欠章1.始まりの記憶
これはどの記録にも誰の記憶にも残っていない物語。
そして、魂の欠片としてこの世に残り続けている、誰かの記憶の残滓──。
***
とある国のとある森の中。
私は人里から離れた場所へとやってきた。
「ふう……」
普段は魔物の討伐を生業としている私だが、街中にいると変な目で見られる。
恐らくはこの服装のせいなのだろうと思いつつも、生計を立てるのに精一杯で服を買うお金がない。
そんな毎日続きで、私は人目につかない場所で休むのが習慣になっていた。
「本当に何をやってるんだ、私は……」
そう呟いていると、前の方から誰かの声が聞こえた。
それは女の子の声で、誰かと話しているように聞こえる。
覗いてみると、目の前には6歳ほどの金髪の少女が座り込んで話している。
だが、周りには誰もいない。
声を掛けると不審に思われると思い、私は黙って様子を見ることにした。
「あら、光の精霊さん。今日は何だか楽しそう。何かあったの?」
少女がそう言うと、少女の周りがちかちかと光った。
「ふふ、そうだったの。光の精霊さんが楽しそうで良かったわ」
私にはその光の精霊さん、という存在が確かに見えていないが、一瞬だけ声に呼応するような光は見えた。
色々と考えていると、突然少女の周りの草むらが燃え始めた。
「ちょっと、火の精霊さん!」
少女が怒ると、近くにあった池の水が突然浮かび上がり、燃え盛る草むらを鎮火した。
すると、次は風が吹き荒れ、どこからか土煙も発生し始めた。
「はぁ……。光の精霊さん、お願いね」
少女が溜息をついたかと思った瞬間、私は先ほどの光と同じような暖かな光が空から降り注ぐのを見た。
そして光が止むと、風も土煙も止まったのだった。
「いつもなら、闇の精霊さんが悪戯してるけど、今日はみんなどうしたの?」
私は「もしや」と思い、どこからともなく眼鏡を取り出してそれを掛ける。
この眼鏡には不思議な力があって、普通は見えないものが見えるのだ。
「(やっぱりそうだ。あの子は……)」
彼女の近くには赤、青、緑、黄など様々な色の光が集まっている。
私はそれが何なのか分かった。
それに気づいた私は、一歩前へと進むことにした。
「あぁ、光の精霊さんだけずるいって? 大丈夫、私はずっとあなたたちと一緒よ。だから、あなたたちも私とずっと一緒にいてね?」
「その子たちはお友達かい?」
「だ、誰!?」
明らかに怯えられている。
街中で変な目で見られる時点で何となく分かってはいたが、実際に恐怖を露わにされると胸が痛む。
「えーと、私は通りすがりだったんだけど、声が聞こえたものだから……」
「精霊さんたち、この人知ってる? え、顔が見えないから分からない……?」
「あ、そうだった」
私は頭から被っていた黒いローブのフードを脱いだ。
「これでどうかな?」
「……それでも知らないって。でもお姉さん、この子たちのこと見えてるの?」
「あぁ、見えてるよ。君ほどはっきりとは見えていないと思うけど」
「ふーん。じゃあ、お姉さんも今日から私たちの友達ってことにするわ!」
「良いよ。今日から私は君の友達になってあげよう。その代わり、だ」
「その代わり?」
私はなぜだか、そう言わなければならない気がして、思うままに口を動かした。
「私の弟子になって欲しい」
「でし?」
「要は私が先生ってこと。君のお友達がさっきみたいに暴れたら大変だろう? もっと仲良くなれるための方法を教えてあげるよ」
「精霊さんたちともっと仲良く……」
「心配しないで良い。お姉さんは経験が豊富だからね。その子たちのことも良く知ってる」
「分かった! お姉さんは今日から私の先生……いえ、師匠!」
師匠、と言う言葉がなぜか無性に胸に沁みる。
私はその気持ちを胸に収めて、少女に尋ねた。
「そういえば、君の名前を聞いていなかった」
「先に師匠から教えて? 精霊さんたちにも覚えてもらわなくちゃ!」
「名前を聞くならまずは自分から、か。そうだね……」
私は少し考え、答えた。
「私に名乗れるほどの名前はないんだけど……。敢えて付けるとすれば、ケルビム。黒の魔女・ケルビムだよ」
「まじょ……?」
「今は気にしなくて良い。いずれ分かるから。さあ、次は君の番だ」
「うん!」
少女は周りに虹色の光を集め、言った。
「私の名前はファーリ! 精霊さんたちもほら、挨拶して!」
彼女がそう言うと、少女を囲むように様々な色の光が煌めく。
この時の光の煌めきを見て、私は心の底からこう感じた。
なんておぞましい光景なんだろう、と──。
次回は本編を来週投稿します!




