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09話.[そこにいたのね]

「ちょっと不満なところがあるんだけど聞いてもらってもいい？」

「お、おう」

　今日は珍しく雫とふたりきりだった。

　俺に不満があるとぶつけてくるということは俺関連のことか。

「私だけ匠さんは全く相手をしてくれなかったのはなんで？」

「別に相手によって差を作っていたわけじゃないぞ？」

「そうかな？　その割にはお姉ちゃんばかり優先していたと思うけど」

　彼女はこちらの腕を掴みつつ「文さんや麻耶さんを優先するのは別にいいけど、お姉ちゃんだけを優先されるのは嫌」と言ってきた。

「ただいま――あ、お邪魔します」

　杉浦が帰ってきて一瞬、雫がそちらを冷たい顔で見る。

　ひぇ、怖いな彼女は、俺もいないところではこのような顔で見られているかもしれないぞ。

「あ、そこにいたのね」

「今日は遅くなるんじゃなかったんですか？」

「それが早く終わることになったのよ」

「そうなんですね」

　俺の腕を握る手に力がどんどんと込められていく。

　痛い痛い痛い痛い、なんで杉浦が早く帰ってきたからって俺が攻撃されているんだ。

「あ、少し休憩してくるわね」

「杉浦待――いや、ゆっくりしてくれ」

「うん、ゆっくりさせてもらうわ」

　本当にお姉ちゃんだけを優先していたわけじゃないんだ。

　理由は簡単、雫が帰ってくるのが遅かったとか、心配する必要がないぐらい普通に適応できていることとかを聞いていたからこそだったんだ。

「私の相手もしてよ……」

「するって」

「ありがとう」

　……最近は文にしすぎていたから勝手に頭に手が伸びた。

　雫はそれを掴んで、離させないようにする。

「大体さ、文さんのことを気に入っているのは分かるけど慣れない場所に引っ越すことになった妹の心配をしてくれないっておかしいでしょ。お姉ちゃんなんてどこに行ってもある程度はやれてしまう人なんだからさ」

「してたぞ？　でも、文から文より友達を作って楽しそうにやっているって聞いてたから――」

「ただいま、あら、堂々と浮気？」

「ち、違うよ……」

　そんなことは絶対にしない。

　これは兄妹みたいな感じでしているだけ。

　と言うより、だって離せないんだから仕方がないんだ。

「匠さんがお姉ちゃんの相手ばっかりをしてずるい」

「そう？　麻耶さんの相手ばかりをしていると思うけれど」

「それは違うでしょ、匠は文や健二の相手ばかりをしていると思うわ」

「ふふ、贅沢な人ね」

　このことに関して口を挟むと負けることは必至。

　なので、腕を掴まれたまま黙っておくことにした。

「「「なんで黙っているの？」」」

「それは俺が間違いなく負けるからだ」

　それ以上でもそれ以下でもない。

　勝てるような強さは持っていなかったのだった。