90頁目.情報と門と許諾と……
エストの家に戻ったセリスたちは、しばらく黙り込んでいた。
特にセリスは頭まで抱えている。
すると、ノエルがセリスに向けて声を発した。
『セリス、大丈夫か』
「体調は問題ないわ。でも、あいつらがこの魔法社会の闇のせいで生まれたって考えると、何とも言えない気持ちになっちゃって……」
『闇魔法のせい……と言ってしまえば簡単だがそれ以上に、魔法は使う側の善悪によってどういう形にもなりうる。人を助けるために使う奴もいれば、人殺しの道具に使う奴もいるし、研究を行う過程で誰かを殺す奴もいる。この魔法社会に存在する闇ってのは、そういった人間性の違いで生まれてしまっているものだ』
「一応言っておくっスけど、魔法犯罪は普通の犯罪以上に罪が重くなるっス。それも、悪意の有無に関わらず、っス。この子だって死刑を保留にされてるだけで、重犯罪者ってのは変わらないっスからね。セリスが何を思ったのかは知らないっスけど、悪人に同情するのはほどほどにしておくっスよ」
「はい、分かってます。境遇には同情したけど、その後の犯罪行為については確実に悪だと思ってますから。どちらかというと、この魔法社会にどれだけの深い闇があるのかの方が気になっちゃったといいますか……」
「それに関連して、ちょっといいかな」
そう言ったのはロヴィアだった。
セリスは首を傾げる。
「社会の闇に関連して……?」
「あ、もしかして教団の2人から得た情報のことですか?」
「うーん……。まあ、まずはそっちからの方が良さそうね。先にデモニアから得た情報。それは『至天の呪い』と呼ばれる呪いのことだったわ。デモニアは教団の設立メンバーの1人だったこともあって、ディーザの研究に付き合うことが多かったみたいなの。そこで見たのが、ディーザが研究していた強力な呪いよ」
「あ、シバとルインの呪いがそんな呼ばれ方されてたような……。シバはこの名前、知ってたのかな?」
「知らなかった。今、初めて、知った」
そういって、シバは首を横に振った。
ルインは既に結晶に戻っていたため返答はない。
ロヴィアは言葉を続ける。
「とりあえず、『震』と『滅』の2つを除いた至天の呪いはあと2つ。それが『餓』と『禍』の呪いよ。前者はスターヴが持っていた呪いね。そして、後者はラミティカが持っているみたい」
「ラミティカ、あたしたち以外の全ての時間を止めてた。ただの時魔法でそんなレベルの時間干渉ができるなんて思えない。それがあの呪いの力ってことなのかしら」
『かもしれないな……って、うん? ディーザの呪いはそれに含まれてないのか?』
「どうやらデモニアの記憶では、出会った頃からその呪いを有していたみたいよ。そして、ディーザの呪いはあらゆる魔法を無力化する強力な呪い。その力を使って呪いと魔法を組み合わせることに成功したみたいね。つまり、今の大災司が使っている呪いはほとんどディーザの研究の成果ってことになるのかしら」
『引っかかるところは多少あるが、ラミティカも当然とはいえ呪いを有していることが分かったのは大きいな。コラプスの方の情報は?』
「そっちが本題ね。彼女は教団の設立から少しして参加した古参の1人だったみたいなんだけど、デモニア以上に重要な情報を持っていたわ。デモニアも持っているはずの情報だけど、今回は土震魔法で一瞬しか記憶を読めてないから強く記憶に残る情報しか読めなかったの。そして、この情報はセリスたちの今後にも大きく関わってくる話よ」
「え、あたしたちの今後?」
ロヴィアは頷きながら言った。
「コラプスが持っていたのは、連中の本拠地がある地獄に入ることができる場所の情報。『地獄の門』ってそのままの名前だけど、そこから地獄へ転移することができるらしいわ。そして、その門がある場所こそがセリスたちの旅の次なる目的地にして、魔女ライセンスの最終試験が行われる場所」
『おい、まさか……』
「魔法大国・ヴァスカル。魔法貴族たちによって構成された、超がつくほど厳格な魔導士国家。そこに、連中の本拠地に繋がる道がある」
セリスたちは唖然としていた。
その中でも、エストは誰よりも驚いた表情を見せていた。
「アチキたち……そんな敵の本陣の近くで毎度毎度、大魔女集会なんてしてたんスか……? え?」
「信じられないって気持ちは私も同じよ。だって、ヴァスカルこそ教団みたいな連中を絶対に許さない魔導士ばかりがいる国でしょ? それに、クロネさんだっているんだし、そんなまさかがあるなんて……」
『……そんなまさかが起きるような何かがあった、と見るべきだろう。ヴァスカルには何かがある。そんな気がしたから、ロヴィアはセリスたちにヴァスカルに勝手に行かないように言ったんじゃないのか? それに、さっきの魔法社会の闇の話に関連させるってのはそういうことだろう?』
「それは…………ええ、そうね。確信はなかった。でも、大魔女集会をするたびに何か良くない気配みたいなものを私はずっと感じてた。獣人としての野生の勘……みたいなものかしら。でも、クロネさんは昔と特に変わった様子がなかったのよ? 前回もそうだったし」
『待て。それこそおかしくないか? どうしてクロネさんだけ変わっていない?』
「あ、確かに。クロネ様はノエルの母親なのよね? だったら、誰よりも封じられた記憶の影響を受けそうなものなのに」
ロヴィアはハッとする。
「完全に見落としてた。そうよ、そうよね。自分の娘の記憶を失っているのに、昔から変わっていないっていう事態そのものがおかしかったのよ……! エスト、どういうことなの!」
「え、アチキに聞かれても……。そもそもアチキは記憶が消えてたっスから、その辺りの違和感自体を感じられない立場だったんスよ? あ、でも意外とそういうもんかもしれないっス。記憶を封じたあの魔法は、事実誤認をさせる魔法でもあったっスから」
『事実誤認……ってことは、その間の記憶がすっぽり抜けるようなもんじゃなくて、封じられた存在自体が別のものに置換されてたり消えたりしてるんだな。サフィーの記憶が一番分かりやすいか。あの子はアタシとマリンの3人で旅していたはずが、マリンと姉妹で2人旅した記憶になっていた』
「そういうことっス。そして、それがクロネさんに適用されたとすれば、きっと自分の娘はソワレさんただ1人だと思っている可能性が高いっスね」
『……そう、か』
「ノエル……」
セリスたちは言葉に詰まる。
すると、シバが口を開いた。
「ヴァスカルには、ラミティカ様が、いる」
「……え?」
「ラミティカ様、言ってた。ヴァスカル、一番重要。天と地が、交わる、場所」
「天と地……? 確かに地獄には続いてるけど、天ってどういう……。いや、それよりもラミティカはヴァスカルにいるの?」
シバは頷いた。
フィンは少し考えた後、納得したように言った。
「確かに、もしヴァスカルの内部でおかしなことが起きているんだとしたら、そこに教団の手が回っている可能性はかなり高いよね。なにせ地獄の門がある場所だから一番警戒をしなきゃいけない、連中にとっては最重要拠点ってことになる。となると、その指揮をしているのはほぼ間違いなく大災司だ」
「あ、そうだった。もう1つ大事な情報を言い忘れていたわ。というか、シバの伝え忘れね。大災司は全部で9人よ。だから、残る大災司はラミティカとディーザの2人だけってこと」
「伝え忘れ……って、シバは知ってたのね。ってことは、あたしたちはもう全ての大災司と会ってるってことになるけど……。残る問題は、他の教団の連中があとどれくらいいるのかってところくらい? ロヴィア様、何か情報掴んでませんか?」
「そこまでは流石に分からなかったわね。でも、教団の構成員はほとんどが孤児院のメンバーだってことはルインが言ってた通りだとして、いても2桁じゃないかしら」
『もし人員の話をしているのであればそれくらいだろうが、兵力としての話をしているのであればもっと多いんじゃないか? 現に、土震魔法で死体を歩かせて爆弾にしていた事例がある。それを引き起こしていたのがディーザが作った呪いということは、今のシバが持っているのとは別で土震魔法があってもおかしくない』
「あ……」
セリスたちはまたも唖然とする。
ノエルはさらに言葉を続ける。
『それに、もしもヴァスカル自体が教団の手に落ちているとしたら、あの国家にいる魔導士が全て敵……という可能性も捨てきれない。まあ流石にクロネさんが許さないとは思うが……最悪のパターンは想定しておくに越したことはない。あくまで、あくまで可能性の話だ……』
「ノエル……?」
『一番想定したくないのは、こちら側に裏切者がいる……そんな可能性だ。特に、最後の砦と思われていた大魔女に……』
「まさか、クロネさんが教団側かもしれないって話っスか……!?」
『最悪の、想定だがね。だが、あくまで可能性の話だと言っているだろう? 最初から疑ってかかれという話じゃない。どんな真実を突きつけられようと、それを受け入れる覚悟をしておけという話だ。セリスはどう思う?』
「え、あたし? うーん、今の話だけ聞いてると、クロネ様があっち側につくとしても何か理由はあると思うのよね。監視する目的とか、そういうの。だって、大魔女様って誰よりも魔法に依存した立場でしょ? 記憶がどうあれ、教団の目的を達成しちゃうとこの世から魔法が消えちゃうんだし、それは許さないと思うの」
それを聞いたロヴィアとエストは全力で頷いている。
「あと、あたしはどうあっても大魔女様のオタクだから、大魔女様のことは信用したいの。もしもあっち側についてたとしても、理由も聞かずにこっち側に引き戻すような真似はしないわ。それと……魔女ライセンスの最終試験に絶対響くからあんまり無駄なこと考えたくない……」
「本音が出ちゃってるよ、姉ちゃん……」
『とのことだ。アタシだってクロネさんの記憶は戻したいし、行かない理由はない。もしそこに地獄の門があったとしても、そこに向かうのは大魔女全員の力が揃ってからだ』
「それには私も同意するわ。一度入ると帰ってこられない可能性だってあるわけだし、ちゃんとその門を研究したうえで全力で臨まないと。あ、でもすぐは無理よ。まだ残りの大災司たちから情報を引き出せてないもの」
「スターヴの方も、アチキが情報を引き出せるだけ引き出しておくっス。となると、どこかのタイミングで全ての大魔女を招集しなきゃならないっスね」
『それは、クロネさんに任せるとしよう。クロネさんの記憶を戻し、セリスに魔女ライセンスを取得させ、地獄の門を見つける。それらが全て終わったら、大魔女の招集を行わせよう。緊急開催の大魔女集会だ!』
ノエルの言葉に大魔女たちは同意する。
すると、セリスがハッとして言った。
「あ、スティアのこと忘れてた。ヴァスカルを除くと、残るあの子の試験は今いるノルベンと……あとはプリングだけのはず。ノーリスで落ち合うって話だったけど、いつになるかまだ目途が立ってないのよね……」
「だったら、ノーリスにスティアが来たら私から連絡するわ。次に行く国とか住所さえ共有してくれれば、いつでも伝達してあげるから」
「ライセンス試験と関係ない他の国に行くのもあり、みたいな話は前にノエルがしてたよね。でも、目的もなくどこかに行くっていうのもな……」
フィンの呟きを聞いてエストは少し考え、言った。
「ノエルの研究資料を回収する、とかどうっスか? メモラのソワレ村なら2人の実家があるっスし、連絡も取りやすいはずっス」
「なるほど……って思いましたけど、実はノエルの家の資料は既に全部回収しちゃってて……。今はフィンの部屋にあるんじゃなかったっけ」
「うん、そうだね。勝手に読むとマズそうだったから箱に保管してるだけだけど、品質は保証できるはず」
「あー、そうだったんスか? いつか読ませて欲しいっス。でもまあ、里帰りってのもアリだと思うっスよ。これまでずっと旅をし続けてたっスから、久々にリラックスするってのも目的としては間違いじゃないっス」
『資料の件はさておき、メモラに帰郷するというのは確かにアリだ。だが、ただ休ませるためだけに戻らせるのも師匠としては見過ごせないところではあるね……』
「だったら、ノエルもライセンス試験、してみたらどうっスか?」
エストの言葉に一瞬、場の空気が固まる。
やがて、ノエルはエストに尋ねた。
『アタシが、ライセンス試験を受ける……のか?』
「あ、違うっス、違うっス。セリスのライセンス試験の話っスよ。ノエルだって大魔女なんスから、セリスの力を見定める何かしらの試練を与えても良いんじゃないか、って話っス」
『あぁ、そういうことか……。なるほどね……』
「え、ノエルの試験? でも、あたしノエルの弟子としてはずっと一緒にいたんだし、何も見定める要素なんてないような……」
『……1つだけ、思いつくものはある。ちょっとエスト、確認して良いか? これだけは今の大魔女に確認が必要だ』
「ん? 何かあるっスか?」
ノエルはエストの耳元まで飛んでいき、小さな声で何かを伝えた。
「うーん……。はっきり言わせてもらうと、アチキの口から許可はできないっスね」
『まあ、流石にそうだよな……。どうしたものか……』
「でも、見逃がすくらいはいくらでもしてやれるっス。もちろん、誰にも見つからないって条件でなら何があってもアチキたちは知らないことっスから」
『お、それなら場所さえ見つかればできそうだね。助かるよ』
「な、何の話?」
『セリスの修業。そして、ついでにフィンの修業の話だ。さあ、明日にでも出発するぞ。目指すはメモラのソワレ村。里帰りするよ、2人とも』
ノエルはセリスたちにそう言った。
セリスたちは納得しきれてはいないものの頷く。
一方で、ロヴィアはエストからノエルの話を聞いて驚いていた。
「え? ノエル、あんた何を……!?」
『あぁ、エストから聞いたんだな。確かに口止めはしていなかったが』
「えー、だったらあたしたちにも教えてよ!」
「これは流石に、セリスたち2人の同意なしでは開始できない修行よ。私から伝えても問題ないかしら?」
『……仕方ない。大魔女の許諾がないと、この修業はできないだろうから』
「2人とも、落ち着いて聞きなさい」
神妙な面持ちになったロヴィアに、セリスたちは唾を呑む。
エストはシバの耳を塞ぎ、ロヴィアに頷いた。
「ノエルの試験の想定は、フィンにある魔法を習得させて、セリスにはそれに対抗する力を身に着けてもらう……というものよ」
「あれ、それだけ聞くと普通ですね?」
「いや、待てよ。大魔女の許諾がどうこうって……まさか、その魔法って……」
「『闇魔法』よ。ノエルはセリスに闇魔法に対抗する力を身に着けさせたいってこと」
「「え、えええぇぇっ!?」」
セリスとフィンは互いに顔を見合わせ、ノエルに視線を向ける。
すると、ノエルは何事もなかったかのようにセリスの胸ポケットに入って言った。
『というわけだから、明日から里帰りだ。そしてついでに修行も行う。2人が見逃してくれるんだし、誰にも見られなきゃ問題ないはずだろう?』
「いや、いやいや……禁術を修行って……え? 俺、禁術覚えるの? ノエル、本気?」
『もちろん本気だとも。あぁ、ちなみに隠れて修行できる場所がないみたいなよっぽどの理由がない限り、お前たちに拒否権はないからね。こいつはディーザと戦うための練習だと思うんだ』
「う……確かにそれは大事な修行だけど……。でも、ノエルがそう言うなら仕方ないわね……。あたしはやるわ」
「姉ちゃんがその気なんだったら、俺も腹を括るしかないか……。絶対に、絶対に誰にも見つからない場所を探すところから……だからね。絶対だからね!?」
「何かあったら弁護くらいはしてやるっス……」
「エスト様……!? 縁起でもないこと言わないでくださいよ!?」
「もう既に心配になってきたわね……。フィン、頑張るのよ……」
そう言って、ロヴィアはフィンの肩に手を置いた。
驚いて固まった2人を置いて、ロヴィアとシバはエストの家から去っていくのだった。
こうして、セリスたちの次の目的地はメモラとなった。
セリスとフィンにとって久しぶりの帰郷となるはずだったが、ノエルの修業の提案のせいでハラハラし続ける羽目に遭うのであった。




