91頁目.帰郷と反省文と新聞記事と……
その次の日。
メモラに行くことにしたセリスたち一行は大魔女たちと別れ、ヘルフスを離れた。
北の国・メモラと北東の国・ヘルフスは隣国ではあるものの、セリスたちは央の国・ノーリスに一度戻ることにしていた。
というのも、フィンの提案でとある人物と待ち合わせをするためだった。
セリスとフィンは列車に乗ってノーリスに向かい、駅のホームでメモラ行きの列車を待つ。
すると、そこにいた人影がセリスたちに気づいて、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「フィン君、お久しぶりです~」
「ルゥ! もう着いてたんだね」
「はい~。そして……やっと来ましたね、セリス」
ルナリーは声のトーンを下げ、セリスを下からじろりと睨み上げる。
「ど、どうしてそんなに睨んでくるのかしらねぇ……?」
「急に連絡をよこしたと思ったら、急に里帰りをしようだなんて……。いっつもいつも、セリスは急すぎるんです~!」
「提案したのフィンなんだけど!?」
「フィン君の提案であろうとも、あなたの名前で手紙が届いてるんですからあなたのせいです~!」
「う、確かにあたしが手紙書いたけど……。まあ、一番怒ってる原因は投函日よね……。昨日の昼にポストに入れたし……」
「そうですよ~! あの手紙、今朝届いたんですからね! ウチがどれだけ焦ったことか!」
そう言って、ルナリーは小さく頬を膨らませた。
「でも、よく間に合ったね。それで俺たちより早く到着してるなんて」
「お店を開けるためにいつも早起きなので、ポストに入っていた手紙を読んでからすぐに準備して、始発に乗ってきました~」
「ってことは、あたしたちが到着するまでそこそこ待った……?」
「ええ、だって集合場所だけ指定して、落ち合う時間が指定されていませんでしたから~」
「うっ、笑顔が怖い……」
「ルゥ、ごめんよ。俺が中身を確認する前に、姉ちゃんが急いでポストに入れに行っちゃって……」
すると、ルナリーは笑顔のままセリスの方を向いて詰め寄る。
セリスは少し後ずさりつつ、言った。
「だ、だって、郵便屋さんが手紙を回収する時間が近かったんだもの……! 少しでも時間がずれちゃうと、ルナリーの家に届くのが遅くなっちゃうと思って……」
「ふぅん……。それなら……まあ、仕方ありませんね。今回は許してあげます。それで、急に里帰りなんてどういうことです~? 魔女ライセンスの旅の途中ですよね~?」
「落ち着いてくれたようで何よりだよ。あとはヴァスカルの試験さえクリアすれば姉ちゃんのライセンス試験は終わりなんだ。でも姉ちゃんの友達の魔女見習いと合流しようって話になって、それでしばらく時間が空いちゃってね……って、姉ちゃんはその辺りも書いてなかったの!?」
「あ、確かに書かなかったような気がするわね……」
「全くこれだからセリスは…………って、セリスと別の魔女見習いですって……? その方は、フィン君とはどういったご関係で~?」
ルナリーが今度はフィンに詰め寄る。
すると、セリスはなだめるようにして言った。
「大丈夫よ、スティアはその辺りの色恋には関心がないから。それにあたしが姉である以上、フィンは眼中にもないだろうし……」
「後半は意味不明ですが、その言葉を信じるしかない……ですね。信じますからね、セリス」
「はいはい」
『だが、シバの件は……』
「……お久しぶりです、クロさん。今の言葉、どういうことでしょうか~?」
「あぁ、もう余計なことを……。え、えーっと……あ、ほら、メモラ行きの列車が来たわよ! 続きは列車の中で話しましょ!」
そう言って、セリスはルナリーたちを列車のドアの中に押し込むのだった。
***
客席にて。
ルナリーはセリスたちからこれまでの話を聞いた。
最初は不満げな顔をしていたルナリーも、しばらく話を聞くうちに真剣な表情になっていく。
そして、ある程度の話が終わってから、セリスはルナリーの顔色を窺って言った。
「その……納得してくれた?」
「要は、凶悪犯がフィン君に懐いたってことですよね~?」
「まあ、間違ってはないわね」
「それも、たった7歳の子供ですよね~? だったら安心……です、よね……?」
「そこでどうして心配になってるのよ。あの子は仕事が終われば監獄生活。それに年齢差を考えても……というか、どこからどう考えてもルナリーが不利になる点なんてないじゃないの」
「だってその……フィン君の好みがそういう小っちゃい体型の子供だったら……」
その瞬間、フィンは驚いてむせる。
少しして落ち着いた後、フィンは即座にそれを否定した。
「俺は、ルゥが一番なんだ!」
「…………へっ……?」
『おぉ……』
「あ、違う……いや、違わないけど言葉選びを間違えた……」
「フィン、男なら一度言った言葉には責任を持つものよ」
「す、少なくともシバのことをそんな目で見たことはないよ! 俺は同年代の子が恋愛対象って認識で間違ってないから!」
すると、ルナリーはフィンの袖を向かいからそっと掴み、軽く引っ張りながら言った。
「そのぉ、ウチはあくまで体型の話をしただけで~……」
「え、あっ」
「あぁ、なるほどねぇ……?」
セリスは、シバとルナリーの身長が近しいことに気がついた。
そして、深い溜息を吐いて言った。
「大丈夫よ、フィンは見た目で好きな子を選ぶような男じゃないもの。あんたならよく分かってるでしょ?」
「なんか、そういうことについて姉ちゃんに言われるのって複雑だなぁ……。でも、それはそうだね。だからその……ルゥは何も心配いらないよ」
「はい、その……もう、大丈夫です。ウチも落ち着いたので~……」
「フィンのこと、あんたにも世話かけるわね……。幼馴染として、こんな弟でホントに申し訳ないと思ってるところよ」
「いえ、ウチの方こそ……。その、ご心配をおかけしました……。フィン君に会えない期間中、ずっと色々と心配だったので、久しぶりの再会でつい気持ちが昂っちゃって……。あぁ、でも1つだけ気になることが」
「ん? 何かあった?」
すると、ルナリーは笑顔で言った。
「大魔女のマリンさんとの結婚を懸けた、決闘を行ったという話でしたが~」
「えっ」
「あぁ、最初にその話をした時は妙に静かだと思ってたけど、やっぱり黙ってられるはずもなかったわね……。でもそもそもがその結婚を止める前提で戦ってたんだし、別に気にするほどの話じゃなかったでしょ?」
「ええ、それはその通りですけど、問題は決闘の方で~。プリングに送り出してすぐにそんな戦いに身を投じさせるなんて、セリスは一体どういうつもりなんでしょう~?」
「ん? あれ、もしかして怒られるのってあたしの方……?」
「それに、話を聞いた限りではもっとも~っと、危険な目に遭わせてますよね~? もちろんフィン君の意志も大事ですけど、怪我をさせないように頑張るって話をしましたよね~?」
そう言って、ルナリーはセリスにまた詰め寄った。
セリスはひたすらに目を逸らし続けて抵抗している。
『やれやれ……これまでの旅のツケだと思って観念することだね』
「そんなぁ~!」
「ま、まあまあ……。ルゥの薬も役に立ったし、その辺で勘弁してあげてくれないかな?」
「フィン君がそう言っても、セリスにはちゃんと反省してもらう必要があるんです。列車から降りるまでは気が済むまで反省文を書いてもらいますから~!」
「……うん、もうこうなったルゥは止められない。そうだ、これを機に作文能力も身に着けてもらうってことで……」
「手紙を書かせたの、フィンの方じゃない! ちょっとぉ!?」
それから1時間ほど、ルナリーの反省文講座が行われた。
列車から降りる頃には、セリスはへとへとになっているのだった。
***
駅からしばらく歩いて、セリスたちはメモラ王都の近くにあるソワレ村に到着した。
村に到着すると同時に、村人たちがセリスたちに気づいて集まってきた。
帰郷を喜ぶ一同と再会し、3人は嬉しそうに一同と言葉を交わす。
それからしばらくして、セリスとフィンはルナリーと別れ、実家へと向かった。
そして到着した家のドアの前で、セリスは立ち止まる。
「姉ちゃん、どうしたの? 入らないの?」
「何か、背後から嫌な予感が……」
『ん? 別に魔力的な反応は――』
そう言ってノエルが後ろへと向いた、その時だった。
「セリスゥーーー!! フィーーーン!!」
セリスたちの背後にあった農場の方から、大声を上げて猛ダッシュで向かってくる男の人影。
それは両腕を構えてまっすぐセリスたちの方へと向かってきていた。
2人はその腕が当たる直前に同時にしゃがんで、それを躱す。
男はそのまま家のドアに激突して大きな音を立て、やがて鼻をさすって振り返った。
「セリス~……フィン~……。酷いじゃないか~……」
「そんな土まみれの服であたしに抱きつこうとしないで」
「いくら鍛えてる俺でも当たると痛いから避けただけだよ」
「冷たい! つれない! いつからそんな子たちに!」
『…………セリス、フィン。この男は?』
「はぁ……。これが、あたしたちのパパよ」
他の村人たちと背丈は変わらないものの、しっかりとした筋肉質な肉体。
ソワレの家系の象徴たる美しい金色の短髪は、日の光の影響かあるいは汗のせいか、光り輝いていた。
どうやらセリスの言葉に思うところがあったのか、エプロンについた土埃を払っている。
顎ひげが特徴的ではあるものの、爽やかな印象が残りやすい男。
少なくとも、ノエルは初見でそのような印象を受けたらしく、しばらく男の方を向いたまま黙っていた。
「今の大きな音は何!?」
その沈黙を打ち破ったのは、家の中から聞こえてきた女の声だった。
それが響いて間もなく、家のドアが勢いよく開かれた。
「ごふっ!?」
そして、それは男の後頭部に豪快に当たってしまった。
男はその場で苦しみながら、頭を抱えてじたばたしている。
セリスたちはそれを無視して、ドアの方へと向かった。
そこにはセリスと似た顔つきの銀髪の女が立っており、セリスたちを温かく出迎えていた。
「父ちゃんのいつものだから気にしなくて良いよ。ただいま、母ちゃん」
「ママ、ただいま」
「2人ともおかえりなさい! 手紙に今日帰るって書いてあって、びっくりしちゃったんだから。そして、あなた? まだ仕事中じゃないの? どうしてここにいるのかしら?」
「2人が帰って来たって聞いて、いてもたってもいられなくってさぁ! って、あれ、ヒューミ? どうして魔導書に手をかけてるんだい?」
「トーラス? さっさと、仕事に、戻りなさい?」
「きょ、今日はあと1時間で帰りまーす!」
そう言って、トーラスと呼ばれた男はまたもや猛ダッシュで去っていった。
ヒューミと呼ばれた女は魔導書から手を離し、小さく息を吐く。
「ふぅ……。パパったら、朝からずっとあんな調子でね。何度、家の前まで戻って来てたことか……」
「あぁ、だから珍しく魔導書を持ってたのね。もう魔女は引退した、とか言ってなかったっけ?」
「引退しても魔法は使えるんだから、私は一生魔女よ。それよりも……」
そう言って、ヒューミはノエルに目を向けた。
そしてしばらく、その羽根ペンを観察してから言った。
「あなたが、ノエル様ね」
『えっ? どうしてアタシの名前を……』
「セリスに魔法の師匠がいるのはずっと前から知ってたわ。あんなに上達するなんて、普通じゃあり得ないもの。そして、フィンの部屋を掃除していた時に見つけた資料を見て、その正体が誰なのか……分からない私じゃないわ」
「あ、中身確認してないから、ノエルの名前が残ってるなんて考えもしなかった……。でも、母ちゃんにはって、どういうこと?」
「その話は家に入ってからにしましょうね。荷物を置いて、ちゃんと手を洗うんですよ?」
「「は、はーい」」
セリスたちは家に入り、言われた通りにするのだった。
***
セリスたちはヒューミに向かい合って席についた。
セリスはヒューミに尋ねる。
「それで……ママ。ノエルのこと、どうして知ってるの?」
「ソワレ村の村長の一家には、この村の名前の由来にもなっているソワレ様の遺産が渡されるの。その中には家系図やソワレ様の日記もあってね。その中に、少し離れた場所にある泉についての記述と、そこに姉の魂が眠っているっていう話があったのよ」
『なるほど、理解したよ。そうか、姉さんはアタシについての情報を遺していたんだな……。消すように言われていたというのに、どの大魔女も…………って、ん? でも、それだけでよく正体まで行きついたな? それに【様】だなんて敬称までつけて』
「ソワレ様の遺産というのは正しい表現じゃなかったわ。正しくは、これまでの村長一家の遺産よ。そこにはあなたと面識があるという、ソワレ様の孫であるルナリオ様のものも含まれている。そこにしっかり書いてあったわ。あなたが『大魔女』だって。あなたがメモラの大魔女になった時の新聞の記事まで、ちゃんとまとめてあったんだから」
『個人的に集められた新聞記事……。そこまでは流石に手が回らないか……。それで、ヒューミといったか。アタシがそのノエルだとして、どうするつもりなんだい?』
すると、ヒューミはノエルに向けて深々と頭を下げ、言った。
「娘のことをずっと見守ってくださり、本当にありがとうございます。あなたにずっと、この感謝を伝えたかったの。数年前、2人が顔色を変えて遊びから帰ってきてからというもの、セリスは真面目に勉強するし、フィンはパパに鍛錬をつけてもらうなんて言うし、何かあったんだって気づいた。でも、それがあなたを助けるためだって、隠れて話してるのを聞いちゃった」
セリスたちは驚く。
「ママ、知ってたの!?」
「そりゃ当然よ。急に魔女見習いで首席取る~なんて、最初は熱でもあるのかと思ったんだから。それで何か隠し事があるってすぐに分かったから、部屋の前を通る時に聞き耳を立ててたの。まあ、それでも実際に首席を取ったんだから、自慢の娘よ、本当に」
「きゅ、急に褒めないでよ……。照れるわ……」
「フィンも昔はそんなに運動が得意な方じゃなかったのに、もうパパに負けないくらいの力がついたんじゃない? 急に発明家になるって言い出した時はどうなることかと思ったけど、ちゃんとセリスの役に立ててるみたいで偉いわ。自慢の息子よ、あなたも」
「か、母ちゃん……」
そして、ヒューミはノエルの方に向き直って言った。
「ノエル様には改めて感謝を。私も元は魔女だから、魔女を目指すっていうのがどれだけ大変な旅か分かっているし、最近になって闇の教団なんて連中が出てきていているのも知ってる。そんな危険な旅路を近くで見守ってくれて、本当に、ありがとうございます。そして、これからもこの子たちをよろしくお願いします」
『あぁ、任されたよ。生前、大魔女だった者として、絶対にこの子たちを無事にこの家に帰すことを誓おう。あ、でもこういうのって父親の前でも言った方が良いものなんじゃないのか?』
「あの人は……まあ、気にしないで大丈夫。家族が大事って気持ちだけで生きてるような、ただのバカだから」
『はは……。それは何となく、さっきの少しの時間だけで理解できた……かな』
すると、セリスはノエルにひそひそと言った。
「ノエル、1つ良いことを教えてあげる。ママはこう言ってるけど、ママってばパパにぞっこんなのよ。毎日お弁当の中にハートまで描いちゃったりして……」
「セリス? そんな話、女の子として品がないわよ~?」
「事実を言っただけだもーん。ママが照れ隠ししてるだけでしょ~?」
「あら~、セリスったら旅を経て随分と言うようになったじゃないの~?」
「まあ、姉ちゃんは変な魔導士たちと会って戦って、口だけは達者になっていってたもんね……」
「フィン、後で覚えてなさいよ?」
「はいはい、後でね。俺が夕飯作っておくから、2人はゆっくり喧嘩でも楽しんで」
そんな家族の一幕。
間もなくトーラスも帰宅し、ノエルは再び感謝の意を告げられることになる。
ノエルはセリスたちの一家の空気感を理解し、すぐに溶け込んだ。
だからこそ、ノエルの心は痛んだ。
セリスたちが闇の教団の幹部と命懸けで戦っていること。
セリスたちが世界の危機に立ち向かっているということ。
そしてそのために、フィンに闇魔法の修業を行わせるつもりだとは、絶対に言えなかった。




