19頁目.従姉妹と薬と恩人と……
その日の夜。
セリスたちは街中を歩いていた。
しかし、散歩をしているような足取りではなく、トボトボと歩いている。
2人の顔は明らかに疲れているのだった。
「空いてる宿がどこにもない……」
「別にライブが開催される時期でもないはずなのに……」
『特別に人が集まる時期でもないのに宿が全部埋まってる、か。元々これくらいしか宿の部屋がない……ってわけでもないんだよな?』
「ええ、もちろん。いつもの賑わいと同じくらいだったし、部屋に余裕はあると思ってたんだけど……。宿の数も前と変わってないように見えるのに、どうして……」
「まあ、理由は何であれ宿が取れないことには変わりないんだ。今晩をどう過ごすか考えないと……」
そうやってセリスたちが街の中を歩いていると、2人の後ろから女性の声が響いた。
「フィンさーーーん!!」
「ん? 今、俺の名前を誰かが呼んだ気が……」
『アタシも聞こえた。後ろから聞こえたみたいだな』
「今の声、まさか……」
セリスたちが振り向くと、目の前に栗色の髪の毛があった。
その少女はセリスよりも背が低く、フリルがたくさんついたロングワンピースを着ている。
少女が顔を上げた瞬間、セリスの口から声が溢れた。
「げっ…………」
「あら、セリス。ご無沙汰です〜」
「ご無沙汰です〜、じゃないわよ。何であんたがここに……」
「あぁ、そういえばこの辺だったね。ルゥの薬屋って」
目の前にいる少女が2人の知り合いだと悟ったノエルは、驚かせまいと黙っている。
しかし、その直後に起きた出来事に、ノエルはつい声を出してしまった。
「そうですよ〜! フィンさーん!」
『なあっ……!?』
少女は街中にもかかわらず、人目も気にせずフィンに飛びついたのだった。
そして、そのままフィンを抱きしめている。
フィンは急の出来事に固まっているが、セリスがそれを止めた。
「離れな……さいっ!」
「あぁ〜……」
「ふ、ふぅ……。ビックリした……」
「残念……って、さっきセリスの方から知らない声が聞こえたような……。でも、フィン君たち2人しか見えないですし……?」
「そういえばさっきから黙ったままね。クロ、話しても大丈夫よ。この子が昼に言ってた、あたしたちの従姉妹だから」
『あぁ、そうだったか。そういうことなら、アタシも姿を現すかね』
突然浮かんだ黒い羽根ペンに少女は一瞬驚く。
しかし、すぐに適応したようでノエルに話しかけてきた。
「ウチはルナリーって言います〜。フィン君たちの従姉妹で、歳は1つ上で〜。気軽にルゥ、って呼んでくださいね〜」
『じゃあ、アタシも名乗っておこうかね。アタシの名前はクロ。セリスの使い魔……みたいなもんだ』
「なるほど〜、使い魔さんでしたか〜。クロさん、これからどうぞよしなに〜」
『よろしく。で、ルゥはフィンたちに何か用があったんじゃないのか?』
「あぁ、そうでした〜。2人とも宿を探されていますよね〜? もしお困りならウチの家に泊まって行かれません?」
『お、そいつは渡りに船ってやつだ。良かったじゃないか、セリス!』
「お断りさせてもらうわ」
セリスはルナリーの申し出を断ったのだった。
フィンとノエルは驚いてセリスの方を見る。
『え? 今、断ったか?』
「ええ、断ったわよ。きっぱりとね」
「何でだよ、姉ちゃん!?」
「泊まらせてやるって言って、変な条件付けるつもりでしょ? 昔からあんたはそういう女だったもの。その条件を聞くまでは断り続けるわよ」
「……チッ。あらぁ、バレちゃってましたか〜」
『(こいつ、小さく舌打ちしたか……?)』
可愛らしい見た目と、おっとりとした声色に反したルナリーの行動を見て見ぬふりしつつ、ノエルは尋ねた。
『で、その条件って?』
「まあ、簡単に言うと治験のお仕事と言いますかぁ……。要はウチが作った新薬の効果を人の体で臨床実験したいんですよ〜」
「やっぱりね……」
「俺は全然問題ないよ。ルゥの薬は良く効くし、薬屋で儲けられるくらいには薬師としての実力があるってことだからね」
「あんたねぇ……。村でこいつの薬の治験した時のこと覚えてないの? 飲んだ次の日、お腹壊したり謎の筋肉痛に襲われたりしてたじゃない」
『逆に副作用がその程度で済んで良かったかもしれないな……。下手したら毒になる恐れもある。それが薬ってもんだからね』
セリスはそれを聞いて、よりフィンに反対する。
「だったら余計にダメよ! フィンはルナリーのことを変に信用しちゃってるの。これだからフィンとこいつを会わせたくなかったのに……」
「でも治験の後で改良された薬は副作用がほとんど残っていなかったんだ。だからこそ、誰かが臨床する必要があると思うんだよ。それに、俺はルゥの腕を信用してる」
「フィン君……!」
『なるほど……。セリスはこういうことになるって分かっていたから、ルゥのことを頑なに敵視していたのか。アタシとしてはどっちでも良いが、宿が見つからないなら言葉に甘えてみても良いんじゃないのか?』
「うぅー……。あたしは魔女ライセンスの試験を受けに来ただけなのに……」
「あ、別にセリスは薬飲まなくて大丈夫ですよ〜。魔女ライセンスの試験のために来たってことくらい分かってますし、無理はさせませんから〜」
「はぁ……。そういう問題じゃないんだけど……」
セリスは目一杯悩み、やがてルナリーに手を差し出して言った。
「仕方ないわね。もしフィンに何かあったら絶対に許さないから」
「では交渉成立ですね〜」
ルナリーはセリスの手を優しく握り返した。
「では、ウチの薬屋へどうぞ〜」
「はぁ……。まさか試験を受ける前にこんなことになるなんて……」
「まあ、何かあっても薬屋だから解毒剤とかあるだろうし、いつも動物実験を終えた状態で治験させてくれていたから大丈夫だと思うよ」
『その辺りはちゃんとした薬師のようだ。ま、どんな人柄か分かっていない以上はアタシも口出ししないでおくよ。これはお前たちの旅なんだし』
「あぁ、そういうことでしたら今から夕食ですし、食事中にでもお互いの情報交換でもしましょうか〜。あ、もちろん食事はウチが作りますから〜」
「そういえば夕飯まだだったわね。まあ、ルナリーの作る料理はどれも美味しいから、それを食べられると思えば役得かしら」
それを聞いて、ノエルは思った。
『(なるほど。セリスはルゥをただ敵視しているんじゃない。フィンのことを思って行動しているだけで、2人の関係性はいわゆる腐れ縁……ってところか。少し警戒していたが、思っていたよりは普通に接して良さそうだな)』
***
食事をしながら、セリスたちはノエルのことを隠した状態で魔女ライセンスの試験と『クロ』についての話をした。
ルナリーは頷きながら楽しそうに話を聞いている。
そして、セリスたちがやがて話し終えると、ルナリー自身の話に移った。
「基本的にはクロさんへの自己紹介を兼ねた自分語りになりますが、フィン君たちも何か質問などあれば自由にどうぞ〜」
『よろしく頼む。アタシが知っているのはお前がセリスたちの従姉妹で、ソワレ村の村長候補だったって話。あとは優秀な薬師だってことくらいだ』
「なるほどなるほど〜。でしたら、ウチがどうして薬師になったのか、という話から始めますか〜。端的に言えば、フィン君のためですね〜」
『へえ、フィンのため……って、え?』
「厳密に言えば、フィン君の右腕の呪いを完全に治せる薬を作ること。それがウチの最終目標なんです〜。薬屋を開いたのもその研究の場所や材料の確保、そして知見を広げるためなんですよ〜」
『なんと……。どうしてフィンのためにそこまで?』
すると、ルナリーはきょとんとした顔で、それでいて真面目な口調で答えた。
「だって、ウチはフィン君を愛していますから」
「ちょっ、ルゥ!?」
「ちなみに誤解のないように言っておくけど、ルナリーがフィンを好きって話はフィンも知ってるわ。だけどフィンは返事を一度もしてないのよ。要はこの女の一方的な片思いってわけ」
『フィンは幸せ者だねぇ。ここまで尽くしてくれる女は滅多にいないぞ? だが、どうして返事をしないんだ?』
「簡単に返事できることじゃないからだよ。すぐに返事できないからって断るわけにもいかない。もし断ったりなんてしたら傷つくのはルゥだからね。だから、少なくとも結婚できる年齢になるまでは悩みたいんだ」
「ってわけ。フィンもフィンでこんなだから、いつまでも変に縁が続いてるのよ」
ノエルは尋ねる。
『ルゥはそれで良いのか?』
「大丈夫ですよ〜。ウチはいつまでも返事をお待ちしてますから〜。あぁ、それとついでに言っておくと、フィン君にフラれたとしてもウチはフィン君のために薬を作り続けますので〜。好き嫌い以前に、ウチはフィン君に命を救われた恩がありますし〜」
『フィンがルゥの命の恩人? どういうことだ?』
「セリス、あの話をしても良いですか? クロさんに聞かれたくないなら話しませんが……」
「問題ないわ。むしろこのタイミングで話すのがちょうど良いくらいよ」
『ほう……?』
すると、ルナリーは席を立ち、背後にあった戸棚から紙切れのようなものを持ってきた。
ノエルにはそれが花が押された栞であることが分かった。
「この花はフィン君がウチのために……ウチの病気を治すために命懸けで採ってきてくれた花なんです。ウチはこの花のおかげで命を救われたんですが、その代わりにフィン君が……」
ルナリーは言葉に詰まる。
それを見かねたセリスは続きを話し始めた。
「実はフィンの右腕が呪われた場所こそ、その花が咲いていた洞窟の中だったの。元々は魔物が住んでいた洞窟だったんだけど、当時の討伐隊の人たちが魔物を一掃した後だったから安全だと思って、あたしとフィンがその花を採りに行ったってわけ」
「そして花を摘んだ帰り道、俺たちは魔物の子供に出くわした。だけど、小さい姿につい油断しちゃってね。その魔物に飛び掛かられた俺は右腕を噛まれて、そして呪われてしまったんだ」
『なるほどな……。そりゃ、辛い話をさせちまった。って、それならセリスもルゥの命の恩人ってことにならないか?』
「まだ少しだけ話が続くのよ。ルナリー、続きを聞かせてあげて」
「腕を呪われた後、フィン君は痛みに耐えながら村に帰ってきました。でも、彼が向かったのは医者のところでも自分の家でもなく、ウチの家だったんです。そして、花をウチの目の前まで持ってきた瞬間、フィン君はそのまま倒れてしまいました……」
「あたしはもちろん止めようとしたんだけど、頑なにルナリーの家に行く足を止めなかったのよ。だから、あたしはフィンが心配でルナリーの家まで行っただけなの」
「あの時は無我夢中だったというか……。幼いながらに無茶をしたって、今になって思うよ。もちろん後悔はしてないけどね」
ノエルはしばらく止まって黙っていたが、やがて話し始めた。
『それなら確かに、フィンこそがルゥの命の恩人だな』
「はい〜! その日からウチの人生はフィン君のためだけにあるんです〜。きっと、いつか、ウチはウチの薬の力でフィン君の右腕を治すって、そう誓ってウチは薬師になったんですよ〜」
『セリスと同じ目的のため、別の手段でフィンの助けになれる人物。それがルゥってわけだ。薬も魔法と関係がないわけじゃないし、セリスももう少し仲良くしたらどうだ? というか、どうしてセリスはそんなにルゥを敵視してるんだ?』
「敵視っていうか、警戒してるだけよ。ルナリーはその日から色んな薬を完成させてはフィンに飲ませ続けてるの。関係ないと思っちゃうような薬でも作っては飲ませて、何度体調を崩させたことか……。それに、フィンも何度痛い目を見ても薬を飲み続けるし……困ったものよ」
「ちゃんと無毒な薬っていうのは証明した上で飲ませていますし、体調が崩れたのも薬の勉強を始めた初期の初期じゃないですか〜。ウチはセリスのことを同志だと思っていますし、警戒しないで欲しいんですけどね〜」
『そういうことだったか。じゃあ、アタシが言うことはただ1つだな。フィン、色んな意味で頑張れよ!』
そう言って、ノエルはセリスのカバンの中に入る。
セリスは溜息をついて、穏やかな表情でルナリーに言った。
「じゃ、今日はこの辺にして続きはまた明日。さて、久しぶりにあたしが背中を流してあげるわよ、ルナリー」
「えー、せっかくならフィン君も交えて〜」
「そ、そういうのはまだ早いよ!」
「ダメに決まってるでしょうが! って、ん? 『まだ』?」
「あっ……そ、そういう意味じゃなくて……。あぁ、もう、俺は先に寝る!」
「…………あら〜」
残念そうな表情で、ルナリーはフィンの背中を見送る。
セリスはその表情に隠された顔色に気づき、深い溜息をつくのだった。
***
その日、別々の部屋で寝たセリスたちは、本来の目的であるセプタの試験……大魔女・サフィアの試験を受けるべく、それぞれ英気を養うのであった。




