67頁目.姿と大食いと新たな課題と……
ロヴィアは地面に座り、フィンに額を向ける。
フィンは呪いを腕に込め、片方の籠手で光魔法を放った。
そして発された光は集中し、細い光線となってロヴィアの額に正しく命中した。
セリスは恐る恐るロヴィアの額を覗き込み、喜んだ。
「あっ……! ロヴィア様の額に宝石が!」
『せ、成功したのか!?』
「う、うん。多分……?」
しかし、その時だった。
ロヴィアは気を失いその場に倒れ込んでしまったのだった。
「ロヴィア様!?」
「お、おい、これ本当に成功したんだよな!?」
『そうか……! 魂の器が戻ったってことは、ロウィ自身と脳内の記憶に数日分の齟齬が生まれてしまったことになる。それで脳が一気に疲れたんだろう。命に別状はないだろうけど、目覚めるまで時間がかかるかもしれないな』
「今朝の俺の最適化と似たような状況ってことだね。でも、どうする? このまま宿に寝かせておくにも監視役を残しておかないと……」
『いや、問題ない。アタシが行く』
「行くって……どこに?」
すると、ノエルはロヴィアの元へと浮遊していく。
そして言った。
『もちろん、こいつらの魂の中さ。お互いに情報共有してやれば脳への負担が一気に減るだろう。アタシが起こしてくる』
「なるほど。俺たちは……まあ、待っておくしかないね」
「そうね。ここは任せましょ。あぁ、でも終わるまでの間に出かける準備くらいはしないと」
「じゃあ、アタシは下の食堂からパンと適当な飲み物もらってくるよ。ここの宿、大魔女が用意してくれただけあってサービスが最高だな。まさか食い放題とは」
「それならロヴィアさんのためにも4人分持って……いや、念のために6人分持ってきてくれるかな。もし師匠が先に目覚めたりしたら……」
『ま、それぞれ好きに過ごしていてくれ。ちょっと行ってくる』
セリスたちは頷く。
ノエルは羽根の宝石をロヴィアの額に当て、動きを止めた。
***
ロウィとロヴィアの魂の器に自分の魂の器を直接触れただけあって、ノエルは一瞬で2人の意識が共存する場所へと降り立った。
そこには、若い女性と猫の獣人の姿があった。
それがかつてのロウィとロヴィアの姿であることに、ノエルはすぐに気がついた。
すると、2人はノエルに気づいて驚く。
「ちょ、ちょっと、なんでノエルがここにいるのよ!」
「ロヴィア、お前は今自分がどういう状況になってるか理解してるのか?」
「え? ええと、私は確かロウィを戻すためにフィンの力を借りて……」
「うん? 今って夜だと思ってたんだけど、違うのか? ロヴィアがアタイの記憶領域にいるから、てっきり睡眠中かと」
「ロヴィア自身が自覚してないなら、アタシが来たのは正解だったな……。現実のお前は気を失ってんだよ。ロウィの魂が急に戻ったせいで脳の記憶領域がパンクしたんだろうさ。今はフィンたちがベッドに運んでくれている頃だと思うよ」
ロヴィアは少し考え、ようやく現状を理解した様子で納得した表情を見せる。
そして、ロヴィアはロウィへと向き直る。
「そうだった! ロウィ、無事で良かった!」
「無事? ええと……アタイに何かあったのか?」
「とりあえず、この数日でアタシたちに起きた全てを情報共有しよう。そうすれば、脳との記憶の齟齬が徐々に噛みあってくると思うから。フィンたちをあまり心配させないでやってくれ」
「それもそうね。巻き込みたくないとはいえ、ロウィに今回の件を伝えないのは無理がありすぎるし」
そうして、ロヴィアとノエルはロウィに今回の事件の全貌を伝えた。
その中にはロヴィアがノエルについての記憶をずっと前から持っていたことや、フィンやセリスたちの頑張りなどの話も含まれていた。
「ふーん、なるほど。大災司に魂の器ごと消滅させられてた、か……。あいつら、小賢しい真似をしてくれたな」
「あいつらのせいでノーリスの上層は半壊よ。まさか、連中のボスみたいな奴が出てくるとは思わなかった」
「あれは事故みたいなもんだ。お前たちは何も悪くないさ」
「フィンを送り出したのがほんの少し前のことだと思ってたのに、そのフィンに助けられるとはね。師匠として感慨深いものがある。それと……神器、だったっけ? アタイが融合の秘術を使ったとしても、きっと作れなかったと思うよ」
「私だって、まさか虹魔石なんて超レアな素材を持ってるとは思わなかったわよ。ルフールからもらったんだろうけど、あんな最高品質のものを易々と渡すなんて。有り余ってるとは思えないし……」
「もしかすると、ルフールはそれをお前たちに加工してもらうことを見越してフィンに渡したのかもしれないね。神器ほどのものを作れるとは思っていなかっただろうけど、結果としてディーザを虚空魔法で隔離できたんだからな」
そう言った後、ノエルは先ほどから気になっていたことを口にした。
「そういえば……その姿のお前たちを見るのは初めてだな。生前のロウィに、獣人だった頃のロヴィア。もしかして、器の中で会話する時はいつもその姿なのか?」
「そうよ。お互いの本来の姿は今や私たち自身しか知らないわけだし、分かりやすいでしょ。そもそも、私たちって見た目の違いが目の色でしか判断できないじゃない?」
「アタシたちみたいな魔導士からすれば、その身から発される魔力で判別できるもんだからすっかり忘れてた。確かに一般人からするとそうだったな」
「アタイらこそ、その姿のノエルを見るのは久しぶりだ。そのローブに髪の色、懐かしい……って言うにはあまりに時間が流れすぎかな」
「ここはお前たちの意識の海の中だ。この姿だって、お前たちが記憶しているアタシの姿でしかないさ。でも……どうやらしっかり覚えていてくれたようだね」
「当たり前じゃない。私たちにとってノエルは特別な人なんだもの。記録には残っていなくても、記憶にはちゃんと残ってる。もちろん一時的に忘れてた時期はあったけど、今はちゃんと思い出してるんだし問題ないでしょ?」
ノエルは頷く。
「もちろん。むしろアタシの手間が1つ減ったようなもんだ。まあ、結果的にこうしてここにお前たちを呼びに来る羽目にはなっているわけだが」
「愚痴? それとも文句?」
「まあ、ロヴィアがしっかりしていればロウィが消えることもなかったのは確かかもな」
「ちょっと!?」
「あはは! 全く、そんな喧嘩してる場合じゃないんじゃなかったのか?」
「あっ、そうだった。フィンたちを待たせてるんだったわね。じゃあ、せっかくだし――」
***
ロヴィアが倒れて数分後。
ノエルはゆっくりとロヴィアの額から離れ、セリスたちの元へと戻ってきた。
「あ、おかえり。どうだったの?」
『すぐにでも起きると思う。どれくらい経った?』
「数分程度だよ。朝食の準備はパッと終わらせたし、もし師匠がどれだけ大食いでも問題な――」
「へえ、誰が大食いだって……?」
「……げっ。こ、この圧は……まさか……」
いつの間にやら起き上がっていた彼女は、フィンの頭を片手で鷲掴みにする。
フィンは痛がりつつ、後ろを振り向いた。
「黄緑色の瞳……! 師匠だ!」
「あぁ、そうだとも。まさか起きがけに弟子の口から悪口を聞くことになるなんて――」
「良かった、無事で!」
フィンはロウィの手を両手で握り、喜んだ。
ロウィは恥ずかしそうにしつつも、その目は机の上の料理に向けられていた。
「パンだけじゃ足りないと思って、適当に料理も持ってきてやった。これで良いんだよな、フィン?」
「ありがとう、スティアさん。どうやら師匠も文句はなさそうだよ」
「いや、でもこれって優に10人前くらいはあるような……。ロウィ様って7人分も食べられるの……?」
『そういや、昔からかなりの大食らいだったな……。飯を食べ過ぎて、交代したロヴィアに説教されていたのをよく覚えてる』
「ノエルも覚えておいてと言いたいところだけど、腹が減ってるのは確かだね。せっかくアタイのために用意してくれたんだし、全部いただくよ」
「あ、やっぱりこれ全部食べれるんだ……」
料理を美味しそうに、自分たちの何倍もの量を頬張るロウィの姿を見て、セリスとスティアは感嘆する。
その姿をフィンは嬉しそうに見つつ、朝食を終えるのだった。
***
「さて、ライセンスの試験についてだったわね」
ロウィと交代したロヴィアは、お腹を少し辛そうにさすりながらセリスたちに言った。
「その……大丈夫ですか?」
「ご飯時を過ぎてからロウィと交代した後はいつもこうだし、流石に慣れたわ。気にしないでちょうだい。ロウィのために用意してくれてたみたいだし、あの子もきっと満足よ」
「速攻で話が逸れてんじゃねえか。時間を縫って来たんじゃなかったっけ?」
「あぁ、そうだったわ。とりあえず先に試験内容だけ伝えておくわね」
ロヴィアは咳払いをし、言った。
「ノーリスの大魔女・ロヴィアが出す試験。それは、『自分だけの道具を作ること』よ。魔具である必要はないから、言葉については柔軟に考えてもらって良いわ」
「道具作り……ってことは、師匠の工房を使って良いんですか? でもあそこって国のエネルギー源だし、関係者以外が立ち入ってるイメージないんですけど」
「そこがこの試験のポイントなの。この試験において重要なのは2つ。『発想力』と『探索力』よ。私が教えられるのは、最終試験を行う場所と期限だけ。あとは全て、あなたたちの自由ってわけ」
『何を作るかはもちろん、材料を集めるのも、それを作る場所も、全て自分の足で稼げ……ってところか。なるほどね、【探索力】ってのが試されるのも納得だ』
「最終試験の場所は私の工房前。期限は10日。10日後に他の試験の参加者を含めた全員の前で道具のプレゼンをしてもらうわ。そこでダメだったとしても、次のチャンスはまたその10日後にあるから。そうそう、もちろん審査するのはこの私ただ1人。ロウィは試験に一切介入しないから、気にしないで大丈夫よ」
「10日後……」
セリスたちは色々と考えている。
すると、ロヴィアは椅子から立ち上がり、部屋のドアへと足を向けた。
「じゃ、伝えるべきことは伝えたから! 私は仕事に戻るわね」
「あ、わざわざ来ていただいてありがとうございました!」
「うーん、何か忘れてるような気がすんだよな…………あっ、アタシの『機能可変銃』!」
「あぁ、そういえば壊れた銃を修理するためにノーリスに来たんだったわね。昨日はてんやわんやで何もできなかったし、預けてくれればウチの工房で直してあげるわ。スティアにもお世話になったし、修理費用はもちろんタダにしてあげるから」
「やった! じゃあ、こいつをよろしく頼む!」
そう言って、スティアはベッド脇に置いてあった機能可変銃が入った袋をロヴィアに手渡す。
ロヴィアは頷き、ドアを開ける。
「それじゃ、試験頑張って! この銃の方は……多分3日くらいで修理が完了すると思うわ。ウチの作業員に運営は任せてるし、3日後以降の好きなタイミングで取りに来てくれれば大丈夫だから!」
「分かった。じゃあ、あんたに会うのは試験の審査の時ってわけだな」
「あ、そうだ。師匠、最後に1つだけ質問しても良い?」
ロヴィアは足を止め、フィンの方へ振り返る。
「仕方ないわね。時間もないし、これが最後よ?」
「今回の姉ちゃんたちの試験について、俺が手を貸すのはアリ?」
「自由にさせる課題である以上、友人や家族の力を借りるのは全く問題ないわ。だから、フィンが干渉するのは普通にアリ。ただ、その籠手については私の許容できる範疇を超えた奇跡を起こせる可能性があるから、流石に却下。没収しないだけ、ありがたく思うことね」
「了解。それならいつもと同じように俺も姉ちゃんたちの力になるよ。そもそもこの籠手は対人戦や対魔物戦のための武器として作ったものだし、神器ともなればなおさらだ」
「ええ、分かってるならよろしい。さて、これで質問は終わりみたいだし、私は工房に帰るわね。じゃあ改めて……試験開始よ! 健闘を祈るわ!」
そう言って、ロヴィアは宿から駆けていった。
『さて……要は発明しろってことだよな。今回に関してはアタシの力はあまり役に立たなさそうだが』
「発明といえばフィンだろ? 何かねえのかよ」
「この課題で大事なのは、自分のための道具を作ること。最初は姉ちゃんたち自身が必要としているものを自分で考えた方が良いと思うよ。俺は作る方でサポートできると思うから」
「あたしに必要なもの……」
「アタシの方は銃を修理してもらえば攻撃手段に困ることはないし、そうなると防御手段を考えた方が良いか……? いや、むしろ銃が壊れた時のための予備の武器を作るってのも……」
『スティアには作りたいもののビジョンが見えているみたいだな。こっちは心配無用みたいだ』
「うーーーん……」
セリスは頭を捻ってずっと唸っている。
『これまでの戦いで、セリスは何か困ったこととかなかったのか?』
「あたしは攻撃手段も防御手段も持ってるし、むしろ足りないものがあったら大災司なんて倒せなかったと思うのよね。自分で言うのも今さらだけど、あたしの運が良いからっていうのもあると思うし」
「別に戦闘に関係しなくても良いんじゃねえか? 変に道具作ってそれに頼って今までより動きが悪くなる、なんてのは魔具を使う魔導士によくあることなんだよ。お前、もう十分強いんじゃねえか?」
「でも大魔女様たちの足元にも及ばないわよ。まあでも、道具1つ作ってそこに至れるんだったら過去の魔導士たちも苦労しなかったわよね……。確かに、戦闘以外に目を向けるのは良い案かもしれないわ」
『戦闘以外で魔女が必要とするものか……。定番は魔導書だったり道具袋だったり、普段から身に着けるものだね。ただ、そういうのは自分で作るより既製品を買った方が性能は良いだろう』
「ロヴィア様が言ってた課題の名前は『自分だけの道具を作る』だったわよね。なら、別に性能にこだわる必要はないんじゃない?」
すると、フィンは首を振って言った。
「それだと『発想力』を求められる意味がなくなっちゃうよ。今回の試験はアイデアだけを求められてるんじゃなくて、実物としての道具を求められてる。となれば、性能は良いに越したことはないはずだよ」
『アタシもそれには同意見だ。まあ、何を作るか決めるのも作るのもセリス自身だし、これ以上は口を出すべきじゃないかもしれないけどね。なるほど、これは中々にセリスを成長させてくれそうな試験だ。ロヴィアもよく考えたもんだよ』
「じゃ、とりあえずアタシは先に行かせてもらうよ。ある程度作りたいものも決まったし、材料とかも自分で調達する必要があるから、1人で行動した方が都合が良い。夜になったら帰ってくるから、先に寝るなら部屋の鍵は開けといてくれよ?」
「分かったわ。一応は個別の試験だし、協力するのもほどほどにしないとね。あたしはもう少し悩んでから行くわ。あんたが先に帰ってきても良いように、鍵はフロントに預けておくから」
「了解。健闘を祈るぜ」
そう言って、スティアは荷物を持って先に宿を出た。
残されたセリスたちは、セリスの決断をただ待ち続ける。
「……よし、決めた!」
『お、何か浮かんだのか?』
「何も思い浮かばないから、とりあえず散歩するわ!」
「だと思った。でも、本番が10日後ってことは忘れないでよ?」
「こう見えてあたしだって焦ってるんだから。気晴らしに散歩したいんじゃなくて、何かアイデアが欲しいから散歩したいの」
『昨日が忙しない一日だったわけだし、朝から脳を酷使させるのにも限界があるだろう。何かのヒントになるかもしれないし、工房街に行ってみるのはどうだ?』
セリスは頷く。
「そうね、それが良さそう。先に市場に行くのもアリかと思ったけど、既製品を見ちゃうと自分で作る必要がなさそうに思えて、逆に発想の邪魔になりそうだし……」
「工房街って一言で言っても、結構広いから色々あるよ。今回は魔具である必要もないみたいだし、魔導地区以外に行くのも良さそうだね」
『そういやそうだった。ロウィの弟子ってことは、フィンはノーリスの工房街に詳しいんだよな?』
「もちろん。魔導地区以外の場所にも行ったことあるし、少しは顔見知りもいるはずだよ」
「うーん! こんなにあたしに都合が良すぎる弟がいるなんて、あたしってばどれだけ恵まれているのかしら! さあ、良さげな工房にこのあたしを紹介しなさい、フィン!」
「はい、調子に乗らない。とりあえず、昨日の件で工房街が壊れてなければ良いんだけど……。行ってみるしかないか」
セリスたちも荷物をまとめ、それぞれ部屋の鍵を閉める。
そして鍵をフロントに返し、セリスたちはフィンの先導のもと、工房街へと向かうのだった。




