17頁目.結界と虹と応援と……
セリスは目を輝かせながら手に持った雑誌をノエルに見せつける。
そしてセリスはその勢いで魔法の詠唱のような言葉を早口で話し始めるが、ノエルは羽根を傾げたまま固まって聞いていたのだった。
「──ってわけなの! それで──」
「姉ちゃん、ストップ。ノエル、ほとんど話についていけてないから」
「え、そうだったの!?」
『途中から知らない言葉の羅列ばかりで、同じ言語とは思えないくらいには理解できた』
「理解できたなら良か……って、それだと何も分かってないじゃない!」
『全く、セリスは大魔女のことになると話が止まらないのは知っていたが、まさかサフィアの話でここまで暴走するオタクだったとは……。まるで魔法について話す時のルフールだ』
それを聞いていたルフールは咳払いをして言った。
「お前の息子トークと似たようなもんだ。ここまで早口ではないにしても、そうやって好きなものについて話す姿にはワタシも見覚えがある」
「あぁ、ちょっと分かるかも。姉ちゃんの話ほどじゃないにしても、ノエルがイースについて話す時は時間忘れて止まらないもんね」
『そ、そんなことはないと思うんだが……』
「なんかナチュラルにあたしの話が長いとか早口とか言われてる気がするんだけど……」
『ま、それだけサフィアのことが好きなのは分かった。だが、スーパーアイドルとして大陸中の人に愛される存在、か……。そこまで有名になったんだなという親心と、アタシの知らない魔女になっていたらどうしようという不安の2つがせめぎ合い始めてしまったよ』
「なに、気にすることはない。今もサフィアはノエルが知っているままの彼女だよ。人間としてはもちろん成長しているが、根っこは変わっちゃいない。半年に一度会っているワタシが言うんだ」
『今はその言葉を信じるしかないか……。じゃあ、次はサフィアのところに行く…………とはならないな。そもそも、マリンの方が忙しくないって話からここまで逸れたんだ』
セリスはハッとして肩を落とす。
フィンはルフールに尋ねた。
「ルフールさん視点だとどっちが良さそうとかあります? 忙しさだけで判断するのもあまり良くないですし」
「どっちも大魔女としての仕事と自分の仕事を両立している立場だ。忙しさにそこまでの差はないとワタシは思っているよ。むしろ、今のセリスがどっちの試験をクリアして大魔女と会えるかを考えた方が良い。まあ、試験の内容はワタシでも知らないんだがね」
『結局、情報がないんじゃどっちでも良いって話にならないか?』
「そういうことさ。ワタシみたいに魔法を見せるだけで良いならまだしも、あの2人の多忙さだとそういうわけにもいかない。未知なる試験ならどっちから行っても同じだろう? じゃあ、そこから先は旅をする当人たちで決めた方が良い」
『じゃあ……仕方ない。サフィアの方に行くか』
「……えっ、良いの!?」
セリスは雑誌をカバンにしまいながら驚いた。
『あくまで魔女見習いとして試験を受けに行くんだ。アイドルのファンとしてじゃないってことは、ちゃんと頭の片隅に残しておけよ?』
「うん、もちろん! やったぁ!」
「……大丈夫かなあ」
「まあ、お前の姉のことだ。なるようになるんだろう?」
「あれは姉ちゃんが勝手に言ってるだけですよ。これまでなるようになってきたのは、結局のところ姉ちゃん自身の努力の結果ですから。それに、運が良いってだけで済ませられるほど、俺は運命っていうのを信じてないんです」
「なるほど、そうだったか……。ま、他に信じられるものがあるならそれで良いさ……ってあぁ、そうだった。フィンと話して、お前たちに聞きたいことがあったのを思い出した。空間の大魔女として、絶対に聞いておかなければならないことだ」
セリスは喜ぶのを止め、首を傾げる。
「聞きたいこと、ですか?」
「ノエル、お前がワタシの記憶の世界でお前たちについての経緯を説明した時、ある一点についての説明を省いた。それはお前自身が知らなかったのか、ワタシに聞かせたくなかったのか、少なくともワタシは気になってしょうがなかった。それは……泉の結界についてだよ」
『あぁ、それは意図して聞かせなかった内容だ。それはセリスたちとも共有していなかった話……というかあくまでアタシの推論だけどね。ルフールに話す内容は2人が知っている情報に留めておかないと、話のズレが起きる可能性があったからあえて黙っていた』
「泉の結界について……? もしかして、あの結界ってルフール様が作ったんですか?」
「いや……あれは大魔女全員で作った特級空間魔法だ。あくまでワタシはみんなが作った術式を魔導書にまとめただけさ。それに、あの魔法の発動者はノエルだから……ワタシの魔法と言うべきではないな」
『あんな規模の結界を作る空間魔法を魔導書にまとめられるって時点でお前の魔法だよ。魔導士は魔導書に魔法を書き込む時に一番魔力を消費するんだし、魔力構成もほとんどお前のものじゃないか。それに、魔導書の魔法を発動する人間は周囲の自然魔力を使うだけだからただの代理者に過ぎない』
ルフールは目を伏せて自嘲気味に笑う。
そして、話を続けた。
「あの結界がワタシの魔法だったとすればなおのこと、お前たちに聞かねばならない。ワタシの魔女人生の全てをかけたつもりの自慢の結界をどうやって破ったのか、だよ」
「それは大災司のディーザが……」
「ディーザってのは結界を完全に壊してしまった奴だろう? ワタシが聞きたいのは、お前たち2人の結界への侵入の件だよ。あの結界は外部から生物が入ってくるのを完全に防ぐ結界だった。ノエルが発動した後、ワタシは穴がないかも徹底的に調べた上で完璧な空間魔法を作った自負を持ったくらいだ」
『なのに50と数年経った頃、お前たちが急にやってきた。基本的に空間魔法で作った結界は劣化しない。壊されることはあれど、時間の経過で破れたりはしないんだ。特にあの結界に関しては中にあったアタシの魂核が発動しているから、ルフールが死んでも絶対に破れるはずがなかった』
「さっきの言い方だと、ノエルは答えが分かってるのよね。そして、今それを隠す気がないってことはあたしたちにもその答えは導けるはず……。そうよね?」
『その通りだ。今のお前たちならヒントを結びつけられるはずだ』
セリスとフィンは首を捻って考える。
すると、セリスはハッとして、過去にノエルが言ったとある言葉を呟いた。
「呪いには特殊魔法が効かず、特殊魔法の効果を打ち消す能力がある……」
「姉ちゃん、それって……。まさか……」
『…………』
「否定しないということは、それが正解……ということで良いんだな? まあ、それなら納得できてしまうが……」
「俺の右腕……『黒の呪い』のせい……だったんだ。つまり、全部……全部俺の……!」
「違うわよ!!」
フィンは驚いてセリスの方へ振り返る。
セリスの顔は怒っているようで、泣いているようで、それでも確かにフィンの目を真っ直ぐ見ていた。
「フィンがその呪いを受けたのは、あの時の弱かったあたしのせい。あの日、泉に行ったのも勉強から逃げた弱いあたしのせい。泉から出てからノエルのところに通ったのも、あたしが弱かったせい。フィンは……フィンは何も悪くないじゃない……!」
「姉ちゃん……」
「水を差すようで悪いが、ノエルにしては脇が甘かったな。そんなこと、フィンの右腕のことを知った時点で分かっていただろうに。お前が気づいた時に話していれば、こんなことにはならなかったんじゃないのか?」
「えっ……?」
『あぁ、もちろんその通りだとも。一番悪いのは、全てを知っていて油断していたこのアタシ。そもそもの時点で2人を責めるつもりは全くない。むしろ、あのディーザこそがアタシにとって一番憎むべき相手だよ』
「そんなのって……!」
ノエルは言葉を続ける。
『良いか? アタシの視点になって考えてみてくれよ。急に来訪者がやってきて、それはアタシたちの弟子になった。それは2人しか通れない結界の中の物語だ。そんな平和そのものの物語の中に、闇の教団とかいう部外者が入ってきた。そんなこと想像できると思うか?』
「それは確かにそうだけど……。うーん、まだ納得できないわ」
『じゃあ、話を置き換えようか。お前が大事にしているサフィアの雑誌を、お前の目の前でカバンから盗まれた。その雑誌がお前のカバンの中に入っていると知っている人間は1人しかいないが、盗んだのはそいつではなかった。つまり犯人に情報を教えていたんだ。だとすると、悪いのは誰だ?』
「そりゃもちろん盗んだ犯人……いや、犯人に情報を教えていた人物も悪いに決まってるじゃない。絶対に許さないわ」
「油断していた姉ちゃんも悪いと思うけどね……って、なるほど。俺は納得できた」
『つまり、そういうことだ。この件について、誰が一番悪いかを決めるのはそれぞれで良いのさ。アタシは、アタシとディーザが悪いと思っている。セリスが自分こそ悪いと思うんならアタシは否定しないとも。さっきも言った通り、別に恨みはしないから』
「うーん……うーん…………」
セリスはまだ納得しきっていない様子だが、次第に落ち着きを取り戻していく。
「はぁ……。まあ、そういうことにしといてあげるわ。険悪なまま旅をするわけにもいかないしね」
「何にしても、だ。結論としては、ワタシの作った泉の結界を突破したのはフィンの呪いの力だった。その事実は変わらない。偶然にしても、連中の呪いの力でこう易々と突破されてしまうなんてね……」
『そもそもあの結界はあくまで場所を秘匿する目的で作ったものであって、災司からの守りを固めるために作ったわけじゃない。場所さえバレなければ完璧な結界だったさ。アタシたちの運が悪かっただけだ』
「気休めどうも。ワタシが聞きたいことはこれで十分だ。まあ、次の目的地が決まったならもう足止めしておくのも悪いし……」
そう言って、ルフールは荷物をまとめ始める。
「せいぜいワタシにできるのは見送りと応援くらいだ。お前たちが目的を遂げられるよう、陰ながら応援しているよ。特にセリス」
「え、あたし?」
「お前がちゃんと魔女見習いから魔女になれないとワタシが教えた魔法が無駄になるだろう? そしてお前が魔女になった先にある、お前自身の目的を果たせること。それこそ、ワタシの空間魔法の師匠としての本望だ。もちろんノエルもそうだろう」
『無論だ。それはちゃんとアタシがお前の分まで見守っておく。まあ、目的を果たせたかどうかはセリスたち自身の口から聞いてもらうとするかね』
「おい、ノエル。その言い方、お前の目的は……」
『さて、善は急げだ。大魔女様に見送ってもらおうじゃないか。目指すは西の国・セプタだ!』
「……あぁ、分かった。友と弟子の門出だからね。駅まで見送るとも」
***
セリスたちはセプタ行き魔導列車のホームまでやってきた。
「あと数分で列車が来るはずだ。3人の健闘を祈ってるよ」
『世話になったな、ルフール』
「ワタシはただ大魔女としての仕事をしたまでだ。礼を言われる筋合いはない」
「いえいえ、あたしの修行に付き合ってくれたことには感謝してますよ! ルフール様から直々に魔法を教われる日が来るなんて、夢にも思っていませんでしたから!」
「そう言ってもらえるのはありがたいね。最近になって試験を受けにくる魔導士が増えているとはいえ、こうしてセリスを鍛えられる時間があるくらいには暇なんだ。それに、空間魔法を得意とする魔導士は未だに数が少ない。ワタシも久しぶりに楽しめたよ」
すると、フィンが尋ねる。
「そういえば、魔鉱の採掘場はこれからどうなるんです? デストラのせいでめちゃくちゃになったんですよね?」
「なに、すぐに元通りになるさ。山崩れの恐れがあるからしばらく入山不可にするだろうけど、時間をかけて空間魔法で切り崩せば露天掘りに切り替えられる。作業場をめちゃくちゃにされた程度でこの国の鉱業を止めてたまるものか」
『それは何よりだ。魔鉱がないと魔導列車も動かないんだろう? 下手したらアタシたちの旅に使う足が使い物にならなくなるところだったな!』
「冗談じゃなくなるところだったのを考えると、本当に闇の教団ってとんでもないことをやってたのね……。これからも気張らないと……!」
「あ、そうだ。お前たちに餞別をくれてやるのを忘れていた」
そう言って、ルフールはカバンから突然1つのガラス瓶を取り出した。
その瓶の中は虹色の光を湛えている。
「ルフール様、それは……?」
「魔鉱を精錬して作った魔石。その中でもごく稀に、色んな種類の魔力が混在している魔石が生まれることがある。それがこの『虹魔石』だ。こいつを1つくれてやろう」
「本物の『虹魔石』!? この石1つで1億Gは下らない、一般人には手の届かない高級品って噂の!? 俺、初めて見た……」
『1億!? お前、とんでもないものをくれようとしていないか!?』
「大人しくもらっていろ。手に持っているのが危ないと思うんなら、例の財布の中にでも入れておくといい。いずれ、役に立つ日が来るかもしれない」
「あ、ありがとうございます!」
こうしてセリスたちは貴重な魔石『虹魔石』を受け取った。
すると、列車がやってくる音が聞こえてきた。
「じゃあ、ワタシは帰るよ。ノ……クロも元気でな」
『あぁ、ルフールこそ』
「魔女になれたらまた来ます! それまでお元気で!」
「俺も餞別、大事にします!」
「あぁ、お前たちも頑張れよ。さっきも言ったが、応援している」
そう言って、ルフールは後ろ手を振ってセリスたちの前から去っていった。
振り返ったセリスたちは魔導列車に乗り込み、次の目的地・セプタへと向かうのだった。
***
列車が発車して間もなく。
ノエルは羽根をピンとさせて叫んだのだった。
『あっ、闇魔法についてルフールに聞くの忘れてたぁ!!』
「あ……ホントだ!」
「色んなことで頭がいっぱいで、すっかり忘れてたわ!?」
それでも列車は、セプタへ走り続ける──。
次回は来週、2/22の20時に番外編を投稿します!




