6頁目.魔石と覚悟と教団と……
それから時が流れて。
セリスとフィンは、ノーリスのとある工房に来ていた。
「……これで、いけるはず」
「ここまで長かったわね……」
「でも、ここからだよ。最後は姉ちゃんがやるんだから」
「ええ、そうね。じゃあ……やるわよ」
セリスは手を前に出して、目の前に魔力を注ぐ。
「……よし、光った!」
「いけた……のよね?」
「姉ちゃん、試しに話しかけてみなよ」
「……起きて」
しかし、部屋はしんとしている。
「やっぱり……ダメだったのかな?」
「ああもう、めんどくさい! 起きて! 起きてってば、クロ!!」
『…………ん……』
「ね、姉ちゃん! 今、反応した!」
「ええ、聞こえたわ! クロ、目を覚まして!」
すると、2人の目の前にあった黒い羽根ペンがゆっくりと起き上がった。
『……こ……この声、セリスか?』
「クロ! そう、セリスよ!」
『だが……その姿は……?』
「あ、そっか。ちゃんと色々と説明しなきゃね。まず、今は魔法暦250年。泉の世界が壊れたあの日から、3年も経ったのよ」
『3年……。なるほど、道理で2人とも背が伸びて……。って、3年といえば……そうだ、魔女見習いの試験! セリス、お前は──』
すると、セリスは着ている白いローブのチャックを下げる。
そして、胸元に提げられたオレンジ色の魔石のペンダントを手に取り、得意げな顔でクロに見せつけた。
「ふふん、一発合格よ!」
『お……おおおぉ……!! やったな! って、ペンダント?』
「姉ちゃん、あの日からめちゃくちゃ勉強頑張ったんだってさ。それで、実技の方も含めて、今回の魔女見習い試験で首席スコアを取ったんだ」
『おお、首席……首席!? あのセリスが1位になるなんて、本当に良く頑張ったんだな!?』
「クロのおかげよ。で、このペンダントは合格者がもらえるものなんだけど、その中でも首席の人だけがもらえるペンダントは高純度の魔石が付いてるの。まあ、もうあと半分くらいの大きさだったんだけど……」
『半分……? 確かに割れているようだが……』
「あぁ、そのもう半分は──」
フィンがそう言いかけたその時。
部屋の扉が開き、1人の女性が中に入ってきた。
その女性は黒い羽根ペンに近づき、ホッとした顔で微笑んだ。
「良かった、目覚めたんだな。アタイが力を貸した甲斐があったってもんだ」
『その声……その猫耳に、その服装……。お前、まさかロウィ!?』
「お、ちゃんと識別もできてるなら本物だ。全く目覚めないもんだから、アタイはてっきり偽物の羽根ペンを修理させられてるのかと思ってたくらいだよ」
『そりゃ、お前のことを忘れるわけがないだろう? 猫の獣人【ケット・シー】の血を引いた半獣人にして、【融合】の秘術で普通の少女・ロウィと混ざった大魔女・ロヴィア。その大魔女・ロヴィアの別人格がロウィだ。魔法は使えないが、秘術が使える』
「うんうん。記憶も正常、魔石との相性も問題なさそうだ。まさか、生きているうちにまた会えるとは思ってなかったよ。久しぶり、ノエル」
「「……ノエル?」」
セリスとフィンは同時に首を傾げる。
ノエルと呼ばれた黒い羽根ペンは言った。
『まあ、ファーリの心臓のことを明かした以上、アタシの正体を隠している意味はないか。じゃあ、改めて名乗らせてもらおうかね』
黒い羽根ペンは、高度を上げてセリスとフィンの目線の高さに合わせる。
そして、言った。
『アタシの本当の名前はノエル。歴史から名を消した、9人目の大魔女。北の国・メモラの真の大魔女、闇の大魔女・ノエルだ!』
「9人目の大魔女……ノエル……?」
『驚いただろう? まあ、歴史から名前が消えている時点で当然の反応だろうがね』
「目を点にして驚いてるところ悪いけど、これは本当の話だよ。この羽根ペンがノエル本人かどうか確認できるまでは言うわけにはいかなかったんだ。黙っててごめん」
「じ、事情があったんなら仕方ないけど、正直言うと信じられない話だわ。だって、あたしってば大魔女様から魔法を教わってたってことでしょ……? いやいや……急にそんな話をされても……」
「良かったじゃん、姉ちゃん。憧れの大魔女様から手ほどきを受けてたなんて、誰に自慢しても良いくらい凄いことだよ。あー、でも歴史から名前が消えてるなら誰にも話す意味はないのか……残念」
そんなフィンの言葉をよそに、セリスは目を瞑って必死に過去を思い返している。
ロウィはそんな2人に微笑しつつ、ノエルに言った。
「そうだ。とりあえず、先に伝えておかないと。ノエルが意識を失った3年前くらいから、世界の情勢がより大きく変わった。かつて呪いの力で悪さしていた災司が、今度は大災司っていう連中を筆頭にして『闇の教団』と名乗って再活動を始めたんだ」
『あぁ、泉の結界を襲った奴も大災司とか名乗っていたな。つまり、あの厄介な災司どもが蘇ったってわけか……。あ、そうだ、こっちも伝えておかないと。3年前、大災司・ディーザってのが、アタシの魂の半分以上を有した魔力の塊、魂核を丸ごと奪っていっちまったんだ』
「なるほど、魂核を……。そいつを何に使うかは分からないけど、警戒しておくに越したことはないだろうね」
『そういうことだ。だが、【闇の教団】とやらが災司の集まりってことは、やはり泉の結界の襲撃も意図して行われただろう。奴ら、一体何を……』
「ファリス……? こんかく……?」
「そうだった。とりあえずはこの子たちにちゃんと説明してやらなきゃいけないね。アタイも含めて、お互いに情報交換をする時間といこう」
そう言って、ロウィはセリスとフィンを座らせ、ノエルは机の真ん中に飛んでいく。
「とりあえず、クロっていうのは偽名だったんだね。イースがクロって呼び辛そうにしてたのも、今となっては納得したよ」
『【ファーリの心臓】を結界ごと封印するには、アタシの存在そのものを歴史から消す必要があったんだ。だから、あえて偽名を使わせてもらった。嘘をついていて申し訳なかったと思ってるよ』
「あたしは気にしてないわ。クロはあたしの知ってるクロだもの。その名前が変わっただけよ」
『ところで、2人はロウィとどういう関係だ? 別人格とはいえ、こいつはセリスが言っていた大魔女様の1人だし、簡単に親密になれたとも思えない』
「フィンがロウィ様の弟子なの。ロウィ魔導工房の弟子の1人になるために、色んな工房で修行を積んだらしいわよ」
『弟子……って、フィンがロウィの弟子!? 全く、一体どんな因果でこんなことに……』
「そもそも、アタイに弟子入りしたのはノエルを直すためだったんだよ。セリスがこの工房に弟子入りするよう勧めたらしくてね。そうそう、さっき言ってたペンダントの魔石の半分は、アタイが『融合』の秘術でノエルの宝石の傷を埋めるために使ったんだ」
黒い羽根ペンの宝石は、2色の結晶が混ざって淡く光っている。
「あ、宝石といえば……。ねえ、クロ……じゃなかった、ノエル。これ、どうすればいい?」
そう言って、セリスはカバンから黄色い結晶体を取り出した。
その中には人間の心臓が入っていた。
『おお、【ファーリの心臓】じゃないか! ちゃんと大事に持っていてくれたんだな。だが、それはお前たちに預かってもらったままの方がいいだろう。前にも言ったが、アタシはこんな見た目じゃ何もできないしね』
「結局、これって何なの? あれから特に何もなかったんだけど……」
『おや、災司……いや、闇の教団とやらが狙っていたはずだが、何もなかったのか。そいつは原初の大魔女・ファーリの心臓。本物だ』
「ファーリの魂核……ファーリの魂が魔法の核となって永遠に消えない魔法を発動させているんだ。アタイも聞いた話に過ぎないけどね」
「なるほど、魂を基にした核で魂核か……。つまり、あの時ディーザが持ち去ったノエルの身体も何かの魔法の魂核だったってことなんだね」
ノエルは羽根を前に振って言った。
『そういうこと。じゃあ、その結晶の中を良く見てくれ』
「心臓が入ってるだけだよね? 他に何かあるの?」
『ん? ってことはあいつ、隠れてるのか。おい、心臓の中に黙って隠れてんじゃないよ、名もなき悪魔。今回の件はお前の責任でもあるんだからな』
ノエルがそう言うと、結晶の中にある心臓の中から黒いものがドロッと出てきた。
それは次第に形となって、何かの生き物のような姿になった。
「ひっ!? 何なの、この黒いの!?」
「……我に何用だ。闇の魔女よ」
「しゃ、喋った!?」
『こいつはかつて災司を生み出した張本人。あの原初の大厄災の呪いから生まれた、ただの魔物だ。今はこうして無力化されてるから害はない。安心していいよ。で、お前に聞きたいことがある。この心臓に何もしていないよな?』
「我を構成する魔力は失せた。心臓の魔法もどうにもできぬ。ゆえに、我は静観するのみ」
『そうか。であれば、闇の教団の狙いは間違いなく、この心臓が有している基本属性の魔法の契約そのものってわけだ。この心臓が世界を担う物体と知って、世界を混乱に陥れる……みたいな目的なのか? どうなんだ、ロウィ』
すると、ロウィは考える間もなく言葉を返す。
「連中の目的はもっとシンプルだ。災司の時と同じ、『原初の大厄災の再演』。そして、さらなる目的は大厄災による『世界の理のリセット』。ついでに、その活動が始まった2年前から、各地で行方不明者や不審死が相次いでいる。つまり、以前より凶悪になっているってわけ」
『なるほどね……。そうなってくると、不用意にこの2人を巻き込むわけにもいかなくなってきたな。いくら魔女見習いになったとはいえ、連中は犯罪者であり魔導士だ。今は泳がされてるのかもしれないが、いつかその心臓を持ってるってだけで狙われる可能性が高い』
「だから、心臓を誰かに預けろって? 嫌よ。あたしは魔女見習いになった時点で、闇の教団と戦うつもりだったんだもの。わざわざ首席を取って、ノエルを起こしたのもそのためなんだから」
『悪いことは言わないから、やめておけ。あと、アタシから連中の情報を聞き出すのは無理だ。さっき話したことが連中について知っているほとんどの情報だからね』
「違うわよ。ノエルを起こしたのは、これからあたしたちを導いてもらうため。魔女見習いから魔女ライセンスの試験に付き合ってもらうついでに、大魔女様たちから力を借りるためなんだから。ノエルって、大魔女様たちと親交があるんでしょ?」
『まあ……確かに親交はある。だが、魔女になるための試験のついでというのは?』
すると、それにフィンが答える。
「魔女のライセンス試験は、各地にいる大魔女の試練を全てクリアすることで合格できるんだ。そして、それぞれの試練のトップ合格者は大魔女と話す機会が得られるって噂なんだ。そこで闇の教団打倒のために大魔女の力を借りようって思ってね」
『なるほどね。だが、どうしてそんなに闇の教団に執着してるんだ? そもそもお前たちがどうこうする以前に、大魔女や他の魔導士たちが事態に当たっているはずだろうに』
「……俺はイースを助けたい。イースは俺に夢を追いかける勇気をくれたんだ。闇の教団からノエルの魂核ってやつを取り返したら、イースの羽根ペンの魔法が元に戻るんだよね? だったら、絶対に取り戻さないと。受けた恩は返さないと気が済まないから」
『フィン、お前はイースのために……』
「あたしもイースを助けたい。でも、それ以上に闇の教団を追いかけなきゃいけない理由があるの。あのディーザとかいう男、フィンの腕のことを知ってた。それに、あいつの呪いの力、フィンの腕を噛んだ魔物のと似てたわ。もし、あの魔物が生まれたのが連中のせいなんだったら、絶対に許さない」
『なるほど……。セリスはフィンの腕を治すために、か……』
ノエルはくるくるとしばらく回り、やがて止まって言った。
『分かった。お前たちには闇の教団を追う理由がちゃんとある。その目……2人とも覚悟は決まってるみたいだね』
「「もちろん!!」」
『じゃあ決まりだ。アタシがお前たちの旅を導いてやろう。もちろんアタシだって、できることならイースをこの手に取り戻したい。だから……こっちからもお願いだ。アタシの力になってくれ。闇の教団を倒すために!』
「当然よ! こちらこそよろしくね、ノエル。そうそう、あれからもっとたくさん魔法を覚えたから、早く見せてあげたいわ! 石の書の方もね!」
「俺の方も、色んな発明をしたんだ。魔具とか機械とか、色々作ったからノエルにも見て欲しい。もしかしたらもっと凄いアイデアが湧くかもしれないしね!」
『分かった分かった。旅の道中でいくらでも見てやるさ。何せ、全ての大魔女がいる場所を巡るってことは、色んな国を巡る長い旅になるってことだからね』
そう言って、ノエルは周りを見渡す。
すると、ロウィの顔が宝石に映った。
『ん? ってことは、ロヴィアもその師匠となる大魔女の1人ってことになるよな。なあロウィ、ロヴィアはどうしてる? 試験とやらを受ける前に、あいつにも挨拶しておきたいんだが』
「あー……。それについて説明をするなら今のタイミングしかないか……。はっきり言うと、今のロヴィアとノエルを会わせることはできない」
『……何かあったのか?』
「さっき、ノエルはこう言った。フィンたちがどうこうしなくても、大魔女や他の魔導士たちが闇の教団を対処しているだろう、って。でも、連中は災司同様、住民に紛れて犯罪を犯している。そして手数が多い。だから、大魔女たちは当然、『大魔女集会』を開いた」
「2年前に行われた、第137回大魔女集会。そこで闇の教団に対する対策が話し合われたんだ。俺が知ってる内容だと、各国にヴァスカルから魔導兵士が派遣されたのがその時だったはず。あと、時の大魔女・クロネが魔導士のライセンスの合格ラインをより厳しくしたとか」
「そう、そんな話が決まっていく、いつもと同じような集会だった。でも、その集会の終わり際、運命の大魔女・エストが突然こんな提案をしたんだ」
ロウィは深呼吸をし、言った。
「『あの場所、あの魔女のことがもし闇の教団に知られたりでもしたら、絶対にとんでもないことになる。だから、あの場所のこともあの魔女のことも、知りうる全てを我々の記憶から消そう』ってね」