69頁目.提案と受け渡しと新しい道具と……
ロヴィアの試験を手ぶらで受けることになったセリスは、当然緊張していた。
セリスはその緊張を整えるために一度深呼吸をし、答えた。
「あたし、1人の魔女見習いとしては十分強いと思うんです。もちろん大魔女様には及ばないとは思いますけど、足りないものがあるとすれば経験くらいで」
「へえ……続けて?」
「あたしが首席になれたのってもちろん運もあるけど、魔女見習いとしての実力が一番だったから。これは自惚れとかそういうのじゃなくって、この旅を経て得た気づきです。そして、あたし個人としては欲しい道具とか必要とする道具は、この旅を振り返っても全く思いつきませんでした」
「確かにセリスは十分に強いわ。それに、これまでの活躍とライセンス試験合格の概要を見ている限り、その実力は自他共に認めるべきものよ。でもね、今回の試験内容はあくまで『道具を作ること』。そこは忘れてないわよね?」
「もちろんです。でも、あたしが大災司たちに勝てたのはあたし1人の力じゃなかった。魔女でも何でも、1人でできないことがこの世にいっぱいあるって気づかされた旅でもあったんです。だから、ロヴィア様にお願いがあります。あたしだけ、試験のお題を変えてもらえませんか?」
『セ、セリス!? お前、それは――』
ノエルの驚きをロヴィアは制する。
そして、ロヴィアは額を押さえながら言った。
「一応聞こうかしら。具体的にはどう変えて欲しいのか」
「『自分だけの道具を作る』じゃなくて、『自分たちだけの道具を作る』に変えてもらえませんか? あたしはいつでもフィンと一緒に2人で戦ってきたんです。でも今回出されたお題を聞いた時、勝手にフィンを加えるのはダメだと思いましたから。その許可をいただきたいんです」
「……まあ、さっきまでの私ならその限界も考えて超えてみろって言ってただろうけど、あなたとフィンとの相性については理解してるつもり。良いわ、変えてあげる。むしろそうした方がセリスのためになると思ったしね。私たち大魔女の仕事は見習いたちの足を止めることじゃなくて進ませることだもの」
「や、やったぁ!」
「ただし、次はないと思っておいて。こんな形とはいえ、私の試験における最初の難関を突破したから許してあげただけよ。よって、+60点してあげる。その代わり、ちゃんと道具を完成させて私を納得させられるまではこれ以上の加点はしてあげないから」
「任せてください!」
そう言って、セリスは唖然として動かなくなったノエルを持って後ろへ下がった。
すると、ロヴィアは全員へ言った。
「じゃあ、改めて……今回の合格者は4名! 素晴らしい自分だけの道具を作り上げ、これまでの試験の結果を総合して合計点100点に到達した彼らに、盛大な拍手を!」
セリスたちは拍手をする。
そう言い切るとロヴィアは合格の証を合格者に渡し、次の告知を済ませてから工房の方へ戻っていった。
今回の審査が終わったことを確認したセリスたちはフィンの元へと戻るのだった。
「はぁ……。やっぱり思ってた通り、合計点方式だったか。加点とか減点とか、どう考えても一発合格できそうな雰囲気じゃなかったからな」
「合格点は100点って言ってたわね。あたし、もう60点も取っちゃったわ」
「どうして道具を作ってきたアタシの方が点数が低いんだ……って思ったけど、試験の難関の突破ってのがカギになることは分かった。逆に感謝したいところだ」
『アタシはヒヤヒヤしたぞ……。まさかあんな要求が通るなんて……』
「あたしの知恵も捨てたもんじゃないわね。これで精一杯アイデアを出し合えるんだから!」
「あ、お前、さてはフィンの知恵を借りるためにあんな悪知恵を働かせたな!?」
セリスは知らん顔をしてとぼける。
「何言ってるのかしら? あたしは正当な提案をしただけだけど?」
『セリスって本当に魔女気質なんだよな……』
「一応話は聞こえてたけど、まさか俺を巻き込むなんてね。あんな計画、相談された覚えがないんだけど?」
「はぁ!? セリス、お前フィンに何も言わずにあんな提案したのか!?」
「何にしてもあたしとフィンは運命共同体なんだし、今さらよ。知恵を借りるためっていうのもあったけど、本当に今後の戦闘に必要な道具を作るためなんだから」
すると、フィンは考えて言った。
「まあ、俺だって無駄に10日間を過ごしていたわけじゃないし、そういった発明を考えてないと言えば嘘になる。でも……姉ちゃんには既にアイデアがあるんだよね」
「もちろん。この交渉をするって決めた時からどういう道具が欲しいかはずっと思いついてたの。でも、その考えを実現するにはどうしてもあたし1人の発想力じゃ限界があったわ」
『じゃあ、一旦宿に帰ってから聞かせてもらおうか。スティアの方も、今後についてセリスたちの知恵を借りてみても良いと思うぞ』
「あぁ、そうさせてもらう。別にその辺のプライドはアタシにはねえし、むしろありがたいくらいだ」
***
宿に戻った後、フィンはスティアに言った。
「とりあえず、スティアさんの方を先に済ませちゃおうか。その鞘……風の魔石を使った推進器だね。鞘自体は金属製だけど、ちゃんと腰に佩けるよう革のベルトにしっかりくっついてる。問題は……」
「遠距離武器との相性が悪いことだな。機能可変銃を直してもらったから一緒に使ってみたけど、ありゃダメだ。片手だと照準が合わないし、何より銃から手を放しかねない」
「鞘に入ってる柄の部分を押し込むと魔石が起動する仕組みだったね。じゃあ、起動のトリガーを別の場所にしてみるとかかな。誤発動を防ぐことを考えると……足とか?」
「そもそも、遠距離にこだわるのが良くないんじゃない? 鞘を使うなら剣とか使えば良いでしょ」
「いや……それならむしろこの鞘を使わないって選択を取る。魔具使いである以上、遠距離攻撃は捨てられないからな。教団みたいな魔導士を相手にするならなおさらだ」
「それもそうだね。つまり、回避に切り替えるにしても銃を持っている状態を維持するのが優先ってことになるから……」
フィンは少し考えて言った。
「やっぱり足かな。ブーツとかに起動のスイッチを仕込むか、ブーツ自体に推進器を付けるのが良さそう」
「なるほどな。ブーツにスイッチって、どうやって起動すれば良いんだ? 踏むだけだと間違って起動しちゃいそうだが」
「例えばつま先を2回連続でトントンってすると起動するとか、走って加速したことを検知して起動するとか、色々できると思うよ。鞘にスイッチを仕込んでたってことは操作を体感的にやりたいタイプだと思うし、今後の課題はスティアさん自身に馴染む起動方法を見つけることだろうね」
「そこからはアタシ次第ってことか。仕方ねえ、足に仕込むってのは新しいアイデアだし、参考にさせてもらうよ。じゃ、次はセリスの番だな」
そう言って、スティアは一歩下がる。
すると、セリスは言った。
「なら、ざっくりとあたしが欲しい道具を言うわよ。フィン、あんたの呪いをあたしに渡せる道具が欲しいわ。できれば遠隔で渡せるものが良いわね」
「ホントにざっくりだな。そもそも呪いを受け渡すってこと自体できんのか?」
「……うん、一応できると思う。いつもは姉ちゃんの魔導書に直接触れて魔法を変化させてるけど、実は少しくらいなら離れてても変化させられるみたいなんだよね。それでも、腕1本分くらいの距離が限界だけど」
『じゃあ無理ってことじゃないか?』
「だからこそ、道具を使うのよ。不可能を可能にするための架け橋があれば、何とかなるわよ! それに、あたしだって何も案がなくて言ってるわけじゃないのよ?」
「姉ちゃんの案……?」
不安そうなフィンの顔をキッと睨み、セリスは言葉を続けた。
「あのねぇ、あんたの特技をアテにしてるのよ?」
「俺の特技……。もしかして……気功?」
「そうよ。ほら、2人でプリングの闘技場でサフィア様と戦った時、乱の呪いを気功に乗せて呪いのフィールドを作り上げたじゃない? あれって遠隔で呪いを発動させられてる状態だと思うのよね。受け渡しとはちょっと違うけど、似た状況を作れないかしら」
「呪いを気功に乗せて、道具を経由して受け渡すってこと? うーん、そもそも気功から魔法に呪いを移せるのかな……」
『なるほど、それも含めて色々試してみたいってことだな。フィンの呪いの性質は吸収と放出。呪いを小分けにするのはできないってこの前の大災司との戦いで言ってたから無理だとして、変質させる手順を気功で再現できればそれが一番だ』
「そういうこと。それができることを証明できれば、あとは道具を作って万事解決ってわけ!」
フィンは頷いた。
「じゃあ、今から外に出て試してみる? 呪いを気功に乗せるのはすぐにできるから良いとして、多分あの時のやり方だと受け渡しができないってことになるけど……。うーん、どうしたものか」
「ううん、ここで試すわ」
「はぁ!? ここで!?」
「無茶だよ、姉ちゃん。安全が確保されてないんだし」
「むしろ、ここでできるくらい器用にやってみるのよ。この前の最適化とかいうのを見てた限りだと呪いを引っ込めるのはどうにでもできるみたいだし、外でやるより訓練になるわよきっと」
「え、えぇ……?」
『うーむ。誰が教えたんだか、こんな過酷な指導法……』
***
部屋の中を片付け、セリスは壁際に立たせたフィンの対角線上に立った。
距離としては5歩分ほど離れており、フィンの変質の範囲よりはずっと遠い。
「さて、とりあえず普通の気功をこっちまで飛ばしてみてくれる?」
「え? 気功っていうのは体内でどうこうする力であって、体外に放出することはできないよ。サフィアさんとの戦いの時は、軟気功で震わせた籠手の縄を経由して呪いを放出しただけだし」
「あれ、そうだったの? あたしはてっきり気功って魔法の弾みたいに飛ばせるものだと思ってたわ。だとすると、前提が崩れちゃったわね……。近距離にしか伝えられないなら、呪いを受け渡す距離とほぼ一緒になっちゃう」
「仕方ないよ。こうなるより先にどういうつもりか聞いとけば良かったかも」
そう言って、フィンは机の位置を元に戻そうと身体の向きを変える。
すると、スティアはそれを止めて言った。
「なあ、今の話。フィンって自分の身体が触れているものなら気功を伝えることができるってことだよな?」
「う、うん。もちろん、伝えられる距離とかモノの大きさには限度があると思うけど」
「あいつら姉妹みたいなこと、できねえのか? 厳密に言えば、シバの呪いみたいなこと」
『震の呪い……共振の力、だったか。だが、呪いの力を使うために呪いの力を使うってのか? それとも、気功で震の呪いを再現させろって?』
「どっちも違えよ。アタシが言いたいのは、気功で振動させたモノになら呪いの付与をキープしたままにできるんじゃねえか、ってことだ」
「なるほど、気功で振動……呪いの付与のキープ……共振の力……サフィアさんとの戦い…………」
フィンはそう呟きながら思案する。
そして、やがてハッとして言った。
「そうか! 振動させたモノを受け取る側に共振の力を持たせれば良いんだ!」
「ど、どういうこと……?」
「姉ちゃんの理想の道具が作れるってこと!」
「ホントに!? でかしたわ、フィン!」
「姉ちゃん、設計図は作ってあげるからノエルと一緒に材料集めしてきて。そして、金属系のアクセサリーを作ってる工房で一緒に作ろう!」
「あたしにはよく分からないけど、フィンに任せるわ。一緒に作っていればその仕組みもそのうちちゃんと理解できるだろうしね」
「うん、任せてよ。これでも発明家の卵なんだから。師匠に負けないような道具を作ってみせる! いや、絶対に負けない道具を一緒に完成させるんだ!」
セリスとフィンは一緒にはしゃいでいる。
その様子を見て、ノエルは一安心するのだった。
***
それからさらに10日が経過した。
セリスたちは完成した道具を手に、審査会場までやってきた。
「は、発明品を持ってくるって、こんなに緊張することなのね……」
「前回のアタシの内なる気持ち、理解したか?」
「えぇ、それはもうとっても……。失敗しないか気が気じゃないわよ」
「昨日までさんざん練習してきたでしょ。大丈夫だって。自信持って、姉ちゃん」
「分かってる。アイデアにだけは自信あるんだから」
『お、ロヴィアが出てきたぞ』
ロヴィアは前回同様に会場の中心に立ち、同じように言葉を並べる。
そして、やがて言った。
「さて、今回の審査は誰からかしら?」
「姉ちゃん」
「ええ、行くわよ」
そう言って、セリスとフィンはロヴィアの前に出た。
「なるほど、セリスたちからね。納得のいく道具は作れたかしら?」
「はい、それはもうバッチリ」
「俺がいないとその道具使えないんで、遠慮なく参加させてもらいますよ」
「ええ、元からそのつもりだって思ってたから。あなたたち2人でしか使えない2人のための道具……。この目でしかと見届けさせてもらうわ」
セリスとフィンはお互いに頷き合い、距離を10歩分以上取る。
セリスは目の前に的となる丸太を置き、言った。
「まず、前提として想定しているのはこの前みたいにフィンと分断されている状況。それも、空間魔法でフィンの近くに移動する余裕もないって戦況です」
「近くに移動できない……。ってことは、もしかしてあなたたち……」
すると、フィンは右腕に籠手を着け、黒い球のようなものを籠手に握る。
一方のセリスは魔導書を左手に構えた。
その左の手首には、3つの穴が開いた金属製のブレスレットが付いていたのだった。
「フィン! 始めて!」
「うん、了解! 術式変質・黒、からの軟気功……からの! 『黒転弾』!」
フィンは呪いを込めた球をセリスの方へと投げた。
気功が乗っているからか、その勢いは普通の投球の速度を遥かに超えていた。
「え? そんな速度で投げたら――」
驚いたロヴィアはそれを受けるであろうセリスの方へ目をやる。
そして、さらに驚くのだった。
「ちょっとルート逸れてたけど、ちゃんと受け取ったわよ!」
セリスのやや足元に目がけて飛んでいた球はセリスのブレスレットに引き寄せられ、穴にしっかりと嵌まっていたのだった。
そして、セリスは丸太へと手を向けて唱えた。
「いくわよ! 空間固定・滅空魔法『黒絶断』!」
その瞬間、セリスの目の前に置かれた丸太が跡形もなく消え失せた。
「なっ……!? 今のって、滅の呪い……!? ってことは、今2人がやったのってやっぱり……」
驚くロヴィアをよそに、セリスはブレスレットの球を見つめて言った。
「あ、もうちょっと使えるみたい。滅空魔法『黒絶断戻し』!」
そう言うと同時に、消えたはずの丸太が現れたのだった。
驚き続きのロヴィアは、その場で固まっていた。
成功したことを確信したセリスたちはロヴィアの前に戻ってくる。
ロヴィアは唖然としたままセリスたちに尋ねた。
「今の、間違いなく滅の呪いだったわよね。しかも、フィンは右に籠手を着けてないから創神の御手の力は使えてないはずだし……」
「そもそもあの籠手じゃ、特殊属性の魔法は使えませんしね。俺がやったのはこの球に呪いを込めることだけです。厳密に言うと気功とかは使ってますけど」
「で、このブレスレットがその呪いを受け取って魔導書に力を受け渡したんです。あと、あえて滅の呪いを選んだのは、それが一番ロヴィア様に対しての証明になると思ったからです。一番近くで見た呪いの力だったでしょうから」
「え、えぇ……。ルインは牢屋にいるし、フィンは呪いをこっちに撃ってきてない。セリスが呪いの力を使ったっていうのが紛れもない真実だって理解したわ。なるほど、これは確かに2人のための道具と言って差し支えないわね。仕組みを聞いても良いかしら?」
セリスとフィンは頷いた。
「まずはこの球。実は2重構造になってて、内側の球体の中が空洞になってるんです。ここに、籠手経由で呪いを込めてから気功で振動させる。つまり、球体の中に呪いの乱気流が発生した状態にするのが第1ステップ。実はここで呪いの付与を気功で遅延させてます。そして、それを姉ちゃんに向かって投げるのが第2ステップです」
「一方のあたしが付けてるこのブレスレットの穴には特殊な磁力を持った鉱石が使われてて、フィンが投げた球がある程度離れてても吸着するようになってるんです。それを受け取るのが第3ステップ。それから、受け取った球はブレスレットの穴の中心で磁力と気功の影響を受けて回転し始めます」
「そして、姉ちゃんのブレスレットに嵌まった球は、遅延していた呪いの付与を周囲に開始。腕の近くに姉ちゃんが持っていた魔導書はその影響を受け、呪いに変質。これが第4ステップです」
「最後に、変質した魔導書を唱えれば成功! 以上の5つのステップを経て、フィンからの呪いの受け渡しを成功させたってわけです。これぞ、名づけて『黒転の息吹』! あたしとフィンのための新しい道具です!」
そう言って、セリスは自慢げにブレスレットを見せつけるのだった。




