30頁目.老父と気功と特訓と……
その日の夕方、セリスたちは頭を抱えて悩んでいた。
「うーん……。豪快というか傍若無人というか……。困ったことになったなー……」
「マリン様の申し出とはいえ、下手に受けるとルナリーに合わせる顔がないわよ……。どうしよう、クロ……?」
『お前たちの気持ちは分かるよ。だが、これは受けるしかないとアタシは思う』
「フィンの結婚の話はどうするの? 結構強引な計画みたいだから、簡単には断れない気がするんだけど」
『結婚の話を持ち出したのはアタシに関する記憶が失われたから、って推測だったよな? だったら、アタシの記憶を戻せば最悪の事態は防げる……と思う。あくまで推測でしかないのが一番の不安要素ではあるけどね』
「だったらすぐにでも記憶を戻せばいいんじゃないの? それが1番手っ取り早いでしょ」
すると、ノエルは答えた。
『そうできればしたさ。だが、マリン杯は国を跨いだ一大イベント。事前にやっぱりナシ、なんてことになったらこれまで動いてきたお金や資材が全て台無しになってしまう。流石に方々への負担や影響が大きすぎる』
「それはそうだけど……」
『そういや、かつてのマリン杯もそんな感じで強行されたっけ……。確かあいつの闘技場の支配人代理が変に盛り上げたせいだったような──』
「2人とも忘れてそうだから改めて言うけど、そもそも戦うの俺だからね? まず勝てるかどうかも分からないし、そっちもそっちで不安なんだけど……」
セリスはフィンの言葉に頭を抱え、俯いて言った。
「あたしがサポートするからきっと大丈夫だとは思うけど、確かに優勝前提なのも大きな問題よね。どんな相手と戦うことになるのやら……」
『あぁ、しかもセリスは攻撃できない。マリンのあの言い方だと、空間魔法で相手を転移して落下させたり、相手の動きを魔法で止めて邪魔するのもダメだろうな』
「まあ、姉ちゃんがサポートに回ってくれる場合の戦い方はちゃんと考えてあるから。ねえ、姉ちゃん?」
「もちろん分かってるわよ、アレのことでしょ。でも通用しない相手がいる可能性はあるから、他の戦術も考えておかなきゃ」
『ほう、アタシの知らない戦い方が見れそうだ。アタシもアタシで何か他にできることが…………あっ!』
セリスとフィンは首を傾げる。
『思い出した……! マリンの隣にいたオクトーって老父、あいつこそ最後のマリン杯を開催させるに至らせた支配人代理。そして、そのマリン杯の実質的な優勝者だ!』
「……えっ?」
「ど、どういうこと? あの人どう見てもただの老人だったわよ?」
『かつてはあの男も20代の若者だったってことだ。あれから70年近く、ずっとマリンの側にいたとはね……。まさかあんな爺さんになってるなんて思いもしなかったが』
「それで、そのオクトーさんがどうかしたの? 何か思いついた感じだったわね」
『あぁ、マリンの記憶はすぐに戻せないって話をしたよな。だが、オクトーは大魔女じゃないからきっとアタシについての記憶があるはずだ。つまり……』
フィンはハッとして言った。
「マリンさんより先にオクトーさんを味方につけられれば、何か良い手立てが得られるかも!」
『そういうこと。フィンの戦いと関係ないとは思うが、マリンに関する話を聞けそうだ』
「じゃあ……方針は決まったね」
「マリン様の試験を受ける。そしてフィンを優勝させて、婚約が成立する前に記憶を戻す。だけど、その辺りは慎重にする必要があるから、返事の後でオクトーさんの力を借りる、ね」
「はぁ……。ルゥに聞かせたらとんでもなく怒りそうだ……。でも、次会った時にはちゃんと話しとかないとなぁ」
***
次の日、セリスたちはマリンに試験を受けることを伝えた。
「思っていたよりも随分と早い決断でしたわね。何か秘策でも思いついたんですの?」
「それは秘密です。でも、少なくともあたしは試験をクリアしたいってだけでこの話に乗ったわけじゃない、ってことだけは伝えておきます」
「そう……。でしたら止めたりはしません。全身全霊で戦い、そして勝ちなさい。闇の教団に打ち勝ったその力、高みで見物させてもらいますわ」
『…………』
「それにしても、今日はそこの使い魔も静かですわね」
『無駄に喋ると話が拗れそうだからね。だが、喋ったついでに尋ねておくか。オクトーと話がしたいんだが、少し借りても良いか?』
その言葉にマリンは眉をひそめる。
「喋ったかと思えば藪から棒に何を? まあ、彼なら隣の支配人室で業務をしていると思いますし、仕事の邪魔をしないのであれば構いませんが……」
「分かりました。少しお話を聞くだけですし、邪魔にはならないようにしますから」
「なるほど、何か考えがあるようですわね。それなら止めたりはしませんわ。好きになさいな」
「では遠慮なく、お邪魔しますね」
セリスは隣の支配人室の扉をノックする。
すると中から扉が開き、オクトーが出てきた。
「私に何かご用でしょうか?」
「セリスたちが話したいことがあるようですわ。聞いてあげなさい。わたくしは何も聞くつもりはありませんから、そちらの部屋で話しなさいな」
「なるほど、承知しました。私の部屋へどうぞ、セリス様、フィン様」
***
案内されるまま、セリスたちは支配人室へと入った。
そこは社長室とは打って変わって手狭な部屋だったが、綺麗に整頓された書類や壁一面に並んでいた。
「さて、お話とはどういう?」
「オクトーさんに確かめたいことがあるんです。あなたが前回の……70年前のマリン杯の実質的な優勝者だったって、本当ですか?」
「ほう、その話をどこで? その事実を知っている人物など、この世にはもうほとんどいないはずなのですが……」
『アタシだよ。まあ、70年も経てば流石にこの声は忘れているだろうが、見抜けなかったのはお互い様――』
すると、オクトーはその黒い羽根を見て、驚いて言った。
「その声、ノエル様!? お久しゅうございます!」
『えっ、分かるのか!?』
「ええ、もちろん。すっかり歳はとってしまいましたが、マリン様の一番のご友人だったあなたの声をこのオクトー、忘れるはずもありません! いやはや、運命とは数奇なものですね……」
『アタシもまさかそんな年齢までお前が生きているなんて思わなかった。もうそろそろ100とかだよな? 信じられないほど若く健康的に見えるが……』
「今年で98になりますが、まだまだ前線で戦えますとも。それもこれも、私の日々の研鑽で培われた気功のおかげなのです」
「気功……。どこかの国の武術の本に載ってるのを見たことある。体の気をコントロールすることで力に変えたり、違う使い方だと若返りもできるとか。確かに若々しく見えますね……?」
セリスたちには、オクトーの実年齢と見た目の年齢が明らかに違って見えていた。
少なくとも30以上は若く、老いを感じさせない立ち姿をしていたのだった。
「ええ、その気功です。よく勉強しているんですね、フィン様は。それで……ノエル様、本題に移りましょうか。私に話とは?」
『今回のマリン杯、このフィンを優勝させたい。そして、その上で結婚の話を反故にしたい。マリンの中から消えたアタシの記憶を戻してやれば、きっと結婚は諦めてくれるはずなんだ』
「マリン様がノエル様のことを忘れていたとは……。なるほど、そういうことでしたか。それで……私に助力をして欲しい、ということでしょうか?」
『ああ、そうだ。お前だって、マリンの結婚には反対じゃないのか? お前はかつてマリン杯で勝ち上がってマリンに告白をした男のはず。そのマリンが他の男のものになって良いのか?』
「良い…………」
オクトーはそう言いかけ、言葉に詰まる。
そして、先ほどまでとは打って変わった大声で叫んだ。
「はずがないでしょう! いくらマリン様の一番近くで働くという最高の栄誉を賜っているとはいえ、他の男にマリン様が取られるのを黙って見ている私ではありません!」
『おお、それなら!』
オクトーは優しく頷き、ノエルに手を差し出して言った。
「もちろん、助力できる部分が少しでもあれば、この老人をいくらでもお使いください。ですが、私も私で別の手を打ってありますので、時間がある時に限りますが」
『なるほど、お前も何か策を講じていたのか。相変わらず食えない男だ。協力、感謝するよ。だが、どう手伝ってもらったものか……』
「え、そこ考えてなかったの!? 昨日はマリン様の話を聞く、とか言ってたわよね?」
『それを聞くのは優勝できる確証が得られてからだ。今必要なのはその優勝するための特訓。それと、出場選手の情報も掴んでおきたい』
「出場者の名簿ならこちらに。ですが、詳細な戦い方などは不明ですから、そちらの方では力にはなれそうにありませんね」
『そちらの方……ってことは?』
オクトーはフィンの方へと振り返る。
そして、そのままフィンの手や足を服越しに触り始めた。
「なっ、何を……?」
「ふむ……。腕の筋肉が主に発達しているところを見るに、拳などを使った近接戦闘が得意なようですね。足の筋肉も、瞬発力に特化している。近接格闘型の拳闘使い、といったところでしょうな」
『オクトー、頼めるか?』
「ええ、フィン様の特訓、この私がつけて差し上げましょう。格闘であれば、私を於いて他に優れた者もそうはいないでしょう」
「い、良いんですか! ありがとうございます!」
「ああ、そうでした。セリス様もサポートに回ると聞きました。フィン様の動きに合わせられるよう、しっかりと見ていかれるとよろしいかと」
「分かりました。フィンをよろしくお願いしますね、オクトーさん!」
オクトーは優しく微笑み、頷いた。
こうして、14日後に来たるマリン杯に向けて、フィンとセリスの特訓が始まったのだった。




