会議室での団長たち
副団長以下が退出した各騎士団の団長のみ残った会議室は、それはもう涼しかった。とても、気を取り直して帝国軍の迎撃計画を検討しましょう! 各自ご意見ください、と言える気配もなし。
アルドール殿下、王子スマイルしながら額に青筋たててたし。
器用ですね、と心の内でだけ呟いておいた。何考えてるかバレてそうだけど、口に出してないから大丈夫。大丈夫、たぶん。
落ちついて作戦立案してもらうためにも、とりあえず上の立場の方から思いの丈を叫んでいただいたり、抑揚なく句読点のない忌憚のない意見を吐露していただいたりした。
なぜか仕切り役になった私には、そんな機会はめぐってこなかったけど。
気分転換の効果があったようで、ひとしきりクソ参謀とその上司たちの陰口を叫んだ団長方は、各々冷静な意見が出るようになった。
会議室が冬の入り口くらいの温度から秋口ですねぇっていう温度まで回復したのは大変に助かった、と記録しとこう。
まあ、クソ参謀に言ったように攻める側でなく迎撃する側なので、取れる行動もそう多くない。
グラキエス・ランケア帝国の総大将、巫覡プリメトゥスが最前線に出て侵攻してきた場合、そうでない場合に取る行動や敵軍の展開を予想した迎撃布陣を複数提案する、くらいしか検討することはなかった。
どうやって全軍に、少なくとも1回は対特殊能力戦闘を経験させるか等、いくつかの案件を話し合い合同会議を終了することにした。
時間にして会議開始からクソ参謀以下を追い出すまでと同じくらい。もう次の合同会議から、団長だけでいいんじゃね?と全員の顔に書いてあった。
「こんなに円滑に会議が済むのなら、次からも我々だけで話をしたいものだな」
肺の空気を全部吐き出す勢いでため息を吐いた後、しみじみとルナネブーラ侯爵がのたまう。やっぱり声は高い。そして、団長しか居ないからってそんなにたくさん喋って大丈夫かな。
それにまったくだとばかりに回りの団長たちが頷いている。まあ、みなさん団長なのでルナネブーラ侯爵と会話したことくらいあるか。
何か思いついたように、満面の笑みのアルドール殿下がこちらを向いて口を開いた。
「王宮騎士団 団長のご意見、素晴らしいと思わないか?」
意見には同意しかないが、なぜこんなこと言い出したかなんて考えるとすっごい嫌な予感がする。
「えぇぇ…ええ、ハイそう思いマス。ぃえで…」
「そうだろう!? やはり、そう思うか!」
ええ、思いますよ殿下。やだもう嫌な予感しかしない。
「でも殿下、規律があります。重要案件などをこれからも軍務大臣やク…主席参謀の不在で決めるわけには…」
「今回の迎撃戦に限るとして、陛下や王太子には私が許可をもぎ取ろう。宰相と軍務大臣と主席参謀の撃退はカリタに任せる」
んな無茶な!
「む、無理です殿下! そこまで話を通してくださるなら、あと二人や三人追加になってもいいではありませんか。どうぞ、殿下から話をつけてください」
「主戦力の巫女が主張した方が、あの三人には効果があると思うぞ?」
「宰相閣下や軍務大臣には殿下の方が影響力があります。そもそも、訓練のために騎士団の行脚をする私に三人の説得の時間はないですって」
なかなか引かない私に、唇の片方を上げて悪人のような笑いを浮かべながらアルドール殿下が口を開く。
「それだ。初回の対特殊能力戦闘訓練は近衛騎士団で行われるだろう。そこに宰相と軍務大臣と主席参謀を連れて行くから、思い切り実力を示せ」
「再起不能者を出してもよろしいので?」
「いいわけあるか。施設は破壊してもいい。ただし騎士は軽傷で済ませろ」
「めんどくさい…です」
嫌そうな私の返事に、ぶふっと噴出すように笑う殿下。
「巫女の実力を見せつけ、なにも知らぬ者が間に入って邪魔なのだと、当の巫女が言えば宰相と軍務大臣は引くだろう。事前に兄上から宰相に『巫女の能力を知って納得したなら、好きにさせろ』と通告していただく。主席参謀はともかく、宰相と軍務大臣は兄上のお言葉に従うさ」
「まあ、宰相閣下と軍務大臣が認めてくださるならク…主席参謀も引くでしょうね」
手っ取り早い手段ではあるけど、いまいち納得いかないなぁ。
「不満か?」
「ええ、まあ。いちばん良い手だとは分かりますが、面倒なうえに私にうまみがないじゃないですか」
「そういうことか。では、出来るだけカリタの訓練に私も同行しよう。迎撃戦闘まで、私の顔が見放題だぞ」
「なんて?」
「いや、カリタ私の『顔』が好きだろ?」
にっこりと王子然とした笑みを浮かべる殿下。
ルナネブーラ侯爵、アニラス団長、パークス団長が半眼になりながら殿下を見やり、次いで私を見る。
他の団長方は何が起こってるのか分からず、不思議そうに殿下を見ていた。
「カリタが造作の整った顔が好きだというのは、わりと周知の事実だろう? 確か私やカリタの副官のソリスプラは『ちょっと残念な美形枠』だったか」
殿下の前で発言したこともなければ、そんなに堂々と公言したこともないのに、なんで知ってるのかしら。
ルナネブーラ侯爵とおじ様とパークス団長の生温い視線が、とっても痛い。
「何のことでしょう?」
とぼけて笑う私に、変わらぬ笑顔の殿下が続ける。複数の視線が刺さる、痛い。
「私にも、情報を得るための伝手くらはあるぞ。まあ、全力で調べても『素晴らしい美形枠』が誰なのかは分からなかったがな」
なかなかの核心まで調べていらっしゃる。これ以上の反抗はしても無駄だと、ため息がでた。
「分かりました。初回訓練で実力を示して、円滑な会議の為に宰相閣下と軍務大臣、ク…主席参謀には、会議と戦闘計画立案から引いていただきましょう」
あちこちから、ほっとしたような溜息や感嘆の声が聞こえてくる。
「もう本人が居ない場では、無駄なあがきは止めてクソ参謀と言ったらどうだ」
笑いを堪えつつ言う殿下の発言の内容は無視して、ごほうびの確認をしよう。
「無事に団長のみの会議の権利をもぎ取ったら、殿下のご尊顔を見放題というご褒美を頂けるのでしたよね?」
「約束だからな」
「うふ。では、訓練に参加なさらない時は衣装と髪型を整えてくださると、私がとても喜びますので期待しますね!」
「お、おう。出来るだけ希望に応えよう…」
ちょっと間違えたかな、と声に出さずに呟いているのは聞こえなかったことにしよう。
「スティーシアのいう『美形』は造作だけではないのだろうが、その『素晴らしい美形枠』に値する人物は居るのかな?」
気になったので、とおじ様からの質問があった。
私の思う『美しい人』というのは、年齢問わず心とその人の有り様が真っ直ぐなひとだ。他人を下卑せず、己が正しくあろうと努力して生きているひと。そんな人は…
「二人、そう思っているひとが居ますね」
ちゃかさずに真面目に答えた私に驚いたようで、そうか、と言ったまま後は続かなかった。
「それは、我々が知っている人物なのか?」
とても興味はあるが言いたくないなら無視していい、という正直なアルドール殿下にちょっとだけ教えてあげよう。最上枠じゃないけど、残念ではあるけど殿下も『美しい人』だものね。
「一人はプロエリディニタス帝国の皇帝にして巫覡、アグメサーケル陛下ですよ。もう一人は秘密です」