75頁目.糸と津波と紅茶と……
セリスは魔眼で視えたスターヴのいる位置へと走る。
ノエルはセリスに尋ねる。
『そういや、スターヴの位置が分かったとは言っていたが、呪いを使った後に移動してる可能性もあるんじゃないのか?』
「うーん……。あたしもそう思ってたけど、なぜかその場から動いてないみたい。今もフィンたちの様子をずっと見てる」
『ん? 今も? 魔眼は解除したんじゃなかったか?』
「魔眼解除はあくまで対象に集まる視点を観察するのをやめるだけ。1つに絞った視点はまだバッチリ見えてるんだから。そっちの解除はまた別よ」
『他人の視点が自分の視点と同時に見えているってことか? とんだ離れ業をやるもんだ……』
「あぁ、言い方が悪かったわね。この目には集めた視点が線になって見えるの。あの魔法は視点の視覚化とその線を読み取る能力なのよ。だから、魔眼解除はその読み取る行為を止めただけってわけ」
そう言って、セリスは右斜め上を見つめる。
『視点が線……つまり文字通りの視線か……。いや、視覚化されているなら糸と言うべきか? なるほど、それでさっきからよそ見を……』
「あっ、あと少しで着くわ!」
『接敵は慎重にな。話を聞く限り、まともに戦える相手じゃない。フィンたちから気を逸らすのが目的だから、もしも危なくなったら逃げるんだ。そのための魔力は残しておくんだぞ』
「うん!」
***
セリスたちは砂浜が見える高台の上に立つ黒いローブの姿を見つけた。
その人影にセリスは大きな声で呼びかける。
「見つけたわよ、大災司!」
「…………」
しかし、その人影は砂浜の方を見つめたまま立ち尽くしている。
「気づいてない……? だったら……!」
『待て、セリス。何かが……』
「なぜだ! なぜ、そいつから離れない! シバ!」
『何かが……うん?』
男は砂浜で逃げ惑うフィンたち――もとい、シバを見続けていた。
セリスたちのことに気づいていないわけでもなさそうで、その身には殺気を纏っている。
「こ、攻撃しにくいわね……。近づくのは明らかに危険だわ」
『魔導書頼みの攻撃が通用するかどうか……って、そこじゃない。あいつ、フィンじゃなくてシバを見てる?』
「とにかく……先手必勝よ! 火焔弾!」
セリスは石の書を取り出し、火魔法で攻撃を仕掛ける。
そして、それは普通に命中した。
「熱っ!? 一体何なんだ! 僕の邪魔をするんじゃない!」
「あ、ようやくこっち見た。視線の糸もぷっつり切れてる」
「あっ、お前……! あの男の知り合いらしき女!」
『あの男ってフィンのことか? 大災司なのにセリスのことを全く知らないみたいだな。こういうのもいたのか』
「あれ? でもあたし、この国に来てからまだフィンとはっきり接触してないわよね? 顔を覚えられてるってことは、あんた元からあたしのことを知ってるの?」
「だから、あの男の知り合いだろう! じゃないと、お前たちを接触させるな~なんて命令に従う道理がない! だからこそ僕はこの任を請け負ったんだ!」
セリスは首を傾げる。
「命令された? しかも、あたしとフィンを引き合わせないように? でも、それならどうして明日って日にノルベンでフィンを襲う必要が……?」
「何を言っている……? ノルベン? あの男、次はノルベンに行く予定だったのか?」
『以前のループでは何かしら別の理由があったと見て良さそうだ。だが、思っていたより口が軽いな。まるで……』
「まるで、話しても問題ない相手に話しかけているかのよう、とでも言いたいのかな?」
スターヴはそう言って、ローブのフードを脱ぐ。
「残念だったね。あの男たちはもう死が確定している。それが、僕の力。この僕、運命魔法を操る大災司・スターヴに与えられた呪いの力だよ」
「何ですって……?」
「僕の運餓魔法は受けた相手の運を枯渇させるんだ。それも、効果時間は僕にも計り知れない。まあ、この魔法を受けて死ななかった人間が1人もいないから、正確な効果時間が分からないだけなんだけど」
『ん……?』
「へえ、それは大した能力ね。でも、3人もの人間の運命を変えるだなんて、とんでもない魔力を食うんじゃない? その力、連発はできないタイプと見たわ。それに……!」
セリスは無詠唱で炎弾を連発する。
「あんたが倒れれば、その効果時間がどうなるかも未知数でしょ!」
「あんまり舐めないでもらえるかな、あの男の知り合い!」
スターヴはそう言って黒い魔導書をローブから取り出す。
その瞬間、セリスの目の前にあの黒い球体が現れた。
「っ!?」
「僕の運餓魔法は確かに連発できない。でも、呪いの力を拡散させるだけならこの距離で十分だ! さあ、食らってもらおうか!」
「まさか。まんまと食らうはずないでしょ! 魔導書を持ち出した時点で、そうしてくるのは読めてたわ!」
その瞬間、セリスの足元に現れたワープゲートがセリスの姿を消す。
黒い球体はその場に落下し、消え去った。
スターヴは溜息をついて振り返り、視線をシバに戻すのだった。
***
ワープした先でセリスは魔力切れ直前の体を壁に寄らせ、息を切らす。
『あ、危なかった……。間一髪ってところだったな』
「発動が少しでも遅れてたら今頃あたしも……って、そうだった! フィン!」
『あいつをどうにもできなかったんだ。それに、効果時間は未知数だとも言っていた。今回はどうしようも……』
「あたしが……あたしが、フィンに会いに来たから……? だから、フィンの死が早まったの……?」
『……そう言っていたな。どうやら、闇の教団はセリスがフィンと接触するのを止めようとしているらしい。だからといって、フィンのところに戻ろうとするんじゃないぞ。今のお前は魔力も限界で戦える状態じゃない。もう視線の糸も視えていないんだろう?』
「うん……。流石に疲れたからしばらくは動けないわ。ただ……あまり気づきたくはなかったけど、あたしってばフィンの死に慣れすぎちゃったのかも。とっても悲しいけど、あんまり動揺はしてなくて……。だから、そんなに心配そうな声色を出さないで良いよ」
ノエルはしばらく黙り込む。
すると、海の方から叫び声が響いた。
それは魔法塾にいた子供たちの声。
セリスは石柵から顔を出して海の方を見る。
「……あれ、まさか」
『小さな津波……? いや、違う。微弱だが海の中に魔力が見えるぞ。ってことは、海魔の仕業か!』
「待ってよ、いくら小さくても子供ならひとたまりもない高さじゃ……。た、助けなきゃ!」
セリスは立ち上がろうとするが、ふらついて倒れる。
『諦めるんだ。今のお前は魔力切れ寸前。魔導書の力を借りたとしても、体内魔力がなければいざという時の防御ができなくなっちまう』
「フィンたちが被害に遭うだけならまだ受け入れられる。でも、それに巻き込まれる人が出るのは絶対に違う!」
『アタシだって、止められるなら止めたいに決まってる。でも、見ていることしかできないんだよ、アタシたちには……』
小さな津波は幾度となく砂浜に襲いかかる。
第一波が到着する前にある程度の子供は逃げられたようだったが、数人ほど逃げ遅れた子供たちがセリスたちの目に入った。
そして、その第一波が――。
「消え、た……?」
第二波、第三波も続けざまに小さな波となって消えていく。
凄まじい勢いだったはずのそれをかき消すことができる魔法。
それに心当たりがないセリスではなかった。
「風魔法……ってことは、ルカ様!」
塾長室の中から走ってきたらしく、ルカは肩で息をしている。
それからルカは冷静に状況を把握し、住民の避難や海魔の討伐を1人でこなした。
セリスはどうにか歩みを進めてルカの元へと合流したのだった。
***
「あれ、セリス? どうしてここに……」
「説明はまた今度。今はフィンたちを……」
「そうでした。ロヴィアさんたちが全く帰ってこないので心配になっていたら、子供たちの叫び声が聞こえて急いで部屋から外に……。一体何があったんです?」
『……ロヴィアたちはもう手遅れだ。ルカが消したのは魔法塾周辺の津波だけ。フィンたちがあっちの奥側の砂浜に逃げたのなら、残った津波に巻き込まれた可能性が高い』
「ロヴィアさんたちが津波に!? なら、急いで探さなければ!」
「クロ、もう見えてるんでしょ。ロヴィア様はどこ?」
『反対側の砂浜……その崖付近だ』
セリスは『崖』という言葉だけで何が起きたのかを察した。
ルカを連れ、セリスたちはその崖へと駆けていく。
***
その惨状は、セリスの想像を遥かに超えるものだった。
津波で荒れ果てた砂浜には崖崩れの跡と、ゴーレムの魔導結晶がいくつか転がっていた。
その先で、セリスは2度目の死と、1度目の死を目にした。
「あ……あぁ…………っ」
『今度はロヴィアまで……。魔力の反応はこのゴーレムたちのものだったんだな……』
「ロ、ロヴィア……? それに、フィンと報告にあったシバって子まで……。どうして、どうしてこんなことが……!」
『この魔導結晶の位置……。どうやらロヴィアはゴーレムで津波からフィンたちを守ろうとして、崖崩れが起きたらしい。崖の付近だけ津波の影響を受けていないのはそのせいか……』
「あたしのせいで……今度はロヴィア様まで……? ラウディに来るべきじゃなかった……? こんな最悪の結果になるのが嫌でここまで来たのに、あの特級魔法を使わなければどうにかなったの……? 何が、間違っていたっていうの……?」
『セリス、思考を止めるんだ! 気持ちは分かるが、それ以上はいけない。間違っていたのはセリスじゃなくて、ラウディに行くように……フィンに干渉するように勧めたアタシだ。だから……ここで諦めないでくれ……』
「あたし……あたしは…………」
すると、セリスは虚ろな表情で立ち上がる。
そしてそのままフラフラとその場から離れていった。
混乱しているルカを置いて、ノエルはセリスを追いかけるのだった。
***
『セリス!』
ノエルの声がようやく届いた頃には、セリスは既にヘルフスの宿に戻った後だった。
「あれ、あたしってばどうしてここに……」
『あぁ、ようやく正気に戻ったか……。お前、あの後そのまま列車に乗ってここまで戻ってくるんだもんな。無意識の行動だったとはいえ、アタシもない肝を冷やしながら驚いていたところだよ』
「そうか、あたし……あまりのショックで頭がパンクしてたんだわ。半年前だったら気を失ってループを移動してたかも」
『感心しているところ悪いが、1つだけ質問させてくれ。どうしてヘルフスに戻ってきた? フィンたちのことを放ったまま来てしまったんだぞ』
「無意識だったとはいえ、その辺りの目的意識は明確に覚えてる。明日に備えて、いつものループに戻るためよ」
『変に冷静になったな。いつものループだって? それに明日って……何かあるのか?』
「ええ、きっと今度はクロにも会ってくれるはずだから」
そう言って、セリスは布団を被る。
ヘルフスに来て3日目の夜は波乱を残したまま過ぎていく。
セリスは4日目の朝を迎えるために、フィンが本来死ぬはずだった日を迎えるために、目を閉じる。
***
そうして、セリスにとっては無事に4日目を迎えることができた。
1回目と2回目のループの時と同じ空を窓から見上げ、セリスはそれを確信した。
『で、いつになったら説明してくれるんだ? 昨日はいつになく言葉足らずだったぞ。珍しくさっさと寝ちまったし』
「それは着いてからのお楽しみよ。それに、早く寝たのにはちゃんと理由だってあるんだから」
『あぁ、体内魔力の回復だろう? ってことは、まさか今日も魔眼を使うつもりなのか?』
「もちろん。そのためにヘルフスまで戻ってきたんだから」
『いつものループに戻るってのはそういうことか。4日目の朝をここで迎えないと、4日目に起きうるイベントが発生しない可能性がある……。セリスはそう考えたんだな?』
「そういうこと。少しでも歯車が狂ったらダメだって、そう思ったの。とにかく、今は急いで駅に向かうわよ!」
セリスは急いで荷物をまとめて、ノルベン直行の列車が到着する駅のホームへと駆け込んだ。
そして、あの時乗った列車はあの時と同じ時間に到着し、同じように出発したのだった。
***
列車の中でセリスたちは何の言葉も交わさずに時間だけが流れていった。
正しくは、セリスもノエルも言葉を交わさないように事前に打ち合わせをしていたのだが。
「(あの時、この場所で、あたしはフィンを助けるために必死で考えてた。でももうフィンは……。あたしがラウディに行かなきゃ、あんなことにはきっと……。ううん、そんなことを考えちゃどうしようもない! きっと、そろそろ……来る!)」
セリスの予想は見事に的中した。
全ての時間が止まった。
魔導列車も、外を走る風景も、通っていく空気も、そしてノエルの羽根ペンも。
セリスだけを残して、全ての時間が止まっていた。
「久しぶり……って言うべきなのかしらね。あんたには」
「あら、何かがおかしいと思ったら……。あなた、一体何度目かしら?」
その女はいつの間にか、机を挟んでセリスの正面の席に座っていた。
長い金髪は床に触れそうなほど長く、手にはティーカップとソーサーを持っている。
セリスの顔を見た後、その女はティーカップを口に運んだ。
「あんたと会うのは今回が2度目よ。でも、そういう話をしてるわけじゃなさそうね?」
「ええ、よく分かってるじゃない。それじゃ、あえて質問を変えてあげましょうか。あなた、今日という日を迎えるのは何度目?」
「最初を含めるなら40回目ね」
「まあ、ちゃんと覚えていて偉いわね。それで、このわたくしに何か用でもあったみたいだけど? その目を使うとか、色々あるみたいだし」
「へえ、今回は話を聞いてくれるってわけ? だったら、ちょっと気が変わったわ。魔眼はまだ使わないことにしたから、一旦こっちの羽根ペンをこの時間に付き合わせてあげても構わないかしら?」
「もちろん、あなたがそう望むのなら」
そう言って、女はノエルの羽根の部分を指でつまんでセリスの方へと投げた。
すると、ノエルはこの時間の中で動き始めたのだった。
『うおっ!? 急に周りが止まって……って、誰だお前!?』
「どうやらそちらの師匠さんは状況が分かってないみたい。一方のセリスはもう答えが分かってるみたいね。わたくしの、正体が」
「魔眼で情報を集めるつもりだったけど、これだけは確信して言えるわ。どうしてあの時は気づかなかったのか不思議なくらいよ。あんたの正体は――」
セリスは女に人差し指を向けて言った。
「時の大災司・ラミティカ! あのディーザの妻であり、正式な魔女ライセンスを持つ、闇の教団の頭脳でしょ!」
「はい、大正解。それじゃ、あなたの話を聞いてあげましょうか」
ラミティカはティーカップの中に入った紅茶を口に運び、それを飲み干したのだった。




