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魔女セリスと8人の大魔女 〜この世で二度目の大厄災〜  作者: もーる
第4章 『スーパーアイドル』
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20頁目.受付と説明とやらかしと……

 次の日、ルナリーの店から出発したセリスたちは大魔女サフィアの試験を受けるべく、会場であるアイドル事務所『ブルースフィア』へと向かった。

 セリスは自分がファンと悟られぬようにグッズなどを全てルナリーの店に置いてきており、身軽な体とは裏腹に足取りがやや重い。

 それを見兼ねたノエルは、事務所の手前でセリスに言葉をかけた。



『ちょっと待った、セリス。気分が落ち込むのは分かるが、顔に出てるぞ』


「え? あぁ、無意識だったわ……。別の理由を付けるとはいえ、やっぱり罪悪感があるのよねぇ。目の前に来て言うことじゃないのは分かってるんだけど……」


「受付はともかく、試験当日に本人に会えるんだよ? そこまで落ち込む必要ないと思うけど……」


「それはもちろん嬉しいわよ。でも嘘を吐いて会うっていうのは自分を偽ってるのと同じじゃない? そんなあたしをあたしだって思われるのが嫌っていうか……」


『厄介なファン魂だな……。そういう気持ちを一時だけ殺すことも、魔女にとっては必要な能力なんだぞ? サフィアはそういう自制心を見たいって可能性もある。それに、わざわざお前の心が少しでも痛まないような言い訳も考えてきてるんだし、気に病む必要はないさ』


「分かってる。いざ目の前にして、ちょっとだけ心が弱くなっちゃっただけだから。もう大丈夫! きっと、何とかなるわ!」



 そう言って、セリスは事務所を見上げる。

 王都の中央という上質な立地に建ったその白いビルは、よく見ると街並みと同じ建材で作られているものの、高さや形が全く違うためそこだけ別の空間を作り上げている。

 街中にいたファンたちは事務所の近くにはほとんどおらず、やや離れた場所にあるグッズ売り場やライブ会場に集まっているようだった。



「終わったらあっちで目一杯楽しんでやるんだから……!」


『そういや連中、事務所に張り込んだりしないところを見ると民度が高いな。いや、サフィアのカリスマ性みたいなものなんだろうか』


「サフィア様が事務所に近づくのを禁止してるのよ。事務所が家みたいなこと言ってたし、オフの時間を邪魔されたくないんでしょうね。それに、ファンなら本人の意思を尊重するのは当然だから」


「それをしっかり守るファンも凄いね。1人くらいは変なのがいるもんだと思ってたけど……」


「あぁ、過去にいたらしいわよ。全部サフィア様が返り討ちにして、ファンの目の前で見せしめにしたとか何とか」


『それが一番の理由じゃないか……?』


「まあ、少なくともあたしたちみたいな魔女見習いの邪魔をするようなことにはならないってわけ。さ、行きましょ?」



 セリスはそう言って、事務所のドアに手を掛ける。

 そして、そのままドアを開けてセリスたちは事務所へと入った。



***



 ビルの中に入ると目の前には大きな階段と、入り口付近に受付のようなエリアがある。

 しかし、中には人の気配が一切ない。



「えーと、試験の受付は……」


「んー……? 受付みたいな場所はあるのに、ここに人がいないとファンの立ち入りを禁止してる意味がないじゃない。これってどういう……?」


『待て。階段の上から誰か来る』



 ノエルのその言葉に、セリスたちは少しだけ身構える。

 すると、階段の上の方からバタバタという足音と女性の声が聞こえてきた。



「マズいマズい! 受付の子いないからすっかり油断してたわ!」


「え…………?」


『この声は……!』



 声の主は階段の踊り場を華麗に回って降り、カールの入った長い蒼髪をなびかせる。

 紺色のスーツとスカートを着てきっちりとした見た目をしているものの、彼女から放たれるオーラを隠しきれていなかった。



「えーと……コホン。ようこそ、『ブルースフィア』へ。あたしはこの事務所の代表にしてセプタの大魔女。サフィアよ」


「(生サフィア様! 生サフィア様!?)」


「(姉ちゃん落ち着いて! ファンなのバレちゃうよ!)」


『あー、えっと……。アタシたちは魔女ライセンスの試験を受けに……というか受付に来ただけだったんだが……。まさか大魔女様が直々に来るとは思ってもみなかったぞ』


「あぁ、それには色々と事情が……ってそうじゃなくて。試験を受けに来たなら受験者本人から名前くらい教えてもらわないとね。使い魔に紹介させるなんて論外なんだから」



 その鋭い言葉にセリスは緊張を少しだけ取り戻す。

 そして、勇気を持って答えた。



「あ、あたしはセリス。今回の魔女見習い合格者です! こっちは付き添いで双子の弟のフィン。そしてこっちが……使い魔のクロです」


「使い魔は良いとして、付き添いは考慮してなかったわ……。まあ、2人とも子供だし面倒なことにはならないか……。分かったわ、セリス。あなたの受験をこのサフィアが認めてあげる」


『ファンかどうか、とか聞かなくても良いのか? 一応パンフレットには立ち入り禁止とか書いてあったが』


「聞かなくて良いに決まってるじゃない。ファンの立ち入りを完全に禁止しちゃったら、あたしのところに来た魔導士見習いたちの立ち入りも禁止することになっちゃうでしょ? あくまであの一文は厄介ファンへの牽制よ。あたしに会うためだけに魔導士見習いになったりされないようにね」


『なるほど、誰をも一目惚れさせられるという凄まじい自信……。そして、それに見合うほどのカリスマ性と美貌か……。良くここまで成長したもんだ……』


「……?」



 サフィアは不思議そうな顔をしつつ、セリスの前へと歩いてきて言った。



「まあ、とりあえず早速試験に移るわよ」


「は、はい……?」


「え? 確か、多忙だから時間のあるタイミングに予約しておくって……」


「それは古い情報よ、少年。そうね……少なくとも今は忙しくないから予定が空いていたって思ってくれれば良いわ。さあ、上の階にある会場に行くわよ」


『うーん……?』



 ノエルは怪訝な声を上げつつ、サフィアについていくセリスたちを追った。



***



「さて、早速だけど試験を始めるわ。と言っても、すぐに試験を受けるわけじゃなくて今回は説明会みたいなものだけどね。もちろん他言無用だから、それだけは守ってちょうだい」


「は、はい! それで……()()()というのは?」


「シンプルに言うと、あたしが出すお題をクリアすること。それがあたしの出す試験よ。そして今日はそのお題の発表と、その手順を説明するってわけ。だから、『説明』会」


『とりあえず、お題を聞こうか。話はそれからだ』


「聞き分けの良い使い魔は好きよ。あたしの出すお題はズバリ! 『()()()()()()()を持ってくること』!」



 セリスたちはそれを聞いた瞬間、聞き間違いかと思い、首を捻る。

 しかし、サフィアは再度同じ言葉を告げた。



「もう1回言うわよ。お題は『お金になる案件を持ってくること』。あたしをジャンジャン宣伝してくれるスポンサーでも、バリバリ売れるグッズ案でも、何でも良いの。あたしは今、とてつもなくお金に困ってるんだからー!!」


「え…………」


『は…………?』


「い、今なんて……?」


「あっ、しまった……。つい本音が……」



 セリスは頭の中のサフィアのイメージと目の前のサフィアの乖離に混乱して、動きを止める。

 明らかに困惑している様子を見せるセリスたちに、サフィアは言葉を続けた。



「まあ、そういう反応するのも無理はないわね……。外はあたしのファンたちでごった返してるってのに、どうしてお金を求める? どうしてお金に困ってるんだ? って顔してる」


『そ、そりゃそうだ。大陸一のスーパーアイドルなんだろう? それに大魔女でもある。加えて、グッズだって飛ぶように売れてるだろう。なのに、どうしてそんな人間が金に困ることがある?』


「少なくとも、その辺のお金はビルとかライブ会場とかの維持費に全部消えてるわ。それにほとんどのグッズはこの事務所公式のものじゃないから、利益なんてほぼゼロよ。それで急に手元にさらなる大金が必要になったとなれば、追加の案件を募集するしかないじゃない!」


「そういえば、このビル。人が全くいないのって……」


『なるほど、人件費を削ったか……。それにしても、急に大金が必要になったっていうのは変な話だ。ここまでの人気を誇るアイドルを自己プロデュースした手腕とカリスマ。それを踏まえた上でも大金が必要になる状況って一体……?』


「ま、まさかギャンブ──」



 そう言いかけたフィンをサフィアは冷たい瞳で突き刺す。

 フィンは言葉を収め、ノエルの後ろに下がった。



「あまり理由については詮索して欲しくないんだけど、流石に言葉選びには気をつけることね?」


『まあ、お前に限ってそんなことはないだろうしな。あとは他の可能性となると……』


「ちょっと? 話、聞いてたかしら……?」


『まさかとは思うが、()()に遭った……なんてことはないだろうし』


「へっ…………!? そ、そそ、そんなわけないじゃない……!」


「えっ?」


『おい、嘘だろ……?』



 ノエルの言葉に、サフィアは明らかに動揺している。

 その様子に流石のセリスも口を開いた。



「あのサフィア様が……詐欺に騙された……?」


「あ〜も〜! あたしのイメージが崩れるから、絶対にバレたくなかったのに〜!!」


『な、何やらかしてるんだお前〜!?』



***



 サフィアとセリスが落ち着くまで、それから数十分は経過した。

 それからセリスたちは、ことの経緯をサフィアの口から聞かされたのだった。



『へぇ……。借金詐欺とはねぇ……』


「多額の投資をする代わりに、その借金の返済額を不当に引き上げて返済直前に提示するタイプの借金詐欺だね。途中までは甘い蜜を吸わせておいて、儲かったタイミングで一気にお金を根こそぎ奪う。最近はそういう連中も少なからずいるみたい」


「国に助けてもらえないんですか?」


「簡単に助けを求められるなら困ってないわ……。もちろん、この大陸の法律なら詐欺を行った人間を捕まえさえすれば裁くことが可能よ。でも、裁くってことは公の場であたしが詐欺に騙されたっていう事実を公開することに他ならないの。そんな真似、簡単にできるわけないじゃない」


『でも、最近ライセンスの試験を受けにきた人は全員知ってるんじゃないのか?』


「さっきは期限が迫ってる焦りでつい口が滑っただけだもの。他の受験者たちはこの事実を知らずに案件探しをしてくれてるわ。職権濫用って言われても言い返せないけど、ファンのみんなの期待を裏切るよりマシよ」



 ノエルは尋ねた。



『少なくとも詐欺をしている連中をシメることくらい、お前なら簡単だろう? 詐欺を行ったことを反省させるくらいには追い詰められるんじゃないのか?』


「もちろんよ。でも多忙だった、って言い訳しかできないわ。多忙だったせいでシメに行く暇すらなかったし、多忙だったせいで連中の足取りもそもそも掴めていないんだもの。今から探すとしても、お金を置いておく場所の情報しかないし……まあ無理ね」


「サフィアさん、ちなみに返済期限は……?」


「今月末までよ」


「えーと、あと14日……? って、本当に時間がないじゃない!?」


「だから焦ってるんだってば! だから試験の受付も本当は昨日で閉めて、今日から受け取った案件に対応していくつもりだったんだけど……」



 サフィアは溜息をつく。



『どれも、そんなにお金になりそうな案件じゃなかったんだな?』


「ご明察よ……。もちろん再試験ってわけにもいかないから合格ってことにして帰したけどね。案件は持ってきたんだし、お題はクリアしてるもの。あと、案件として不十分なものを持ってきた人は流石に不合格にしてるわ」


『そんなので良いのか、魔導士ライセンスってのは……』


「そもそもあたしの試験は一番簡単にするよう言われてるの。あたしの試験がどれだけ緩くても、魔導士としての力が足りなければ他の大魔女の試験に引っかかるだけよ」


「少なくとも合理的ではあるけど、魔導士とこの試験内容が関係していない件についてはどう説明をしたんです? 疑問に思わないわけもないでしょうし」


「魔法とは直接関係なくても、いざ魔導士になった時に自分や他人を助けるために何が良いのか、何をすれば良いのかを考える。そんな力を見てるの。それに、金になる案件っていうのは他の人との関わりがあってこそだから、それなりに難易度は高いのよ?」



 セリスとフィンは半ば納得したようで、サフィアの話に頷いている。

 すると、ノエルはハッとして尋ねた。



『そういや、借金と言えば……。担保はどうしたんだ?』


「たんぽ……って何、フィン」


「借金をする時に、貸す側が『お金を返さないとこれがどうなっても良いんだな?』って借りる側に要求する保証みたいなものだよ。例えば家族を借金の保証人にしたり、金目のものを貸す側に預けておいたりとかね。金を返さざるを得ない状況を作るためのもの、って思えば良いよ」


「ありがと。解説助かるわ」


『お前が親とか姉を保証人にしているはずはない。となると、何かを預けていると考えるのが自然だ。でないと、お前がそんなに必死に借金の返済にこだわる意味もないからね。何を預けた?』


「えーと……その……」



 言いにくそうにしているサフィアの手を見て、セリスはハッとする。

 そして、そのまま気づいたことを口にしてしまった。



「もしかして……『蒼玉の涙(ティアサファイア)』……!?」


「うぐっ…………!?」


「それって確か、例の神器の指輪の名前じゃ……!?」


『ああっ、確かに指にはまってないじゃないか!?』


「そうよ……。あたしが担保にしたのは、命と同じくらい大事な神器の指輪。『蒼玉の涙(ティアサファイア)』よ!!」


『な、何をやらかしてるんだ、お前という奴は〜!?』



 ノエルの2度目の悲痛な叫びは、虚しく部屋の中で響くだけだった。

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