3頁目.魔法と歴史と花びらと……
それから2日後。
いつものように家から抜け出したセリスとフィンは、セリスを先導にして森の中に入り、いつの間にか泉に辿り着いた。
そしてフィンが恐る恐る水面に触れると、また光が溢れ出して2人は泉の中に吸い込まれる。
気が付くと、目の前には泉の世界が広がっていたのだった。
「やっぱり……夢じゃなかったわね。フィン、腕の調子は大丈夫?」
「うん、大丈夫。泉に触れた瞬間は痛かったけど、もう全く痛まないよ」
「良かった。じゃあ、張り切って行くわよー!」
丘の上の家に入ると、そこにはクロとイースが浮いていた。
セリスとフィンはそれぞれ分かれて、お互いの情報を交換し合うことにしたのだった。
***
セリスとクロは外に出て話していた。
『まず、魔法を教えるにあたって、お前の知識量と使える魔法について聞いておかないとね。魔法ってのが何か、知っていることを教えてくれ』
「えーと、魔法っていうのは魔力を使って発動する力のこと。空気中の魔力と体内の魔力を使って発動するんだけど、そのために呪文を唱える必要があるのよね」
『その通りだ。他には?』
「魔法にはいくつかの種類があって、それが属性。基本属性が火・水・風・土・光の5つ。使える魔導士が少ないとされている、特殊属性が時・空間・運命の3つ。つまり、全部で8属性ね」
『うんうん、8属性……って、え? おいおい、1個抜けてるぞ?』
「えっ? 火・水・風・土・光・時・空間・運命……やっぱり8種類でしょ? 何度も教本で読んだ内容だし、ママもそう言ってたんだけど……」
『いやいや、闇はどうしたんだよ。基本属性を忘れるなんて、いくらなんでも……。いや、待てよ……? もしかして、あいつらが何かやったのか……?』
クロはぶつぶつと呟いている。
セリスはクロに言った。
「あぁ、闇魔法のことなら知ってるわよ。でも、禁術としてヴァスカルに封印されてるらしいし、基本属性だったなんて話は聞いたことないわよ?」
『闇魔法が禁術……。なるほど、そういうことだったか。であれば、アタシの言ったことは忘れてくれ。古い知識とはいえ、いくらなんでも禁術を教えるわけにはいかないからね』
「ふーん……。まあ、分かったわ。それで、他に何かあったっけ?」
『そうだった。お前が使える魔法を教えて欲しい。属性とか、どんな魔法か、とかそういうのだ』
「えーと……それなんだけど……」
『ん……?』
その瞬間、セリスはクロに頭を下げて言った。
「ごめんなさい! あたし、自分じゃ魔法使えないの!」
『は……はぁ!? 魔女を目指してるんじゃなかったのか!? それに、有名な魔女の家系だって言ってただろう?』
「魔女は目指してるし、魔力も持ってるわよ。でも……教本に乗ってる呪文を唱えても、なぜかうまく使えなくて……」
『うーん……。思い当たる節はいくつかあるが、とりあえず試してみるしかないか。魔導書は持ってるかい?』
「ええ、それはもちろん。はい、これ」
『どれどれ……』
セリスは腰に付けていた本を見せる。
それは全体的に石灰色をした不思議な本だった。
『……それ、本当に魔導書なのか? というか、そもそも本か?』
「あたしも最初はそう思ったけど、この本こそがあたしの家に伝わる由緒正しき魔導書、『石の書』よ。確かに材質は石だけど、軽いし……。ほら、ページもめくれるでしょ? ページの部分も全部石なのに」
『おぉ……。表面はカチカチなのに、紙っぽい部分はペラペラだ……。紙に呪文も書いてあるし、魔導書なのは間違いない……か。普段はそれで魔法を使ってるのか?』
「ええ。色々と魔法が載ってるのよ」
『ん? 載ってる……? あぁ、そうか。魔法が使えないってことは、お前が書いた魔導書じゃないんだな。一体どんな魔法が載ってるんだ……?』
「治癒の魔法とか、閃光の魔法とかをいつもは使ってるわね。あとは……20種類くらいあるけど、全部は把握できてないわ」
そう言って、セリスはペラペラとページをめくっていく。
すると、本の途中でページが終わってしまった。
『おや? その先はないのか? かなり序盤しか紙の部分がないようだが……』
「そうなの。誕生日になると続きのページがめくれるようになって、それで新しい魔法が使えるようになるのよ」
『い、一体何なんだ……その魔導書は……。って、ん? 今、12頁分しかめくっていなかったが、何度も同じ魔法を使っているような言い草だったな? 誰かに魔法を書いてもらってるのか?』
「ううん、違うけど……。どういうこと?」
『魔導書ってのは、魔力を持った人間が魔法の術式を直接書き込んだ紙のことだ。ちゃんと呪文を唱えさえすれば、魔力を持っていない人間でも魔法が使える。ただし、魔導書に書かれた魔法は唱えると術式が紙から消えてしまう。本来は……だが……』
「そうなの!? これまでそんなことなかったから、全く知らなかったわ……」
クロはその場でくるくると回っている。
『材質由来なのかは分からないが、術式が消えない魔導書……ってことか。まあ、この世には不思議な力を持った魔具や神器ってのがある。そいつもその類なんだろうさ』
「とりあえず、魔導書見せたけど……。これで何か分かった?」
『あぁ、魔法を使った経験がちゃんとあるってことは十分に分かった。あとは、どうして魔法が使えないか……だな。可能性としては大きく分けて3つある』
「3つ……」
『1つ目は単純明快、魔法の使い方を間違えてるだけ。魔法ってのは呪文を唱えるだけじゃなくて、頭の中でその魔法を想像しなきゃならない。そのやり方ってのが間違っている、という可能性だ』
「それくらいの知識はママから散々言われてきたから、もちろん知ってるわ。だから、頭の中でちゃんと想像はできてるつもりよ」
セリスは自信ありげにそう答えた。
『じゃあ2つ目。使う魔法を間違えている可能性。最初から難しい中級魔法とか上級魔法に手を出そうとしていると、魔力に振り回されてうまく魔法が発動できない。簡単な基本属性の初級魔法くらいなら、コツを覚えるだけでサクッと使えるはずだ』
「初級魔法すら使えないのに、中級魔法なんて使うはずないでしょ? 色んな基本属性を試してみたけど、どれもうんともすんとも言わなかったわ」
『うーん……。ってことは、やっぱり3つ目の可能性か……』
「3つ目の可能性って?」
『お前が特殊属性の使い手って可能性だ。どういうわけかはアタシも知らないが、特殊属性を扱う魔導士ってのは基本属性の魔力を一切持ち合わせていない。だから、基本属性の魔法は初級魔法ですら全く使えないのさ』
「特殊属性……って、使える魔導士がほとんどいないっていう、あの!?」
クロは肯定するように縦に傾く。
『一番可能性としてあり得るのは間違いない。お前がどの属性なのかはこれから見極めていくとして……。さて、あっちはどうしてるかねぇ……』
***
フィンとイースは、家の中で話していた。
『なるほど……。タイミングというのは、場面や状況、そういった意味の言葉なのですね』
「元は魔法文字が由来らしいよ。それを現代人たちが言いやすいように改良を重ねていった、ってわけ」
『確かに、魔法が浸透した社会では魔法文字由来の言葉が生まれるのも自然な流れと言えるでしょうね。とはいえ……魔法が淘汰されていた時代しか知らないボクとしては、時代に置いて行かれているような気分です』
「それってもしかして、『魔女狩り』のこと? メモラで85年くらい前にあったっていう……」
『よく知っていますね。発明だけでなく、歴史にも詳しいとは』
「言える範囲でいいから、その時のこと教えてもらえたり……する?」
フィンはキラキラとした目でイースを見つめている。
イースはすぐさま縦に羽根を振って、言った。
『ええ、もちろん。発明の参考になるかは分かりかねますが、これはボクと彼女について語る上で重要な話です』
「彼女って……クロのこと?」
『……そうです。魔女狩りは、ボクが命を落とすきっかけになった出来事なんですよ』
「え……? イースって、その姿になる時に死んだんじゃなくて……殺されたってこと?」
『あっ……。すみません、子供には刺激が強すぎる話だったかもしれませんね……』
「いや……いいよ。これがイースたちにとって大事な話ってことなら、真面目に受け止めるべきだから。それで、イースは死ぬ前はどんな人生を送ってたの?」
イースは語り始めた。
『ボクは母親を小さい頃に亡くし、父親に育児放棄をされ、メモラにいた叔父のところに預けられていたんです。そして、毎日のように叔父の子供たちにいじめられていました』
「……最悪の家庭環境だ」
『ええ。ですが、そんなある日、いじめられていたボクを若い頃の彼女が拾ってくれたんです。それからずっとこの家で過ごしていたんですよ。勉強とか魔法のこととか、色々教えてもらいました』
「へえ、この家って本当に2人の家だったんだ。何年くらい一緒にいたの?」
『ボクが拾われたのが8歳の頃で、死んだのがちょうど20歳でしたから……。ざっと12年くらいですね』
「じゃあ、クロはイースにとって本当の母親同然……なんだね」
イースは羽根を前に振る。
『そして、魔女だった彼女は魔女狩りの対象になってしまったんです。何も知らなかったボクは、出かけた先で魔女狩りのことを知り、急いで家に戻った時にはもう……』
「魔女狩りの連中が来てたんだ……」
『ええ、残念ながら……。ですが、槍が彼女に放たれた間一髪のところで、ボクが間に入って庇ったんです。庇うことが……できたんです……』
「そうか……。イースはその時に……」
『はい……。でも、ボクは彼女を守れて、彼女のために命を賭けることが出来て、本望というものでした。本人に言ったら絶対に怒られちゃいますけど』
「なるほど……そういうことがあったんだ。でも、それがどうしてこんな場所に……って、うん?」
フィンは首を傾げる。
「何で、その時死んだはずのイースがここにいるんだ? こうやって羽根ペンの身体の中で生きてるってことは、その後に何かあったんだろうけど……」
『あっ…………』
「……もしかして、聞いちゃいけなかった?」
『……今から言うことは、クロとセリスには絶対に内緒でお願いします』
「そんな大事なこと、俺に言って良いの?」
『一度芽生えた疑問というのは、答えがはっきり出るまで消えません。そんな状態では余計な考察をして、ありもしない予想が立てられる可能性がありますし……。何より、クロに今言ってしまったことがバレる方が怖いです』
「うん、イースが凄く焦ってるのは伝わった。これもある種の口止めってことになるのかな? 教えてもらえるなら、絶対に口は固く結んでおくよ」
イースはフィンの耳元に飛んでいく。
そして、小さな声でフィンに言った。
『クロが元々凄くも何ともない無名の魔女と言っていたのは、本当は違うんです。彼女は生前、ある目的のために実力のある魔女たちを集めました。その目的というのが、死んだボクの蘇生です』
「なっ……!? 死んだイースを復活させようとした……?」
『そして、彼女たちは何十年もかけて、ボクという存在を蘇生させることに成功したんです。生憎、魂だけの復活だったので、見た目はこんなですが』
「……凄い魔女だったんだな」
『ええ。だからこそ、あの2人には内緒にしておくべき話なんです。こちらにも色々と事情がありますので、その辺りはご理解いただけると……』
「分かってる。俺は他言無用なら誰にも言ったりしないよ。姉ちゃんならまだしも!」
そう言って、フィンとイースは笑い合う。
『さて、色々と言葉を教えていただきましたし、昔話もしましたが……。これで十分でしょうか?』
「そう……だね。発明のアイデアは浮かばなかったけど、こんな興味深い話が聞けただけで満足だよ。ちょっと早いけど、今日のところはこれくらいにしようかな。姉ちゃんも、初日から魔法が使えるようになったりはしないだろうし──」
その瞬間、小屋のドアが開け放たれ、セリスが飛び込んできた。
「フィン! あたし、魔法使えるようになったわ!!」
「あ、あぁ、おめでと……って、えええ!?」
セリスはフィンの両手を握って、嬉しそうにはしゃいでいる。
イースはドアの近くにいたクロに尋ねた。
『一体、何があったんです?』
『セリスにはどうやら時魔法の適性があったようだ。最初に適当な時属性の初級魔法を教えてやったら、一発目からやってのけたってわけさ』
「どんな魔法が使えたの?」
「あら、見たいの? 仕方ないわねぇ! 特別に見せてあげるから、外に来て!」
そう言って、セリスはフィンの手を引っ張って丘の下にある花畑にやってきた。
イースとクロも同じ場所に飛んで来る。
『じゃあ、念のために使い方を再確認だ。フィンにも分かりやすいように説明してやろう。最初に、魔法の効果を確かめるための準備……は、もうセリスがさっさとやってるな。そう、手に持った花の花びらをちぎるんだ』
「いいの? 大事な花畑なんだと思ってたんだけど」
「まあまあ、良く見てなさいって」
『次に、目を瞑って集中する。そして、頭の中で使う魔法を想像……現代風に言えば、イメージするんだ。それが呪文の詠唱の代わりにもなる』
すると、セリスの手元に光が集まってくる。
『最後に、魔法の名前を唱えろ!』
「……『時戻し』!」
セリスがそう唱えた瞬間、散っていた花びらがセリスの手元の花のところまで戻ってくる。
そして、しばらくするとちぎられた花びらが全て元に戻ったのだった。
「す……凄い……」
「でしょー!? あたし、凄い魔法が使えるようになっちゃった!」
『確かに、一見すると凄い魔法だ。ただし……これは初級魔法だってことを忘れるんじゃないぞ?』
クロがそう言うと同時に、セリスが握っていた花から花びらが全て散っていく。
「あぁ……散っちゃった……」
『一時的に時間を巻き戻すだけで、結果は変わらない。初級魔法っていうのはその程度のものだ。だからこそ、あまり魔法の力を過信し過ぎないようにするんだぞ』
「ええ、分かったわ。つまり、これから特訓すればもっと凄い魔法が使えるようになるってことでしょ!」
「姉ちゃん、本当に話聞いてた……?」
『あはは……。これは前途多難ですねぇ……』
『と、とにかく、これからここで魔法の修行をするってことは、魔法以外にも心構えとか知識とか、その辺も徹底的に教え込むってことだ。一応聞いておくが、アタシの指導についていく覚悟はあるんだろうね?』
セリスは嫌そうな顔をしつつも、頷く。
『だったら、決まりだ。これからアタシが徹底的に、みっちりしごいてやる。そして、セリスを立派な魔女にしてやろうじゃないか!』
「あと3年しかないんだもの。手段は選んでられないわ!」
『フィン、ボクたちもできる限りのサポートをしてあげましょう』
「もちろんだよ。って、早速現代語を使いこなしてるなんて、イースも凄いね」
『イース、後でアタシにも教わったこと教えてくれよ? 今日、セリスの話に半分くらいついていけなかったもんでね』
「あら、それならそうと言ってくれれば教えたのに。あぁ、でも魔法の修行の時間が減るの嫌だし、やっぱりそういうのはイースに任せたわ!」
イースは苦笑いの声を出す。
セリスたちはそれを聞いて一緒に笑い続けるのだった。