26頁目.泡と光とスーパーアイドルと……
ノエルはサフィアの意識の海を泳いでいた。
記憶は泡のように現れては消え、現れては消えていく。
「……アタシの記憶を探すには広すぎる。だがサフィーはアタシの弟子で、何年も一緒にいた。そんな大量の記憶を隠しておくとすれば……」
底へ、底へと泳ぎ続け、ノエルは記憶の泡が出てくる真っ黒な穴のような場所を見つけた。
「これまでの記憶は全部、あの穴から出てきていた。つまり、サフィーを形作った記憶がここにあるはずだ……」
ノエルは黒い穴の中へと意識を伸ばす。
すると、その中にあったとある1つの大きな泡に意識の先端が触れた。
それは過去にノエルがサフィアと出会い、旅をしてきた記憶だった。
ノエルは色んな大きな泡に触れていく。
しかし、その中に1つだけ、知らない記憶があることにノエルは気がついた。
「これだ──!」
***
そこにあったのはセプタにあるサフィアの実家の、とある一室の景色だった。
椅子にはサフィアが座っている。
「ノエル様がファーリの心臓と共に封印されてもう50年……。結局、何もできないまま時間だけが過ぎ去っていくわね……」
大魔女・サフィアは日々の仕事をこなした後だったらしく、疲れた表情でそう言った。
「魔物の討伐とか書類作りとか、そんなの大魔女がするべき仕事かって話だけど……。まあ、他にやることもないし仕方ないけど……。大魔女集会くらいじゃない? あたしが大魔女って実感得られるの」
どうやらまだアイドル業は始めていないらしく、そこにあったのは愚痴をこぼすただの魔女の姿だった。
「ノエル様のために何かするって言っても、あの結界に入れない以上は意味もないし……。それに、ノエル様に関する記録を本人から全て消すよう頼まれた以上、語り継ぐこともできないしな……。他に何かできること……できること……」
彼女はそう言って、窓の外を見る。
月や星の明かりとその光を屈折させる水籠を見上げながら、彼女は呟く。
「そういえば、あの水籠ってあたしが歌で魔法の呪文を無意識に詠唱したことで作られたんだっけ。確かその時、ノエル様があたしの歌をとっても褒めてくれたんだったわね…………あっ」
サフィアはハッとして椅子から立ち上がる。
「そうだわ、歌よ! 歌なら、ノエル様に褒められたあたしという存在を大魔女以外の形でこの世に残すことができる! ノエル様の記録を残せないなら、あたしという存在を記録として後世に残すまでよ!」
そう言って、サフィアは机の上にあるメモ帳と羽根ペンを手に取った。
「確か……最近アイドルとかいう、歌って踊る職業が世間で流行ってるらしいし、それに乗っかるのがベストよね……。だけど、セプタにはアイドル事務所なんてないし……。となると、あたしが事務所を立ち上げてセルフプロデュースする、っていうのが一番手っ取り早いかしら」
楽しそうな様子で、サフィアはペンを走らせる。
「そうだ! 経営のことならお姉ちゃんに聞けばどうにかなる! 起業資金はあたしの大魔女としての貯蓄で十分足りるだろうし、あとは国の許諾をもらえるかどうか……くらいかしら? あぁ、曲とかダンスとかもあったわ。でも、それは……きっと良い先生が見つかるわよね!」
サフィアはもう一度、外の景色を見つめる。
そして、微笑みながら呟いた。
「もしかしたら、あたしが頑張ることであたしの歌がノエル様に届く日も……って、流石にそれはないか……。でも、きっとこれがあたしにできること。あたしがノエル様のために頑張ったって、あたし自身がそう誇れる自分でいられれば、それこそが──」
***
「……お前の歌はしっかり、アタシのところまで届いたよ」
「でも、あたし……何のために歌っているのかも忘れて……!」
「今、思い出しただろう? それに、アイドルってのはみんなに希望を与える存在だ……って、セリスが言っていた。アタシも実際にサフィーのライブを見て、それを実感したよ。お前はアタシを忘れても、ちゃんと自分がアイドルであることを止めなかったんだ」
「あたしは……あたしは、もう自分を誇れないです……」
「サフィーと再会したあの時、アタシはお前をとても誇らしく思った。自分なりに頑張った結果は一目瞭然だったし、魔女としても十分なほどに大成していたのが目に見えたからだ。だからこそ、言わせて欲しい」
ノエルはサフィアの手を握り締め、目を見つめながら言った。
「お前はやっぱり、アタシの自慢の一番弟子……。そして、自慢のスーパーアイドルだよ!」
「ノエル様……ノエル様ぁぁ……!」
鮮明な記憶の中で、ノエルはサフィアを抱きしめる。
すると、間もなくサフィアは涙を拭いてノエルの方を見る。
ノエルは頷いて、言った。
「さあ、この続きは後にしよう。今は一刻も早く目覚める時だ。サフィーの指輪はアタシが持ってる。魔力の貯蔵も十分だ!」
「ええ、分かってます。こんなカッコ悪い姿、あたしのファンにも……ノエル様にも見せるわけにはいきませんから!」
***
「……っ!」
「サフィア……様……!」
サフィアは目を覚まして、一瞬で周囲の状況を把握する。
後ろに立っていたセリスはもう息も絶え絶えの状態だった。
「ここまで持ち堪えてくれてありがと、セリス。もう大丈夫だから」
「あらぁ、ようやくお目覚めぇ? でも、もう全部終わらせてあげるわぁ!」
コラプスは黒い魔力を増幅させ、鎧をさらに巨大にしていく。
そして、そのまま手を上に掲げたコラプスは言った。
「蒼玉の涙から得た魔力、水籠の魔力を手に入れるために全部ぶっ放してあげるわよぉ!!」
『ここまでの魔力を残していたとなると……マズい! 流石に水籠の結界は呪いへの耐性までは持ち合わせてない! 今ここで結界を破られでもしたら……あいつを倒せたとしても、頭上にある水が全部セプタ中に降り注ぐことになる!』
「させるわけないでしょ、そんなこと! ノエル様、指輪受け取ります!」
そう言って、サフィアはノエルの黒羽根に結ばれた指輪を取って、左手の人差し指にはめ直す。
サフィアはそのまま、指輪に念じて言った。
「おばあさま、また力を貸してください。ファンのみんなと、ノエル様、そしてセプタのみんなを守るために!」
「無駄よぉ! どんな魔法も私の水乱魔法には通じないんだからぁ!」
「それはどうかしらね! 食らいなさい! 原初光魔法『天の光』!」
サフィアがそう唱えると同時に、コラプスは上に掲げた手の先から水籠の結界を狙って呪いの魔力を射出する。
しかし、次の瞬間、サフィアの指輪から発せられた白い光が辺りを包み込んだ。
そしてその光は、コラプスの鎧と射出した呪いの弾を全て打ち消したのだった。
「ぎゃああぁぁぁ!! ど、どうして、私の水乱魔法がぁぁ……!」
「あんたの水乱魔法の鎧は、呪いの魔力吸収に頼った力。でもこの光魔法は全ての呪いを浄化する魔法なのよ。呪いで浄化の光を吸収できるわけないじゃない」
「私の……私だけの水乱魔法がぁ……!」
サフィアは空を見上げ、いつもと変わらない水籠があることに安堵する。
すると、フィンとルナリーが駆けてきた。
「姉ちゃん、クロ!」
『フィン! それに、ルゥも来たのか!』
「腕の疼きが消えたのと、さっきの光に見覚えがあったからもしかしてと思ってね。って……姉ちゃん!?」
「セリス! 大丈夫ですか!」
ルナリーはセリスに急いで駆け寄る。
そして、カバンから薬を取り出してそれを飲ませた。
「身体の傷はきっとこれですぐ治りますから。今はゆっくりしててくださいね」
「ありがとう、ルナリー……」
「姉ちゃんは休んでて。もし何かあってもここからは俺が守るから」
「頼んだわ……。でも、休む前にこの行く末だけは見届けさせて」
『無理だけはしないようにしてくれ。アタシもない肝を冷やすのはもうゴメンだ』
「もちろんよ。見てるだけにしておくわ」
そんな話をしていると、やがてコラプスがよろりと立ち上がる。
そして、手をサフィアの方へと向けて言った。
「の……呪いがなくても、私には水魔法があるのよぉ!! 水魔法『水流撃』ぉ!」
水乱魔法ほどの速度はないものの、鋭い一撃がコラプスの手から繰り出される。
しかし、サフィアはそれを手元で作った小さな水の粒で軽く弾いた。
「あたしはアイドルである前に、この国を任された水の大魔女よ? そんなヤワな水魔法なんて通用するわけないじゃない。呪いさえなければ、あんたはただの魔女でしかない。さあ、観念なさいな」
「は……はは……! あはははははぁぁぁ!!」
サフィアの言葉に聞く耳も持たず、コラプスは突然気が狂ったような大声で笑い始めた。
『コラプスの様子が……急変した……?』
「クロ、呪いの魔導書だ! 多分、呪いの力が祓われたせいで心の一部を失っちゃったんだよ!」
「暴れるってんなら大人しくさせるだけよ! 『蒼の棺桶』!」
サフィアがそう唱えた瞬間、立方体の水の塊がコラプスを覆う。
それは次第に、水中で暴れるコラプスの力を奪って気絶させたのだった。
「……これ、死んでませんよね?」
「そこは大丈夫。水の中は呼吸可能な空間よ。まあ、暴れたりしたら呼吸より先に水を飲んじゃうでしょうけど……」
『この魔法、アタシは身に染みて覚えてるよ……。こいつは使う相手によって全く違う効果を発揮するタイプの魔法だ。サフィーの言う通り、コラプスはただ気絶してるだけだろう。サフィー、こいつから全ての魔導書を奪ってくれ』
「分かりました、ノエル様……って言っても、どうやら1冊しか持ってないみたいですね。あたしのグッズなんてジャラジャラ付けちゃって……」
『あ、直接触ったり開くのはやめておくんだ。一旦はフィンに預けてくれ。こいつには呪いの耐性が少しばかりあるからね』
「じゃあ、はい。恐らく、呪いは浄化できてると思うけど」
そう言って、サフィアは水で作った腕でコラプスの魔導書を取り上げ、そのままフィンに渡した。
「……試しに開いてみても良いかな?」
『あの距離を鑑みると、お前はさっきのサフィーの光魔法を受けたはずだ。でも、お前の腕の呪いは治っていないだろう? であれば、この魔導書の呪いを浄化できていない可能性も大いにある。やめておいた方が良いとは思うが……』
「でも、浄化できてるとしてもできてないとしても、そればかりは俺が確かめるしかない。そうだよね?」
『まあ……その通りだ。フィンには悪いが、この場でフィン以外にその本をほぼ安全に開くことができる人間はいないだろう』
「じゃあ、俺が開くよ」
その瞬間、ルナリーがフィンの腕を取り押さえてノエルたちに言った。
「ウチの目の前でフィン君に危ないことさせないでください! フィン君が良くても、ウチが許しませんからね!」
「ルゥ、大丈夫だから。もし呪いが残ってたとしても、姉ちゃんの石の書の魔法を使えば前回は問題なかったし」
「前回が大丈夫だったとしても、今回も大丈夫とは限りません! ウチの目の黒いうちはフィン君を危険な目に合わせませんから!」
『うーむ……。アタシもそれが気がかりではあった。確かに開かなくても困ることはないが、闇の教団に関わる手がかりを入手できる可能性もあるわけで……』
「じゃあ……続きはこいつを国に引き渡してからにしましょう? ノエル様と色々積もる話もあるし、その魔導書の件は一旦今度ってことで。ルナリーも、それなら問題ないわね?」
「……まあ、それで手を打ちましょう。サフィアさんとフィン君たちの話に首を突っ込むつもりはありませんし、ウチはウチなりにフィン君の役に立てたので今日は満足してますから〜!」
そう言って笑ったルナリーは、フィンの腕から手を離した。
サフィアは頷いて、水の塊に入ったコラプスをそのまま王城の方へと運ぶのだった。
***
フィンはセリスを担いでルナリーの店へと運ぶ。
その日、治療を受けたセリスたちは早めに寝て、身体を回復させることにした。
こうして、セリスたちは西の国・セプタの問題を解決し、サフィアの記憶を取り戻すことに成功したのだった。




