15頁目.白と信頼と空間転移と……
意気揚々と、セリスは何度も何度も亜空間に接続し、デストラの虚空魔法に手を伸ばそうとした。
しかし、何度やってもデストラの亜空間には繋がらなかったのだった。
「……誰だったかしら、運でどうにかできるとか言ったの」
『か、可能性があるって言っただけだからな……。にしても、やっぱりダメだったか』
「まあ、そもそもあたしにできるならルフール様にできるだろうし……」
「そこの金髪の魔女見習い。もし僕の虚空魔法に繋げようとしてるなら無駄だよ。僕が転移している亜空間は虚空魔法でしか接続できない、独立した空間だ。そして、虚空魔法を使えるのはこの世にただ一人、僕だけだ」
『随分と饒舌になったじゃないか。唯一性と強さゆえの余裕ってやつか?』
「独立した空間……。姉ちゃんの空間魔法では接続できない亜空間……」
フィンは思考を巡らせる。
そんな中、ルフールは時間をもっと稼ごうとデストラに話しかけ続けた。
「闇の教団の目的は一体何なんだ? ワタシたち大魔女の存在を揺らがせることに何の意味がある?」
「そんなことを教えることこそ無意味だ。僕はお前たち全員を殺す。死ぬ人間に教えるなんて、非合理にもほどがある」
『原初の大厄災の再演だろ、どうせ。ディーザって奴もそう言ってたぞ』
「ディーザ……? あぁ、そういうことか。お前たちだったか、『心臓』を持っているのは」
『……どういうことだ? 心臓……とは?』
「とぼけても無駄だよ。ディーザは3年前のあの日以降、教団の拠点から一度も外に出ていない。厄災の準備とか言って研究所に篭もりきりだからね。そして、あいつが目撃者を逃したのはその時だけだ」
『ちっ、そういうことだったか。とんだ出不精の大災司もいたもんだ』
すると、デストラは再び指をルフールたちの方へ向け、虚空魔法を放とうとする。
ルフールは諦めたように首を振ってセリスに声をかけた。
「うーん、これが限界か。すまないね、セリス。カッコ悪いところを見せてしまって」
「いえ……まだ、まだ何かできるはずです……!」
「大魔女もお前らもまとめて虚空に飲まれて消えろ。心臓は後で回収すればいい。これで終わりだ。『黒き穴』」
先ほどより大きな黒い球体がデストラの正面に現れ、周りの空間を吸収していく。
その時だった。
「そうか! 姉ちゃん、その黒い弾に向かってありったけ攻撃して!」
「……ええ、分かったわ! 何度でもやってやるわよ! 『火焔弾』! 『火焔弾』! 『火焔弾』!」
「無駄だと言っているのに。どうして分からない?」
『フィンの奴、何をするつもりだ……?』
すると、フィンは突然袖を捲り上げ、黒い右腕を出す。
そして、カバンから取り出した片方の籠手を右手に装着し、その手をデストラの方へと向けた。
「姉ちゃん! 転移の空間魔法を!」
「それ、『魔導籠手』……。まあよく分からないけど、分かったわ! 『空間転移・亜空接続』!」
セリスはフィンの右肩を掴み、そう唱えた。
その瞬間、籠手に光が次第に集まり始め、ノエルの目には禍々しい魔力が集まっているのが見えた。
『あの色……まさか!』
「これが俺の籠手の力だ! 発動、『術式変質・黒』!」
フィンがそう唱えると、籠手に集まった光が一瞬で黒く染まる。
それを見たデストラは動揺し、黒い弾をセリスたちの方へと向けて言った。
「お前ら、何をしようとしている……? 僕の魔法に、何をするつもりだ……!!」
「空間魔法には空間魔法。だったら、虚空魔法には虚空魔法に決まってるだろ!」
フィンに続き、セリスは叫んだ。
「食らいなさい! 虚空魔法『白き穴』!!」
「虚空魔法だと……!?」
その瞬間、籠手の先端に集まっていた黒い魔力が白い弾へと形を変え、デストラに向けて発射される。
「だが、そんな魔法は僕の虚空魔法で吸収する! 『黒き穴』!」
デストラは黒い弾を放つ。
しかし、セリスが放った白い弾は黒い弾を無視し、デストラの正面まで飛んで行く。
そして、白い弾の中から凄まじい勢いの炎が噴き上げた。
「くっ……! そんな小細工、僕の虚空魔法には通用しないと……はっ!?」
黒い弾は白い弾から出た炎を吸収する。
しかし、吸い込んでも吸い込んでも、白い弾から放出される炎は止むことがなかった。
「まさか、虚空魔法で吸い込んだ魔法を打ち出す魔法……!?」
「今さら気づいても、もう遅いわ! もっと範囲を広げるわよ!」
すると白い弾が大きくなり、その中からは炎だけではなく土砂や岩石、水や風などが次々に放出されていく。
デストラはそれを吸収しようと黒い弾を大きくしようとするが、吸収しきれなかった攻撃を受けて怯み、黒い弾が収縮していく。
「僕の、僕だけの虚空魔法が……負けるなんて……。そんな馬鹿──」
黒い弾が消えると同時に、デストラは白い弾からの攻撃を全て一身に受けて気絶してしまったのであった。
「自分でこれまで吸い込んできた全てを食らった気分はどうかしら? ……って、あら。気絶しちゃったわ」
「そ、そりゃ、あれだけの攻撃を受けたんだ。生きている方がおかしいくらいだが……」
『問題はそこじゃない。お前たち、一体何をした? まあ、十中八九その籠手が関係しているんだろうが……』
「この籠手が俺専用の武器だっていうのはもう知ってるよね。これは『魔導籠手』……いや、改良されたし『魔導籠手・弐式』かな。元々は魔石を手の甲のパーツに嵌め込むことで、魔法弾を撃つことができる機械なんだ」
『元々はってことは、さっきのはロウィに付けてもらった新機能なのか? それにしてはあまりに禍々しい力だったような……』
フィンは籠手を取り外し、袖を戻して言った。
「新しい機能の本来の使い方じゃないんだけどね。簡単に説明すると、俺の右腕の呪いの力を籠手に込めて放出したんだ。で、それを姉ちゃんの空間魔法と混ぜたってわけ」
「そういやロウィの弟子とか言ってたっけか。ワタシの知らないうちにとんでもない技術が生まれたもんだ……。だが、ああもタイミング良く魔法を組み合わせられたな? 下手したら失敗して大爆発が起きる可能性だってあったっていうのに」
「あたしは新機能については知らなかったけど、元の籠手がどんなものかは知ってましたし。まあ、思ったより何とかなりましたね」
「知識があるとかそういう次元じゃない。あまりに息が合いすぎてる。急いで考えて急いで実行する合わせ技なんて、一か八かの危険な勝負と同じだろう? まさかそれも『運が良いから』で済まされるっていうのか?」
「え? だってあたし、フィンのこと信じてますし。あたしはただ、フィンの言う通りにしただけですから!」
セリスはそう言い切った。
ルフールは気圧されつつも、納得するしかないと諦めて周りに結界を張り始める。
『まあ多少は運も絡んでいるだろうけど、この双子に固い信頼関係があるのは確かだ。だが……呪いの力とセリスの魔法を混ぜて、大災司と同質の魔法を作り上げただと……? おい、フィン。どうやってそんな発想に至った?』
「こいつらだって元から呪いの力を持ってるわけじゃないんだよね? だったら、こいつらしか使えないっていう呪いの魔法は後天的に生まれたもののはず。で、一番シンプルなのは2つの力を混ぜ合わせることかなって思ったんだ」
『なるほどな……。だが、今後はそういうのは控えるようにするんだ。何が起こるか分からないからね。それで、セリスはどうしてあの空間転移を思いついた? こいつと同じように吸収するっていう手もあっただろう?』
「こいつと同じ魔法を使うのが癪だったのよ。だから、逆に吐き出す魔法を作ってやったわけ。どうせ1つしか存在しない特別な亜空間だし、こいつがこれまで吸い込んだ全ての魔法とか物が大量に入ってたわけでしょ?」
『あぁ、そういう……。だが、お前たち良くやった。アタシも鼻が高いよ。鼻なんてないけど』
セリスとフィンは笑い合う。
すると、結界を張り終わったルフールが戻ってきた。
「じゃあ、とりあえずこいつはワタシが責任持って連行していく。ワタシ手製、魔封じの結界を張っておけば問題ないだろう」
「えっ? そういうのがあるんだったら最初から使えば良かったんじゃ……。あたしたちの苦労って……」
「この結界も空間魔法だ。呪いの力で剥がされる恐れがあったし、何よりこの魔法社会で簡単に使っていい代物じゃない。これはあくまで大魔女の特権として使用させてもらってるだけだよ。そこは勘違いしないでくれるとありがたい」
「分かりました。ルフール様に任せます」
「あぁ、それで良い」
『ちょっと待った。こいつを連行する前に、魔導書を回収しておいた方がいいんじゃないか? かつて災司たちは魔導書に込められた呪いの魔法を操っていた。今回もその例に漏れないとアタシは思っている』
ルフールはデストラに結界を張った後、持ち物を探る。
すると、胸のポケットから黒い魔導書が出てきた。
「あったよ。だが、回収したところでお前たちが持っているわけにもいかないだろう? これもワタシの方で回収しておこうと思うんだが」
『光魔法で浄化しないと完全に無力化できないからな……。とはいえ、アタシとしてはルフールに預けるのが一番の悪手だと思っているんだが?』
「なっ!? それはどういう意味だ!」
『お前、それを個人的に研究するための材料にする気だろう? 60年前もお前は連中の魔導書を研究しようと思っていた前科がある。ただでさえ魔法に盲信的なお前が、呪いの魔法に触れるのだけは絶対に避けなければならないんだよ! セリス、頼んだ!』
「『空間転移・亜空接続』!」
虚を突かれたルフールの手から、黒い魔導書が亜空間に消える。
そして、それはフィンの手元に転移されたのだった。
「くっ……。ワタシの思惑がここまでバレバレだったとはね……」
『そういうところだぞ、師匠。そして、ナイスだセリス。ちゃんとフィンの手に渡したのも含めてね』
「フィンなら呪いに耐性があるし、あたしが持つよりはずっとマシでしょ。あと、ルフール様が持つよりも!」
「ぐぬっ……。おいお前、セリスにどんな教育をしたんだ。言葉の切れ味が昔のお前とそっくりだぞ……」
『そりゃあ、アタシの自慢の弟子なんだ。似て当然だろう?』
「あぁ……あぁ、そうらしい! 十分に理解したよ! もう今日は帰って休め! それでまた明日来てくれ!」
拗ねたような口調でそう言い放ち、ルフールはデストラを魔法で担いで去っていった。
セリスたちは笑いながらその背中を見送る。
そして、その日は宿へと戻り、ゆっくりと身体を休めるのだった。




