美しいひと
「そうか、カリタはアグメサーケル陛下とも面識があるのだったな」
「ええ、アグメサーケル陛下は頻繁に神々の信徒の集まりを企画されていて、幼い頃より私も参加できるよう取り計らってくださるんです。集会の時は必ず皇后陛下と揃って、親しくお話させていただけるのですよ」
それに公表されていないけど、皇后陛下は女神の愛し子だ。
陛下とお会いする度に、母なる女神の戦神サルアガッカへとアグメサーケル陛下への罵詈雑言がすごい。
いつものような私にだけ聞こえる状態ではなく、陛下にも皇后陛下にも聞こえているようで、毎回お二方の苦笑顔への挨拶になる。
女神の侍女の筆頭になると思われるヴァニにも現侍女・侍従筆頭にも、女神はお声を届けたことがない。私と同席しているときに、女神がものすごく語っていても聞こえていない様子だし。
それなのに女神が私宛に語った事柄に皇后陛下も反応なさっているのは、巫女になれる程の女神の寵愛を受けておられる証。
陛下が巫女であらせられるのでは?と何度も問う私に、ご本人は複雑な表情で炎の女神の信徒ではないと仰る。なぜ否定されるのか分からないけれど、女神もなにも仰らないのだから本当の事だとは思う。
「皇后陛下は見目麗しいだけでなく、皇帝陛下への愛情と神の信徒への理解も深くて心もお美しいうえに少しも奢ったところのない、とても尊敬できるお方です。あの方は別格の『美しい人』なのです」
「まるで我らが女神のようなお方だね」
穏やかにパークス団長が呟く言葉に全力で頷く。
「ええ、母なる女神のような皇后陛下が全身で愛情を示されるのが、あの戦神の化身と言われるアグメサーケル陛下なんですもの。世間で言われているような、暴君ではないですね」
「確かに全方位に厳しく冷酷だと言われているが、かの君の統治されるプロエリディニタス帝国は豊かで平和だ。それに帝国民の評判も良いね」
「そうなんです。粗野に見せていらっしゃるけど、ご自分より弱いと思う者への手助けが庇護するのではなくて、細かく配慮された手助けを複数用意して自分で選んで這い上がれという方法なのですよ。頼りきにさせないのが憎いところですわね」
それは、皇后陛下にも私に対してもあの少年に対しても変わらない。
純粋に周りの眼を楽しませようと、ご自分の容姿を使った行動も素敵。
「陛下のご自分の顔の良さを知り尽くした魅せるため衣装を纏って、着飾って皇帝陛下然としたキメ顔がとっても整ってて眼福で。皇后陛下に全力で愛されにいく、しょうもない努力と国家繁栄のための政策を練る努力の度合いが同じで、たまに切なそうにため息をつく、あの絶妙な表情と行動力がたまりません!」
「スティーシア、たぶん本音と建前を間違えているぞ」
なぜか疲れたような声のおじ様の発言に、あ、ヤベっと思うも言ってしまったものは取り返せないし取り繕えないな、と開き直ることにした。
「えへ、間違えました。ご自分の容姿が整っているのを自覚して、それを使う事も厭わない素晴らしい姿勢が尊敬に値する方ですね」
「なるほど、そう言おうと思ったんだね。しかし、皇后陛下への努力とやらは『残念』なものではないのかい?」
「ご本人が、それを恥ずかしいと思っているのなら残念でしょうけど、あの方まったく恥ずかしいとも情けないとも思ってらっしゃらないのです。むしろ、そんなもので皇后陛下が意識を向けてくれたら万歳、みたいな事を言ってらしたから」
とても潔くて素敵なのです。と、拳を握る私をとっても残念そうに眺める団長たちの群れ。なんで、そんな可哀想な子供を見るような視線になるのかしら?
「うん、アグメサーケル陛下がとても興味深い方だとわかったよ。あと、カリタ嬢の『美しい』の基準もとても興味深いね」
にっこりと微笑むパークス団長の笑顔も素敵です、と思いながらもそれは言わずに笑顔を返しておく。
「では、私もスティーシアに死ぬまでに少しは美しくなったと思われるように精進しなくてはな。あまり時間はないかもしれないがね」
と、豪快に笑いながら笑い事じゃないことを言うおじ様。
「素直に同調して笑えない事をいわないでくれ、アニラス伯。あと50年は生きるとか付け加えておいてもらえると、共に笑えるのだがな」
わざとらしく肩をすくめるアルドール殿下に、おじ様は「それは申し訳ないですなぁ、あと60年生きるとしましょう」と笑った。
おじ様、昔のお父様みたいでちょっと切ない気分になる。
グラテアン家は巫女・巫覡を除き、女神にいちばん愛される者が爵位を継ぐ決まりの、特殊な家系だ。
お父様はグラテアン三兄弟のなかで一番女神の寵愛が深かった。誰に反対されることもなく爵位を継いできちんと家を繁栄させていたし、お母様をとても愛していて子供たちを可愛がり、下手な冗談を言う有能なのにへっぽこで『残念な美形』だった。
お母様が亡くなって、人生がどうでもよくなったお父様。
お父様を執念深く好きだった義母と再婚して女神の寵愛がだんだん失せていっても、この世の全てがどうでもよくなったお父様には、何でもない事のようだった。
お母様が何かにつけて「子供たちは、あなたとのかけがえのない宝です」って言っていたのだから、もう少し子供の為に頑張って欲しかった。
最後の宝であるヴァニを、もう数年でいいから守って欲しかった。
お母様が亡くなってからのお父様は、自分の世界だけに浸って自分も家も子供も、どうでも良くなっての義母との再婚だった。
そんな時に私が神殿に拘束されてしまって、その対応にお兄様たちがバタバタしているうちに、神殿と結託していた義母にヴァニを接触させてしまった。
あれでヴァニの置かれた環境が歪みまくっていても、ひとりだけ閉じた世界に居るお父様は気が付くことすらなかったもの。ただ息をして存在するだけの、残念な『人』ですらなくなったお父様。
それだけ、お母様を愛してたっていうことなのだろうけど。
ひとを愛するって、難しくて怖いものなのだと思うようになったのは、あの頃からだったかな。
集会において、最初の挨拶は絶対にこれ。
女神の巫女
「雄々しき戦の神の御子、偉大なる皇帝陛下と美しき皇后陛下へご挨拶も…」
女神
『何が雄々しきよ! ただの野蛮な戦狂いの乱暴者の!!(以下、哀れな二人の視線を受けつつ涙目で挨拶する巫女に気がつかず、罵詈雑言の嵐)』
男神の巫覡
「あー、今日は巫覡と巫女の集まりだ。いろいろと気にするな、カーリィ」
皇后陛下
「ふふ、そうよ。カリタリスティーシア嬢はなにも気にせず、ゆっくり養生していってね」
女神
『ああ、なんて良い子なのかしら! 本当に戦狂いになんてもったいないわぁ。今すぐ別れてしまいなさいよ。だいたいね…(以下略)』
女神の巫女
「毎度、毎度。両陛下には、お止めすることができず申し訳なく……」
こうして二人から慰められて、自分の巫女の癒しの時間がなくなっていることに気がつかない、某母なる女神。