12頁目.質問と真っ黒と手の内と……
「早速だが、いくつか質問をさせて欲しい。お前にとって一番の魔法は見せてもらったが、それだけじゃ魔法の熟練度までは分からないからね。それに、いくら首席とはいえ、ワタシからすれば所詮は見習いだ」
「全然問題ありません。あたしだってそれくらい自覚してますから」
「自分の力のほどはしっかり分かっている……と。じゃあ、質問を始めようか」
『ちょっと待ってくれないか? セリスと少し相談したいことがある』
「あぁ、そういえばお前はセリスの師匠だったか。まあ、修行を始める前に話し合っておくことの1つや2つはあるだろうし、もちろん構わないとも」
『感謝するよ。フィンも来てくれ』
セリスとフィンはノエルの元へと集まる。
セリスはひそひそ声でノエルに尋ねた。
「話って?」
『正直、こうも簡単にルフール本人に近づけるなんて思わなかった。大魔女に警戒させずに近づけた時点で、アタシの第一目的を果たせるだろう?』
「触れることで大魔女の記憶を取り戻す……か。でも、今それをやっちゃったら姉ちゃんの修行に影響出ない? ほら、弟子の弟子ってことになるわけだし……」
『そこは問題ないよ。あいつは仕事だけはきちんとこなす、そんな女だ。むしろ早めに話していた方が、今後大魔女に会った時に何が起こるのかを予測できるようになる。時間に余裕があるに越したことはないだろう?』
「姉ちゃんはどう思う?」
「え、あたし? あたしは別にどっちでも良いわよ。元々、ストレートに合格しないと早く会わせてあげられないって思ってたくらいだし、2人が良いなら記憶取り戻す方を選ぶべきだと思うわ」
ノエルはしばらく黙り込んだあと、羽根を前に振った。
『よし、じゃあセリス。アタシの中央の宝石をルフールの身体のどこかに触れさせてくれ』
「ノエルが直接触れに行っちゃダメなの?」
『アタシがルフールの魂と繋がっている間、この身体はアタシの制御がなくなる。だが、精神を接続し続けるにはずっと触れさせておく必要があるんだ。この宝石自体がアタシの魂みたいなもんだからね』
「つまり、羽根ペンを本人に握らせるか、姉ちゃんが直接触れさせ続けるかしないといけないってことか……。そりゃ、警戒されてる状況で計画実行が無理なわけだ」
「そういうことならもちろん問題ないわ。あたしがルフール様に持たせてあげるから」
『感謝するよ』
セリスは黒い羽根ペンを握りしめ、ルフールのところに戻る。
「お待たせしましたー」
「話は済んだみたいだな。それじゃ質問を……って、うん?」
「ルフール様、この羽根ペンを見てくれませんか?」
「話し合いから戻ってきたと思ったら、これは一体どういう……。こいつはお前の師匠じゃないのか? 急にそれを見てくれと言われてもな……」
「そ、その……俺たち、そのゴーレムの仕組みを解明したくて。大魔女なら何か分かるんじゃないかって思って……」
「なるほどなるほど、大魔女としての力を見込まれたというわけか。しょうがない、貸してみな──」
そう言ってルフールが羽根ペンを手に取った瞬間、羽根ペンに付いた宝石が光り始める。
そしてしばらくの間、ルフールの意識はその光の中に飲み込まれたのだった。
***
ルフールの魂の中に入ったノエルは、意識の奔流を泳いで進む。
見覚えのある記憶や、ノエルの知らない記憶。
ルフールの思い出が渦巻く中で、ノエルは真っ黒に染まった記憶が流れの奥にあるのが見えた。
「あれだ……!」
流れに逆らって意識を加速させる。
そして、ノエルの意思はルフールの心の奥底に眠る、とある記憶に接続した。
***
彼女の目の前には、毛布にくるまって部屋の隅で震える、3歳の頃の自分がいた。
「お前がノエルか。髪色がクロネと全く同じ、真っ黒だな」
「……誰だ、お前?」
「初対面の大人に向かってお前とはなんだ、ガキンチョ。なるほど、性格は姉のソワレと真反対ってわけか。一体どんな教育されたらこんな言葉遣いを……」
「母さんの知り合い?」
「あぁ、昔からの友人でね。手紙で、お前たちの世話をして欲しいって頼まれたんだ。ついでに、お前たち姉妹の魔法の修行もね」
これは原初の大厄災が起きて半年もしない頃。
自分とルフールが出会った頃の記憶だった。
幼かった自分にこの頃のはっきりとした記憶はないが、何があったのかだけはソワレから聞いていた。
「クロネは、お前たちの父親が病気で死んでから壊れてしまった。あいつを司っていた時間こそが、今のあいつを苦しめてる。あいつはただ、流れゆく時の中で死にたくない一心で、死なないための魔法を死に物狂いで作ってるってわけさ」
「死なない魔法?」
「まあ……死とかどうとか、今のお前には難しい話だろうけどね。とにかく、今のあいつにお前たち2人の世話は絶対にできない。だから、お前たちの面倒はこのワタシ、ルフールが見てやろう!」
これが自分とルフールの出会いだったらしい。
これ以降、ルフールはずっと世話をしてくれて、魔法の修行までつけてくれるようになった。
***
「基本属性の魔法なんて全く使えないのに、持ち前の知識だけでアタシと姉さんを大魔女になれるレベルまで育て上げた。あんたは、友達想いって程度をゆうに超えてるよ」
「仕方ないだろう? ワタシはそういう性分なんだから。魔法を見たいとかそういう以前に、人間としての尊厳は保たれるべきだ。あの頃のお前たちを放っておくなんて、ワタシにはできなかった」
「クロネさんの研究はあれから3年で終わった。それ以降は別にアタシたちの世話に付き合う必要なんてなかったろう? 結果的には、魔法が見たいって方に路線を切り替えてるじゃないか」
「ワタシは人間である以上に魔女だ。弟子が育っていく様子を育てながら見られるなんて、それ以上の愉悦はないだろう? 弟子を取っていた……いや、今も取っているお前が一番理解できる感情だと思うんだが?」
「まあ……それは……」
「全く、お前は一体誰に似たんだか……。なあ、ノエル──」
***
「……っ!?」
「あ、起きた」
「羽根ペンの宝石も光が戻ったよ、姉ちゃん」
ルフールはゆっくり身体を起こす。
そして、周りを見回してセリスたちに言った。
「なるほど、ワタシは気を失っていた、と。お前たちにしてやられるとはね。ノエルの弟子たち」
「ノエル……ってことは!」
「成功したのね!」
『大成功だとも。ついでに、これまで起きたことを共有しておいてある』
「まるで、思い出しちゃいけない記憶を思い出した気分だ。ソワレの記憶の横に、欠けていた記憶が突然湧いて出たような……そんな感じだよ」
『実際、お前たち大魔女にとっては思い出しちゃいけない記憶だろうさ。これ以降に他の大魔女たちに会った時、アタシの存在は知らないことにしておかなくちゃならないしね』
ルフールは「やれやれ」と首を振る。
「厄介な仕事を増やされた気もするが、思い出してしまったならしょうがない。だが、どうして今このタイミングでノエルの記憶を呼び起こさせた?」
『予行練習みたいなもんだよ。どれくらいの時間触れさせる必要があるのか、とかね。最初はできる時にやっておこうと思ったまでさ』
「お前は知識と知恵はあるくせに、雑な作戦立てるよなぁ……」
「それで、あたしの修行は……?」
「ん? そりゃもちろんやるとも。ノエルの弟子だからって、ワタシのやることに変わりはないからね。ところで、ワタシはどれだけ気を失っていた? 時間によっては明日からにしようと思うんだが」
「えーと、大体1時間くらい?」
ルフールは少し悩んで、セリスたちに尋ねる。
「そういえば、ノルベンに来たのはいつだ?」
「今日ですね」
「来てすぐに試練受けに来たのか? ふむ、だったら……夕食ついでに質問をする、というのはどうだろう?」
「え? 食事を一緒に、ってことですか?」
「もちろんそういう意味だとも。ダメかな?」
「俺は全然問題ないけど……」
フィンはそう言って、ノエルに目をやる。
『この場所で食べる分には別に良いんじゃないか? 得意な魔法が外に流出する心配もないし』
「あぁ、外食って意味じゃなかったのか。俺が少し早とちりしてたかも」
『なるほど、大魔女と一緒に食事してるところを見られたら注目の的になっちまうと思ったか?』
「うん。悪目立ちし過ぎるのはマズいかなって」
『アタシとしてはむしろそれでも良かったけど、質問をされるってことになるならさっきの理由で断っただろうさ。で、セリスはこれで問題ないか?』
「ノエルが問題ないなら問題ないわ。この場所の安全性が保証されてるって言ってるようなものだし」
「じゃあ決まりだ。今からこいつで好きなものを買ってくるといい。1時間後に集合して質問ついでのパーティだ!」
そう言って、ルフールは3人分の食事を買うには十分過ぎるお金をセリスたちに渡した。
セリスとフィンは戸惑いながらもそのお金を受け取って、食事を買い出しに行くのだった。
***
「じゃあ、最初の質問だ。セリス、得意とする魔法は時魔法と空間魔法、どっちだ? 割合で答えて欲しい」
テーブルいっぱいの料理を食べつつ、ルフールはセリスに尋ねる。
「えーと、時魔法:空間魔法で7:3です。時魔法は3年半前から、空間魔法は2年前から使えるようになりました」
「空間魔法を使えるようになったきっかけは? 出会い方とかきっかけとかを聞きたい」
「えーと、魔女見習いの試験のために他に使える魔法が本当にないのか再確認してて、初級魔法の呪文が書いてる教本を読み上げてたら偶然……ですね」
「なるほどなるほど。ノエルの口ぶりからして、そこからは独学って感じかな」
「そうですね。魔法の基本だけは学んでたので、あとは練習して慣れるだけでしたし」
「で、一番したかったのはこの質問だ。セリス、お前はどうやって魔女見習いの試験で首席を取った? さっき見せてもらった魔法だけじゃ無理だろうし、魔導書を使ったんだろうけどさ」
フィンはその試合を見ていたらしく、セリスに答えさせようと押し黙る。
ノエルはうきうきした様子でぴょこぴょこと動いている。
セリスは答えた。
「あたしが魔女見習いの試験で使ったのは空間魔法だけ。魔導書もほとんど使ってないわ。だから、世間にとってあたしという魔女見習いは時魔法の使い手じゃなくて空間魔法の使い手、ってことになってると思うわ」
「なんと……! 手の内を隠したまま首席になったってわけか! こりゃ大物だぞ、ノエル!」
『ふふふ、流石はアタシの弟子だ! アタシの教えた通りにやってくれていたみたいだね。魔女にとって手の内は隠すに越したことのないものだ。特に、セリスには石の書……不減の魔導書がある。それを察知されない戦略が必要だったんだが、まさか自分で編み出していたとは』
「ちなみにどんな戦い方を?」
「空間魔法で相手の攻撃魔法を転移して、打ち返し続けたんです。で、自分の攻撃が全て返されると分かって攻撃してこなくなったところに、魔導書で攻撃してトドメを」
「ふむふむ……。まあ、空間魔法を使う上では基本となる戦い方だ。それが分かっているなら対魔導士戦は一先ず大丈夫そうだな」
セリスはそれを聞いて得意げな表情をする。
ルフールは言った。
「けど……うん、やっぱりそうだ。さっき見せてもらった魔法もそうだけど、セリスの魔法の使い方は全部相手次第で相性が大きく変わってしまう。端的に言うと、今のセリスは自発的に繰り出せる攻撃手段に乏しいんだ」
『そうだな。空間魔法で打ち返された魔法だって、結局は相手の魔法の威力次第だ。最後の一撃でもない限り、同じ威力で相殺されればそれ以上の使い方はできない』
「魔導書に頼れってこと……じゃないんですよね?」
「そうだね。そういうことじゃない。セリス自身が攻撃手段を手に入れる必要がある」
「でも、時魔法とか空間魔法を攻撃に使用するなんて、どの教科書にも載ってなかったですよ? そもそも直接的にダメージを与えられる魔法じゃないですし……」
「まだ頭が凝り固まってる時期か。ワタシにもそんな時期があったからよく分かるよ。それじゃ……!」
食べ終わったルフールは席を立ち、修練場の真ん中に向かった。
そして、セリスに言った。
「腹ごなしでもしようか。ワタシの力を見せてやった方がよく分かると思うし、実践形式ってやつだ!」
「……えっ? ルフール様とあたしが戦うってことですか?」
「そういうことだとも。あぁ、もちろん全力を出してくれても構わないよ」
「え? ええ!?」
『アタシは一切口出ししないよ。ルフールのやり方に全力で付き合った方が絶対に役に立つからね。ほら、行ってきな』
「ちょっ、急に!? えええ!?」
ノエルとフィンに強引に背中を押され、セリスは再びルフールの前に立つのだった。




