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炎の令嬢と氷の御曹司  作者: 青井亜仁
炎の王国
100/159

一瞬の

「どれだけ切っても、燃やしても、平然と元に戻るのだもの。半ば神の身体になっているアレを、たかが人間(ひと)の私ではどうにも出来ないわ」


 肩をすくめてあっさり言う巫女リーシェン。しかし、片手間にゲマドロースを炎で焼いて熱線で串刺しにしている。気のせいかな、回復速度が上がってるみたいなんだが。



「では、封じますか。姉上」



 ゲマドロースを睨むように見て巫女へと問う我が巫覡ディンガーの声は、少しだけ緊張していた。

 イヴセーリスは眉を寄せて苦悩するような視線を巫女に向けていた。



「そうね、ここに封じてゲマドロースの肉体を滅ぼすわ」



 出来ないと言った口で、きっぱりと殺すと言い切きる巫女。横に居るイヴセーリスは一瞬悲しそうな顔を見せた後、目を閉じて誰かと念話をしてるようだった。

 暫くして目を開いた時には諦めた様な、しかし悩みを吹っ切ったすっきりした表情をしていた。

 周囲のグラテアンの騎士たちに視線を投げたと思ったら、二柱の愛し子君とクリュセラ以外の騎士たちは方々へと駆け去ってく。

 二柱の愛し子君は不思議そうにしており、クリュセラに話しかけているようだ。隠蔽を解いた神編術師たちとこちらへと向かってくる。


 いつの間にか静かになった巫女の手には手鏡があり、それに静かに術式を込めているようだった。



「テネブラ中隊長、神編術師たちをお連れしました」


「ご苦労でした、クリュセラ。さて、巫覡と侍従ディジャー方は彼らの移転術で国境外へ移動する準備をしてください」



 なんで? 協力してゲマドロースを倒すんだろ?

 思わず二柱の愛し子君と顔を合わせて、お互いに首をひねっていた。それに苦笑してイヴセーリスは続ける。



「これからゲマドロースを結界で囲い、お姫様の… いいえ女神のお力による熱線で奴が滅びるまで攻撃し続けるんです。奴は一応グラキエス・ランケア帝国の民ですからね、万が一にも貴殿方の氷の術の影響を結界に及ぼしたくないんです」


「氷の男神の愛し子や氷の術力で結界を解く事が出来る可能性があるし、氷の気配を帯びた所から術力を引き込むかもしれない、か」


「ええ。それに、もし共同で結界を張ったとしたら再度強化が必要になれば貴殿方の協力が必要になるでしょう? その時ゲマドロースの手の者に、この国に侵入されるのは避けたい。関わる人数は少ない方がいいんです」



 確かに、俺たちは他国の人間だし人が増えるほどに付け入る隙は生まれる。



「それに、ゲマドロースだった者が滅びるまでに、どれだけの時間がかかるか分かりませんしね」


「そこまで時間がかかるもんなんすか?」



 イヴセーリスの言葉に反応したピスティアブの発言に、アラネオの目が座る。



「ピスティアブ、あなたは馬鹿ですか? いえ、馬鹿でしたね」



 率直すぎん? アラネオが座った目のまま幼子に語るように言う。実際はクアーケルにも教える為なんだろうけどな。なんでこっち見るんだよ。知ってる、俺は今のゲマドロースがとんでもなく丈夫になってるって知ってるから。



「相手は神ですよ。巫覡や巫女でさえ条件次第で数日から十日は不眠不休で戦闘可能なんです。あんな風に神の宿った巫覡がいつまで復活し続けられるかなんて、誰にも分かりませんよ」


「ええぇ、何日もああやって回復しちゃうんですか?」


「しますよ。あれだけ深く神が同調していれば十数日どころか、数年、数十年だって耐えるでしょうね。しかも外部から神々の能力(ちから)が届けば、それが尽きるまで保ってしまう」



 不安そうに言うクアーケルに容赦なくアラネオが断言した。ピスティアブ、口が開いてるぞ。



「そんなんじゃ、永久に生きられるじゃないですか! しかも途中で攻撃が途絶えちゃったら… 」


「あの様子じゃ、攻撃が途絶えて身体が完全に回復したら思いのまま王国を蹂躙するでしょうね」


「ですから、この場に留めて確実にゲマドロースの肉体を消滅させなければ。だから女神の気配の濃いこの場で、女神のお能力(ちから)に有利な結界を張って他の神々からの能力(ちから)供給を遮断し、奴を殺し続けるんです」



 それには氷の男神の気配を持つ俺たちは邪魔なんだって事ね。さすがのクアーケルもイヴセーリスの説明で納得したようだった。


 今も炎に焼かれたり我が巫覡に手足を氷付けにされて砕かれてるのに、しれっと生えてるみたいに復活してるもんな。もう本当に人間辞めちゃってるわ。

 誰の言葉かは分からないが女神も巫覡も巫女も殺すとか、王国を滅ぼしてやるってずっと叫んでるし。合間に聞こえる娘を寄越せとかは強欲の男神なんだろうけど。



「テネブラ中隊長、後は私が説明します。スティーシア様の補助に集中なさってください」


「助かる、任せます」



 イヴセーリスは俺たちと会話をしていた間も、巫女の術の調整をしていたんだろう。クリュセラの申し出に短く答えて押し黙った。顔と視線はこちらを向いてるが、その目は何も見ていない。術の展開に集中してるんだ。



「ゲマドロースの周囲を結界で囲み、そこへスティーシア様の熱線をあの手鏡から注ぎ続けます。結界は外部からの熱線は通しますが、内部からは通さず反射して奴を焼き続けることになるんです」


「それなら熱線の先端が消えても焼かれ続けるでしょうが、手鏡を破壊されたら終わりでしょう?」


「はい、だから手鏡の外からもう一重結界を展開し手鏡を守ります。たとえゲマドロースや奴に宿った神々からの攻撃でも、結界内部からの攻撃は通りませんし、外側の結界は外部からのどんな攻撃も通さない条件付けをします」


「ああ、女神からのお力だけを通し術力を補充し続けるのですね。しかし補充よりも放出の方が大きいでしょう、いつまでも術力は保たないのでは?」


「スティーシア様が女神に願い手鏡を強化して頂き、ずっと前から術力を注ぎ続けていましたし、女神の気配も吸収して熱線くらいならば百年程度出し続けられます」


「……素晴らしいですね」



 さすがのアラネオも巫女の規格外さに驚いてるらしい。俺も驚きの連続だったんだ、お前も驚け。

 なんて、化け物じみたゲマドロースだけに注意を払って、他への警戒を怠っていた。俺たちは油断したんだ。

 巫女とイヴセーリスは結界と手鏡への術展開で集中していたし、神編術師は数人で組んで俺たちを連れて移転術の準備にかかっていて、二柱の愛し子君も俺たちも神編術師たちに気を向けていた。


 クリュセラの「スティーシア様!」という叫び声と短い投擲音が聞こえ、俺が振り向いて見たものは、イヴセーリスがクリュセラを抱きかかえている状態の二人の背中だった。

 さっきまでクリュセラ、巫女、イヴセーリスの順で俺に近く、全員こちらを向いたいた。それなのに、今は巫女は動いておらずクリュセラが一番遠いし、向こうを向いている。いつの間に二人とも移動したのか。

 二人ともやや右手、ゲマドロースの肉体をしたものが吠えているより少し離れた位置を見ている。そいつが何かを投げたのかもしれないと俺たちもそちらを向けば、炎の檻に囚われて怯えていたはずの天馬調教師カエルクスマネジャレイーネルトが、天馬カエルクスにも乗らず空中に立っていた。


 どうやって檻から抜け出したのかも疑問だが、なぜ宙に浮いていられるんだ?


 こけた頬はさらにげっそりして、顔色はいつもの土気色だが瞳だけがギラギラと輝いている。嫌らしい視線の男だったが、あんなに目に迫力のある奴じゃなかった。今の、あいつの全てが異常だ。

 なんだろう、得体の知れない雰囲気と迫力と圧迫感で冷や汗が止まらない。



「ふ、ふふふ… お前も、あの忌々しい坊や達を追って消えておしまいなさい。憎々しいあの女にそっくりな小娘が!」



 イーネルトの声はお世辞にも美声とは言い難かった。だが、顔色悪い男の口から低めの、どう聞いても女性の美しい声が飛び出してくる。土気色した男の顔と、女性と思われる声の不一致さで違和感がすげぇ。

 イーネルトの姿をした何かは、視線で射殺せるんじゃなかと思わせる目つきで巫女を睨んで叫んでいた。



「イーサニテル小隊長… こ、この変な感じ… 」



 いつも陽気で大概の事にはビビらない胆力を持つピスティアブが、本気で怯えている。

 禍々しいとも言える、この力ある気配はたぶん。



「ああ、なにがしかの神だろう。下がっていろ」



 神編術師たちと共に部下全員をイーネルトとゲマドロースの居る所から距離を取らせておかないと、この気配で意識を失いかねない。

 人間(ひと)の身体に宿っているとはいえ、神が三柱も集合しちまったのはどうすりゃいいんだろう。


 というか、あれ誰?


 現実逃避のように疑問が湧いてる俺と、同じように動けない一同が固まっている静かな場に、巫女の溜息が響く。



「死人に宿るのは禁じられているのでしょう? しかも、そんな貧相な男に宿って。随分と必死ですのね、お婆さんってば。ぷっ」



 イーネルトの姿をした何かに背を向けた格好で手鏡に術式を込めていた巫女が、おそらくあとは展開するだけになった手鏡を握りしめて、ニタァと余裕の笑を浮かべてゆっくりと振り向き、奴の姿を見たとたんに吹き出した。


 巫女の痛烈な言葉に、先ほどとは違った緊迫感が漂う。イーネルトの姿をした何かの顔は憤怒に染まっていっているのだが、巫女が平然と笑っているおかげで変に力が入っていた身体が緩んだ。

 神と相対しているんだ。平気な振りをしているのかと思ったが、本当に余裕があるんだと思う。

 巫女が口を開くまで緊張していた二柱の愛し子君が、余裕ありげな表情に戻っていたからだ。

 我が巫覡は… うんいつもの表情。さすがの胆力です、我が巫覡。



「 …………… 小ぉ娘ぇぇえ!!」



 うぉおう、目をかっ開いて唸り声を上げる、イーネルトの姿をした何か。

 我が巫覡と巫女は余裕そうでも、俺は怖い。


 アラネオの視線が背中に刺さってる気がする。が、不甲斐ないと言われようとも、怖いもんは怖いって!

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