カーリィの持つモノ
巫女の持つカリタよりの前の記憶が実際に起きた事実と違う、と妹君は言った。人間の記憶なんていい加減なもんだ、そんな事もあると思う。
「お姫様の持つ記憶が事実と違うという事は理解しました。が、あれだけ打たれ強いと言うか強靭な精神力を持つお姫様が、そんな記憶を思い起こして混乱したというのでしょうか?」
俺も、そう思った。
妹君の言葉を疑ったりはしないが、あの巫女が混乱する程の記憶ってなんだろう?
「そうですね。お姉さまは精神力と身体とが、とてもお強い。けれど、それだけの事がたくさん起こったのですわ。まず、カーリィねぇさまの事からお話ししましょうか」
───────────
カリタお姉さまは、アグメンお父様やアウラお母様、わたくし達きょうだいが『人間』として生まれてきている、と皆さまに説明されていると思います。
しかし、正確には『神としての身体から分体を造り、人間の母から人間として生まれている』のです。誰も神── もしくは、神同等の自分を捨てていないのですわ。
ええ、そこからカリタお姉さまの記憶は違っているのです。
まず、アウラお母様がお生まれになったのは、おばあ様とおじい様が出会ってぶつかり合い、そして愛し合われたから。
まだその頃は神々と人間が直接交わる状態でした。神々の『神権』を行使する許可のあった一族と、そんな一族を支える人間が集落を成し争う日々。
おばあ様とおじい様が己の一族同士が争うことを悲しまれるのを見ていた母アウラは、神としての能力を両親に封じてもらい炎の一族フランマォラティオに『御使い』として参入し、その能力の高さから一族の長として君臨したのです。
ええ、氷の一族グラキエスプリムゥムと敵対をやめて大陸を豊かにしようと奮闘したそうです。
しかし、かの一族がそんな母に返したのは、一族フランマォラティオを滅ぼす行動に出た事でした。
当時の母は神としての身体も能力も封じられた少しばかり能力の高い『御使い』でしたから、結果は皆さまの知る通りでした。かろうじて生き残った一族たちと一族の復興に奮闘していた母には、それからも裏切りや妨害が待っていたのです。
母はカーリィねぇさま以上に強靭な精神力を持っていましたから、ことごとくを耐え抜いて一族は力を取り戻し始めました。
父サルアガッカと母が出会ったのは、そんな頃だったと聞いています。伝説にある様な、父が母を見初めて母は感動し……なんてものではなく、父は裏切りにあって弱った母に付け込もうとしたり、父が力を貸せば一族の復興は簡単だと懐柔しようとしたり、と涙ぐましい間違った努力をしたそうですわ。
ええ、母は誘惑のすべてを拒否したそうですけれど。……本当に、母はどうしてあんな父の求婚を受けるだなんて事になったのか、わたくしも不思議ですわ。
本当にヘタれ……んんっ、いえ何も。そんな謎はあれど父サルアガッカと母アウラは結ばれ、カルゥにぃさまを始めとした神同士の子供たちが生まれました。
カリタお姉さまから聞いた話と違う? 何がですの?
ああ、神と神の間に生まれた子供は母だけ、というあの話ですのね。
それもカリタお姉さまの記憶違いのひとつですわ。カルゥ兄さまからアーフまでのきょうだいで、『神でない』子供はひとりも居ません。
先ほども言いましたでしょう? 分体を造り、人間として生まれてきていると。
ええ、エゥヴェお兄様もアーフも本体は神として在りますわ。今エゥヴェお兄様の本体はどこにありますの? …ああ、おばあ様方の所ならどこよりも安全ですわね。
アーフも? あら、カルゥお兄様と同じで本体を天馬に変化させたのかと思ったのだけれど。そうなの、カルゥお兄様に止められたのね。そうね、カルゥお兄様は今世でルーシェムと消滅するおつもりだったのかもしれないわね。
はいもちろん、わたくしにも本体は在りましてよ。皆、ちゃんと司るモノを持って『神』を名乗っていますわ。何かって、今はただのニィですもの、わたくしがどんな神かは秘密です。
もうお分かりですわね? カーリィねぇさまも、かつては神だったのですわ。それも、わたくしたちの中で唯ひとりだけ司るモノを持って生まれた、特殊な方なのです。
神々は人間の様に両親を持たず、いきなり強靭な肉体と精神力を備えて現われるのが常です。そうですね、皆さまがおばあ様方を顕現させたのが近いかしら。
この世の知識などもあらゆる所から情報を集めて記憶する方や、おおよその知識を持って生まれる方など様々みたいですね。
わたくし達は特殊な生まれ方をした神でしたから、両親や祖父母から知識を与えられ、その過程で司るモノを自力で掴みました。
何故カーリィねぇさまより後に生まれたわたくしが、そんな事を知っているか? それは、両親とカルゥお兄様の記憶を見せて頂いたからです。カーリィねぇさまに対処できるのは、わたくしだけでしたもの。
両親や祖父母は忙しく不在ばかりでしたし、カルゥお兄様は恋人のルーシェムにしか興味を示さないぼんくらだったし、エゥヴェお兄様は常にどこぞをほっつき歩いて居なかったし、アーフはまだ小さかったので。
あら。ごめんなさい、お兄様。でも放浪していたお兄様は、ほぼ何も知らないも同然ででしょう?
だったら、今は黙って聞いてくださいまし。
ええと、何でしたっけ。そうそう、カーリィねぇさまの持つ司るモノの話でしたね。それは『増幅』ですわ。
両親から生まれて人間の赤子同様のはずのカーリィねぇさまは、生まれた時からある程度の神々についての知識と『増幅』の能力がありました。
けれど、それを制御することができず増幅の力が暴走してしまい、母の疲労、父の歓喜、祖父母の安堵など、あらゆるものを増幅してしまった。その場に居合わせたルーシェムの妬みや兄のルーシェムへの恋慕なども増幅されてしまい、大混乱でしたわね。
その場を収めてくださったのは、あまりに場が乱れたので様子を見にいらしてくださった調和の男神コンニウェンテ様と、当時の強欲の女神であるフィアウェル様でした。
フィアウェル様は『強欲』だけでなく、それを抑える為の『抑制』と『制御』を持っておいででした。そして暴走する能力に怯えて泣くカーリィねぇさまへ、『制御』を譲渡なさったのです。
『強欲』はやっかいなものです。留まる事を知らず膨れ上がる欲求を押さえる為に必要な『抑制』と『制御』だったのに。
コンニウェンテ様の心配に対して、「小さな赤子が必死に制御しようとしているのに、大きな自分たちが助けずにどうするの?」と笑ったのです。そしてカーリィねぇさまに「頑張ってね」と励まして、去っていかれました。
そこから、カーリィねぇさまは『増幅』の能力を『制御』の資格効果なしに自力で操る事を最優先に、努力して制御訓練をしました。膨れ上がる『強欲』に耐えるフィアウェル様に、一刻もはやく『制御』を返す事を目標にしてです。
わたくしや、ルーシェムとカルゥにぃさま、時にエゥヴェにぃさまとアーフが起こす問題に巻き込まれ奔走させられても、カーリィねぇさまはずっと訓練を頑張っていたのです。
その努力が実り、やっとフィアウェル様に『制御』をお返しする日が訪れました。その日、わたくしは「ウェルお姉さまにやっとお返しできる」、と満面の笑みのカーリィねぇさまを見送りました。
けれど次にわたくしが見たのは、お父様に抱きかかえられて人形のように無表情で動かないカーリィねぇさまでした。
ああなったのも無理もないと思います。お父様の記憶を見ただけのわたくしでも、今でも夢に見る事がありますから。
あ、わたくし口が止まっていましたわね。申し訳ありません、もったいぶった訳ではないのです。とても言い出しにくくて……
両親の記憶の、あの日のカーリィねぇさまは……
「お久しぶりです。ウェルお姉さま、ウェテ兄さま!」と待ち合わせの花畑に入ったカーリィねぇさまが見たものは、コンニウェンテ様に抱かれた小さなお身体に大きな空洞が出来て、事切れていらしたフィアウェル様だったのだから。




