騎士団集合会議3
宮殿と神殿から帝国に軍備が確認されたとの報告が上がっており、フランマテルムへの侵略軍派遣が予想される。
ただし、グラキエス・ランケア皇帝ゲマドロース・スアロガーンス自ら軍を率いる気配が無いことからつい先日、守護衛士兵団の総大将に任命されたエイディンカの巫覡、プリメトゥス・レーガリアが侵略軍の筆頭と考えられる。
対して我が国は、巫女たるカリタリスティーシア様が団長として率いるグラテアン騎士団を、展開する王国軍の最前に据え主軍として迎撃体制を計画したい。
軍務大臣ゲマネウム伯爵の話は続いているが、総大将がエイディンカの巫覡と言われた辺りから意味の有る言葉として耳に入って来なくなった。
集中しなくてはいけないのに、緑萌える木々の下に儚く佇む幼い男の子の面影が瞼にちらついて落ち着かない。
不安を欠片も見せない口調で、淡々と迷ったのだと告げる澄んだ青い瞳、落ち着いていて年齢のわりに高い身長のせいで、幼く見えない少年。
あまりにも静かなので精霊かとも疑った少年は、話してみればほとんど感情を表さないが、好奇心旺盛な子どもだった。5年前に出会った時はまだ9歳になったばかりだと言っていた。
「総大将はエイディンカの巫覡だとのこどだが、かの巫覡はまだ年若い少年であると記憶している。総大将に任命されてそう日もたっていないはずだ。戦闘力は我らが巫女殿と拮抗するとして、彼の軍指揮能力の評価はどんなものだ?」
アルドール殿下の言葉で幼な子の思い出を頭から追い払う。
「グラテアンを最前にするとなると、軍の総指揮は巫女殿ということになる。巫女殿の指揮能力は申し分ないし従うことに異議もない。だが、それではグラテアンに過度の負担をかけることにならないか?」
畳み掛けるように続くアルドール殿下に、唇の片方をあげるだけの嫌らしい笑みを浮かべ主席参謀ウェルテス伯爵が答える。
「十代前半だと聞いております。戦闘力は疑うべくもなく、直接戦闘となると巫女どのでないと一対一では難しいと予想されます。殿下が心配されている軍としての戦力ですが、かのグランキエス帝国は強い者の発言力が大きい国、問題なく軍を掌握するでしょう。もともとグランキエスの巫覡は将軍になるべく教育される存在、配下も素直に従うはずなので苦戦を強いられそうですな」
苦戦を強いられそうじゃなくて確実に苦戦になるんだよ、その頭は飾りか? みたいな事をアルドール殿下が思っていそうだなぁ、と他人事のように考えていたらまだ続きがあったようだ。
「ですが、我が国の最強の騎士団の最強の戦士であり団長である巫女カリタリスティーシア様も、齢18歳でいらっしゃるではありませんか」
何が問題なのだ、と嘲ったような声は主席参謀ウェルテス伯爵のものだが、側に控えている軍務大臣ゲマネウム侯爵の表情も似たような小馬鹿にした嫌らしいものだった。
そんな強力な帝国軍に私設騎士団でしかないグラテアンを最前線に置いての迎撃なんて、問題しかないじゃないか。
うち、私設騎士団としては規模も大きく天馬特化の騎士団で天馬保有数も在籍騎士も多いけど、あくまで私設であって王国軍のように国中に展開できるほどの天馬や騎士は居ないっていうのに。
眉にしわを寄せた殿下にものともせず、薄笑いすら浮かべるウェルテス伯爵へ目をすがめるパークス団長、アニラス団長も不快を隠す事をせず視線を投げかけている。
何名かの視線が私の後ろに向けられ驚いていることから、恐らく小兄さまが憤怒の表情で睨み付けていると思われる。
主席参謀はアルドール殿下へ集中していて、小兄さまには全く気がついてないようだけど。あの人、馬鹿なのかしら。
巫覡には巫女を、帝国軍にはグラテアン騎士団をぶつけておけばいいじゃないか、と主戦力の巫女を使い捨てる気しかない発言をする参謀。
今回使い捨てて撃退したとして、もし巫覡が残って巫女が消えた場合の次回はどうするのか。
え、まさか侵攻されるの今回だけだとか思ってるの? それとも巫覡であっても数で押し返せると軽く考えてるとか?
もしかして、私ひとりで近衛騎士団なら壊滅させられるって知らないの? 国ごとつぶす気なら軍すら壁にならないのに。
ええ? まさか、巫覡と巫女を同士討ちさせときゃいいや的な考え?
本気で戦って巫覡は取り逃がして国土を焦土にして、私だけ消えたらとかは考えてないのかしら。考えてないんだよね。
王は女神エイデアリーシェの巫女も巫覡も戦闘にしか役にたたない厄介者としか思っていない。神殿が大事にしている民に貢献できる侍女や侍従ですら、ただの神殿が持っている道具だと思っているようだし。あの主席参謀も同類かぁ。
アルドール殿下は私との訓練や大兄さまとの交流で、戦闘力以外の女神の能力を発揮出来ることと女神からの寵も桁違いだと気がついているようで、王を諌めつつ私に敬意を払ってくださっている。
そんな殿下の話を聞いている王太子殿下も私を蔑むことなく、ひとりの能力ある人間として扱ってくださる。ヴァニへの態度も私と変わらない。
もちろん、親切心や憐れみだけで親しくしているわけじゃない。
国力として巫女である小娘と便利な女神の侍女や侍従を、より良く国に縛り付けておきたいという思惑があるのは解っている。そのために様々な神職や神殿特権を認めているのだから。
それでも王と王子二人の視線や態度には、間に深い溝や谷が出来そうな位には差がある。
こちらにそこそこ気を遣えてそれなりの扱いをできる、そんなお二人が国を治めてくださるなら、国の思惑も受け止めて全力でお助けするのに。
そもそも王は女神を、というより数多の神が存在していることすら信じていない。氷の男神エイディンカを祀るグランキエス帝国でも、炎の女神の根本とも言える火を扱う能力者が多数存在するからなのだとか。
馬鹿なのかな?
本当に女神を祀る国の王なのかと問いたい。
神は人間ではないのだ。なぜ人間が勝手に振り分けた国にしか居られない、と決めつけるのだろう。
グランキエス帝国はエイディンカを主神と定めているだけで、規模の差はあれど多くの神々を祀っている国。祀る数だけ神もおわしますのに。
もちろん女神エイデアリーシェの神殿もある。
女神のみを神として、他の神々は神ではないと嘯く我が国の神殿がおかしいのだけど。おかしいのだが、それが我が国での女神の『ちから』を強めているのだから質が悪い。
女神への尊敬も信仰すらもない力なき老いた神官がのさばり、敬虔な信者である神官たちの立場は弱い。神殿をなんとかしないとこの国の未来は無いというのに、危機感を持つのが神殿と宮殿のトップに居ないんだもの。
あ、これお先まっくらってやつだ…と遠い目になる。
母なる女神、どうしたらいいでしょうね?
女神
どうもしないわよ、気になるならどうにかしてちょうだい。