらに戦の巫女でもあり風の巫女なのです。
カーリィの特殊さが知れ渡る頃には大結界の改善も進み、送り込まれる神々はほとんど無くなっていました。しかし、結界に名を刻みはするものの、逃げ回り好き勝手に振る舞う者も多かった。そんな彼らが稀有な能力を持つ『カーリィ』に目を付けたのです。『カーリィ』を得てお父様に取って代わろうと画策する、そういった痴れ者はネウティーナを筆頭に多く居りました。
それに本来はお父様と同じくらいお強い『調和』を持つコンニウェンテ様も、精神状態が危うい。
そこで大陸中央部にある、戦の男神の一族の暮らすニタスと氷の一族の暮らすグラキエスに挟まれた、炎の一族の暮らすマテルムで彼らを保護することにしたのです。
マテルムに強力な結界を張って侵入者を拒み穏やかに過ごせるように願っていた通り、しばらくは平穏な日々が続きました。
ええ、それほど長くはなかったですわ。
あの頃は、祖父母か両親の誰かがマテルムでふたりを守っていましたが、久しぶりにあちらか侵入者が数多く送り込まれてきて、あまりに数の多くの者が衝突したために無数に綻びができてしまい、我々きょうだいとルーシェムを残し全員が修繕に出払ってしまったのです。
あの日は、ちょうど狂気に飲まれない様に寝て過ごすことが多かったコンニウェンテ様がお目覚めになり、カーリィねぇさまと遊んでいた日でした。
押せば転がりそうな程にでっぷりと太ったあちらの神が、マテルムの結界よりも強くかけたはずの住まいの結界を破り、エゥヴェお兄様とわたくしが見守っていた、ふたりが穏やかに笑い合うあの場に飛び込んできたのです。
そのデブは『破壊』の神だと名乗りました。
それはあちらでのお父様にあたる主神── 要神とも言いますわね ──で、ネウティーナを取り戻そうと強引に移転してきたのです。
ええ、本当に真っ直ぐネウティーナのところに行けばいいものを、愚か者にそそのかされた馬鹿者はよりによってコンニウェンテ様とカーリィねぇさまの前に来たのです。
カーリィねぇさまにとっては突然の、コンニウェンテ様にとってはいつかの再現のような状況に、真っ先にコンニウェンテ様が暴走しました。
あら、よくお分かりですわね、巫覡。
そうです、カーリィねぇさまの意識は戻りました。ですが、ねぇさまにとっての時は止まったまま、わたくしたちは幼い姿のままでしたの。コンニウェンテ様が暴走するのも仕方ないですわね。




