10頁目.予想と使い魔と最初の試験と……
東の国・ノルベン。
そこは鉱山に囲まれ、そこで採れる良質な鉱石で繁栄した、別名・鉱石の国。
しかし、ノエルが知っていた頃から60年も経ち、限りある鉱石はほとんど採り尽くされてしまっていたという。
『えっ、鉱石の国じゃなくなったのか!?』
「いや、鉱石の国なのは変わってないよ。ただ、今の資源はただの鉱石じゃなくて……あ、ちょうど見えてきた」
セリスたちが列車の窓から外を見ると、遠くの地面から虹色に煌めく不思議な光が溢れてきているのが分かった。
『この光の色、何種類もの魔力を帯びてる……。しかも、かなりの魔力量だぞ? ってことは……もしかして、魔石か!?』
「半分正解。ここで採れてるのは魔石の素、魔鉱だよ。元から鉱山の下にあったって言われてるらしい」
「本で読んだことはあったけど、実際に見るのは初めてだわ。とっても神秘的で綺麗……」
『つまり鉱石が採れなくなったら、次は魔鉱が取れるようになったってのか? そんな都合の良い話があるわけ……。いや、あいつが何かやったのならあり得なくはないな……?』
「あいつって、ルフール様のこと? でも空間の大魔女様って言っても、魔鉱を生成できる力なんてあるわけないし……。それに魔鉱って地下資源だから、空間魔法でどこかの鉱床を転移したって可能性もないわよね? 地盤がガタガタになっちゃうもの」
『じゃあ、本当にただの偶然でこうなったってのか……? まあ、今回の修行には関係ないだろうし、理由はルフールに会った時にでも直接聞けばいいか』
すると、列車内でアナウンスが流れた。
『間もなく〜ノルベン〜ノルベン〜。終点で〜す』
「お、そろそろ着くみたい。姉ちゃん、荷物まとめて」
「はいはい。クロはどうする? ポケットに入っとく?」
『いや、アタシは自分で移動するよ。魔力に余裕あるみたいだし』
「分かったわ。じゃあ降りる準備は万端ね!」
列車の速度が段々と緩やかになり、やがて停車する。
セリスたちは下車し、駅のホームに降り立った。
目の前には黄土色の巨大な山々と、そこを切り開いて作られた広大な街が広がっていた。
「わぁ……。ここがノルベン……!」
「今いるのが王都。周りに広がる採掘場で働く鉱夫たちのベッドタウンだ。掘った魔鉱はあそこにある精錬所に運ばれて、魔石となって他の国に出回る。魔法社会において重要な都市の1つとも言える場所だね」
『その辺は60年前とほとんど変わっていないみたいで何よりだ』
「あ、そういえばクロ。魔導列車の乗り心地、どうだった? 昔走ってたっていう鉄道とどれくらい違った?」
『……浮いているせいで慣性がないから、実は全く比較できなかった。ずっと窓際で横たわってたのはそういうことさ。ただまあ……かかった時間と流れる景色を見た限り、速さは段違いだったね』
「へえ、魔法で浮いている状態って、地面と繋がりがないんだ? 新しい発明に活かせそうな知見を得られた気がするよ。いや、もしかしてクロが自分の力で浮いているのが原因なのかな……?」
フィンはぶつぶつと呟いている。
すると、ノエルは黒い羽根をまっすぐ前に指して言った。
『さて、ルフールの家の場所が変わってなければここからすぐのはずだ! 行くぞ、セリス!』
「ちょ、ちょちょっ! 急にどこに行こうとしてるのよ! 大魔女様の家になんて行ってどうするの!? あたしたちは修行を受けに来たんだし、行くとしたら試験会場が先よ」
『あっ、そういえばそうだったな。悪いね、60年前の感覚でつい……。会場ってのはどこにあるんだ?』
「俺の調べによると、大抵は王都の中心付近にあるはずだよ。ノルベンだと……ちょっと待ってね。姉ちゃんがもらってきたパンフレットに詳しく書いてあったから確認して…………うん?」
フィンはバッグから取り出した魔女修行のパンフレットを読み、首を傾げる。
セリスとノエルは横から覗き込み、セリスが開かれているページを読み上げた。
「ええと……『ノルベンの試験会場は【空間の大魔女・ルフールの家】です。場所の詳細はこちら』……。え?」
『まさかとは思うが、あいつ……。家から出るのが億劫で家に会場の空間を作った、とかないよな……?』
「……ルフール様ってそういう人なの?」
『あぁ、根っからの面倒くさがりだ。それもこれも全部、空間魔法で移動したり空間魔法から色々なものを取り出したりできるからなんだが……』
「自分の魔法のせいで堕落した大魔女……。あ、もしかしてクロが最初の修行場所に選んだ理由って……」
『まあ、そういうこと。あいつは誰よりも分かりやすい女だ。魔法大好きの変態で、面倒くさがりで、それでいて大魔女としての実力は十分過ぎるほどにある。アタシが予想する試験の内容だと、セリスの実力次第で今日中に終わってもおかしくないと思うくらいさ』
セリスは目を見開いて驚いている。
フィンはノエルに尋ねる。
「……ちなみにクロの予想はどんな試験なの?」
『【お前にとって一番の魔法をワタシに見せてくれ】とでも言ってくるだろうさ。あいつは自分が知らない魔法はもちろん、知っている魔法でも上質な魔法を見ただけで興奮を覚える変態だ。そんな自分の感覚だけでその魔導士が優れているかを判断できるってんだから、弟子としては不名誉に過ぎる』
「あたしが想像していた大魔女様のイメージから一番遠い人が……クロの師匠……。そして、あたしはその弟子……?」
『アタシとあいつを一緒にするんじゃないよ! それに、アタシだって大魔女だっての、忘れちゃいないだろうね?』
「あっ、ごめんごめん! あまりのショックについ口が……。でもまあ、そういう試験内容ならクリアするのは簡単なのかもしれないけど、修行っていう名目はどうなるの? ストレートに通っちゃったら意味なくない?」
『ストレートに通らなかった人にはちゃんとアドバイスしてやってるだろうさ。自分の愉悦のためなら指導だって喜んでやる女だよ、あいつは。そう考えたら、むしろストレートに通らない方が今のセリスのためにはなるかもしれないね?』
セリスは考える。
「あたしの魔法を伸ばすか、すぐに認められてクロをルフール様と再会させるか……」
『とりあえず受けてみて考えるってのはどうだい? クリア者がもう一度受けたいとか言えば、あいつは喜んで承諾してくれるはずだし。そもそも、セリスの魔法がルフールのお眼鏡に叶うかも分からないんだ。あまり自信を持ち過ぎると、落とされた時に受けるショックがデカくなるぞ?』
「そうね、自信過剰はいけないわ。よーし、考えるのやめ! 善は急げって言うし、気にせず実力をぶつけてくるわね!」
「ちょっ、姉ちゃん! そっちじゃない、こっち!」
地図も持たずにずかずかと駅から王都へ入っていくセリスを、フィンが必死に引き止める。
そんな光景を、ノエルは微笑ましく眺めているのだった。
***
それからしばらくして、ルフールの家の前。
ボコボコとした不思議な形状で全体的に紫色がかったその家は、魔女が住んでいるに違いないと誰もが思うほど異質で、周囲の光景からはかなり浮いていた。
そして、ドアには確かに『魔導士見習い ノルベン試験会場』の看板が立てられている。
「ここが……大魔女の家? 思っていた以上に奇妙っていうか……」
「……入っていいのかしら」
『魔女見習いである以上、入る権利はあるはずさ。アタシたちは……あれ、入っていいのか?』
「パンフレットによると、同伴者がいるのは問題ないみたい。長旅になる以上、パートナーがついているケースも多いみたいだからね。立会人も兼ねてるらしいよ」
『なるほど、手出しさえしなけりゃ問題ないってわけだ。それなら堂々としてられるってもんだね』
「あら、そもそもクロはあたしの使い魔って名目にできるんだから、手出しも口出しもしてくれていいのよ?」
『う、うーむ……。使い魔って扱いは心の底から嫌だが、セリスのサポートに回るのが許されるのなら……。いや、でも……』
すると、セリスはノエルの羽根に触れて言った。
「クロはあたしの師匠なんだし、もちろんその力を借りるのはちょっとズルい気はしてる。でも……」
『でも?』
「クロのことだし、放っておいても口出しするでしょ?」
『一切、否定できない』
「よし、決まりね。クロはあたしの使い魔って名目で口出しして良し!」
「え、えぇ……。クロのプライドが一瞬で懐柔された……」
困惑するフィンをよそに、セリスは玄関のドアを叩いて言った。
「魔女見習いのセリスです! 試験を受けにきました!」
すると、扉が勝手に開き、声が響いた。
「観覧する者は右の魔法陣に、試験を受ける者は左の魔法陣に乗りたまえ」
『ルフールの声だ。それじゃ、分かれるとしようかね』
「姉ちゃん、応援してるよ」
「任せなさい。ルフール様の度肝、ぶち抜いてやるんだから!」
『さて、セリスのお手並み拝見といこうかね!』
フィンが先に魔法陣に乗ると、フィンの姿が一瞬で消える。
それを確認したセリスも魔法陣に乗り、ノエルと一緒にその場から姿を消したのだった。
***
セリスが目を開けると、そこは何もない真っ白な空間だった。
しばらく周りを見渡していると空間が次第に色づいていき、そこはやがて修練場のような見た目に変貌したのだった。
「ここって……?」
『どう見ても魔法の修練場だ。動く的やら訓練用ゴーレムやら……。戦闘訓練でもさせる気なのか?』
「姉ちゃーん!」
「フィン?」
セリスが声の聞こえた方へ振り向くと、上の方に観客席のような場所が見えた。
フィンはそこの椅子に座って手を振っている。
『観客席までご丁寧に用意して……。空間魔法の無駄遣いとまでは言わないが、ここまで凝る必要あったか……?』
「おやおや、初対面だってのにご挨拶じゃないか。黒い羽根の使い魔?」
突然、セリスの正面の地面から、白衣らしき服を着た長身の女が現れた。
褐色の長髪が雑に後ろでまとめられていて、ノエルはその姿に見覚えがあるのだった。
『ルフール……』
「あれが……空間の大魔女様……?」
「その通り。ワタシはルフール。この国を代表する大魔女にして、空間魔法の使い手。そして、今からお前を試す試験官でもある。とはいえ、使い魔連れっていうのは久しぶりだ。自己紹介、頼めるかな?」
「は、はい! あたしはセリスです。こっちは……使い魔のクロ! あたしが作ったわけじゃないけど、ゴーレムです」
『使い魔のクロだ。曲がりなりにもこいつの魔法の師匠をしている。この姿じゃ魔法は使えないがね』
「ゴーレムが師匠……? なるほど、これは面白くなりそうだ。で、そっちの観客席にいるお前は?」
ルフールはフィンを見遣る。
「えっ、俺!?」
「ここまで見に来たってことは関係者だろう? このセリスの力を根底から理解するためには、もしかしたらお前という存在が欠かせないかもしれない。だから、セリスのための自己紹介だと思ってくれればいいさ」
「えーと、そういうことなら。俺はフィン。姉ちゃん……セリスの双子の弟です」
「なるほど、双子の姉弟だったか。よし、じゃあ早速試験を始めるとしよう。試験の内容は至ってシンプルだ。お前にとって一番の魔法を、ワタシに見せてくれ!」
セリスとフィンはその言葉に驚き、心の中で同じことを考えた。
「「(ノエルの予想と、一言一句同じだ!?)」」
『やっぱりそうきたか。それじゃ、セリスの成長した姿をしかとこの宝石眼に焼き付けるとするかね!』
「あぁ、ちなみにその魔法が攻撃魔法であればワタシに打ち込んでくれて構わない。むしろ、その方が気持ちい…………お前の本気が伝わるからね! さあ、お前の本気の一撃をワタシに喰らわせてみろ! さあ、さあさあ!!」
「えっ……? 今、一瞬なんて言いかけました……?」
『あっ、1つだけ言い忘れていたんだが……。こいつが一番興奮を覚えるのは、魔法の攻撃を直に受けた時だ。だから、加減には気をつけてくれ。強すぎると依存される恐れも……』
「そ、それって……もしかして……」
『あぁ……。セリスが一番大事にしていたであろう大魔女のイメージを、一番最初にぶち壊してしまってすまない……。この女……ルフールは真性のドMだ……!』




