52頁目.正気とタコと銃口と……
ルカとスティアと『風陣』を守るため、セリスたちはリヴィオンに攻撃を開始した。
セリスは石の書の魔法でフィンをサポートしつつ、フィンは籠手を構えて距離を詰める。
『黒き霞』はリヴィオンの風を無効化し続け、フィンはリヴィオンの目の前までやってきた。
『想定通り、風の勢いを無視して近づけているぞ!』
「フィン、魔導書を狙って!」
「分かってる!」
フィンは魔導書を握っているリヴィオンの左手を力いっぱい叩いた。
しかし。
「ウチに触んじゃねえぇええ!!」
「っ!?」
叩かれた衝撃で正気を取り戻したのかリヴィオンは魔導書を手放してくれず、怒った勢いのままにフィンを思いきり蹴った。
「ぐあっ……!」
「フィン!」
吹き飛ばされたフィンをセリスはどうにか受け止め、治癒の光魔法をかける。
ノエルは今の様子を見て呟いた。
『あの女、正気に戻ったな。触れられるのがそれほど嫌なのだろうが、急に魔法が途切れたぞ。呪いの力までもだ』
「ってことは、今のを繰り返せば時間が稼げるってこと?」
『いや、同じ手は通用しないだろう。どうやら正気に戻したことでお相手さんも本気モードってやつみたいだからね』
「ほ、骨を折るつもりで結構強く叩いたのに、まさか魔導書を手放さないなんて……。中途半端な威力だったせいで逆にマズい方向に行っちゃってる……?」
「ううん、むしろ正気に戻ってくれた方が話が通じて助かるわ。それにあいつが嫌がることが判明して良かったじゃない」
『だが結局どうやって倒す? 見る限り、もうそろそろさっき作った結界も効果が切れそうだぞ』
フィンはハッとして自分に張られた結界を確認する。
それはフィンから見てもボロボロで、今にも壊れそうな状態だった。
「大丈夫よ、あと3回分残ってるわ。それを使えば!」
「それは取っておいて。万が一ってこともあり得そうな気がしてきたから」
「え、それって……」
『話している余裕はなさそうだ! 仕掛けてきたぞ!』
突然、強い風の刃が低い風切り音と共に飛んでくる。
セリスたちはそれを瓦礫の陰に隠れて防いだ。
「呪いも再展開済み、か。やっぱり『黒き霞』を使ってどうにかするしかないんじゃないの?」
「俺1人にかけるのはお願いするよ。今、有効打を与えられるのが俺だけなのは間違いないから。でも、残りの2つは念のために取っておいて。もしかしたら何かの役に立つかもしれないし」
「……フィンがそう言うなら。あたしたちの結界はまだもう少し持つし、フィンの分だけ更新しておくわね」
セリスはフィンの呪いを借り受けつつ、フィンに結界を張りなおす。
すると、リヴィオンは怒りながら風の刃をさらに飛ばしてきた。
「隠れんなぁ! ウチは身体を傷物にされてキレてんだからぁ!」
「そんなの攻撃を食らったのが悪いんでしょうが! 魔法を無力化できるからって油断してんじゃないわよ!」
「はぁ? ウチに説教してんの? これだから魔女見習いは生意気で嫌いなんだけど」
「だから、油断してんじゃないって言ってんのよ」
「は?」
その瞬間、リヴィオンの頭の上の天井に空間魔法のゲートが開く。
そして、そこからフィンがリヴィオンの足元目がけて落下攻撃を仕掛けたのだった。
すると床が割れ、地面の振動でリヴィオンは体勢を崩す。
「う、足元が!」
「ここだぁ!」
フィンは再びリヴィオンの魔導書を奪おうと左手の魔導書を蹴り上げる。
魔導書はようやく手を離れ、宙へ飛んだ。
「姉ちゃん!」
「『空間固定・引力』!」
セリスがそう唱えると魔導書が空中で停止し、セリスの手元へと引き寄せられた。
それと同時に呪いの力が止んだ。
しかし、それでもリヴィオンはふらりと立ち上がる。
「ま、まだ諦めてないのか!」
「ねー、そこの男子。あんた甘すぎじゃね? もしかして、女は本気で殺せないとか?」
「それは……! いや、それよりどうしてこんな冷静になって……はっ!?」
フィンはリヴィオンが魔導書に手を向けていることに気がついた。
「姉ちゃん! ノエル! 魔導書から離れて!」
「っ!?」
その瞬間、魔導書から呪いの風が吹き荒れた。
セリスとノエルはフィンの声に反応してどうにかそれを避けるが、セリスが持っていたカバンの一部がそれを受けてしまった。
そして、宙に浮いていた呪いの魔導書は地面に落ちる。
それを見ていたスティアはセリスに言った。
「セリス! お前、カバンの中に魔導書とか入ってるんじゃなかったか!?」
「ま、まさか!?」
『あぁ、カバンの中にあった魔導書や魔具が一部無力化されちまったみたいだね。もしアタシがあの呪いに触れてたら死んでいた……ってことになるのか』
「じゃ、じゃあノエルも下がってて! アタシが何のために魔女見習いになったと思ってるの!」
『どうやらそうした方が良さそうだね。全く、なんて厄介な風だ……』
「フィン! さっさとそいつを気絶させて! 今の間合いならできるでしょ!」
フィンは首を振る。
「姉ちゃん、確か俺にかけた『黒き霞』の魔導書ってそのカバンに入れてたよね! 今の攻撃で壊れちゃったみたい!」
「そんな!? 呪いの風も無力化できるんじゃなかったの?」
『そうか……。フィンの周囲に関しては確かに無力化できるが、魔導書自体はルカの魔法そのものだ。ベースの魔法が無力化されちまうと、変質させた結界も壊れちまう!』
「つまり、俺はこれ以上距離を詰められないってこと! さっきから風を受けてて、この場に留まるのが精一杯だ!」
『くそっ! まさか遠隔で呪いの力を使うなんて……!』
「元から手に持ってた石の書と、残してあった2回分の結界はローブのポケットに入れてたから助かったみたい。ただ、もう有効な手段といえばあいつの頭上から瓦礫を落とすことくらい……?」
スティアは言った。
「いや、無理だろ。さっきのフィンの攻撃ですっかり頭上にも風を用意してる。むしろ風でこっちに飛ばしてくるんじゃねえか?」
『フィンが先にあの女を気絶させていれば……とも思ったが、魔導書が優先だったのは確かだ。もし未知の力があったりでもしたらフィンの方がやられていた可能性もあったからね』
「じゃ、じゃあどうすれば……!」
「……いや。どうやら……十分に時間は稼げたみたいだ」
「えっ……?」
スティアが見遣った先にはルカが立っていた。
手元には魔導書ともまた違った怪しげな本を携えている。
『あの本、魔導書じゃないな……?』
「策があるからって時間稼ぎしてただけだが、あんな本を用意するだけにこんだけ時間かけたってのか……?」
『とにかく、策がない今はルカに任せよう。アタシたちは敵と呪いの魔導書から目を離さないようにしないと』
「ええ、フィンが掴んでくれたチャンスだもの。あの魔導書を回収させるわけにはいかないわ。ルカ様がきっと勝利へ導いてくれるはずだから!」
すると、ルカはその本を開いてこう唱えた。
「上級死霊術『怪異伝承・巨大蛸』。彼女の両足を掴んでください」
その瞬間、リヴィオンの足元から突然タコの足が伸びてリヴィオンの足を拘束した。
「っ!? な、何なのこれぇ!」
「チャンス!」
フィンは風が止んだことに気づき、リヴィオンに向かって走り出す。
しかし、謎の現象に対して反射的に風魔法を撃ったのかリヴィオンの周囲に風が吹き荒れてしまい、フィンはまた距離を離されてしまった。
すると、ルカはセリスたちに言った。
「説明は後でしますから、今のうちにリヴィオンを止めてください! ボクはアレを制御するので手一杯なので……!」
「でも呪いの力ってのがないとはいえ、結局あの風じゃ近づけねえ!」
「……ううん、今しかないわ」
「セリス……?」
「その銃、使えそう? 残弾数は?」
スティアは首を傾げつつも銃の調子を確認する。
「銃身が切れてるから弾道は全然安定しねえし距離も伸びねえが、一応撃てる。弾もちゃんと残ってるし、種類も用意できるよ」
「じゃあ問題ないわね。『黒き霞』を弾丸にかけて、それを撃つのよ」
「でも当たるかどうか……」
「そこはあたしに任せて。空間魔法で絶対に当ててみせるんだから!」
「……分かった。お前を信じる」
セリスは頷き、空間魔法をフィンの手元に出現させる。
それに気づいたフィンはそこに手を入れ、セリスはフィンの力を借りてスティアから受け取った弾丸に『黒き霞』をかけた。
セリスはスティアの隣に立ち、魔導書を開く。
スティアはその弾丸を装填し、切れた銃口をリヴィオンに向けるのだった。
「ま、変なところに当たらない限り死にやしねえだろ」
「あたしにプレッシャーかけても無駄よ。それに麻痺弾でしょ、それ」
「それでも当たり所が悪けりゃ死ぬだろ。威力を抑えてるとはいえ、弾丸なのには違いねえ」
「大丈夫よ、あたしを誰だと思ってるの?」
「はいはい、魔女見習い首席合格者さま。頼んだから……な!!」
「『空間転移・亜空接続』!」
スティアが撃った弾丸は2人の目の前で弾道を大きく逸らしてしまった。
しかし、セリスが開けた空間魔法によってそれは回収され、次の瞬間にはリヴィオンの右肩に正確に着弾していた。
その瞬間、リヴィオンは身体が麻痺したのか気を失うのだった。
***
それからまもなく、リヴィオンの足を絡めとっていたタコの足は消えていく。
リヴィオンが気を失っていることをちゃんと確認したフィンは、息を吐いて籠手を外した。
「……やった、守りきったんだ。姉ちゃんたち、やったよ!」
「うん、やったわ!」
「はぁ……。アタシはもう疲れた……」
『よく頑張った。セリスもフィンもスティアも、そして……ルカもだ』
「それはどうも。とりあえずリヴィオンの身柄の拘束と、呪いの魔導書の回収をしましょう。ノエルさんたちが集めてきた情報も聞かないといけませんし、事後処理が色々とありますね」
『仕事熱心と言うべきか……。もう少し喜んでも良いだろうに』
「これでも喜んでいますよ。あなた方のおかげで『風陣』を守ることができたんですから」
そう言って、ルカはリヴィオンを魔法で拘束した。
フィンは呪いの魔導書を拾い、呪いの魔導書用のケースに入れて回収する。
「開けるのはまた今度ね」
「そうだね。開けちゃうとあの人から情報を聞き出せなくなっちゃうと思うし」
『特に今回は恐らく忘却の呪いだ。いつもの流れだと……情報すら全て忘れてしまう可能性が高い』
「結局、こいつって大災司だったのかしら。スティア、何か聞いてない?」
「いや、聞いたのは名前だけだ。リヴィオンとかいったか」
『呪いの魔導書を持っていたら大災司とも限らないだろう。とにかく、こいつからはその辺も含めてじっくり情報を聞く必要がある。ここからはルカに任せよう』
セリスたちは頷く。
その後、ルカはリヴィオンを国に引き渡し、牢獄に収監させた。
また、『風陣』は傷1つなく無事だったが、施設そのものがボロボロになったことから別の場所に移されることとなった。
もちろんルカ以外知らない場所に収められ、今回のような能動的な運用は絶対にしないという誓いのもとで管理されることとなった。
一方、セリスたちはルカの事後処理が終わるまでこの国に留まることになったのだった。
***
事件そのものがさほど騒がれることもなく終結したこともあり、セリスたちがルカに呼ばれるまで2日もかからなかった。
呼ばれて間もなく、セリスたちとスティアは塾長室に集まった。
「ノエルたちの情報を元に、ボクも敵の本拠地を見てきました。まさか大厄災の呪いの残滓が……しかもあそこまで巨大なものが未だに現存していたなんて……」
『結局あれはどうしたんだ?』
「誰も触れないように言ってあの場所で厳重に保管しています。サフィアさんとマリンさんに連絡を入れましたから、どちらか早い方が浄化に来てくれるかと」
『教団の連中が来たらどうするんだ。あんなに巨大な呪いの残滓、連中が放っておくわけないだろう』
「大丈夫です。ライジュさんを呼びましたから」
『ライジュ……ライジュ…………って、え? アタシが生前にヴァスカルで会った、あのライジュ?』
ルカは大きく頷く。
「ええ、そのライジュさんです。アカデミーでは死霊術の先生であり、1人の魔女でもある。ボクにとっても先生と呼ぶべき存在ですね」
「……誰なの、ノエル?」
『死霊術士のライジュ。実力はあんまり知らないが、ルカが大魔女になった後に稽古をつけてくれた死霊術を操れる稀有な魔女だ。ヴァスカルにあるアカデミーの教師だったが、今でもそうだったとは』
「とにかく、ライジュさんに任せてある以上は心配ありません。死霊術は呪いの影響を全く受けませんから」
『なるほど、あの時にあの女の足を絡めとっていたのは死霊術の一種だったってわけだ。だから呪いの影響も魔法の影響もほとんど受けずに拘束が可能だった、と。まあ、きっとサフィーもマリンも急いで来てくれるはずだ。一大事なのは間違いないからね』
「そういうことです。というわけで、本題に入りましょうか。リヴィオンと名乗ったあの魔女……いえ、大災司・リヴィオンについて――」




