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魅惑の暗殺者に危機一髪!?

 国王陛下からのお言葉、そして王族への謁見と挨拶を兼ねた行列が捌けた頃合いを見計らって始まるダンスの時間。この時間は、一段高い場所から降りた王族との会話など直接のコンタクトが可能になる。


 わたしが入れ替わるのはいつもそんなタイミングだ。


 物腰柔らかい王太子に、さぞ与しやすいだろうと近付いた者達を無言の圧や殺気で撃退するのがわたしの役割。そう、全てを撥ね退ける我が『盾』の家門の本領発揮タイムだ!


「アラステア殿下ご機嫌麗しゅう御座います」

「殿下のご尊顔を身近に拝するこの機会を、楽しみにしておりましたのよ」


 今日もアラステアの上っ面に騙された、怖いもの知らずの当主とご令嬢に取り囲まれる。

 ここで、相手を完全に撥ね退けたのでは王太子の名に傷が付く。あくまで「今日は近寄りにくいなぁ~」「高貴な人にはやっぱり独特なオーラがあって話しにくいなぁ~」くらいに思わせて、自らそうと気付かずに身を引かせるのが玄人の技だ。


「あぁ、アラステア殿下……―――っ!?本日はお招き、誠にありがとう存じます」

「愉しんでくれ」


 笑顔にささやかな殺気を隠匿させて、2、3言葉を交わしつつスマートにいなして行く。ダンスのお誘いなどはもちろんしない、させない。


 この害意、悪意と取られない微妙な調整が難しい。

 わたしの影武者仕事のほとんどは、気付けばいつも婚約者候補のご令嬢の撃退となっている。ただ、終わってみればいつも本人の方は敵対勢力の誰某を捕縛した、寝返らせた……とか、誰某の目論見の種を摘んだ、潰した……何て言ってるから、効果はあるのだろう。


 広間の中を見渡せば、警備の騎士に紛れる変装をしたアラステアが見える。そして目的を持って特定の人物への接触を図ったり、観察したりと動いている様子が分かる。だから彼なりに何かは出来ているんだろう。頭脳労働は苦手なので、その辺に踏み込んだ話は聞かないことにしているから詳しいことは分からないけどね。わたしは直接降りかかってくる火の粉を避ける今の分担で構わないもの。




 ――とか思っていたら、騎士姿のあいつがわたしに鋭い視線を向けて来た。

 なんだ?!あんまり考えずに肉体労働だけして楽しようと思ってたのを読まれた!?


「アラステア殿下」


 焦るわたしとは逆に、しっとりと落ち着いた若い男の声が掛けられた。返事をする前に嗅ぎ慣れない花と香草を混ぜた匂いが漂い、反射的にグッと息をこらえる。


「先程もご挨拶をさせていただきましたが、今一度、私の自慢の妹を紹介したく御前に失礼いたします。殿下とは留学を許していただいております学園で何度かお目に掛ったこともあるかと存じますが」

「イリヤーナ・ミリウ・カイルダンですわ。アラステア殿下」


 何も言わずにじっと見詰めていれば、メリハリボディに異国らしい身体の線を強調した艶めかしい衣装を纏ったイリヤーナが、さもそれが当然と言わんばかりにわたしの右腕に両腕を絡ませ、ピタリと全身で張り付いてきた。


「殿下、学園でもなかなかお近付きになれず寂しゅう御座いましたわ」

「我らもこの夜会を最後に帰国することになっております。どうぞ、今宵は祖国への想い出作りに友好を深めさせていただきたい」


 兄妹が有無を言わさぬコンビネーションで、わたしを人目につきにくいテラスへ誘導して行く。


 この2人が纏った独特の匂いはやはり思考を麻痺させる成分の含まれたものだったのだろう。黙って足を進めるわたしになんの戸惑いを見せることなく、むしろ誘導する腕に力を入れてくる。

 大勢の中でことを起こす気は無いと云うことらしい。


 ひゅう


 外気の流れるテラスに踏み出し、幾分か独特の薬香の匂いが薄れる。その効果が切れる前に片を付けたかった人間が動くなら今だ。思った通り、カイルダン令息の方がカーテンを引いて広間からの視線を遮り、イリヤーナが素早く胸元に仕込んだ毒針を取り出して来た。




「きゃあ!」


 大きく響いた声が広間にも届いて、テラスの前に招待客たちが集まる。


 悪いけど、このタイミングを狙っていたのはわたしも一緒だ。


 叫び声をあげたのはイリヤーナだった。彼女は床面に頭を擦り付ける格好で跪き、わたしはその背に片膝をかけ、左手だけで彼女の両手首を後方へ捻りあげている。

 右手は短剣を投擲しようとした格好で中途半端に静止させることになった。


 このバルコニーに居るはずのもう一人の男を攻撃しようとしたのだけれど、どうやらそちらへの対処は、あいつに後れを取ってしまったみたいだ。


「くっ……離せっ!何故分かった!何故妹の魅了が効かない!?」

「薬香など、そんな子供騙しは通じん!」


 それにわたし女子だからね!魅了されてたまるか!!

 ふんっと鼻息荒く笑顔に圧を乗せれば、観客たちから「おぉ……」と低い歓声が上がる。


 これでアラステアの武勇伝が一つ増えたことだろう。女暗殺者にも容赦ないって話も添えて。ついでに縁談も減ったとしても……まぁ、し~らないっ。なんだかその方が、わたしの気分も良いしね!


 そんなわたしの内心に気付いているのか、アラステア本人は微かに不機嫌そうに眉を寄せつつ、カイルダン兄の方をガッチリと拘束している。床に転がっている剣は、拘束されている兄が隠し持っていたものだ。この剣が目に入ったから短剣を取り出したのに、今回もアラステア本人に先を越されてしまった。守るべき王族の手を煩わせてしまうなんてわたしもまだまだね。


 そうこうしている間にアラステア直属の騎士達がテラスを覗き込む貴族たちを下がらせて、わたしやアラステアから件の隣国の暗殺者達を引っ立てて行く。「いやーいつ見ても見事な腕前だねぇ。活きのいいまんま捕えてくれるお陰で今回も沢山情報を引き出せそうだよ」なんて呑気な声が聞こえたと思ったら、やっぱりそこにいたのはベンジャミンだった。彼は暗殺者や間者の取り調べも請け負っている。


「ベンジャミン、連れていって吐かせろ」

「はいはーい」


 王太子の身に降りかかる火の粉は、表向きはこの2人によって片付けられているとされている。幼馴染であり固い主従関係で結ばれた未来の国王と宰相の姿は信頼感にあふれていて、ちょっとだけ羨ましいと思ったのは内緒だ。

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