正規と野良
神々の認めた人物が男性であれば巫覡、女性であれば巫女とされる。呼称は神によって様々で、呼ばれ方でその人物のお仕えする神がどなたかが知れるのが一般的だ。
氷の男神であれば巫覡と巫女、炎の女神であれば巫覡と巫女、戦の男神であれば巫覡と巫女の様に。
とはいえ、巫覡と巫女の出現が同等の神々もあれば、巫覡か巫女かに偏った神々もある。巫女は歴史上でいちども現れたことが無いし、巫女は記録にあるのはふたり、巫覡もふたり程だったと記憶している。
神々の指名により巫覡や巫女として名乗ることもあれば、拘束の女神や嫉妬の女神や強欲の男神みたいに勝手に寵愛を与えてしまって巫覡や巫女みたいな能力を得るだけ、なんて様々なんだよな。
最近思うのは、父なる神や炎の女神方の様に『神問い』を経て巫覡や巫女を名乗る方が少数なんじゃないのか? だ。
だってさぁ、強欲の男神の巫覡と拘束の女神の巫覡並みのゲマドロース、嫉妬の女神の巫覡並みのウルティマールが居た。
それに、戦の男神の巫覡はアグメサーケル陛下だが、巫覡という呼称は戦の男神の化身を証明するために使われているだろ。アグメサーケル陛下から『そこそこ使える侍従』と言われたじー様が、巫覡と言っていいんじゃないかと思う。
ガウディムは音の男神の侍従だが、寵愛としては巫覡並みなのだと巫女は言っていた。巫覡として音の男神から宣下されないのは『グラテアンの愛し子』でいるからじゃないか、とも。それってグラテアンの愛し子の集まりから出たら、巫覡に認定されるやつでは?
当のガウディムは「カリタ様から離れる気はないので、これから先も俺は侍従ですね~」と、さっぱりと笑っていたんだが。まあ、巫女と居たいっていう気持ちは分かる。俺も我が巫覡と、ずっと一緒に居たい。
プロエリディニタス帝国の愛し子の集会には様々な神の巫覡や巫女も集まるが、実はその数はあまり多くない。特等位の愛し子は無数に存在するが、特等を超える寵愛を授かる者は少ないという事を証明している。
『光』や『踊り』などの明るくて楽しい系と、『闇』や『悲しみ』といった暗くて負の感情系の神の巫覡や巫女の割合は平均だったりする。
神々の人間への興味も様々らしく、『夜』や『影』などの巫覡・巫女の誕生は多いが『強欲』や『呪い』なんかは、ほぼ誕生の記録を見たことが無い。
俺が見たことが無いだけかなのもしれないが、プロエリディニタス帝国が発表する記録は全て目を通しているから、たぶん間違いは無いはずだ。
何か法則でもあるのかと思っていたけど、単に神々の性格に依るところが大きいと巫女に断言された時は、あれこれ思考して悩んだ時間を返してほしいと本気で思ったわ。
「エゥヴェお兄様が捕えられているという事は、アレは野良巫女ですのね」
「ああ。呪いの男神イムクリブスに『自主的に授けた巫女の地位ではない、好きにしろ』との応えはいただいた。アレを消滅させても、何の処断も発生しない」
「よく呪いの男神に意思が通じたね。ああ、でもエゥヴェ兄さまは神でもないし、おばあ様の気配を帯びているからか。でも返事は結界で阻まれたんじゃないの?」
「時間だけはあったし、分体を結界の外で待機させていたから問題なかったぞ」
「なるほどね」
「ありがたいことですわ。では、わたくしが始末をつけましょう」
「待ちなさい、ヴァニ」
素早く立ち上がった妹君の袖を掴み、巫女が止めた。
それより、野良巫女ってどいう事なのかな? 巫覡や巫女に野良ってなに?
「元義母は、まだこの国では生きている事になっているんじゃないの? 後先考えずに処分しちゃったら、ヴァニが罪に問われるじゃない」
何か、俺が思っていた言葉と違うもんが聞こえた。前グラテアン公爵夫人に『元』という単語が付くからなのか、美しい姉妹から飛び出る始末だとか処分だとかいう単語が、すっごく軽い。
「まあ。わたくしの心配をしてくださいますのね、お姉さま」
「当たり前じゃないの。可愛い妹が、あんなのの為に犯罪者になるなんて嫌だわ」
「お姉さま……!」
なんだろう、会話だけ聞いてるとけっこう感動的なんだけど。内容ひどくね?
なんで我が巫覡もイヴも微笑みを浮かべてるの。兄君は苦笑してるっちゃしてるが、仲いいねって感じだし。アールテイは、うん。妹君が是と言ったら、是なんだな。
一同を見回して、我が巫覡と同じような爺たちは見なかったことにしよう。最後に目の合ったフィダの視線は「いつもの事だ、諦めろ」と言っているような気がした。
「あの、質問なんですが」
「うん、なにかな?」
甘酸っぱ空間が作れそうな姉妹に恐る恐る声を掛けた俺に、巫女は優しく答えてくれたが妹君にはめっちゃ睨まれた。すんません。
「あ、ありがとうございます。あの野良って何ですかね?」
「ああ、神々のご指名で認定された巫覡や巫女でない人のことよ。極々稀に、人間の執念が意図しない神々の寵愛を引き寄せちゃうことがあるんだよ。元義母であった、アレがそうだね」
と、巫女は兄君が拘束しているであろう蠢く物体の存在する方向を指差した。
「『神問い』を経ずに巫覡や巫女になった者は、すべて野良ではないのですか?」
「正規の巫覡でないだけで、巫覡並みと称されるという者も居るね。でも『神問い』をしない限り、私たちの扱いは特等位の愛し子と同じだよ。ゲマドロースや、蒼炎を切った巫覡もどきがそう。『神問い』をしていないから正式に認定されず正規の巫覡扱いはされないし、発揮できる能力も制限される。けれど、神々が直々に寵愛を与えているから特等位の愛し子より、ずっと強いの」
いまいち納得いかない俺を見て、にっと笑って巫女は言った。
「細々とした違いは沢山あるけど、おおざっぱに言えば神公認の正規の巫覡と巫女、神公認の不正規だけれどほぼ巫覡とほぼ巫女、神も未公認の押しかけ巫覡と押しかけ巫女って感じかな」
「ご息女。能力差はどれ程のものでしょうかの?」
「正規はあれこれ能力を与えられ、まっとうに行使できる。不正規は正規には劣るけれど、正規に近い能力を行使することが可能。押しかけは神の力をかすめ取って使用するから、効果もしっかり有るから微妙まで色々ってとこかな。元義母は執念でお能力を行使したんだね。だから、おかしな人になっちゃったんだと思う」
「だから、あんなに怖かったのか」
「異様だったもんね」
ぽつりと漏らしたフィダに、しみじみと同意する巫女。
「お姫様。巫覡並みと、野良の違いはそれだけですか?」
と、イヴも巫女に質問を投げかけた。
「それだけだよ。ただ、野良が公認になっちゃう場合もあるからね。相手をどうにかするなら、野良のうちにっていうのが私たちの鉄則かな」
その私たちというのは、誰と誰の事なんでしょうね。いや、巫女の隣でいい笑顔の兄君と妹君を見ると、ご兄妹の鉄則なんだと思うけど。はっきり聞いちゃいかん気がする。
「姉上、野良かどうかの判断はどうするのですか?」
「主と思われる神に聞く」
「それは、私や他の巫覡や巫女には不可能な方法ですね」
「メトゥスなら出来そうだけど」
「私は我が父なる神と慈愛の君のお声以外、聞けたことはありませんよ」
「そう? 試してみたら、案外いけると思うよ」
「そうでしょうか。わが父への祈りと同じ方法で良いのでしょうか」
「どうだろう。そういうのを氷の男神へ聞いてみればいいんじゃないかな」
「そうしてみます」
うふふ、と微笑み合う我が巫覡と巫女の様子には和みますが、そろそろ本題に戻りませんか。
巫女の隣で、我が巫覡を憎々しそうに睨む妹君が怖いです。




