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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
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幸せはそこかしこに

 何一つとして解決してないし、先の見通しも良いものではないけれど、もやもやの原因に納得できた。

 ならもういいじゃない、出来る事はぜんぶ全力でしよう。


 あの子と直接は戦わないように頑張って、でも顔をあわせて会話なんて出来たら素敵よね。五年前であれだけ美しい姿だったもの、成長した今綺麗な少年かしら?

 巫覡(ディンガー)巫女(リーシェン)と同じ、戦闘に優れた者に成長するから細身でもちゃんと筋肉がついた、アグメサーケル陛下のように育っているかもしれない。


 うん、ちゃんと迎撃戦での楽しみができた。

 今からだってアルドール殿下のキメ姿を披露して頂けるのだし、目の幸福がすぐそこにある。

 少し先の迎撃戦に対しての事前儀式には、きっとヴァニたち侍女リージェ候補が着飾って勝利祈願の演舞披露があるはず。ヴァニ、可愛いだろうな。


 当の迎撃戦本番でも、成長した妖精をこの目で見るって、確かな楽しみがあるじゃないか。

 何かしても、何かをしなくても時は過ぎるんだから、後悔しない方を選ぼう。


 小さな幸せや楽しみは自分のまわりのそこかしこに有って、それをつかむこともつかまないことも自分で決められる。

 この先を暗いものして嘆くのをやめよう。たとえ選択肢は少なくとも、私には選ぶ事が出来るのだから。



 女神に感謝し顔を上げて周りを伺うと、私ひとりだった。王太子殿下は祈りを捧げ終わり、退出なさったのだろう。

 小さい頃はこういう気遣いというか、存在感ありすぎて静かに祈りを捧げさせてくれない方だった気がするんだけど。

 女神が不思議がる、どうしてあの王からこんな敬虔な信徒が、っていうのもあるけど謎が多い方ね。と、頭を捻りつつ外へ出ると、当の王太子殿下が微笑をたたえて立っていらした。


 国王と同じ金の髪に癖の強いうねりのある髪を幅のある紐でゆるく結わえ、左肩へ流している優男風。

 兄君によく似た顔のアルドール殿下は、赤茶色の真っ直ぐな髪を両耳から襟足まで細かい段をつけて中央は尻尾のように肩甲骨辺りまで伸ばしている、活発男子風。

 笑顔もアルドール殿下はおっとり微笑なんてしないので、並んで立っていても纏う雰囲気が全然違って、しっかり見ないとお二人の顔が似ていることに気がつかないのだけど。

 今のこの笑顔、この間のアルドール殿下によく似ている。とても嫌な予感がするので、早々に立ち去ろう。


 祈祷所の前だからしっかりした挨拶は不要ですよね~って顔で会釈し、訓練場へ向かうため踵を返した。


「お急ぎのところ申し訳ありません、巫女姫。少しだけお話する時間をいただけませんか?」


 そそくさと退散しようとする私を、ぐうの音も出ない挨拶で引き留められた。

 祈祷所まえだから信徒としてはあなたが上の立場ですよ、と王宮の二番目に地位の高いお人から下手に出られて、しかもアルドール殿下に頼まれた援護の言葉をクソ参謀どもに刺してくださった方に、恩知らずなことはできない。出来るものなら恩知らずになりたい。


「赤い炎持つ御君に、紅き炎の娘よりご挨拶申し上げます、王太子殿下」


 右の手のひらを上に向け胸の高さまで上げ、左手は軍服の上着をドレスの裾代わりにつまみ、軽く膝を折って正式な巫女としての礼での挨拶をする。


「高貴なる紅き炎の巫女姫よりご挨拶いただき、幸栄にございます。どうぞ顔を上げてくださいカリタリスティーシア」


 顔を上げてみると、先ほどと変わらない穏やかな微笑のままの王太子殿下。でも穏やかそうに見えるだけだからやっかいなのよね、この方。

 おっとりした笑顔と口調で、ばっさばっさ鬼畜…じゃなくて合理的な判断で、指示だの処断だのをしているのに、臣下にも世間にもお優しいと評判っておかしいでしょ。

 あのアルドール殿下すら王太子殿下の処断の場に居ると、ときどき無表情だけど目が泳いでる時があるのを、私は知ってるんだから!


 縦襟のシャツに王族にだけ許された細かな刺繍の入った貫頭衣を羽織り、胸の少し下から腰までの幅広のベルトを巻き、スリットから見えるボトムにはよく見ればボトム生地と同じ色の刺繍が入っている。ひざ下までのロングブーツはこれまたびっちり細かい刺繍いり。更に、さりげなく無地のショールをゆったりと纏っている。


 いつもおしゃれな方だけど、今日はやけに気合いが入った服飾だわ。穏やかそうな上品な顔だちと佇まいで、ちょっとおしゃれな普段着にしか見えない。

 微笑して立ってるだけで王子様!っていうね。こういう時が一番怖いんだ。


「そんなに構えなくても、今日()普通に話をしたいだけだよ、カリタ」


「いつもそう仰って、アルドール殿下以上の難題を吹っかけてくるじゃないですか。とても怖いので帰っていいですか?」


「話をしようと言ってるじゃないか、少し待ちなさい?」


「話だけですよね? ついでに何かとって来いとか演舞しろとか、なにか言ってこいとか…」


 平静な声と態度に見えると思うけど、気分的にはもう腰が引けてる。後ずさりしたーい。


「カリタが、私たち兄弟をどう思っているのか分かる言葉だね。だからいつも私を見ると逃げていたのか。そんなにいつも、何かしろとは言ってないはずなんだけれど…」


 軽く握った手を顎にやり、目を閉じて過去の発言を思い出そうとしている姿は絵画のようで、眼福。

 あー、ほんとこの王子様方、見た目だけは本当にキラキラ王子様で、見てるだけならとても楽しいのに。

 口を開けば残念発言やら、出来るけどすごく面倒な事とか指示されるんだもの。

 どうせなら天馬カエルクス捕獲には連れて行ってくれるとか、国王陛下と郊外への公務に同行される日を教えてくれるとかしてくだされば…いやいや、そうじゃない。


 でもなぁ、アルドール殿下が天馬と戯れていたときは、近衛騎士団レクスプラエトリアニに居座る退団予定のお飾り団長が合同演習時にネチネチねちねち絡んでくるし、翌日から郊外へ出ての公務だからって後宮をうろうろしてる国王陛下に見つかって、やっぱりネチネチ嫌味の連続で難癖つけられたあげく、その日は祈祷所に行かせてもらえなかったりしたもの。

 あいつら嫌味だけならまだ流せたけど、殿下を連れ戻せとかちょっと地方へ行って反乱の気配のある領地を制圧してこいとか… もうやめとこ、止まらないわ。


「うーん、あまり心当たりはないけれど、幼少期は黙って祈りを捧げられなくて口の中でもそもそ呟いてカリタの邪魔をしていたり、落ちつきもなくてカリタの祈祷を邪魔していたのを思い出したよ。当時はごめんね」


 ちょっと首をかしげてにこっと笑う、もう中年域の王子様がまぶしい。ああ、麗しいとか思っちゃうのが悔しい、でも眼福ぅ。とくに理由はないけど、ちょっと涙が出そう。


「ふ、ふふ。アルの言っていた通り、カリタは見た目のいい顔が本当に好きなのだね」


 不覚にも「んっ?」って声が出た。アルドール殿下、なんてことをバラしちゃってんですか。


「アルから、これからちょくちょくカリタが王宮に来るので出来るだけ着飾って、カリタが居たら目の前に立ってなにか格好つけて話をしていってくれ、って頼まれたんだよ」


 ああああ、アルドール殿下ぁあああ! なんってことを王太子にお願いしてんですか、あなた。

 いや、あなたはお兄様にちょっと頼んだだけなんでしょうけど、相手は次期国王ですって。なにさせてんですか、もう。


「ぁあー、アルドール殿下……」


「ぶふっ! いや待ってカリタ、その顔…あははは…ダメだいつもの気高く冷徹な笑顔の君がその顔っ……あは、あはははは!」


 そうとう情けない顔になっていたのか、王太子殿下の爆笑が響く。

 そりゃね、いつもは舐められてる私に強い巫女の外面が必要だから、高慢ちきで冷笑の似合うこの顔にふさわしい態度だけど、本性は綺麗なものが好きな残念な人間だってバレたら恥ずかしいじゃない。


「さすがに王子方を鑑賞物にするのは気が引けますって。でも、もう王太子殿下の前で取り繕っても遅いですし~って困ってるんですぅ。困ってますけど、お二方とも格好いいですね」


 どうにでもなれ、と思って普段の下品な笑顔で言葉使いもいつものぞんざいな口調にもどす。そんな私にまったく不快に思っていないようで、王子様ではなく少年のような笑顔で受け止めてくれていた。


「あっは、公式の場でなければなにも気にしなくていいよ。アルは自分が『残念な美形』枠だって面白そうにしていたよ。たぶん眼中にないだろう私が、カリタのどこの枠に入るのか楽しみにしているよ」


 んん? どゆこと?


「言っただろう、アルからカリタの前に顔をだせって頼まれたって。これからの巫女姫の大変さを考えると、私とアルの顔がご褒美になるなら安いものだよ。王宮にカリタが来るときは、できるだけ顔を出すようにするよ」


「お忙しい殿下がそこまでなさって、大丈夫ですか?」


「私はまわりに仕事を割り振るのが役目なんだ、そんなに忙しくないよ」


 とたんに胡散臭い笑顔に変わったけど、気を遣ってくれているのは分かるので、ありがたく気が付かないふりをしておこう。


「では、これから心置きなく殿下を眺めさせていただきますね。ありがとうございます」


楽しそうにお礼を言った私に、王子然とした笑顔じゃない殿下の素の微笑を浮かべて「カリタは面白い子だったんだねぇ」と殿下も楽しそうだった。


「ふふふ、もういい年なんだけど頑張って着飾ることにするよ。今日は演習の終わる頃に訓練場にも顔を出して、アルと並んで見せようね」


 と、男前の発言をなさって颯爽と立ち去って行った王太子殿下は、とても王子様に見えた。

 ああ、いまここにも小さな幸せがある。


 母なる女神、日々の幸せに感謝を。

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