21頁目.本音と治験と原液と……
部屋の真ん中で、サフィアは大人げなく啜り泣いていた。
セリスたちにはそれが嘘泣きだと分かっていたが、特に口も出さずに黙っていた。
「うっ……うっ……。あたしのアイドル像がこんな子供と使い魔に破られるなんて……」
『この2人はともかく、アタシはこれでも100歳を超えてるんだ。いや、肉体の成長は止まっているから正確にはもっと若いか……?』
「そ、そうだったの。まあ? そもそも喋れる使い魔って時点で、どこぞの魔女が自分の分体でも作ったんだと思ってたわ。じゃないと、こんな子供の使い魔になる理由なんてないもの」
『お、もう泣かなくて良いのか?』
「年上相手なら泣き真似なんて……じゃなくって、泣いてたってしょうがないって思っただけよ。とにかく、今はお金が必要なんだから早く案件を探しに行ってちょうだい。子供にこんなこと頼むのも悪いとは思ってるけど、魔女ライセンスの試験ってことで大目に見てもらえるかしら……」
「姉ちゃんが決めることとはいえ、俺はできる限り関わらない方が良い気がするんだけど……。でも魔女ライセンスの試験だし……うーん……」
葛藤し続けるフィンをスルーし、セリスは堂々と答えた。
「ぜひ! あたしにやらせてください!」
「姉ちゃん!? 何か良いアイデアでも思いついたの?」
「ううん、全然。でも、そういうのはフィンとクロと一緒に頑張れば何とかなる……でしょ?」
「そんな行き当たりばったりで決めることじゃ……。まあ、行き当たりばったりはいつものことだけど……」
『ま、これがセリスって魔女の生き方だと思って諦めることだな。サフィアの問題を解決できるかどうかはさておき、挑戦してみる価値はあるとアタシは思うぞ』
「解決してくれなきゃ困るというか、大魔女でもアイドルでもいられなくなっちゃうわ……。他力本願で本当に悪いけど、頼むわね! あたしはあたしで日頃のライブでいつも通りの笑顔をファンのみんなに見せなきゃいけないから、そっちに手が回らなくてね……。手伝えるものなら手伝いたいけど……」
「いえいえ、協力は惜しみません! なんたって、サフィア様はあたしの憧れのアイドルなんですから!」
セリスのキラキラとした眼差しを見て、サフィアは微笑む。
こうして、セリスのセプタでの試験が始まったのだった。
***
「で、本音は?」
ルナリーの家のリビングで、セリスはフィンに問い詰められていた。
ルナリーとノエルはその様子をじっと横で見ている。
「推しにダイレクトに貢げるチャンスだと思って、勢いだけで試験受けちゃった……」
「やっぱりそういうことだったか……」
「お願いだからあたしに力を貸してよぉ! 弟と師匠の力を借りるのだって、人間関係の成せる業でしょ!?」
「別に協力しないとは言ってないけど、問題なのは姉ちゃんが下心で試験を受けようとしてるってところだよ。魔女ライセンスの試験、真面目に受ける気ないの?」
「そ、そんなんじゃないけど……。でも、あんただってルナリーの頼みなら何でも受けるじゃない。そこに下心がないって言い切れるの?」
「はい、論点のすり替えをしない。そもそも俺に下心があったとしても親切心を上回ることは絶対にないから。だけど、姉ちゃんのさっきの本音は100%純粋な下心だったでしょ」
ノエルはルナリーの耳が少し赤らんでいるのを見たが、心の中で腕を組んで黙っている。
「とにかく、姉ちゃんが真面目に魔女ライセンスの試験を受けないんだったら俺は手を貸さないから。俺は姉ちゃんの推し活を手伝うためじゃなくて、魔女ライセンスの試験を手伝うために付き添ってるんだよ」
「じゃあ、あたしとクロの2人で頑張るだけよ! ね、クロ!」
『兄妹喧嘩にアタシを巻き込むんじゃないよ。これでお前に付き合ってフィンの機嫌を損ねる方が、アタシとしては面倒だ』
「そんなぁ……。つまり、2人とも協力してくれないってこと……? だったらあたし、どうすれば……」
『じゃ、あとはルゥに頼んだ』
「ええ、クロさん。任されました〜」
「「えっ……?」」
そう言って、ルナリーは怪しげな木箱を店の奥から持ってきた。
中には液体が入った瓶が12本詰められている。
「これってもしかして……」
「薬の治験のお仕事です〜。まさか忘れたとは言わせませんよ〜?」
「じゃ、じゃあ、あたしは部屋に戻──」
逃げようとするセリスの肩を、ルナリーが掴む。
セリスが恐る恐る振り返ると、そこには静かな笑みを浮かべるルナリーの顔があった。
「セリス、あなたも飲むんですよ〜?」
「ちょっ、あたしは飲まなくて良いって話だったじゃない!?」
「昨日はそう言いましたけど、今回に限ってはお灸を据える名目がありますので〜」
「それならそれで、俺はいらないんじゃ……」
「フィン君は普通に治験ですよ?」
「あっ、はい……」
ルナリーは箱の中から瓶を1本取り出す。
瓶の中には水色の光を放つ液体が入っている。
「ルナリー……? それ、あたしが知ってる薬の色してないんだけど……?」
「あら、そうですか〜? まあ、新薬ってこんなものですよ〜」
「ベースの色はともかく、少なくとも薬は自分で発光したりしないわよ!」
「ちなみにルゥ、これって何の薬なの?」
「体内魔力を回復する薬、名付けて『魔力回復薬』です〜。これを飲むことで、一瞬で魔力を補給できるんですよ〜」
『ほう、それは凄い薬じゃないか。一体どんな原料からそんな効果が……』
ルナリーは箱の中に入っていた別の液体が入った瓶を取り出した。
中には透明な水のような液体が入っている。
「これ、何だか分かります〜?」
「うーん、見る限りだと普通の水かな」
「そもそも、薬とかだったらあたしたちが知るはずもないじゃない。どうして質問形式なの?」
『おや、アタシには見えているぞ? その液体の正体が』
「クロに見えてるってことは……そうだわ!」
セリスは目を瞑って集中を高める。
そして、ハッとして言った。
「感じたわ、濃厚な水の魔力! それも、普通の水と比べると水の魔力の量が段違いじゃない!?」
「水の魔力を多く含む水……。それって……まさか、セプタの水籠の水?」
「正解です〜。あ、もちろん濾過してあるので綺麗な水ですよ〜」
「あの、クロ? 魔力って生き物の一種じゃなかった……?」
『基本的には空気中の微生物と同じくらいの存在だ。普段から体内魔力を回復する時は、時間を経過させて魔力を回復しているだろう? あれは呼吸で体内に空気中の魔力を取り込んでいるんだよ。生き物と思うより、空気とか陽の光とかそういった自然的な力だと思えばいい』
「なるほど、そう言われると特に気にしなくても良い気がしてきたわ。つまり、その魔力が豊富な水を使ってその『魔力回復薬』を作ったのね? 濃厚な魔力を体内に入れれば、確かに一瞬で魔力を回復できそうだけど……」
セリスは魔力回復薬の色を見て目を細める。
すると、ルナリーは言った。
「まあ、まだ試作段階ですし、回復できるかも定かではありませんけどね〜。それに、効果を試すならセリスみたいな魔女に頼むのが一番かと思いまして〜」
「それは……まあ、そうね。あたしに任せてちょうだい」
「ただ、そんな量の液体を飲むとなると、全ては薬の味にかかっているような気が……」
『魔力自体に味はないだろうけど、一緒に配合されている成分次第では変な味になってもおかしくはないな』
「大丈夫ですよ〜。味はきちんと美味しく仕上げていますから〜」
「ちょっと待ってて。適当に魔導書書いて魔力消費してくる」
そう言って、セリスは部屋に戻る。
そして10分ほどでリビングまで戻ってきたのだった。
「よし、しっかり魔力を消費してきたわ!」
「姉ちゃん、そのまま逃げれば良かったのに律儀に戻ってきた……」
「あっ……!?」
「まあ、セリスは昔から頭の回転が悪いですから〜」
「ち、違うわよ! この薬が完成したらあたしたちの旅に役に立つと思ったの! だから、治験してやるためにわざわざ魔力消費してきてあげたのよ!」
『まあ、とにかく飲んでから……だな。特にセリスは特殊魔法の魔力を持っているから、普通の魔導士と体内魔力の構成が違う。効果に差はあるかもしれないから注意する必要はありそうだ』
「なるほど、そこまで考えていませんでしたね〜。でもまあ、それも確認するための治験ですし〜。さあ、召し上がれ〜」
セリスとフィンは目を合わせ、手に持った瓶を口元に運ぶ。
そして、一緒に中の液体を飲んだのだった。
「……どう、でしょうか〜?」
「こ、これ……」
「この薬…………とっても美味しいわ!」
「やっぱりそうだよね! 何というか……ジュースみたいな感じなんだけど甘ったるいわけでもなくて……」
「いえ、味の感想が聞きたいわけではなくてですね〜……。まあ、味の感想を聞くのも悪くはないですけども〜」
『その時点で俄然興味が湧いてきたが……。生憎とアタシには味覚が分かる器官が今はないからな……』
2人はそのまま薬液を全て飲み干し、効果が現れるのをしばらく待つ。
すると、先に反応があったのはセリスの方だった。
「あ……この感覚、ちょっとマズいかも……」
「気分が悪ければそっちにお手洗いがありますから〜。もし可能であれば症状を伝えてもらえます〜?」
「何だろ……。吐き気とか腹痛とかそういうのじゃなくて……身体が重い……?」
「俺は今のところ異変はないかも。姉ちゃん、大丈夫?」
「ふむ、身体が重い……。倦怠感があるとか、身体のどこかの感覚が麻痺しているとか……そういうことでしょうか〜」
「うーん……。麻痺とかは特にないかも。どちらかと言えば怠さを感じるけど、これ……身体中が物理的に重くなってるような……?」
すると、ノエルが言った。
『セリス、空間魔法を使ってみてくれ。適当に亜空間から物を取り出すだけで良いから』
「え? うん、分かった。『空間転移・亜空接続』……うわっ!?」
セリスが亜空間を開くと、いつもと同じくらいの大きさの穴が広がる。
しかし、中に保管していた物が穴からどんどん溢れてきたのだった。
『やっぱり、魔法の制御ができていない。今のは魔力の超過反応ってやつだ。魔力は回復できたのかもしれないが、濃度が高すぎて回復量がセリスの魔力の容量を大幅に超えてしまったんだろう。身体の重さってのは超過した魔力で身体の感覚が鈍くなってるだけだね』
「少なくとも、内容量は減らした方が良さそうですね〜」
『でもまあ、今ので余分な魔力は放出できたはずだ。セリス、空間魔法で今溢れた物を片付けられるか試してみてくれ』
「『空間転移・亜空接続』。あ、今度は制御できたわ」
『体内魔力は回復しているか?』
「ちょっと待ってね……って、あれ? 回復してないわね? 飲む前とほとんど変わらないじゃない」
「あら〜?」
しばらく待っても、セリスの体内魔力は自然回復している以上の量は回復しなかった。
ルナリーとノエルは考えを巡らせる。
「魔力をそのまま飲んでも魔力回復にはならない……? でも、魔力の超過反応があったということは一時的に魔力量を上回っていたのは確かで……」
『超過していた時に使った魔法は制御不可能だったが、次に使った魔法は安定していた。だが、それ以降は魔力が減ったままだ……。もしかしてこれは……』
「時限性の魔力回復……でしょうか?」
『ああ、恐らくそうだろう。時間が経てば体内魔力になる前に逃げていくのが見えた。見た限りでは、普通の魔導士でも同じ反応が起きそうだ。フィンの方に何の反応もなかったのもそれが理由だろうね』
「あ、そうだった。一応俺の方は副作用みたいなのあったよ。飲んだ以上に水分でお腹が一杯になるから変な感覚になる……ってくらいだけど」
「ふむふむ〜……」
ルナリーは必死にメモを取っている。
『水の魔力は水を司る存在だ。あの水籠の水は1滴分を舌に垂らすだけで喉が潤うくらいには濃厚な水の魔力を有している。それを多少希釈してるとはいえ、ほぼ原液を飲んだんだ。体内が水で満たされた感覚になっても何もおかしくはないな』
「確かにそう言われてみると、あたしもお腹ちゃぷちゃぷだわ。ジュース感覚で飲むと後悔するかも……」
「でしたら、水籠の水はもっと希釈しますか〜。お客さんに合わせて小瓶タイプにしたり濃度を変えたりしてみることにしますね〜」
「でもまあ、少なくともそれ以外に変な感覚はないし、一時的とはいえ魔力回復の効果も見受けられたわね。ちゃんとした薬として結構売れるんじゃない?」
「セリスにそう言っていただけるとは、ウチ感激です〜!」
「うん? 待てよ、結構売れる薬……?」
フィンがそう呟くと、セリスはハッとする。
そして、そのままルナリーの手を握って言った。
「ルナリー! この『魔力回復薬』、サフィア様のコラボグッズとして売ってみる気はない!?」
「え、ええっ!? こんな薬を案件として売り込むつもりですか〜!?」
「むしろこの薬だから良いの! 味は美味しい、魔力回復っていう魔女関連の薬、水籠の水はセプタで採れる材料だし、発光してるのも目立つからグッズとしては最適で、何よりこの水色はサフィア様のイメージカラーなのよ! こんなちょうど良い薬、コラボしない手はないわ!」
「で、でも〜……」
『フィン、頼んだ』
フィンは頷き、ルナリーの耳元に近づいて言った。
「ルゥ……多分これ、かなり儲かるよ……」
「はわっ……!!」
「(まあ売上のほとんどは先に借金の返済に回されるだろうけど、後で返ってくるだろうし嘘ではないわね……)」
「わ、分かりました……。その案件、乗ります! ウチの薬が2人の力になるのなら、全力でサポートさせていただきましょう! どうぞよろしくお願いします〜!」
「こちらこそ! よろしく頼むわね、ルナリー!」
「はい〜!」
こうして、セリスたちは偶然にしてサフィアに提示できる案件を手に入れた。
その日の夜、セリスたち3人は次の日にサフィアに『魔力回復薬』を売りつけるべく、早く寝ることにしたのだった。
***
セリスが眠るその横で、ノエルは呟く。
『あの薬……。フィンの呪いにも特に関係はないし、魔導士向けに作ったにしてはセリスがいないと治験できなかったはず……。商材になったのは偶然のタイミングだったとしても、そもそもルゥはどうしてあんな薬を作っていたんだ……?』




