9頁目.闇魔法と餞別と出発と……
セリスとフィンは目の前にある黒羽根が、なぜだか胸を張って自慢げな顔をしているように見えた。
セリスは尋ねる。
「禁術になってるってことはもちろん強力なんだろうけど、そんなに強いの? 特殊属性の方が運命変えたり時を止めたりできるし、明らかに強そうなのに」
『どんな魔法でも極めれば最強になるんだ。どんなに弱っちい魔法でも、使い方ひとつで強大な力に変わるからね。そういう意味ではアタシは最強の闇魔法使いってわけなんだが……。まあ、大魔女の中で自分こそが最強ってのは、ほぼ全員が思ってることだと思うよ』
「師匠も似たようなこと言ってた。どんな発明も、便利な道具にもなれば兵器にもなるってね。あれ? でも、その言い回しだと……」
『あぁ、アタシも不思議には思っていたんだ。闇魔法自体は禁術にされるほど強力じゃない。なのに、わざわざ禁術に指定されている。あいつらはなぜ、ただの基本属性だったはずの闇魔法を封印したんだ……?』
「うーん。やっぱり、ノエルのことを隠すためじゃない?」
「それはないと思うよ、姉ちゃん。ノエルを隠すためって言って闇魔法を封印したところで、別にノエルがいたって記憶がなくなるわけじゃないよね? それに、闇魔法というものがあったという事実が消えるわけでもない。だからそこには別の理由があったんだと思う」
セリスはしばらく考え、頷く。
「……確かに。っていうか、大魔女って時点でノエルは有名だったはずなのに、どうやってノエルの存在を歴史から消したのかしら?」
「それが分かっちゃうと歴史から消せてないのと同義だよ。俺たちには知り得ない、何か強力な魔法を使って、過去にいたっていう記録そのものを消した可能性だってあるわけだしね。まあ、とりあえず闇魔法がノエルのために禁術指定されたとは考えにくい、って話だから」
「うーん……ノエルはどう思う?」
『現時点ではアタシも同意見だ。だが、使い手としては封印された理由が予測できなくもない。そもそも、闇魔法ってのは呪いとか影に関する力を扱う魔法だ。呪いの類の魔法に規制をかけることで、大厄災に関連する力そのものを封印しようとしたのかもしれないね』
「呪いに関する力……。ってことは、もしかして!」
『残念だが、アタシの知識はフィンの腕を治すのには役立てないよ。闇魔法は呪いをかけることに特化した魔法であって、呪いを自在に操る魔法じゃない。ついでに言ってしまえば、あのディーザとかいう男が使っていた力は闇魔法とは全く違うものだ』
セリスはあからさまに肩を落とす。
それを見たフィンは、自分の右腕の方へ目線を落としたのだった。
『希望を持たせてしまったのは謝る。だが、分かってくれていると思うが、アタシは基本的に善人だ。その腕を治す方法を知っていたら真っ先に教えていたさ』
「それもそうね。フィンの腕さえ治せていれば、あたしがノエルから魔法を教わる理由はないし、あの結界だって破られずに済んだんだから……」
『もしもの話で落ち込むんじゃない。あぁ、そういえば気にはなっていたんだが……。もしかしてセリス、あの頃よりずっと頭良くなったか……?』
「姉ちゃんは魔法の勉強だけに収まらなくて、色んな知識を身につけようと色んな学問にも手を伸ばしたんだってさ。相変わらず、たまに天然ボケが入るみたいだけど」
「天然ボケは余計よ」
『あはは、魔法の使い方も工夫ひとつで強くできるって言っただろう? その工夫する力ってのは結局は知識が源泉になる。だが、そこに天然ボケであれ意外な発想が加わったらもっと強力にできることだってあるんだ。つまり、今のセリスはかなり魔女としては良い線行ってると思うよ』
ノエルはそう言って、セリスの頭に羽根を乗せてそのまま撫でた。
セリスは嬉しそうに顔を上げる。
「本当に!?」
『もちろん、今のセリスが使える魔法とか戦い方を見てからの判断にはなるけどね。ただ、あの頃より成長したってのは見てとれる。魔力量が段違いだ』
「ん、どういうことだよ? 魔導士って魔力の属性とか量とかを感じる程度はできても、見ることはできないって本に……」
「あ、フィンには話してなかったっけ……。ノエルはこのゴーレム体になってから魔力の色とか形とか見ることができるようになったらしいの。確か、伝承にもあるファーリの力の一部なんだっけ?」
『ファーリも持っていた力、っていう方が正しいかもね。相変わらず基本属性の魔力は持っていないみたいだけど、特殊属性の魔法を操るには十分すぎる魔力量だ。ちゃんと鍛錬を怠らなかった証拠だな』
「ふふん!」
フィンは溜息をついて、頬杖しながら言った。
「姉ちゃん、そういった大事な情報は早く言って欲しかったんだけど……」
「今まで忘れてたんだからしょうがないじゃない。それに、旅が始まる前に判明したなら問題ないでしょ?」
「それはそうだけどさあ……」
『ところで、もう寝なくて良いのか? そろそろ日を跨ぎそうな時間だぞ』
「えっ……あ、ホントだ! 俺、ずっと眠いと思ってはいたんだけど、まさかそんな時間だったなんて……」
「ノエル、まさか魔力だけじゃなくて時間も見えちゃったり……。って、そんなわけないか!」
そんな冗談を言いながら、セリスとフィンは「おやすみなさい」と、それぞれベッドに潜り込む。
ノエルは2人に「おやすみ」と返して、ゆっくりと机の上に横たわった。
***
「さて、出発よ!」
「今日はとりあえず駅に行くだけだけどね」
『そういや、あれから60年以上経ってるってことは鉄道も進化していたり……?』
「鉄道は20年くらい前に廃止されたらしいよ。今は魔力炉で動く、魔導列車っていうのが走ってる。魔力をエネルギーに変換する装置をロヴィアさんが作ったんだってさ」
『なるほど、さしずめ【魔力エネルギー】ってところか。そりゃ、乗るのが楽しみだねぇ』
セリスたちはそんな話をしながら、ノルベン行きの駅へと向かった。
***
駅前にて。
「あ、来た来た。フィン、セリス、クロ、こっちだ!」
「師匠、来るの早すぎませんか? まだ出発まで時間あるのに」
「先に着いとくに越したことないだろ。それに、わざわざ各方面の発車時刻なんて覚えてないから、どの列車に乗るかも分かんなかったし」
「なるほど、そっちが本音か……。って、何でクロって呼んだんです? 別に本名でも……」
「念には念をというやつだよ。連中にクロの本体が奪われたってことは、その名前と正体も判明してしまってる可能性がある。じゃないと、奪う直前にあの身体の価値が分かったはずがないだろう?」
『あぁ、そういうことか。つまり、アタシは外では【クロ】って名乗り続けなきゃいけないわけだ。いや、そもそも外で喋らない方が得策か?』
ロウィは少し考え、答える。
「むしろ、普段から喋ってた方が良いかもしれない。もしセリスの名が知れ渡った時、クロの存在はセリスを判別する時の目印になると思うから。人語を解して喋れるゴーレムなんて、前代未聞だからね」
『目立つ、ってことか。確かに有名になるためとなれば、目立ってるに越したことはないが……』
「あたし、別に有名になろうとまでは思ってなかったんだけど……」
『何言ってるんだ。闇の教団をちゃんと倒すためには魔導士協会の力が必要なんだろう? だったら、有名になるに越したことはないはずだ。お前にその気がなくても、結果として有名になる必要はあるってことさ』
「そうだよ、姉ちゃん。クロを使ってってのはちょっとアレだけど、有名になる必要はあると思う。そもそも、首席で魔女見習いになった時点で姉ちゃんは目立ってたから今さらなんだけどね」
「えっ、そうだったの!?」
フィンは頭に手を当てて、やれやれと首を振る。
「姉ちゃんって鈍感っていうか、目的しか眼中にないっていうか……」
「じゃあ、仕方ないわね……。クロは普通に喋って良いわよ」
『言われなくても。むしろ、目立つためならもっと堂々とうるさく喋ってやるさ』
「あっはは、ぜひそうするといい! とはいえ、闇の教団にクロが羽根ペンだってのは当然バレてる。だから目立つとはいっても、行動する時は慎重に冷静でいることだ。そのためにも、敵を返り討ちにできるよう修行でさっさと力をつけることだね」
「分かってるわ。そのためにノ……クロを蘇らせたんだから」
ロウィはそれを聞いて、頷く。
そして、背負っていたカバンをセリスたちに手渡した。
「じゃあ、旅に出る3人のために……。はい、これ餞別」
「ありが──重っ!? 何これ!?」
「開けてみなよ。1つはセリスに、1つはフィンにだ」
セリスがカバンを開けると、一番上に不思議な模様が入った布財布が入っていた。
それに目を輝かせ、セリスはその財布を手に取った。
「これってもしかして、もしかして!」
「通称、『銀行財布』。いつでも、どこからでも、預けたお金を登録している金庫から手元に抜き取ることができる、神器級の魔具さ」
『おい、これってまさか……』
「図鑑でしか見たことなかったけど、まさか本物を目にすることができるだなんて……! これ、本当にあたしがもらってもいいの!?」
「もちろん、クロの監視のもとでだからな? 元々はクロの所持品だったんだからさ。あぁ、ちなみにそいつはアタイの金庫に繋げてある。旅の資金にでもしてくれれば嬉しいよ」
『やっぱり、ルフールが作ったアタシの財布だったか。まさかお前が持ってくれていたとはね』
セリスはその場でくるくる周りながら、財布を眺めている。
「記憶を封じる直前、ルフールがアタイにこっそり渡してくれてね。アタイとしてはこんな傑作の魔具、手放すのはもったいないとは思いつつも、君たちの旅の手助けはしてやりたい。とはいえ悩んでても仕方ないしね。そいつはセリスにあげよう」
『待て、アタシの断りもなしに勝手に……。いや、どうせアタシが持ってても意味ないか……。良いよ、セリスが使ってくれ』
「ありがとうございます、ロウィさん!! あと、クロも!!」
「で、こんな財布が重たいわけはないし、俺への餞別ってのがカバンの中に残って──っ!? ちょっ、師匠、これ!!」
フィンがカバンから取り出したのは、昨日ロウィに預けたはずの機械仕掛けの籠手だった。
「置いていけとは言ったけど、返さないとは言ってないからね。とっておきの機能を追加して、よりパワーアップさせといたから」
「えっ、えっ!? これ、俺が持ってて良いんですか!?」
「だーかーらー、お前への餞別だって言ってるだろう! こういう時は大人しく受け取っとくんだよ! そもそも、こいつはお前のアイデアで生まれたお前専用の武器だ。お前が使わないで誰が使うっていうんだよ、全く」
「あっ、ありがとうございます、師匠!!」
フィンは籠手を腕に嵌め、機械の手を開いたり閉じたりしている。
それはゆっくり動く金属の塊ではなく、まるで義手のように素早く動かせる、大きなグローブのような機械だった。
『ちなみにどんな機能を付けたんだ? そもそもの機能も知らないけど』
「それはこいつが一番分かってるだろうから、使う時までのとっておきにしといてやって。クロはそういうの好きだろう?」
『めっぽう好きだ。じゃあ、そいつを使うかどうかのタイミングは全部フィンに任せたからな。機械仕掛けの籠手なんて、どこからどう見ても対魔物用の武器だし』
「分かった。どこに拡張機能が追加されたのかはすぐに気づけたよ。だから、戦う時は俺も前線に出させてもらうからね、姉ちゃん」
「アタシの邪魔……にはなんないか。だったら、アタシの背中は任せたわよ、フィン」
「応とも!」
ロウィは嬉しそうに2人を見つめている。
ノエルは振り返ってロウィの方を向いて言った。
『じゃあ、そろそろホームに行く時間になる。本当に世話になったな、ロウィ』
「もう一度会えて嬉しかったよ。ロヴィアの試験を受ける時、また会おう、ノエル」
『またな、ロウィ。ロヴィアにも再会できることを願ってるよ』
ノエルとロウィは羽根と手でハイタッチをし、ノエルはセリスの胸ポケットに入る。
「ロウィさん、クロのこともフィンのことも、お世話になりました!」
「セリスも元気で。こいつら2人のこと、任せたよ」
「ええ、任されたわ。特にクロについては」
『おい、どういう意味だ!?』
「だって、悪目立ちする気満々じゃない。暴走する使い魔を止めるのは主人の役目でしょ?」
『誰が使い魔だ! 誰が!!』
ロウィは大笑いしながら、セリスと握手を交わした。
それからロウィはフィンの前に立つ。
「じゃ、俺も行ってきます」
「セリスのこと、絶対に守ってやるんだよ。今のセリスを闇の教団から守れるのはフィン、お前しかいないんだからね」
「もちろん、分かってます。この籠手はそのために作ったんですから」
「作ったのはアタイだけどな」
「言葉のあやです!! せっかくの良い話を台無しにしないでください!」
「あっはは、冗談冗談。じゃあ、頑張ってこい!」
そう言って、ロウィはフィンの背中をバシンと叩く。
フィンは痛がりながらも、ロウィに向けて親指を立てた。
そして、3人はロウィに別れを告げ、そのまま駅のホームへと向かったのだった。
最初の目的地は東の国・ノルベン。
空間の大魔女・ルフールの試験を受けるため、かつての師匠・ルフールの記憶を取り戻すため、セリスたちは決意を胸に魔導列車に乗り込んだ。