86頁目.ラミティカと因縁と夢の先と……
次の日の朝。
ラミティカに会う日を迎え、セリスとフィンは緊張で目を覚ました。
宿で朝食を済ませた後、セリスたちは作戦会議を始める。
「無事にスターヴは捕まって、盟約の力があるから今回の運命でフィンが死ぬってこともなくなったはず。問題は、その盟約のあたしたち側の条件をどうするべきか……よね」
「虚空魔法に封じられたディーザを、ラミティカに返すまでにどうするべきか、ってこと?」
「こちらが守らなきゃいけない盟約の内容は『あたしたち2人が一緒にラミティカの目の前でディーザを解放し、あたしたちはディーザを二度と閉じ込めないこと』。あっちの盟約と違って、こっちについてはディーザの状態についての縛りがないでしょ?」
「姉ちゃんまさか、また物騒なこと考えてる? いくら相手が教団のボスだからって、盟約に影響しそうな変なことはしない方が良いんじゃ……」
『アタシとしては何発でもぶん殴っておきたいところだけどね。でも、フィンの言う通りだ。魂の盟約ってのは厄介な力で、ラミティカがディーザの無事を前提とした解放を望んでいたのであれば、アタシたちは一切干渉できない。もちろん、盟約の内容からして解放後に攻撃するのであれば問題ないと思うよ』
「解放後に攻撃が通用しないと思ってるから、こっちから先手を打ちたいのよ」
「でも、ラミティカの力が虚空魔法の中に干渉してない以上は今のディーザ自身は俺たちを攻撃できる可能性が高い。俺たちは偶然にも、両方の盟約の条件を満たせる環境を作っちゃってたんだ。つまり、俺たちはディーザに手を出すこともままならない。ラミティカの目の前でなら、ラミティカ自身がディーザの攻撃を防いでくれるはずだけどね」
セリスはふと感じた違和感に首を傾げる。
「どうして2人とも解放直後にディーザを攻撃しようと考えてるの?」
『そこしかあいつらに攻撃するチャンスがないからだ。ラミティカとディーザと地獄以外で会える機会はこれきりかもしれない。今日、連中に引導を渡せるならそれに越したことはないのさ』
「なるほど、確かに……」
「とはいえ、俺たちの方にも何か策がないと攻撃なんてできないけどね。ラミティカはともかく、閉じ込めた時以外でディーザに魔法が通用しているところを見たことがない。それに、場所は時が止まる直前まで走り続けていた列車の中だから下手な攻撃は危険だ。最悪、ラミティカの盟約の穴を突くことになりかねない」
「盟約の穴? あいつらから攻撃受けないって時点で無敵だと思ってたけど、弱点なんてあったの?」
『自傷だな。今回の例で言うと、ラミティカが時間の固定を解いたタイミングでこっちの攻撃が列車に当たったとする。でも、それはあくまで自業自得による事故であって教団側の攻撃によるものじゃない。だからそのまま列車が事故を起こしてセリスたちが死ぬという可能性だってあるんだ』
「あっ……」
セリスはハッとし、そのまま考え込む。
そして言った。
「それじゃ、空間魔法か時魔法で戦闘用の空間を作るっていうのは?」
「却下。あの2人の力は計り知れない。姉ちゃんが作った空間を壊されないとも限らないんだよ。だから確実な有効打を持たないことにはどうしようもないと思う」
「うーん、それじゃ結論としては……」
『普通にディーザを返す。そしてその場で解散する……しかないね。あいつらとはまた違う機会に決着をつけるとしようじゃないか。地獄に行く方法さえ見つかれば……ってところだが、その辺りはロヴィアたちに任せるしかないかな』
「うぅ……納得いかないわ……」
「姉ちゃん、今は運命を乗り越えてスターヴを倒せたことを喜ぼうよ。前回と違って俺たちには魂の盟約がある。無事に明日を迎えられれば、それが姉ちゃんにとっての、俺たちにとっての大勝利だよ」
セリスは小さく溜息をつき、頷いた。
そして、立ち上がる。
「じゃ、そろそろ時間よ。盟約があっても警戒は解かずに、あいつらから絞れる情報は絞ってやるわ」
「もちろんそのつもり。ノルベン行きの列車で間違いないね?」
「あんたがその約束を取りつけたんだから、そこには自信を持って欲しいものね。恐らく間違いない、としか言えないわ」
『やれやれ、運命魔法とか時間魔法ってのは本当にややこしいもんだね。これだから特殊属性の魔法は異質だの例外だの言われることになるんだ』
「流石にそう言っちゃうとエスト様に失礼だけど……。まあ、あたしは身をもって理解しちゃってるから否定はできないわ……」
「知らぬ間に、精神的に2年も先を行かれるなんてね。冷静になって考えてみてもまだ頭が追いついてないし、しばらくは気にしないことにするよ。とにかく、ノルベン行きの切符は既に買ってあるからさ、ほら」
そう言って、フィンはセリスに切符を手渡す。
セリスはそれを握りしめ、フィンと一緒に駅へと向かうのだった。
***
そして、約束の時間になった。
周囲の時間が止まり、セリスとフィンとノエルは目の前に座る女の姿を見た。
相変わらずティーカップを手にして、落ち着き払っている姿はその場において異様なものだった。
「スターヴちゃんを倒したのね。そして、どっちも無事なようで何よりだわ」
「誰のせいだと思ってんのよ」
「でもそのおかげで、こうしてわたくしと魂の盟約を結べたでしょう? それはこれからのあなたたちにとってかなりのメリットとなるはず」
「元はと言えば、あんたたち教団が大魔女様たちを狙ったりしてるのが全部悪いんじゃない。あんたたちさえいなければこんな思いをすることもなかったの!」
「首を突っ込まなければ良いだけの話ではなくて? わたくしたちが目指しているのは大厄災を起こし、魔法が一切存在しない世界を作ること。別に魔法がなくとも、平和に過ごすことはできるでしょう?」
『魔法暦ってのが数十年くらいなもんだったらそれでも納得したかもしれないね。だが今はもうファーリが生まれて250年。魔法が大陸中……いや、この世の中に浸透してから大体200年は経過している。魔法が消えることで起きる被害は甚大なものとなる。というか、そもそも大厄災が再臨した時点でかなりの生命が死ぬことになるじゃないか』
すると、ラミティカは呆れた顔でこう返した。
「それの何が困るのかしら? 呪いに溢れて混乱する世界、魔法が消えて絶望する人々、そして絶望の淵に死に絶える生命たち。そんなもの、結果としてはこれまでの世界と何も変わらないわ。この世のどこかでは誰かが苦しみ、誰かが絶望し、誰かが理不尽に殺されている。ほら、何も変わらないでしょう?」
「いいや、全然違うよ。それとこれとでは規模が違いすぎる。俺たち人間は思っている以上に弱い生き物だ。そんな世界で生きていたとしても、すぐに絶滅する未来しか見えない。これのどこが平和に過ごせる世界なんだよ!」
「呪いを受け入れれば苦しまなくても良くなるわ。わたくしたちはそのために呪いの研究を進めていたのだから。そして、結果的にはそれはこうして実証されているじゃない?」
「こうして……? どういうことだよ」
ラミティカはフィンの方へ指先を向ける。
そして言った。
「フィンこそ、わたくしたちが求めていた呪いの完璧な適合例。呪いの力に苦しめられていたあなたは、この旅でたくさんの呪いを吸収した。そして、今はその痛みさえないのではなくて?」
「そ、れは……」
「フィン、そうだったの!? 確かに最近あんまり治癒の光魔法を使うことなくなってたけど……」
『治すどころか、適応させてしまった……ということか。だがそれは……』
「そう、セリスはもうフィンのために魔女になる必要はないということよ」
「っ……!!」
その言葉に胸を刺され、セリスの顔が引きつる。
ラミティカはまだ言葉を続けた。
「フィンの右腕はもう、呪いを解くなんて段階をとうに越えているのよ。呪いを吸収し、呪いに適応し、呪いの力を扱える。制御するのはまだ難しいでしょうけど、時間があればわたくしたちの誰よりも呪いをうまく使えるようになるはず。フィンちゃんは、ディーザ様を超える逸材よ」
「どうして、そんなことが分かるんだ」
「だって、ディーザ様の呪いはこれ以上成長できないもの。あの人の呪いは対魔法に特化した自然の呪いだけど、所詮は残滓から生まれた呪い。フィンちゃんの呪いはその残滓よりも、より大厄災に近しいモノから生まれた呪い。本質的に潜在能力が高いのは当然ね」
「違う……そういうことが聞きたいんじゃない。どうして、俺の呪いについてそんなに詳しいんだって聞いてるんだよ!」
「あぁ、だって……」
ラミティカは嬉しそうな顔でこう言い放った。
「その腕の呪いは、わたくしが作ったものだもの」
次の瞬間、フィンは籠手を装着してラミティカの顔に拳を振るう。
しかし、ラミティカの時魔法の力か、当たる寸前でそれは止まってしまった。
「あら、物騒」
「お前のせいで、俺も姉ちゃんも苦しんだんだ! 大厄災の再臨とか、魔法がない世界とか、そんな話どうでも良い! 俺たちには、お前を殴る権利がある!」
『フィン、気持ちは分かるが落ち着け! セリスも止め……られるわけがなかったか』
セリスは怒りに満ちた半泣き顔で、魔導書に手をかけていた。
しかし、それすらもラミティカによって動きを封じられている。
「あら? あなたも動きは止めているはずだけど喋ることはできるのね?」
『セリスたちと違って口がないもんでね。魔法の詠唱なんてしても魔法は発動できないけどね。それじゃ、2人に代わってアタシがあんたの話を聞いといてやるよ。まずは……どうしてお前が作った呪いとやらがフィンの右腕にある?』
ラミティカは語り始める。
「あれは偶然起きた事故だった。わたくしは10年くらい前に動物や魔物に呪いを与えたらどうなるか研究していて、当時作っていた呪いをついでに試していたわ。でも、そのうちの1匹が研究所から逃げてしまったの。その足取りを追ってみると、既に野生の同族と群れを形成してて、とある洞窟に潜んでいることが分かった」
『それがソワレ村の近くにあった洞窟で、フィンの腕を噛んだ魔物だったんだな。』
「ええ、きっとそのはず。わたくしがその洞窟を見つけた時には、呪いを失ったのか既に死んでしまっていた。でもその身体に書いていた検体ナンバーから、わたくしが作ったある呪いを帯びている個体だったことが分かったの。そして、しばらくはその呪いがフィンちゃんの肉体に転移していることなんて知らなかった」
『それなら、いつ気がついた?』
「あなたたちが住んでいた泉にディーザ様が行った時。うちの団員たちは呪いを探索し続けていて、偶然ある泉の近くに強い呪いの痕跡を見つけた。そして、フィンちゃんが知らず知らずのうちに発動していたその呪いの痕跡を追ってディーザ様が見つけたものこそ、今のフィンちゃんが使っている『黒の呪い』というわけ」
『アタシたちが住んでいた泉が襲撃された時、ディーザはフィンの腕の呪いのことを知ってる口ぶりだった。なるほど、帰還してからお前にその呪いの存在とフィンのことを伝えたんだな』
ラミティカは頷く。
「そういうこと。そして、その日からディーザ様はしばらく研究室に籠りきりになってしまった。それはセリスが原初光魔法なんてものを使ってディーザ様の呪いの力を破ってしまったから。それに加えて、泉から持ち帰った遺物を研究するためでもあったわ」
『アタシの魂核を遺物とは失礼だな。こうしてアタシが生きているってことはまだ肉体は存在しているとみて良さそうだが、無事なんだろうな?』
「そんなのわたくしは知らないわ。だって、わたくしにその研究結果を伝える前にセリスたちに捕まってしまったんだもの」
『それで今回の話に戻る、というわけか。さて、その時魔法を解かないとディーザは救出できないぞ?』
「でも、これを解いてしまったらわたくしの顔に傷が……。と言いたいところだけど、その様子なら問題なさそうね?」
話を聞いていたセリスたちは情報を整理するのに手一杯で、すっかり戦意を喪失していた。
ラミティカは時魔法を使ったままフィンを元の位置に移動させ、セリスの手を魔導書から離した。
そして、時魔法を解いたのだった。
『……落ち着いたか?』
「言いたいこともぶつけたいものもたくさんあるけど、今のあたしたちの力でどうにかできる相手じゃないのは分かった。あたしたちを攻撃する意図がなかったから、今の時魔法を使うことができたってことだろうし」
「姉ちゃんがそう納得するなら俺も冷静にならないと、か……。でも、俺は絶対にお前を許したりはしないからな、ラミティカ」
「ええ、恨まれてもしょうがないとは思っているわ。それで、覚悟はできたかしら?」
「は? 何の?」
セリスはぽかんとした表情でフィンと顔を見合わせる。
「フィンちゃんをわたくしたちに預けるかどうかって話をしていたでしょう?」
「はぁ!? そんな話、一切してないわよ! 頭おかしいにも程があるでしょ!」
「でも、フィンちゃんの呪いの適合例を他の人間に適用できるかどうかを試すためには、フィンちゃんをサンプルとして研究する必要があるでしょう?」
「そんな世界には俺たちが絶対にさせないって言ってるだろ! 俺がそれに納得してそっちに行くわけがない!」
「それにフィンちゃんフィンちゃんって、しれっとスターヴとかシバとかと同じような呼び方をしてんじゃないわよ! 闇の教団なんかにフィンを渡してたまるもんですか!」
「交渉は決裂ね……。残念だわ。それなら、早くディーザ様を返してくれるかしら?」
「本来はすぐにその話になるはずだったのよ! あんたが変なこと言ったせいでしょうが! はぁ……はぁ……」
セリスは何度か呼吸し、息を整える。
そして、フィンの手を取って言った。
「ディーザを連れて帰るのは見逃してやるけど、その前に1つだけ良い?」
「何かしら?」
「研究所から検体が逃げ出した。そして、それがソワレ村の近くに来た。ってことは、地獄にあるあんたたちの拠点とは別に、こっち側に研究所があるのよね? それがどこにあるか、教えてくれない?」
「そんな重要な情報、わたくしが教えると思って?」
「教えても損はしないでしょ? だって、あんたたちは強いもの。無駄に犠牲者を出すつもりもないし、この話は大魔女様たちにしか共有しないから」
「なるほど、大魔女が来るというのなら……ヒントくらいはあげましょう。あなたたちは近い未来、その研究所に繋がる情報を得ることになる。セリスが魔女になる夢を捨てなければ、それは必ず起きる未来よ」
「それのどこがヒントなのよ?」
ラミティカは答えた。
「セリスは魔女になることを諦めるかもしれないでしょう? だって、フィンの腕はもう治らないんだから」
「……あぁ、そういうこと。それなら問題ないわ。あたしは絶対に魔女になる」
「どうしてかしら?」
「あんたたちをぶっ倒すための力を手に入れたい。それに、フィンの腕を治す方法はきっと見つかるわ。だって魔法に絶対はなくて、魔法には無限の可能性が秘められてるって信じてるから。それに、もう1つ大きな理由があるわね」
セリスはラミティカに指を突きつけて言った。
その顔は先ほどと違って希望に満ち溢れていた。
「あんたの言葉を信じるとしたら、この夢の先にあんたたちと再会する未来があるってことでしょ? それなら絶対にそっちの道を取らなきゃ損でしょ! あんたたちをぶん殴るためには魔女になるしかないんだから……!!」
『あぁ。それでこそ、セリスだな』
「姉ちゃん……」
「なるほど。でもその方がわたくしたちとしてもありがたいわね。フィンちゃんがセリスと一緒に表に出てくれればくれるほど、こっちの研究も進むことになるんだもの」
「あたし、その件はもう忘れることにしたから! さっさとディーザを連れて帰ってもらえるかしら!」
そう言って、セリスはフィンを立たせる。
フィンはハッとして集中し、セリスが発動しようとしている魔法に呪いの力を付与した。
「虚空魔法『白き穴』」
セリスがそう唱えると、虚空魔法のゲートからディーザが現れる。
それと同時にディーザはセリスたちに向けて魔法弾を放とうとしていたが、ラミティカが時魔法でそれを止めたのだった。
それからセリスたちとラミティカたちは一切の言葉を交わさず、ラミティカたちは現れた黒い穴に飲み込まれて姿を消した。
時は動き出し、列車は走る。
セリスはその場に立ったまま拳を握りしめ、フィンと共に座席に戻るのだった。
***
「なるほど、そんなことが……。ラミティカこそがセリスたちの因縁の相手だったんスね」
ヘルフスに戻り、セリスたちはエストの元を訪れていた。
「彼女だけは絶対に許しません。この手で、魔女になって、あたしは……!」
「俺も同じ気持ちだよ、姉ちゃん」
「それで、今日は何の用っスか? 昨日の色々で書類仕事が山積みなんスけど……」
『その程度の書類の山、お前なら半日で済ませられるだろう。あと少しで終わりそうじゃないか。面倒だからってアタシたちを追い返そうとするんじゃないよ』
「うっ、大魔女経験者がここにいるのをすっかり忘れてたっス……」
そう言って、エストはさらさらと書類仕事をこなし、セリスたちの近くにやってきた。
「で、結局のところは何の用なんス? アチキに聞きたいことがある……ってところっスか?」
「分かってるじゃないですか、エスト様。その調子だと、何を聞きたいのかも分かってるんじゃありません?」
「試されてる感じがしてあまり良い気分じゃないっスけど、記憶が戻る前に言ってたっスもんね。それじゃ、教えてあげるっスよ、アチキの研究内容。呪いと魔法のルーツ、そして精霊についての話を……!」




