2頁目.ルールと出口と交渉と……
セリスは胸を張って「決まった!」という表情をしている。
それを見て、フィン、クロ、イースは黙りこけていた。
「……どうして黙ってるのよ」
「何も自慢げに言うような内容じゃないだろ。結局、姉ちゃんはただの村娘なんだし」
「魔女見習いを目指してる、ってのが大事なんでしょ!」
「魔女見習いになるための勉強が苦手で、こんなとこまで逃げてきたのは誰だっけ? 全く……15歳になるまで、あと3年しかないってのに」
「うっ……。明日は大人しく勉強するから、それ以上は言わないで……」
「で……俺はさておき、どうしてクロとイースも黙ってるんだ?」
2つの羽根ペンはお互い見合った後、クロの方が2人に尋ねた。
『えーと……。魔女見習いって……なんだ?』
「えっ?」
『こんな泉の中じゃ、外の情報も入ってこないもんでね』
「あ、あぁ、なるほど……。じゃあ、そうだな……魔女は知ってる?」
『もちろんです。だって──』
イースがそう言いかけたのをクロがぶつかって静止する。
『待て、聞きたいのはそんなことじゃない。魔女見習いってのが未熟な魔女だってのは、言葉だけで何となく分かる。だが、魔女ってのは生まれた時から魔女だろう? 魔力を持ってる女は誰しも魔女だ』
「はあ? 何言ってるの? 魔女も魔法使いも問わず、魔導士のライセンスを持たない限りは魔導士になれないのよ? そういうルールだから、こうして勉強……からは逃げてるんだったわね、あたし……」
『ライセンス……? ルール……? 聞きなれない単語だが……。とはいえ、聞く限りだと、アタシが知ってる世界からかなり変わっているみたいだな』
次はセリスとフィンが顔を見合わせる。
フィンはクロに言った。
「ライセンスってのは魔導士になるための資格のことだよ。ルールってのは……そう、決まりのこと。確かにこのルールとかこういった言葉は、魔法暦200年の頃にできたものらしいけど……。今は魔法暦247年だから……それでも40年以上昔だよ?」
『なるほど、そういう意味の言葉だったのか。って、その魔法暦って言葉も知らないんだが』
『40年以上前が魔法暦200年ということは……。もしかして、原初の魔女・ファーリが生まれた年が魔法暦の元年なのでは? あくまでボクの体感時間にはなりますが』
「その通りよ。って、魔法暦が使われるようになったのも、かなり昔のことだったと思うんだけど……。それくらいならあたしも知ってるし、有名な話……よね?」
「うん、それがちょうど魔法暦200年の時だよ。魔法文化が大陸中に十分に根付いたことと、ファーリ……魔法が生まれて200年を記念して、これまでなかった歴史の数え方を魔法基準にしたんだ」
『つまりアタシは……魔法暦187年に死んだってわけか』
セリスとフィンはその言葉に驚き、クロに尋ねる。
「ええっ!? 死んだってどういうこと!?」
「じゃ、じゃあ、この羽根ペンで喋ってるのは一体……?」
『しまった、余計なこと言っちまった……。まあ、ここまで来てしまった時点で今さらか。うーん、そうだな……。アタシたちは言うなればゴーレムみたいな人形だ。元人間の、な』
「元……人間……? ねえ、フィン……。ちょっと、ヤバい場所に来ちゃったんじゃ……」
「元は人間で、死んで羽根ペンに……。そうか、そういう魔法なんだな。ってことは、死ぬ前は凄い魔女だったとか?」
『おや、まさかこんな与太話みたいな話を信じる奴がいるなんてね。ただ、アタシは……』
クロはしばらく黙り込み、それから言葉を続けた。
『アタシは凄くも何ともない、無名の魔女さ。そういうことにしておいてくれ』
『ところで交渉のこと、忘れていませんか?』
「あ、そうだった。まあ、情報の擦り合わせも大事だからね」
「うーん、まあいっか。じゃ、フィン。よろしく」
「任された。でもちゃんと話は聞いててね?」
「善処するわ」
そう言って、セリスは部屋の隅の埃を払ってちょこんと座った。
『じゃあ、まず最初に。アタシたちはこの場所を本来、誰にも知られるはずがなかった。だが……何の事故か、お前たちが来てしまった。つまり、アタシたち側としてはこの場所を誰にも言わないように、お前たちを口止めする必要があるってわけだ』
「でも、魔女なら実力行使もできたはずだよね? なのに、わざわざ交渉するのはどうして?」
『確かに魔法が使えたなら、この場所に入られた時点でお前たちを殺していただろうね。それほど、この場所は知られちゃいけないんだ。だが、アタシはもう魔法が使えない。アタシたちとしては交渉するしかないってわけさ』
「分かった。それで、俺たちはどういう条件で口止めされるんだ? とはいえ、条件なんてなくても、出口教えてもらうついでに誰にも言うなって言われたなら、別に誰かに言うつもりはなかったんだけど……。だよね、姉ちゃん?」
「ま、まあね……」
「姉ちゃん、目が泳いでるよ……。まあ、そんなところだと思ってた。クロ、口止めの交渉するのは正解だったね。姉ちゃん、夕食の時とかにポロッと言っちゃいそうだ」
クロは苦笑いをして言った。
『そ、そこまでは考えてなかったんだけどねぇ。でも、口止めをするためにお前たちに良い条件を与えたいってのは間違いないよ。だが、この身体でできることは少ない。だから、その条件はお前たちに考えてもらった方が良いかもしれないね』
「俺たちがこの場所のことを絶対に口止めできるようなメリットか……。姉ちゃんは何か欲しいものとかある? 俺はあんまりそういうのなくて……」
「そんなの当然、魔女のライセンスに決まってるでしょ! それさえあれば村長なんて面倒な役職、あたしが継がなくても良いんだし!」
「姉ちゃんにはプライドってのがないの? 自分の実力で取らなきゃライセンスの意味がないだろ」
「あんたに聞かれたから、ただ欲しいものを言っただけじゃない。誰も今このタイミングでもらえるなんて思ってないわよ」
「それなら良いんだけど」
イースは浮きながら斜めに傾く。
『うーん、聞き慣れない言葉が多いですね……。ボク、交渉とは別に情報取集がしたくなってきました』
『それこそ、この2人に頼めば良いさ。この場所に入る手段をこいつらだけが持ってるんなら、自由に出入りさせても問題ないだろう? 現にこの50年くらい、この場所に入って来たのは動物1匹たりともいなかった』
『それだけで判断するのはやや危険な気がしますが……。まあ、情報が少しでも集まったら2人の出入りをやめさせれば良いだけでしょう。この2人は素直な子供という印象を受けましたし。ですが、それに見合った条件となると……』
『うーむ……』
すると、その話を聞いていたフィンがクロに尋ねる。
「それなんだけど……。クロって、人間だった時は魔女だったんだよね?」
『うん? あぁ、そうだとも。魔法の知識なら誰にも負けない自信がある。50年以上前のものにはなるけどね』
「じゃあ、姉ちゃんに魔法……教えてやってくれないかな」
「ちょ、ちょっとフィン!? あんた、何考えてるのよ!」
「姉ちゃんは机に向かって勉強するのが苦手なだけで、実践するタイプの勉強だったら楽しそうにやってるだろ。それなら、クロに魔法見てもらった方が魔女になれる可能性がずっと高い」
「それはそうかもしれないけど……。そ、そうよ! クロはこの場所とか自分のこととかバレたくないんでしょ? だったら、あたしに魔法を教えるなんてリスキーなことするわけないじゃない!」
クロは少し考えて、セリスに言った。
『リスキーって言葉は分からないが、アタシがセリスに魔法を教えることがアタシたちの不利益になるんじゃないかって心配してくれてるのは分かる。だが……なるほど、魔法を教えてくれときたか……』
『良いじゃないですか。その条件なら、口止めをするに値するとボクは思ったんですが』
『まあ、魔法を教えること自体はアタシたちにとって何の不利益もない。だが、お前たちはどうなんだ? 外から帰ってきた娘がいつの間にか本に載っていない魔法を覚えていた、なんてことになったらバレないか?』
「それは問題ないよ。ウチの村の人たちは誰も魔法に精通していない。それに、50年も昔の魔法ならどんな教科書にでも載ってるだろうしね。その辺りの正しい情報は今後擦り合わせれば良いと思う」
『なるほど、フィンは賢い。ボクも何かフィンに教えられることがあったら、情報交換ついでに教えてあげられるんでしょうが……』
「んー、それなら昔の文化とか情勢とか、そういうのが気になるかも。俺、発明家を目指してるんだけど、どうにもアイデア……えーと、着想が浮かばなくて。だから、知らないことをたくさん知りたいんだ」
『おお、それでしたら喜んで。ということは……これで交渉成立、でしょうか』
フィンとクロは頷く。
『アタシたちの要求は、この場所・アタシたちの存在・アタシたちが教えることを誰にも言わないこと。そして、今の世の中の言葉とか情勢のこととか、そういった情報を持って来て教えてもらうこと』
「俺たちの要求は、クロが姉ちゃんに魔法を教えることと、イースが俺に過去の情報を教えること。そして、双方の要求を達成するために、この場所に好きに出入りして良いかどうかの許可をもらうことだね。もちろん、出口も教えてもらわなきゃだ」
「ちょっと、あたしは魔法を教わりたいなんて言った覚えは……」
「……姉ちゃん」
「何よ、フィン。急に真剣な顔しちゃって」
「これが、魔女のライセンスを取るための最後のチャンスかもしれないよ。これまでの姉ちゃんの運の良さを考えると、そう思わざるを得ない」
セリスはその言葉にたじろぐ。
クロは斜めに傾く。
『セリスの運が良い……? それがこの話とどう関係があるんだ?』
「あぁ、姉ちゃんの周りはなぜかは分からないけど、姉ちゃんに都合が良いことが起きることがよくあるんだ。勝負事なら、どんなに不利な試合でも相手の不調で不戦勝とか。日常的なことなら、買い物でお金が足りないことに気づいた瞬間にその商品が半額になったり」
『うーん……? それってまさか、運が良いんじゃなくて……。いや、その可能性は流石にないか……?』
「で、姉ちゃん。どうするの? 別に、嫌なら交渉の台に乗るのは俺だけで良いんだけど」
「はぁ……分かったわよ。勉強から逃げたくなったらここに来るわ。机に向かうより、他人から魔法を教わる方がずっと楽しそうだし」
「そうこなくっちゃ! じゃあ、交渉成立だね。これからよろしく、クロ、イース」
そう言って、フィンは手を差し出す。
クロとイースはその手の方に飛んでいき、羽根の方を触れさせた。
「ほら、姉ちゃんも」
「分かってる。はい、これからよろしくね」
『こちらこそ。だが、本当に気を抜いている時は気をつけろよ? 口止めしたとはいえ、注意しなくて良いってわけじゃないからな』
「……気をつけるわ。って言っても、ウチの村で魔法についての知識があるのは村長の家系のあたしたちの家だけだから、そこでさえ気を張っていれば大丈夫……のはずよ」
『そういえばさっきも村長がどうとか言ってたな。由緒正しい魔法一家なのか? もしかしてフィンも魔法を?』
「いや、俺は……魔法なんて使えないよ。有名な魔女の家系らしいから魔力は確かに持ってるんだけどね」
そう言って、フィンは右腕を押さえる。
セリスはフィンから目を逸らし、それを見たイースは少し黙ってから言った。
『と、とりあえず……今日はお開きにしませんか? ほら、出口を教えてるうちにもう夕暮れになってしまいます』
『確かに、そういや外は森だったっけ。日が落ちたら帰れなくなっちまうだろう』
「そうだった! あたしたち、ここから帰らなきゃなんだった!」
「忘れてたのは呑気と言うべきか、いつも通りと言うべきか……。今日は帰り道もちゃんと覚えとかないとね。またここに来られるか、確証はないけど」
『できることなら来ないでもらうに越したことはないんだが、一応次来る時を楽しみに待っているよ。あと出口についてだが、アタシたちはここから出られないから、出口の前までは案内してやる』
「分かった」
「助かるわ!」
クロとイース。
2本の羽根ペンに導かれ、セリスとフィンの2人はどうにか泉の外に出ることができた。
そしてセリスの運が良かったのか、2人は森を歩いているうちにどうにか帰路に着くことができたのだった。