55頁目.怖い話と知名度とハンターと……
次の日、セリスたちはルカに別れを告げてノーリス行きの魔導列車に乗り込んだ。
スティアはセリスたちの向かいに座り、足を組む。
列車が走り出してしばらくして、スティアはノエルに尋ねた。
「そういや昨日、ラウディの海がどうとか言ってたよな。どうせしばらく暇なんだし、教えてくれよ」
『まあ、暇といえば暇か。少し怖い話になるが、問題ないか?』
3人は頷いた。
ノエルは羽根を縦に振り、話し始めた。
『アタシの生前、ラウディでは大竜巻が頻繁に発生して砂嵐となり、甚大な被害が出ていた時期があった。これは知っているな?』
「うん、ルカ様が大魔女に選ばれるきっかけになった災害でしょ? 原因は巨大な魔物だったって、教科書には書いてあったけど」
『その魔物については特に知らないってことか』
セリスたちは頷く。
フィンはノエルに尋ねた。
「もしかして、その魔物がラウディの海と何か関係が?」
『その通り。海には危険がいっぱいだ。アタシとサフィーとマリン、そしてルカはこの事実を身をもって知ることとなった。その魔物の名は【大海蛇】。船をも飲み込むほど巨大な海魔だ』
「「かいま?」」
「2人とも、一応生物学の教科書に載ってるから小さい頃に学んだはずなんだけど……まあ仕方ないか。海魔っていうのは海に棲む魔物の総称だよ。でも、最近はあまり耳にしないかも。昔はそんなに危険だったの?」
『あぁ、当時は海魔に襲われる危険性があったから、海で泳ぐときに退魔のお守りとかを持つのが基本だった。もしかしたらルカが海の泳げる範囲全体に退魔の結界でも張ったのかもしれないね。それで人的被害が出てないから耳にしないんじゃないかな』
「なるほど、そういう魔物もいんのか……。で、その【大海蛇】って海魔は他の海魔とどう違ったんだ? その話だと退魔のお守りってのも効かなかったんだろ?」
ノエルは答えた。
『【大海蛇】は縄張りに入らない限りは大人しい海魔、そう言われていた。だが、その大竜巻を起こしていたそいつは、原初の大厄災の呪いの残滓を身に纏っていたんだ』
「大厄災の呪い……。もしかして、それで凶暴化してたってこと?」
『ずっと暴れまわっていたのなら、むしろ遠くから攻撃して討伐するだけで済んだとも。だがあいつは呪いの力を自分で克服し、大竜巻を発生させる時だけ出現して暴れるという面倒な個体に変化していたのさ。そして、その正体も知らなかったアタシたち4人は討伐するべく海を泳いでいる時にそいつに遭遇しちまったのさ』
「……待って、怖い話ってそういう系? てっきりそういう怖い話が伝聞として残ってるだけかと思ってたんだけど、まさかの実体験……?」
「んだよ、セリス。こ、怖えのか?」
「そ、そう言ってるあんたもさっきから拳を必死に握ってるみたいだけど?」
フィンは苦笑いをしつつ言った。
「一応、その4人がその時点で無事なのは事実なんだし、そこまでビビらなくても……」
「命が無事だったとしてもケガしてないとは限らないでしょ!」
「あぁ、それに怖い話ってあらかじめ言われてっから余計に身構えてるんだよ!」
「こういう話、苦手なら苦手って最初から言えば良かったのに……」
「「ただ興味があるだけ!」」
『興味ってのは魔女にとって大事な資質だ。2人とも最初から怖いもの見たさ聞きたさだったんだろうさ。良いだろう、続きを話してやるよ』
ノエルは話を続けた。
『まだ未熟だったルカを船に残し、アタシたち3人は海魔がいると思われる海域に泳いで来ていた。すると突然、呪いの魔力のせいでアタシとサフィーは気を失ってしまったんだ。その気を失う直前、背後に迫る巨大な影にアタシは気づいてしまった』
「それが【大海蛇】だった、と……。よく無事だったね?」
『マリンが土壇場で指輪の光魔法を放って呪いの残滓を浄化したのさ。あれがなかったら今のアタシとサフィーはいなかっただろうね。肉体の大半を呪いに喰われていた【大海蛇】はその時に討伐されたってわけさ』
「って、あれ? ルカ様の活躍は?」
『あいつは大竜巻の発生原因の解明と打ち消す手段の確立、そしてその時の討伐のサポートを行ってたんだ。活躍と呼ぶには地味だが、確かに仕事はしていたってことさ。風魔法っていうのは元より戦術のサポートを行うことに特化した魔法だからね。ルカらしいとも言える』
「なるほど。で、その時にクロは海の恐怖を身をもって知ったってことなのね。うーん、思ってたよりは怖くなかったかも」
『なっ……!?』
スティアも頷いて言った。
「襲われる直前で助かってたし、アタシもそこまでだったな」
『それ以降、アタシもサフィーも海で泳ぐのがトラウマになった出来事だというのに……』
「気を落とさないでよ、クロ。自分が体験したことは言葉だけじゃ十分に伝わらないこともあるから……」
『フィンの言う通り、確かにあれは実際に体験したからこその恐怖だったんだろう……。アタシもよくは覚えていないんだが、【大海蛇】の巨大な口が足元ギリギリまで迫ってたってマリンから聞いた時には背筋が凍ったもんだよ……』
「……怖いといえば怖いわね。でも海にそういう危険があるっていうのは理解できたわ。ある意味、昨日のスティアの装備は間違ってなかったってわけだし」
「セリスだって空間魔法を使えば何の問題もなく対処できただろ。装備が不要って点ではやっぱり魔法を使える方がずっと楽なのは変わんねえ。だからって魔具が劣ってるっていうつもりもねえけど」
セリスは頷く。
それと同時に、セリスはハッとしてノエルに尋ねる。
「ねえ、クロ。次ってヘルフスに行くのよね?」
『アタシはお前たちについて行く立場だし、セリスがそう望むならそのはずだね。急にどうしたんだ?』
「ううん、何かあるってわけじゃなくてね。大魔女のエスト様ってどんな人なのかなって」
『傍若無人。心が読めない。何にでも興味を持つ。アタシが知る限り最も魔女らしい魔女だ。詳細なプロフィールについてならお前の方が詳しいだろう』
「雑誌とか教科書に載ってるプロフィールが全て正しいとは限らないでしょ。今聞いたみたいな内面とか分かんないし、過去に大魔女になった理由もさっきの海の話聞いてたら情報が明らかに不足してるんだもの」
「エストが大魔女になったきっかけって何だっけ?」
セリスはスティアの言葉にすぐさま反応し、答えた。
「ヘルフスの観光案内をする人間としての知名度が高かったからよ」
「……魔法との関係は?」
「ないわね。今は色々と実績があるから、そっちが大魔女としての評価に繋がってるっていうのは知ってるけど」
「なあ、これ本当か? この話なら確かにプロフィールが間違ってるって言われてもしょうがねえぞ」
『本当だ。大魔女に任命された時点でエストは間違いなく優れた魔女だったが、そもそも大魔女ってのはその国を守護するために任命された知名度のある魔女だった。魔女としての実績があるほど知名度が高いのは言うまでもないが、エストはその実績がなかったのさ』
「実力があっても実績があるかどうかは別問題ってことね。マリン様の師匠なら実力がないわけないもの」
ノエルは羽根を縦に振る。
『プリングの闘技大会の一件でオクトーを助けてくれたし、マリンが信頼するほど実力のある魔女なのは間違いない。アタシだって占いがどうとか怪しいことを言わない分には実力を認めているとも』
「エスト様の占い……。運命魔法で未来を知ることができるんだっけ。あたしの魔法じゃそんなことできないわ」
「俺、会ったら占ってもらおうかな。お金が結構かかりそうならやめとくけど」
「あたしも安いなら占ってもらっちゃお。でも、大魔女様の占いだからお高そうね……」
『値段についてはどれくらいになっていることだろうね。流石に時間が空きすぎて予想もできないよ』
「会えたとしてもアタシはパスかな。未来なんて占ってもらう必要ねえし」
そんな話をセリスたちは続け、気づけば列車はノーリスに到着していたのだった。
***
列車から降りたセリスたちはスティアと別れるために、駅のホームから一度外に出た。
スティアは壊れた機能可変銃が入ったカバンを持って、セリスたちの方へ振り返る。
「じゃ、アタシはこいつを直してもらってから次の国に行くことにするよ。どれくらいで直るか分かんねえけど、修理してもらっている間にノーリスの試験を受けるのもアリかな」
「それならやっぱりここで一旦お別れね。残ってる試験を考えると、あんたと次に会えるのはヴァスカルの試験の時かしら」
「もしかしたら……あくまで可能性の話だが、ラウディの筆記試験みたくノーリスの試験で躓いて、セリスたちがヘルフスから戻ってきた時にもここに残ってるかもしれねえ。もちろんそんなのごめんだけどな」
『じゃあ、その時はまた協力して試験を突破しようじゃないか。そういう試験だったなら、の話だが』
「まあ、その時はその時だ。お互い頑張ろうぜ、セリス」
「ええ、もちろん。応援してるわ」
セリスとスティアはお互いに拳を当て、別れた。
別れようとした。
その時だった。
「待って、フィン!」
その高い声の主は駅の外から向かってきた。
フィンが振り向くと、そこには彼が見慣れた姿があった。
「あれ、師匠……? いや……裏師匠だ!」
「裏……ってことはロヴィア様?」
黒い長髪の上に猫の耳が生えた、作業服の女性がセリスたちの元へと走ってきた。
ノーリスから旅立った時と身に纏う空気が別物なのを感じ、セリスはそれがフィンの師匠であるロウィではなくロヴィアだということを確信した。
「ど、どうしたんですかロヴィアさん!」
「はぁ……はぁ……。ちょっと……息つかせて……」
息を切らしたロヴィアはしばらくして落ち着いた。
そして、フィンに言った。
「ロウィが……誘拐されたの!」
「な……なんですって!? 師匠が誘拐って…………あれ?」
「どうしたのよ、急に私の顔を不思議そうな目で見つめて。そ、そんな落ち着いてられる状況じゃないでしょ!」
『アタシが指摘するのは野暮かな?』
「良いわよ、クロが言って。あたしでも知ってることだから」
『ロウィとロヴィアはその額にある宝石の中でお互いの魂を交換し、2つの人格を入れ替えている。その額の宝石が残っている限りもう片方の人格が消えるはずが……はず……が……』
ノエルの言葉にハッとし、セリスとフィンはロヴィアの前髪の下にある額を見た。
そこには、かつてはまっていた宝石が綺麗さっぱりなくなっていたのだった。
「どうやら理解してくれたみたいね。そう、誰かに奪われたのよ。ロウィの魂が入った宝石が……!」
「で、でもどうして俺たちがここにいるって……?」
「ロウィが作った遠距離と会話できる魔具を使ってすぐに相談したのよ、エストに。そしたら今日のこの時間に私たちを手助けしてくれる大災司ハンターが来るって、そう占ってくれたの」
「ファ、大災司ハンター……? 俺たちが、ですか?」
「フィンはロウィのお気に入りだしもちろん知ってるけど、その姉……セリスって言ったわよね。彼女の情報については他の大魔女たちの報告である程度聞いてる。黒い羽根ペンのゴーレムを連れた特殊魔法を扱う魔女見習い。今回の首席魔女見習いにして、双子で数々の事件を解決した大災司ハンターだってね」
「ハンターなんて自称したことはありませんが……。って、もしかしてロヴィア様の額の宝石……ロウィ様を奪ったのは大災司ってことですか?」
ロヴィアは頷く。
「そうとしか考えられない。連中だってこの国に刺客を放っていないはずがないんだもの」
『だが、どうしてそれならロヴィアの命を狙わない? 額の宝石を奪う余裕があるなら命を奪った方が簡単じゃないか?』
「あんたが羽根ペンのゴーレム……まあいっか。連中が狙ったのは多分ロウィと私が持つ能力よ。きっと、片方の人格を奪えばその一端を扱えるとでも思ったんでしょ」
「師匠の能力ってまさか『融合の秘術』ですか……? それを大災司に奪われた、と?」
「……とりあえず、一大事ですね。手を貸してほしいからここまで来たんだろうし、当然協力しますよ。この件が落ち着いたらこの子と一緒に試験を受けさせてくれます?」
そう言って、セリスはその場に留まっていたスティアの手を引く。
「ま、この件が落ち着くまでこいつの修理は十全にできそうにねえし、アタシも協力する。ここで話を続けるのもなんだし、とりあえず落ち着いて話せる場所まで移動しねえか?」
「あなたたち……ありがとう! ちゃんと2人の試験は用意しておくから! 落ち着いて話せる場所となると……やっぱり私の工房かしらね。ついてきて!」
そう言って、ロヴィアはセリスたちを引き連れて自分の魔導工房へと向かう。
セリスたちはヘルフス行きを一旦諦め、ノーリスに留まって土の大魔女・ロヴィアが抱える問題を解決することになるのだった。




