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魔女セリスと8人の大魔女 〜この世で二度目の大厄災〜  作者: もーる
第5章 愛に燃える魔女

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35頁目.流れとリングと油断と……

***



 試合を見ていたマリンはノエルに尋ねる。



「何が起きましたの? サフィーが急に動きを止めましたが……」


『周囲に発動していた魔法が消えている。サフィー……サフィアが消したというよりは自然と消えたような……』


「それに、先ほどフィンが使っていたのは呪いの魔法ですわよね? アレについて知っているのであれば説明してもらえます? 万が一ということもありますし」


『フィンは幼い頃、呪いに冒された魔物に噛まれたせいで右腕に呪いを受けているんだ。それを魔法みたいに放出できるのはあの籠手の機能らしい。詳しくは知らないが』


「ということは、呪いによってサフィーに異変が……って、危険じゃありませんか!」


『大魔女である以上、死に至る危険を感じたら魔法を使わなくとも逃げるだろう』


「まあそうでしょうけど……。って、ん? 魔法を使わなくとも……。まさか!」



 マリンはハッとして言った。



「呪いには魔力を吸収する力がありますわ。それを増強して周囲の魔力を吸ったことで、サフィーが魔法を使えなくなっているのでは!?」


『……いや、違うみたいだ。サフィアの周囲に魔力はちゃんと存在している。だが……魔法が使えなくなっているという推測は正しそうだぞ』


「何か分かりましたの?」


『リング内にある空気中の魔力の流れが乱れているんだ。何か仕掛けがあるとすればそこだろうね』


「空気中の魔力の流れが? ですが、自分の体内魔力があれば魔法は使えますわよね?」


『もし発動できたとしても出力された魔法は魔力の塊だ。それすら霧散するほどの魔力の乱れだとしたら?』


「確かに、筋は通っていますわね。まさかこんなことになるなんて……」



***



 魔法が使えないことを確信したサフィアは魔導書を閉じ、フィンに言った。



「へえ、魔法を使えなくするフィールドってわけ? 流石のあたしも驚いたわ。全く、大したものね」


「ここが円形闘技場だったからできた芸当です。実用性はないので安心してください」


「それは何よりよ。ま、どうせこんな状態じゃあたしは何もできないし、聞いてあげようじゃない。どういう仕掛け?」


「時間稼ぎ……って感じでもなさそうですね。発動済みの呪いは俺が発動をスイッチみたいに止めない限りは続きますし、この空間にいる間だけは魔法が使えないでしょうから。じゃあ、リングの壁を見てください」



 リングの壁には20個ほど空間魔法のゲートが開いている。

 サフィアはそれを指で数えつつ、言った。



「……セリスの空間魔法が無数に設置されてるわね。これが仕掛けの元?」


「俺が放った呪いの力の及ぶ範囲は多分、この右腕を中心に俺の伸長と同じくらいまで。だからもしサフィアさん相手に使おうとしても、距離が離れれば届かなくなります。でも、その呪いを込めた()()()()()()を転移し続ければ、その影響範囲を波のようにリング一体に広げられる」


「そのためにリングの壁を使ったってわけね。ついでに観客にも影響が出ない範囲も作り出してる。ただ、一番の問題はその呪いよ。何なの、その力」



 フィンはポーチから1冊の本を取り出して見せた。



「サフィアさんもよく知ってる呪いですよ」


「それって、確かこの前の……そう、『(みだれ)の書』……! って、ええっ!? 呪いの魔導書を使っちゃったの!?」


「いやいや、流石にそんなことはしないですよ! あの時の大災司(ファリストス)みたいに自我を失ってまで勝とうとは思いませんから!」


「じゃあ、どういうこと?」


「以前、相手が使っていた呪いの力と似た力を俺が使って大災司(ファリストス)に勝ったことがあるんです。なら、もしかしたらこの前のコラプスの力も、一度は見たことあるから使えるんじゃないかなって。自分の呪いの力であれば魔導書の力を借りずとも良かったってわけです」


「なるほど、少し安心したわ。とはいえ、それで使えちゃうんだものね……。コラプスの力ってことは、流れを乱す呪いかしら?」



 フィンは頷いて答えた。



「ええ、そうです。そして、流れっていうのは空気の流れや水の流れだけが全部じゃない」


「あっ! 魔力の流れも対象ってこと?」


「ええ、あの時の大災司(ファリストス)は自分も魔女だったからこういう風には使えなかったんでしょう。姉ちゃんが提案してこなかったら、俺だってこの使い方は考えもしませんでしたよ」


「なるほどね、理屈は理解したわ。で……肝心のセリスはどこに行ったの?」


「亜空間の中に別の亜空間作って逃げてるはずです。姉ちゃんでも呪いの影響は受けますし、魔力が切れる前に試合を終わらせた方が良いでしょうね」


「あぁ、そういうこと……。まあ、魔力の流れを奪われた時点であたしの負けよ。さ、とどめを刺しなさい。ずっと話してばっかりで観客(オーディエンス)がつまらなさそうにしてるわよ」



 フィンは頷き、サフィアの方へと歩き始める。

 しかし、フィンはハッとして立ち止まった。



「え……何してるの? 早くしなさいよ」


「いや、それが……。流れを乱す呪い、俺にも効いてたみたいで」


「まあ、影響範囲どころか発動者なんだから当然ね。ただ、魔力を乱すだけじゃなかったの?」


「流れを乱す対象に魔力を追加しただけだったみたいですね。呪いの魔導書を使ってないだけあって、細かい制御はできないみたいです」


「ん? そういえばあんた、さっき気功がどうとかって……。まさか……?」


「その気功の話ですね。気のコントロールができなくなってるみたいで、殴った時のパワーが凄いことになるかもしれないです……」



 サフィアは少し後ずさる。



「い、威力くらいなら多少は風魔法で軽減……できないんだったわね! じゃあ、降参するしかないってこと!? あれだけ試合を盛り上げるとか本気出すとか言っておいて!?」


「本当に雑な結界ですみません!」


「いえ、それじゃ観客に舐められちゃうわね……。だったら……思いっきり殴って!」


「いやいや! それはそれで俺がマリンさんに殺されますよ!?」


「試合させてる時点でそれは百も承知のはずよ。むしろ殺されそうになったらあたしが止めてあげるわ。それに、一応これでも受け身くらいは心得てるから安心して」


「受け身でどうにかなってくれることを祈りますよ……? じゃ、じゃあいきますよ?」



 フィンは左の籠手を握って構える。

 サフィアは唾を飲み、両腕を顔の正面に構えた。



「さあ、来なさい!」


「本当にごめんなさーい!」



 そう叫びながら、フィンはサフィアを軽めに殴った。

 しかし、フィンの悪い予感の通りに気功の力がその拳に乗ってしまった。



「あ、マズい」



 サフィアは防御姿勢のまま壁に吹き飛ばされた。

 唖然としたまま、フィンは砂煙の中で構えを解く。

 すると、壁の方から小さく声が上がった。



「ったぁ……」


「ぶ、無事ですか……?」



 砂煙が晴れると、壁に打ち付けられたサフィアは微笑みながらピースサインをする。

 そして、そのまま気を失ってしまった。

 フィンはホッとし、実況者に向けて頷いた。



『け……決着ー! 前半の凄まじい攻防、後半の双子の謎の行動からの最後の一撃! その末に勝利したのは、フィン&セリスチーム! 観客のてめえら、ちゃんと拍手を送ってやってくれ! って、おや? セリスがいないぞ?』



 フィンはハッとして、リングの壁に左の籠手を突っ込む。

 そして、空間の奥で手招きをしてセリスを呼んだ。

 セリスが出てきた瞬間、観客は拍手の嵐を巻き起こす。



「……終わったのね。やるじゃない、フィン」


「姉ちゃんもね。最後はほぼ俺の運にかかってたけど……」


「って、何よあの壁の跡……と、サフィア様!? あんた、まさか本気で殴ったの!?」


「あ、マリンさんより怒らせちゃいけない人が身内にいるの忘れてた――」



 表彰式の準備が進められる中、フィンは正座のままセリスにこっぴどく叱られ続けるのであった。



***



 マリンは決着がつくと同時に席を立ち、冷静に言った。



「さて、わたくしたちも表彰式に向かわねばなりませんわね。そろそろオクトーも呼び戻さなくては」


『あぁ、そうか。少しだけ待ってもらえるか?』


「え、ええ……少しだけなら。一体何を?」


『あの子たちが頑張って優勝したんだ。今度はアタシが作戦を実行する番さ』



***



 それから十数分後。

 セリスの説教が済んだフィンは疲れた顔でセリスと一緒に、リング中央に設置された壇上に立っていた。

 すると、マリンとオクトーがリングの壁のゲートから入ってきた。

 一緒にいたノエルはセリスの胸ポケットまで飛んでいく。



『ただいま。あとお疲れ様、だな』


「おかえり、クロ。全く、まさかフィンがサフィア様を本気で殴るなんて……」


「ま、まさかクロまで説教しないよね?」


『気功の制御ができなかったんだろう? それくらい見れば分かる』


「良かったぁ……」



 マリンはオクトーと一緒に壇上に上がり、フィンたちの前に立つ。



「えー、こほんっ」



 マリンが咳払いするのを聞き、フィンたちは話すのをやめる。

 マリンはメガホンを手に取り、観客たちに言った。



『さて、決勝戦も終わり、あとは表彰式と閉会式。最後に観客の皆様への報酬のバックですわね。わたくしも久々に熱い戦いを観ることができましたわ。まずは健闘を称えて拍手をお願いしますわー!』



 やはりマリンの人気は凄まじく、観客たちの拍手はこれまで以上に大きなものになっていた。



『そして、マリン杯の表彰式。それは即ち、わたくしの婿を喜んで迎え入れるための儀式という意味もあります。わたくし、この度結婚することになりましたわー!』



 すると、拍手喝采はさらに大きくなる。

 マリンはそれを手を一振りして制する。



『では……優勝者のフィン、こちらへ。表彰式、もとい指輪の交換ですわ!』



 フィンは驚き、小声でセリスたちに言った。



「(お、俺、そんな話聞いてない!)」


「(あたしもよ! 本当に優勝して良かったの?)」


『(だ、大丈夫だ。まだチャンスはある。良いから大人しく従っておくんだ!)』



 フィンは深呼吸をし、前へ出た。



『よろしい。では、まずは優勝おめでとうございますわ。あなたとセリスの戦いは大魔女の目から見ても見事でした。ふふっ、サフィーの件については一旦水に流しておきましょう』


「声は笑ってるけど目が笑ってないです!」


『冗談ですわ。とにかく、優勝した実力はこのわたくしが認めて差し上げます。もちろんセリスには後で正当な報酬を与えます。安心しなさい』


「ありがとうございます、マリン様!」


『では……指輪の交換をしましょう。この大会は全てこの瞬間のために行ったのですから、緊張しないで。オクトー、彼のための指輪をここへ』


「はっ」



 オクトーはそう言って、ケースに入れていた指輪をフィンに渡す。



『(あ、あれは……)』


「(あの指輪、知ってるの?)」


『(マリンの師匠がかなり昔に量産した藍玉の涙(ティアマリン)の複製品の試作品だ。まだ在庫があったとは……)』


「(神器の複製品の試作品……。あ、それの積み重ねで完成したのが、頭上の大きな指輪の結界ってわけね)」


『(そういうこと。全く、アタシが何も知らなかったら綺麗な指輪だって思うだけで済んだのに)』



 フィンは恐る恐る指輪を手に取り、それをじっと見つめる。

 マリンはメガホンを置き、フィンと目線を合わせるために屈んだ。



「さて、あとは指輪を交換するだけ。分かりますわね?」


「……俺も男です。覚悟してここに立ってますから」


「では……」



 そう言って、マリンは自分の左手の小指に付けていた藍玉の涙(ティアマリン)を外す。

 ノエルとセリスは驚いて声を殺して会話する。



『(まさかとは思ったが、本物を交換するのか……)』


「(結婚指輪というより婚約指輪って感じだけど……。って、そうじゃないわ。本当に大丈夫なのよね!?)」


『(……大丈夫。お前は運が良いんだろう? 自分に不利な状況くらい、運を引き寄せてみせろ)』


「(そろそろ、腹を括れってことね……)」



 マリンは片膝を突き、フィンの左手を手に取る。

 そして、自分が付けていた藍玉の涙(ティアマリン)をその左指に嵌めようとした。

 その時だった。



「がっ……は…………」



 マリンが突然、苦しげな声を上げる。



「マリンさん!?」



 フィンが身体を支えると、マリンの口から血が流れ落ちる。

 身体を支えたフィンが見たのは、マリンの背中に深く刺さった剣だった。



「何を……」



 セリスたちはもちろん、観客たちも驚きと畏れの声を上げ始める。

 しかし、フィンの耳にはそんな声は届かず、その目は一心に、目の前に立っている()へと向けられていた。



「何をしているんですか……オクトーさん!!」



 その背中に剣を刺した男、オクトーは、不敵に笑みを浮かべて剣から手を放す。

 セリスの黄色い悲鳴が上がるまで、時間はかからなかった。

 そして、その声は会場内に大きな混乱をもたらした。



「やっと……」



 オクトーはニタリと口を開き、感無量の声で言った。



「やっと油断してくれた……。この日のために、ただこの日のためだけに俺は頑張ってきたんだ!」



 フィンはマリンの身体から力が抜けていくのが分かる。

 やがて、マリンは苦しげな声すら上げなくなっていた。



「この女は厄介だった。一時でも油断することなく生活しやがって、少しの殺気も気取られちゃならなかったんだ。だが、これで俺の復讐は果たされた!」


「復讐……? そんなことのために、こんな場所でマリンさんを?」


「お前にも感謝しないとな? 身長がこの女より低いおかげで楽に剣を刺せた。ありがとよ」


「あなたは……いや、お前はオクトーさんじゃない」


「今頃気づいてももう遅い。これでようやく次の目的を果たせる!」



 そう言って、オクトーを名乗っていた男はマリンが手にしていた藍玉の涙(ティアマリン)を手に取る。



「やっとだ……。この指輪を手に入れることこそ、俺の復讐計画の第二段階!」


「やっぱり……そういうことだったのか。復讐だけで終わるなら、タイミングは別に今じゃなくて良かったはずだ。だって、マリンさんはリングに上がった時からずっと油断していた」


「そうさ。見ろよ、この輝き! こいつさえあれば、俺は……俺……は……」



 そう言った男は、言葉に詰まる。

 やがて、男は困惑しながら言った。



「この指輪、こんなに()()()()たっけ……?」



 その言葉に、フィンは笑う。



「あぁ……もう気がついたのか、残念」


「何だと……?」



 フィンは抱き留めていたマリンの身体を地面に置く。

 すると、その身体はまるで幻のように、霧となって消えてしまった。



「こいつは……!」


『お前の復讐計画なんて、最初から破綻していたってことだよ』


「ねえ、あたしの悲鳴、中々だったでしょ? 直前までヒヤヒヤしてたけど」


『あぁ、上々さ。おかげで観客はほとんど逃げてくれた。残ってるのは顛末を見守りたい新聞記者か、フィンに賭けてた人くらいのものだろうさ』


「どういうことだ……。俺の計画は完璧だったはずだ!」


『アタシたちと関わった時点で運の尽きだったのさ。言っただろう? お前の計画は最初から破綻していたんだよ』



 フィンは立ち上がり、男に言った。



「じゃあ、話してあげようか。お前の計画の破綻の発端と、俺たちが作り上げた大作戦を……!」

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