84頁目.斬撃と鎖と氷塊と……
セリスたちはエストを連れてクリスの家に急いだ。
雪道を進みながら、セリスはこの国にやってきているという大災司について考えていた。
「(もし、スターヴの奴が来ているんだとしたら、あいつに勝つ方法は奇襲しかない。でも、盟約の力で運餓魔法とやらをあたしたちに使えないとしたら、他にも勝ち筋はある……のかな)」
何度も運命を繰り返してきたセリスは、とりあえず1人で考える癖がついていた。
フィンはそれに気づいたのか、走りながらセリスに話しかける。
「姉ちゃん。スターヴが来てるとしたらどうやって戦えば良いかな? 話に聞いてた限りだと不運にする力は範囲型みたいだし、遠距離から攻撃するべきなのかもしれないけど」
「盟約の力がある限り、あいつは魔法をあたしたちに使えない。もちろん影響範囲に入る状態で使うこともできないはずよ。だから近距離戦も可能ではあるとは思う。ただ、あいつには剣技があるから近距離の方が難しいかもしれないけどね」
「うーん、ラミティカとの盟約はあくまでラミティカ自身にしかかかってないから、大災司が俺たちに攻撃を完全に当てない……っていうのは難しいんじゃないかな。例えば、スターヴが誰かを不運にしたとして、俺たちがその不運によって引き起こされた災害とかに巻き込まれない保証はないと思うんだ」
「それだとフィンが交わした盟約の内容を満たせてないじゃない。『一切の危害を加えない』っていうのは魔法による影響も含まれるべきでしょ。まあ、かなり曖昧な表現ではあると思うけど……その辺り、どうなの?」
そう言って、セリスは胸ポケットを軽く何度か叩く。
すると、そこからノエルの声が発せられる。
『魂の盟約ってのは、各々が魂を繋いで納得し合って合意される契約だ。少なくともフィンが盟約を結んだ時、教団の連中が全ての場合において自分たちに危害を加えられないように、と考えていただろう? であれば、ラミティカにはそれを満たす義務がある』
「つまり……どういうこと?」
『ラミティカは盟約を満たすために、魔法で何かしらの縛りを教団の連中に付与しているんじゃないかってことだ。いくらラミティカといえど、全ての教団の動きを完全に制御できているはずはないからね』
「確かに、これまで出会った大災司たちは衝動的な行動を取ることが多かったし、あの性格の連中がバラバラに行動するのを統制なんてできっこない。あれ、でも俺が結んだ盟約は闇の教団にかつて所属していた人物も含まれてるはずだよ。そこはどうするの?」
『そうだな……。きっとラミティカはその連中が今どうしてるかを把握してるんじゃないだろうか。そいつらがアタシたちに危害を加えるような存在じゃないと分かっているから対応してない……ということにしておこう。もしも何かあった時はラミティカ自身が出てくる羽目になるわけだし、今は考えなくて良さそうだ』
「それじゃ、とりあえず結論はこうね。スターヴを相手にする場合、あいつはあたしたちを巻き込めない。とすると、あいつが取れる行動は……」
セリスとフィンは、その行動の中でも最悪のケースを想像した。
そしてセリスたちはエストの足を急かし、ようやくクリスの家の前までやってきたのだった。
***
セリスたちの全ての予想は的中していた。
家は部屋の一部が壊れており、火の手が上がっている。
その手前には昨日応対してくれたクリスの娘が倒れており、その先にクリスの孫の兵士が槍を持って彼女を庇っていた。
さらにその目の前に、クリスに剣を向けて立つ黒いローブの男がいた。
「スターヴ……!」
「あいつが、姉ちゃんを……って、そんな場合じゃない!」
『くそっ、一番マズい状況で来ちまったな……。おい、そこの兵士。お前は自分の母親を守ることに専念しろ。ここはアタシたちに任せるんだ』
「は、はい!」
そう言って、兵士はクリスの娘を連れて後ろへと下がる。
一方、クリスは足が不自由なためか地面にへたり込んでおり、スターヴの剣先をじっと見つめていた。
スターヴはクリスに言葉を投げかける。
「もう一度言うよ、爺さん。僕はお前が持ってる氷結晶を渡せと言ってるだけなんだ。なのに、どうしてそんなに拒否する? 家族や家をこれ以上巻き込みたくはないだろう?」
「であればもう一度返すぞ。私はそのようなものを持ってはいない。少し前に手放したのだ」
「嘘をつくんじゃない。この国の担当になってしばらく経つけど、お前が精霊の氷結晶とかいう氷結晶の神器を持ってるのは分かってるんだ。そして、お前がこの家を出た形跡はない。それなら、ここにあるのは自明の理ってやつだろう?」
「家の者に売らせに行ったのだ。どの店で売ったのかも定かではないがね」
「僕を馬鹿にするのも大概にしなよ。お前に付着している水の魔力は、明らかに純度が高く多量だ。つまりそれは最近まで氷結晶を持っていたことを指し示している。さあ、どこにあるのかいい加減に……うん?」
そこでようやく、スターヴはセリスたちの接近に気付いた。
そして少しだけ顔を見回し、フィンの顔を見て表情を変えた。
「あっ、お前はぁ! 僕からシバを奪いやがった男……!」
「……はぁ?」
「でも、どういうわけか僕はお前に攻撃ができないし、お前に危害を加える結果を呼ぶことも許されていない。本当に、ただひたすらに、腹だけ立ってしょうがない……!」
『とりあえず、盟約の効力はあると見て良さそうだが……』
「姉ちゃん、絶対に氷結晶をあいつに見せないようにね。クリスさんを人質にされるのだけは絶対に避けないと」
「もちろんよ。今の状況でそんな軽率な行動はできない。でも、距離がある以上は下手に攻撃して刺激するのもいけないし……って、え?」
その時だった。
エストが一歩前に出る。
そして、スターヴに向かってエストはこう言い放った。
「クリスから離れるっスよ、大災司! このアチキが相手するっス!」
「エスト様!?」
『あ、あのバカ魔女! こんな時に何言ってんだ!?』
エストは足をしっかりと地面につけ、魔導書を構えている。
その姿を見て、スターヴは笑い始めた。
「あっはは! あのさあ、僕が攻撃できないのはそこの男たちだけで、お前やこいつにはできるんだよ? それに、運命の大魔女であるお前だけは絶対に僕には勝てないんだから」
そう言って、スターヴは剣を改めてクリスの方へと向ける。
エストなど気にも留めていない様子で、それは振り下ろされた。
「させないっスよ」
その刃は、クリスに届かなかった。
スターヴは明らかにクリスに剣を振り下ろしたはずだったが、その斬撃はクリスから離れた位置で地面に当たっている。
状況を理解できていないのか、スターヴは混乱している。
「どういうことだ……? 僕の位置は変わっていない。変わったのは、そこの爺さんの位置の方で……」
「何言ってるっスか? クリスは最初からそこに座ってたっスよ」
セリスたちの目には、クリスの位置が一瞬で変わったように見えていた。
しかしその言葉を聞いて、セリスには何が起きたのか理解できた。
「運命の書き換え……。しかもあたしたちが前の状態を記憶してるってことは、別の運命を呼び出すんじゃなくて、その結果だけを持ってきてる……!」
『なるほど、運命魔法も進化を続ければそんな領域まで……。だが、運命魔法である以上はその代償が課せられるんじゃないのか!?』
「もちろんっス。斬られたはずの結果は、全てアチキに返ってくる」
その瞬間、スターヴは目にも止まらぬ速度でエストの方へと接近する。
そして、その勢いのままエストを斬り捨てた。
エストは、スターヴに斬られた。
エストは、斬られ、その場に倒れたのだった。
「えっ……?」
「エスト、様……?」
『あいつ、無茶を……!』
言葉を失うセリスたちを横目に、スターヴは高笑いを上げている。
「まさか……まさか大魔女がたったの一撃でやられるなんて思わなかったよ! そんな爺さんを助けるためだけに犠牲になって、本当にご苦労なことだね! あっははは! これで多少は手間が省けたってもんだ!」
そう言って、スターヴはクリスへと目を戻す。
しかしクリスは、血を流しながら地面に倒れているエストをただ涙目で見つめていた。
「私を助けるために……? でも、どうして……? 記憶が戻ったとしても、そんなことをする人じゃ……」
「もう良いか。僕が勝手に探せば良いだけだし」
「クリスさん!」
クリスへ再び振り下ろされた剣をフィンが籠手で防ぎ、スターヴをそのまま腕を振った勢いで吹き飛ばした。
立ち上がったスターヴは一度舌打ちをし、その目をフィンへと向けた。
「あぁ、なるほど。これは厄介だ。お前に刃が当たった瞬間、全身の力が抜けてしまうなんて」
「俺もよく理解したよ。あの程度の腕の振りで吹き飛ぶとは思えないくらいに軽かった。確かにこれならお前たちは俺たちに傷一つつけられない。でも……」
「お前を避けて、その爺さんを殺せば済む話だ!」
「そう来ると思ったよ!」
***
フィンとスターヴが交戦している間、一方のセリスは急いで倒れたエストの元へと駆け寄っていた。
その肉体は息もしておらず、鼓動もなくなっていた。
冷たくなった肉体にセリスが触れると、それは。
「……ん? 何これ?」
『なるほどな……。あいつ、いつの間に……』
***
フィンはスターヴをクリスから遠ざけるように攻撃を仕掛け続けていた。
防戦一方だったスターヴだったが、次第に表情が緩み始めた。
「あっはは、ようやく慣れてきたよ……。防御をするだけなら剣を使っても問題ない。そして、お前に結果的に傷を与えないようにすれば、攻撃はできる……!」
そう言って、スターヴは剣を収めていた鞘から肩紐にしていた鎖を外し、それを近くにある木へと伸ばす。
そして、そのもう片方をフィンの両手の籠手と腕に巻き付け、一瞬でフィンごと木へと縛り付けたのだった。
「別に痛くないだろう? 動きを止めるのは傷を与える行為じゃない。それに、このままお前が眠りについたタイミングにでもその鎖を回収すれば、結果的にお前がここで死ぬこともないわけだし」
「一瞬でこんな芸当を……。聞いてた通り、強い……!」
「お前を斬れないのだけは本当に、ほんっとーーーに残念だけど、今はあっちの用事が先だ。氷結晶を回収しさえすれば僕は帰れるんだから」
「待て……! くっ、動けよ……!」
フィンは気功で木を折ろうとしたが、あまりに木が固く、その場から動けない。
籠手の力を使おうとしたが、姿勢のせいで制御もできない。
仕方なくフィンは諦め、向こうに見えるセリスたちの様子をただ見ているしかできなかった。
***
「さて、戻ってきたところで……って、何だよ。爺さんいないのか。だったら、勝手に家捜しするだけだけど」
そう言って、スターヴは壊れた部屋からクリスの家の中に入ろうとする。
しかし、それをセリスは火の弾で攻撃して止めた。
「……邪魔しないでくれるかな? 熱かったんだけど」
「そんな簡単に神器なんて渡すわけないでしょ!」
「はぁ……これだから魔女見習いは……って、うん? おい、お前。どうしてお前がその水の魔力を纏っている? そいつはあの氷結晶の魔力だろ!」
『ま、まさか……あいつ、魔力感知が得意なのか……!』
「はん! 今さらバレたところでしょうがないわよ! ほら、見なさい! これがあんたが欲しがってる氷結晶でしょ!」
そう言って、セリスはカバンの中から氷結晶を取り出す。
それを見た瞬間、スターヴは目の色を変えて突進してきた。
「まさかお前が持ってたとはね! さあ、そいつをよこすんだ!」
「嫌に決まってるでしょ! あたしは絶対にあんたを倒してフィンを助けるんだから!」
「できるもんならやってみなよ!」
セリスはスターヴが繰り出す剣技を持ち前の幸運で避け続けるが、次第に理解し始める。
「(あたしに当たったら魔法で威力が加減されるとはいえ、一撃一撃があたしを殺すつもりで攻撃してる……! あんまり考えたくなかったけど、こいつ……怖い……!)」
本物の殺気にあてられ、セリスは一歩下がって距離を取る。
そして、背中にあるのがクリスの家の壁であることにようやく気がついた。
「僕だって無駄に破壊したいわけじゃない。だからさっさとそいつを僕に渡しなよ。その氷結晶さえ回収できれば、全ては丸く収まるんだから」
「何が丸く、よ。既に家とか壊れてるし、クリスさんの娘さんは大怪我を負ってるじゃないの」
「終わり良ければってやつさ。その過程で誰かが死んだとしても、結果として僕が目的を達成できるなら問題ないだろう? ほら、丸い」
「結果さえ実れば過程で起きたことは全部無視して良いってこと? やっぱり、教団の連中はどいつもこいつも頭がおかしいのばっかりね」
「……おい、今、まさかとは思うけど僕のシバをバカにしたか? したよね?」
「はぁ……。あんた、地雷の範囲が広すぎるにも程があるでしょ。そんなんだからシバに見限られちゃったんじゃないの?」
その瞬間、セリスへ向けられていた殺意は最高潮になった。
スターヴはセリスに向けて剣を構え、目一杯の力を込めてそれを突く。
セリスは思わず目を瞑った。
「……あれ?」
その刃は一切、セリスに届いていなかった。
セリスの目の前にあったのは氷の塊。
スターヴが氷に覆われ、顔以外の動きを完全に止められていたのだった。
「おい、女! お前、一体何をした……! どうして……氷結晶が割れているんだよ!?」
確かに、セリスの手元にあった氷結晶は割れてバラバラになっている。
しかし、セリスは高笑いを返しながら答えた。
「あはは! 見事に騙されたわね! これはただの氷で作ったハリボテよ。もう冷たくってしょうがなかったし、手の熱でいつ融けちゃうか内心ハラハラしてたんだから!」
『魔導書の魔法もやっぱり捨てたもんじゃないね。鍵とかの型を取るために使われる土魔法と、水を一瞬で凍らせる温度変化の風魔法を組み合わせた見事なコピーだ。この辺には水になる素材が腐るほどあるもんだから、フィンと戦ってる間にちゃちゃっと作らせてもらったのさ』
「そいつがハリボテだと? じゃあ、どうして僕は氷漬けにされて――」
その時だった。
近くにある茂みが揺れ、中から2人の人影が現れた。
1つは、肩を借りてかろうじて立っているクリス。
その片手には精霊の氷結晶があった。
そして、残るもう1つの姿を目にした途端、スターヴは目を見開いて驚く。
「お前……さっき斬ったはずだろ! だって、そこに死体だってあるじゃないか!」
「あぁ、そいつはアチキの複製品っス。でも、偽物じゃないっスよ。正真正銘、2人目のアチキっス」
「2人目だと……? 人間を……それも、自分自身を完全にコピーした? あの斬った時の感触は確かに……いや、でもそんなはずは……!」
「アチキの得意とする運命魔法は複製。かつてのアチキがただひたすらに暇だったから極めてしまった、物体の完全な複製を作る魔法っス。実は昔、アチキが店に並べてた商品はコピーだったんスよ。あぁ、もちろんあんたたち親子に売った白と黒の羽根ペンは特注品っスけどね。知ってたっスか、ノエル?」
『そんなの知るはずないだろう! それに、魔法で複製した商品を人に売りつけるんじゃない! 粗悪な複製品が混ざってたら一体どうするつもり、って……ん? 今、お前、ノエルって……!』
「エスト様……!!」
セリスたちの目の前に現れたのは、クリスに肩を貸すエストの姿だった。
その瞳にはこれまでとは明らかに違う、自信のようなものがみなぎっていた。
「エスト、ただいま帰ったっス。ちなみに、そいつを凍らせたのはもちろんアチキじゃなくてクリス君の魔法っスよ」
「ネーベも一緒です。ええ、今の私はそれはもう最強ですとも」
「別に声が聞こえてるわけでもないはずなんスけど、ネーベの言葉を伝えたらクリス君が最強状態になったっス。足は動かないままっスけど、水が足元に勝手に生まれて勝手にクリス君を運んじゃうくらいには魔力が絶好調っス」
『何だそれ、怖い』
「ネーベの最後の晴れ舞台。私が立たずして、誰が立ちましょう!」
『いや、立っては……って、よく分かった。うん、今のこいつに何言っても無駄だな! さあセリス、立つんだ。ここが最後の正念場だぞ!』
セリスはエストの元へと下がる。
「やれやれ、このままでも僕は魔法を使えるのを忘れてるわけじゃないだろう? そこの女に当たらないよう、範囲を絞ってでもお前たち2人には絶対に不運になってもらわなくちゃね!」
「あいつが出す球体に気をつけて! 光を受けると魔法が使えなくなったり、最悪の場合は本当に死ぬほど不幸な目に遭っちゃうので!」
「ええ、その辺りの話は聞いていますとも」
「運命の大魔女に運命魔法を使うなんて、バカにもほどがあるってもんっスよ。いや、無知とバカは別物っスね。あんたはただ無知でただ無謀なだけの、バカ大災司っス! あ、ついバカって言っちゃったっス」
『あいつ、散々な言われようだな。セリスは何か言いたいこととかないのか?』
「そんなの色々あるに決まってるでしょ。こいつのせいでどれだけフィンが苦しんだことか……。ううん、違うわね。本当に苦しかったのはあたしの方だわ。だって全部覚えてるんだもの。だから、こいつへの恨み節は一言じゃ済まされない。あぁでも、どうしても言っておきたいことはあったわ」
そう言って、セリスは氷漬けのスターヴに言い放った。
「本物の兄弟愛も理解できないストーカー男なんて、キモ過ぎて反吐が出るわ!」
「お前……お前、お前、お前ぇぇええっ!!」
その瞬間、スターヴは内側から氷を破壊した。
凄まじい怒気を発しながら、スターヴは魔導書を構える。
「やっぱり、お前も許すわけにはいかない……! とにかく食らえよ、僕の運餓魔法を!!」
「当てられるもんなら当ててみろっての!」




