39頁目.使命と盲と祝勝会と……
その日のうちにマリンの死が大災司を欺くための偽装だったこと、その大災司を既にマリンたちが捕まえたというニュースが国中に広まり始めた。
そして次の日にはほとんどの国民にその話が伝わっており、セリスたちは事態が収拾したことに胸を撫で下ろすのだった。
そして、2日後に表彰式と閉会式をやり直すという話も聞こえてきた。
「そういえば事態は収まったけど、俺たちの優勝の話はどうなるんだろ?」
「マリン様と結婚するって話? あれはもう水に流れたんじゃないの?」
『多分ね。あの話自体は大災司の企みによるものだったわけだし、それはもう解決した。だが……』
「多分とかだがとか、随分と言葉に詰まるのね。まあ、マリン様のことだしどうなるか読みづらいっていうのは何となく分かるけど……。あ、それはそれとして、あたしの試験は合格なのよね?」
『あぁ、それはマリンが表彰式で言っていた通りだろう。言っていたのが分身とはいえ、あれもマリンの思考の一部だからね』
「それなら良かったわ。まさかサフィア様と戦うことになるとは思わなかったけど、勝てた甲斐があったものよ」
『あ、そういやちゃんと褒めてやってなかったな。昨日は2人とも良く頑張った。不安はあるが、フィンも呪いを見事に力にしてるみたいじゃないか。セリスのサポートも流石といったところだ』
2人は照れ臭そうな表情を見せる。
しかし、フィンはすぐに不安な表情を見せて言った。
「でもどんな呪いの力が出るか制御できないし、完全に運頼みの作戦だったんだよね。今日のあいつが使ってた呪いも多分使えるようになってるんだろうけど、やっぱり使わないに越したことはないよ。腕も痛むし」
「そうね。どうやってフィンの呪いの力が強化されるのか、どうやって使い分けられているのか条件も分かってないし、反動も尋常じゃない。あたしとしてはこれ以上使わせるわけにはいかないわね。ルナリーにも悪いし……」
『それについて2人に言っておきたい。この旅はフィンの呪いを解くためのものでもあるが、呪いを解くにはその呪いの力をいずれは解明しなきゃならない。もしかしたら、フィンが呪いを制御できるようになる可能性だってある。もちろん呪いを使うかどうかの判断はお前たちに任せるが、決してその力から目を背けないようにはして欲しい』
「もちろん、俺もいつかはこの力に向き合いたいとは思ってる。けど、姉ちゃんの意志を無視したくないのも本心だよ。姉ちゃんはどうしたい?」
「今言った通り、呪いの力なんて可能な限り使わせたくはないわよ。でも、使うなとは言わないわ。実際、呪いと戦う上でフィンの呪いが頼りになるのは間違いないもの。今回のはイレギュラーだったけど、流石に同じようなことはないと思うし」
「姉ちゃんがそう言うなら、俺はこの呪いを熟知したい。そんな頻繁には使わないつもりだけど、いざという時は遠慮なく使うよ」
セリスは頷く。
ノエルは言った。
『了解した。じゃあ、朝食も食べたことだしマリンのところへ向かおうか。色々と報告してもらうこともあるしね』
「じゃあ、サフィア様とも会える?」
『多分ね。サフィーも今回の事件に関与した以上はしばらく帰れないだろうさ。まあ、アタシのことを思い出した2人でもあるし話をするにはちょうど良い機会だ。それと……オクトーにも話を聞くべきだろう』
「そっか……。初対面に戻るんだったよね、俺たち。あれだけ一杯手合わせしたのに……」
『何も心配する必要はないさ。あいつ自身の記憶が数日分抜けてるようなもんだと思えば良い』
「そう簡単に割り切れるのはクロだけよ。あたしだって少し緊張してるもの。でもサフィア様とマリン様が並んでる姿を想像する方が緊張するわね……」
***
数分後、セリスたちは闘技場内のマリンの部屋へとやってきた。
そこにはセリスたちの予想通り、サフィアとオクトーの姿もあった。
「サフィア様、おはようございます!」
「あら、おはようセリス。今日も元気ね?」
「サフィア様のおはようボイス!? 一生耳に残しておきます!」
「わたくしには挨拶しませんのね……。一応この部屋の主なのですが……」
「あ、マリン様おはようございます! オクトーさんも!」
「ええ、よくできました。おはようございます」
「おはようございます、セリス様とフィン様……でしたか。ここ数日、私の偽物と親しくしていたとマリン様から聞きました。この度は誠に大変申し訳ございませんでした!」
突然、オクトーは頭を下げ始める。
「あ、頭を上げてください! 悪いのはあの大災司なんですから!」
「いえ、あんな男に不意を突かれて2年も偽りの殻に閉じ込められていたのです。元はと言えば私の不徳の致すところ……。それに、あの偽物から気功の特訓を受けていたとも聞きました。本来であれば私が教えるべきものだったというのに……」
『あいつが教えていた気功は、きっとお前が教えられるものと全く同じだったろうさ。偽物とはいえずっとマリンの目を欺き続けていたのは確かなんだ。姿や声だけじゃなく、技術すらもコピーできていたとアタシは思うよ』
「ノエル様……。あぁ、あなたにもきちんと挨拶を申し上げなくてはなりませんね。お久しぶりです、ノエル様。マリン様から話を聞いた時には非常に驚きましたが、まさか本当に生きていらっしゃったとは……」
『まあ、生きているって言ってもこんな姿なんけどね。再会できてアタシも嬉しいよ、オクトー』
「さて……。再会の挨拶は済みましたわね。とりあえず席を用意させましたので、そこのソファにでも座ってくださいな。ちょうど良いですし、その偽物の話からしましょうか」
セリスたちは席に座って、マリンとサフィアが並んで座る席に向き合った。
オクトーは立ったまま話を聞いている。
「まずはデモニアのその後について。五感を失って廃人となった彼は、今は地下牢に厳重に拘束して栄養剤投与で生かしてあります。貴重な情報源である以上、死なせてはなりませんから」
『おい、最初から子供に刺激が強い話をするんじゃない。事実とはいえ、もう少しマイルドな話にできなかったのか?』
「大丈夫よ、ノエル。既に2人も正気を失った大災司を見てきたんだもの。今回はもう正気を失うどころの状態じゃなかったけど……」
「五感を失うってことは触覚も失って全身麻痺と同じようなものだろうし、耳も目も何もかも通じない状態なんて……。どうしてそんな代償を負ってまで大災司なんかに……」
「分身が消えた時、表彰式の時に彼が言っていた言葉がわたくしにも伝わってきました。きっとあの言葉は真実なのでしょう。前回優勝者のドミニカの子孫であり、家族を教団によって殺された。ここからはわたくしの推測に過ぎませんが、自分を殺されない代わりに代償の大きい力を与えられたのではないでしょうか」
「つまりは脅しってことよね。呪いを与えられる力があるならきっと奪う力もあるんだろうし、教団側としてはいつでもデモニアを殺すことができる。そんな恐怖の中であいつは教団のためにお姉ちゃんを殺そうとしてたってこと? 全く、どこの話を切り取っても狂ってるわね……」
すると、オクトーは言った。
「ですが、最後の一瞬まで彼からは確かな殺意は感じられませんでした。私には、彼が本気でマリン様を殺すという意思がなかったように思えるのです」
「昨日からずっとこう言っているのですが、わたくしには分かりかねることでして……。ノエル、あなたならどういうことか分かりませんか? 大災司である彼がどうしてわたくしに殺意を抱いていなかったのか。あるいはオクトーの勘違いなのかどうか」
『なるほど、確かにあいつの瞳には復讐の炎が宿っていた。だが、あいつが一番復讐したかったのは自分をこんな境遇にした元凶であるマリンではなく、現在進行形で自らを縛り続けている教団の方だったんじゃないか? 黒い炎で隠れて見えなかったが、一瞬見えたデモニアの目はマリンよりさらに遠くを見ていたように見えた』
「別の方に殺意が向いていたから、わたくしを本気で殺そうとしてはいなかったと? 要は今回のわたくしを狙った計画はあくまで通過点に過ぎなかったということですか……。舐められたものですわね」
『そうだ……。あともう1つ、あいつが今回までマリンを殺さなかったことには別の原因があるんじゃないか?』
「別の原因……ですの?」
ノエルは羽根を縦に振って答えた。
『あいつが被っていたオクトーの殻だよ。数日前に始めて会った時、1つの発言のせいで疑いはしたもののアタシは本当にあいつがオクトー本人だとほぼ確信できていたんだ。しかも数十年間ずっと一緒にいたはずのマリンの目すらも欺けていた。もしかして、デモニア自身もオクトーの思考にかなり引っ張られていたんじゃないか?』
「なるほど……確かに今思えばそういうことだったんですわね。オクトーと同じ思考回路に染まっていたのであればわたくしを殺すことなどすぐに忘れてしまうでしょう。確か、わたくしを守ることが使命……でしたっけ?」
「ええ、その通りです。マリン様の命だけはこの身に代えてもお守りしますとも」
「謹んでお断りしますわ。いくら気功があるとはいえあなたはもう老人なんですわよ? 命を大事にしなさいといつも言っているでしょう。昨日、何のために助けたと思っているのです?」
「マリン様の命をあの男から守るためでは? 結果的にそうなったではありませんか」
「それはあくまで結果論に過ぎませんわ。良いですか、あなたは大事なわたくしの相棒なのです。無事だという可能性があれば助けるに決まっているではありませんか。ただの戦力としてではなく、大切な人間として助けたのですわよ。そこを履き違えられるとわたくしが非情な女になってしまいますわ」
すると、オクトーはその場で顔に手を当てて涙を流した。
それを見ながら、サフィアはマリンに言った。
「やっと昔のお姉ちゃんらしくなってきた。そっちの方が好きよ、あたし」
「ん? わたくし、何か変わりまして?」
「うーん……。何というか、優しくなった?」
「え、最近のわたくし、そんなに冷酷でした?」
「冷酷というよりは……そう、『愛』が足りなかったのよ!」
「愛が足りない……ですって? サフィーへの愛はずっと不変だというのに? 今となっては黒歴史ですが、記憶が戻る直前まで婿探しをしていたというのに?」
マリンは驚いた表情でサフィアを見る。
サフィアは驚き、答えた。
「え、最後にあたしのライブに来たの7年前じゃなかった? 毎回来てたのに、急に来なくなっちゃうんだもの。不変の愛はどこに行ったの?」
「そ、それは急に仕事が忙しくなって……」
『書類仕事に一番勤しんでいた時期じゃないか。アタシは記憶を見たからはっきり覚えているぞ。さてはライブの予定なんて忘れて仕事してたな?』
「ちょっ、ノエル!? 急に何を暴露してくれちゃってますの!?」
「へえ、いつもならそんな仕事放り出してライブに来てくれてたのに……。やっぱり、お姉ちゃんの妹への愛はその程度だったのね?」
「そんな……はずは……。お願いですわ、ノエル助けて!」
『サフィーは意外とこういうところあるからなぁ……。こればっかりはアタシも弁護できない。今度のライブからはちゃんと参加してやることだね?』
「それはもちろんですわよ……。うぅ……」
マリンは涙ながらに横にいるサフィアの頭を撫でる。
サフィアはなぜか満足そうにしているのだった。
セリスはマリンに尋ねる。
「とりあえず話を戻すと、今のマリン様は昨日までの行いを黒歴史と認識しているんですね。じゃあ……フィンの結婚の話はどうなります?」
「黒歴史と他の人に言われると妙な感じですが……。ええ、フィンとの結婚の話ももちろんナシですわ。今大会の他の出場者たちには申し訳ありませんが、今回は全てが茶番だったんですもの。それに誤解がないように言っておきますが、わたくしは少年趣味でもありませんので」
「良かった……って言うとマリンさんに失礼ですね。じゃあ、姉ちゃんの合格の話の方は?」
「そちらは当然文句なしですわ。セリス、この大魔女マリンがあなたの実力を認めましょう。魔力の授与もパッと終わらせておきましょうか」
セリスは魔女見習いのペンダントを出し、それをマリンに渡す。
マリンは魔力を込め、それをセリスに返した。
「はい、これで火の大魔女の認定は完了ですわ。これで3人目ということは残り4人分……。次が折り返しですわね」
「そっか……。まだ旅立ってそんなに時間は経ってないけど、もうそんなところまで来てたんだ……。あたしが魔女になれる日が着実に近づいてる!」
「1年以内に半分近く終われているのは、全てセリスの魔法センスとフィンのサポートがあったからですわ。早くとも、全て終わるのに5年から10年くらいはかかるもののはずなのですが……」
「あたしたちからすれば、ノエルも功労者ですよ。前回だって今回だって、サフィア様とマリン様の記憶が戻ってなかったら国が大変なことに……というか、下手したらあたしたち死んでたんですから!」
『そうそう、お前たちはアタシに感謝すべきだ』
そう言ってマリンの方を向いたノエルに、マリンは呆れた顔で言った。
「厚かましいですわね、この元大魔女……」
『元を付けるんじゃないよ。歴史から消されただけでアタシはいつまでも大魔女だ。肉体は失ったが、魂ある限り魔導士は生き続けるんだから』
「あたしはもちろん感謝してますからね、ノエル様!」
『うんうん、やっぱりサフィーは素直で良い子だ』
「まあ、感謝はしていますが……はぁ……。大魔女という肩書はその国の守護者を意味するものだったというのに、今となってはただの称号に過ぎないというのも悲しいものですわ。どれもこれも闇の教団が魔法社会を壊そうと目論んでいるせいです。おかげで大魔女がいても魔法犯罪が減らないこと減らないこと……」
「あ、そうだ。忘れてました」
そう言って、フィンは唐突にデモニアから回収した呪いの魔導書を取り出した。
「これ、どうしましょう?」
「急にそんな物騒なもの取り出すんじゃないの、フィン! 落っことして開いちゃったらどうするのよ!」
「急に出したのは悪いと思ってるけど、ちゃんと専用の鍵を掛けて開かないようにしてあるよ。これまでの経験を踏まえて、魔導書用の錠を新しく作っておいたんだ」
「昨日の呪いの魔導書ね……。前回はあたしの目の前で開いて、フィンの腕に呪いが吸収されたんだったかしら。今日は指輪が2つともあるし、ある程度は安全に開けると思うけど……」
「あたしは今後呪いの魔導書を開くのに反対……と思ったけど、フィンは呪いを解くために呪いへの理解を深めたいのよね。だったら開いても良いわ。もちろん内容を読んだらすぐに閉じること。あたしは浄化の光魔法とルナリーの薬を用意しておくから」
「分かった。ありがとう、姉ちゃん」
フィンは頷いて、セリスたちに合図を送る。
オクトーは部屋の隅へと退避し、サフィアとマリンは指輪を構える。
そして、セリスがカバンからルナリーの薬を取り出すと同時に、フィンは呪いの魔導書を開いた。
「「『天の光』!」」
サフィアとマリンが同時にそう唱えた瞬間、呪いの魔導書から噴き出した黒い魔力が弱まる。
しかし、それはそのままフィンの右腕まで流れていき、また吸収されるのだった。
フィンは冷静に内容を読んだ後、魔導書を閉じた。
「読めた。今回は……うん、腕もそんなに痛くない」
『指輪が2つもあったおかげで呪いの強さが弱くなったのか? いや、それともフィンが適応している……?』
「とりあえず痛いのには変わりないんでしょ。ほら、薬塗ってあげるから右腕出しなさい」
「うん、ありがとう」
サフィアたちは先ほどと同じ場所に戻って座る。
セリスがフィンに薬を塗っていると、フィンは言った。
「じゃあ、今のうちに魔導書の内容を読み上げますね。『これなるは【盲の書】。盲とは感無きこと。即ち、盲とは自由を喰らう呪いなり』」
『自由か……。呪いを失うと五感を奪われる代わりに、相手の五感を惑わす呪い。使いようによっては最強と言っても過言じゃないほど恐ろしい力だ。これまでの2つよりも代償が大き過ぎるのも納得だが……』
「デモニアが教団とどういう取引をしたのかは分かりませんが、少なくとも教団にはこれほど強力な呪いを扱う力がある……と考えて良さそうですわね。今後はさらに警戒を強める必要があるでしょう。まあ、今回に関しては既に懐に入られていたので、時すでに遅しでしたが……」
「他の国も大変なことになりそうね。最悪、セリスたちが到着する頃にはもう……って可能性もあるわ。情勢には常に気を配っておくことね。あたしも2日後の閉会式を見届けたらすぐにセプタに帰らなくちゃ」
「閉会式は荒れそうですわね……。何せ優勝者がわたくしと結婚するという話自体が反故になったんですから。とはいえ、賞金のバックは行われますし……いえ、それももしかしたら見直すべきかもしれませんわね……」
マリンはぶつぶつと呟き始める。
すると、オクトーがセリスたちに近づいてきて言った。
「どうやら、今からマリン様は仕事に入るようですね。今日はここまでのようです」
『あぁ、そのようだ。今日はお暇するとしようかね。明日も忙しそうだし、次に会うのは閉会式かな』
「もう少しお話ししたかったけど仕方ないわ。サフィア様はどうするんです?」
「あたし? あたしはお姉ちゃんの仕事を手伝うわよ。これでも大魔女だし、書類仕事はお手のものってね。明日なら暇かもしれないから、その時に食事にでも連れて行ってあげる。セリスとフィンの祝勝会よ!」
「サフィア様とお食事!? やったー! 優勝できて本当に良かった!」
「うぐっ……。ま、まあ、子供たちが喜ぶならこんな安っぽいプライドくらい……」
『ホントに、サフィーも大人になったもんだねぇ……』
セリスたちは部屋を去り、その日は街を散策することにした。
次の日の祝勝会は予定通り開催され、セリスたちは『マリン杯』優勝を華々しく祝うのであった。




