01話.[困っているんだ]
一ヶ月前にふたりの義理の妹ができた。
いいのか悪いのかは分からないものの、母さん的には良かったんじゃないかと思っている。
ひとりで大変そうだったしな、旦那的存在がいてくれれば全く変わることだろうし。
「匠、私はもう行くから」
「おう、俺ももう出るわ」
ただまあ、家族仲というのはいいとは言えないな。
まず会話というのが全くない、再婚相手の人ともだから致命的と言える。
別にこちらは拒絶しているわけではないが、向こうがなんか壁を作っている感じだ。
母はなにも言ってこない、働かなければならないからそれどころではないのかもしれない。
「よう」
「おう、今日も早いな」
彼は中学生のときから一緒いる河合健二。
血の繋がった妹がいるが、俺らと違って仲良くできているみたいで少し羨ましい。
いやほら、どうせ家族になったのなら仲良くできた方がいいだろ? ということで。
「俺は朝練だからな、でも匠はこんな時間に出る必要ないだろ」
「言っただろ、いまは家に居づらいんだって」
「いきなり妹ができるとかなあ……」
敵視すらされているから困っているんだ。
あそこは元々俺と母の家だぞ、いきなり来てそんな態度でいんなよと言いたくなる。
だがまあそこは年上だから大人げないところは見せたりしないが。
「はぁ、文と交換してもらいたいぐらいだ」
「それは駄目だ、文は俺の妹だからな」
「ほら、片方と交換しようぜ?」
「物じゃねえぞ」
んなことは分かってんだよ。
はぁ、こんな無意味なことを言っても仕方がないからさっさと行こう。
幸い、あのふたりはどちらも中学生だから校舎内で遭遇、とかにはならないし。
校門のところで別れてひとりで校舎へと移動。
「おはよう、中田は今日も早いな」
「おはようございます、早く来たいわけじゃないんですけどね」
ただ、あれ以上ゆっくりしていたら下りてきていたから仕方がなかったんだ。
それに母とだってあのタイミングで話しておかないと話せないままで終わるから。
単純に俺の帰りが遅いのと、俺が帰っても部屋にこもるからでしかないんだけどな。
「はぁ」
家事をしなくていいようになった点はまあという感じ。
だが、家にすら帰りづらくなった点は悪いとしか言いようがない。
なんか乗っ取られた気分だ。
再婚相手の選択を間違ったんじゃねえのか? と言いたくなる。
でも、母が多少は楽そうにしているからまあいいことなんだろうな。
「中田、手伝ってくれ」
「はい」
こうして宮里先生の手伝いをするのも日課となっていた。
向こうからすれば多少は楽になるし、こっちは時間をつぶせるから悪くないことだ。
「もしいきなり家族が増えたら先生ならどうします?」
「唐突だな、そんな機会は滅多にないからどうもしないだろ」
「仮にでもいいですから答えてくださいよ」
「それなら……、家族なんだから仲良くしようとするんじゃないか?」
「ですよね……」
何度も言うがこちらは一切拒絶なんかしてないんだよ。
が、何故か敵視されてしまっているんだ、自己紹介ぐらいしかできてないのにな。
なんにもないのに一方的に嫌われるというのは納得できないもので、露骨な態度を取られると舌打ちをしたくなったりするから避けている形となる。
まあその方がお互いにとって、そして母にとってはいいだろうから。
子ども同士の相性が良くなくて結果離婚しましたじゃまた母が大変になるし。
マザコンとかよく言われたが、ひとりで育ててくれた母を大事にしてなにが悪いんだよと言いたくなるからこれまで健二以外とは関わることをやめている形になる。
「そうか、再婚したと言っていたか」
「はい、上手くいってないんですよ」
「まだ変わったばかりだろう? 上手くいかなくて当然だ」
「俺はこの先変わるとも思えないですけどね」
「ふっ、中田はマイナスに考えすぎるときがあるな」
敵視されていなくて普通に会話ぐらいはできていたらこんなこと考えなくて済むわけだが。
「よし、ありがとう」
「いえ、こっちも利用させてもらっていますから」
「私は利用されているような感じはしないけどな」
「ふっ、先生は逆にポジティブに考えすぎですね」
「ははっ、ポジティブでなにが悪い」
とはいえ、これで終わりと。
SHRまでの時間はまだまだあるから大変暇だ。
本を読むとか校舎内を散歩するとか、そういう趣味があるわけでもないし。
「大変よっ」
クラスメイトが急にそんなことを言いつつ教室に入ってきた。
もちろん友達とかではないからスルーが安定だ。
いまはあのふたりのせいであまり異性といたくないというのが現状で。
「き、聞いてくれてもいいわよねー」
いまこの教室には俺と彼女しか存在しない。
仕方がないということでイヤホンを装着しようとしたら止められてしまった。
「な、なんで無視すんのよっ」
「……なんだよ大変なことって」
「自動販売機の内容が変わっていたわ」
くっそ下らないことだったからイヤホンを装着して音楽を聴いているふりをする。
女子って凄えよな、距離感というものを平気でぶっ飛ばしてくるからな。
そのくせ、こちらが同じことをすると拒絶されるのだから不公平感がすごかった。
「さてと、匠の妹達でも見に行くかね」
「じゃあ俺は文と会ってくるわ」
別れて別行動――とはならなかった。
腕をがっしりと掴まれて歩くことすら叶わずに終わる。
どうしてここまで強いのか、は明白だから余計なことは言わない。
「まあ待て、どうせなら家族と仲良くしないとな」
「俺は早く帰らないって決めてんだよ」
家事はあのふたりがしてくれているみたいだから早く帰る必要もない。
同じことが続くとぶっ飛ばしかねないから相手のためでもあり自分のためでもあるんだ。
「あ、お兄ちゃん達だ」
「文、俺の相手をしてくれ」
「匠くんの? 別にいいけど」
どうやらひとりで帰ってきていたみたいだったから付き合ってもらうことにした。
ああ、あのふたりにもこれぐらいの柔らかさがあれば……。
そうすれば夜遅くまで外で時間をつぶす必要もないというのに。
「そういえば匠くんの妹さんと会ったよ」
「学校ではどんな感じなんだ?」
「普通かな、ふたりでずっと一緒にいるけど」
それはまたなんとも教師達の考えを粉砕しようとする行動だ。
そうならないためにクラスだって別々にしているのに結果的に集まったら意味がない。
「双子なのに雰囲気が違うんだよね」
「ま、関わる機会があったらよろしく頼むわ」
「うん、でも来てくれるとは思えないなあ」
ちなみに健二はもう勝手に歩いていった。
文が大好きな兄としては珍しい行動ではある。
それでもせっかく部活が休みの日なんだから休めばいいと思うがな。
あのふたりと会ったって疲れることにしかならないというのに。
「そうだ、暇なら付き合ってよ」
「俺でいいのか? 荷物持ちぐらいならしてやれるぞ」
「うん、お買い物に行きたかったんだ」
お金を取りに行くのと荷物を置きたいということだったから河合家へと移動。
「ちょっと待っててね」
「おう、ゆっくりでいいからな」
ただまあ、女子中学生を夜遅くまで出歩かせるわけにはいかないからゆっくりすぎても困るというのが実際のところか。
それに先生を利用するのとは違って罪悪感を抱くから自分のためにもならないし。
「お待たせ」
「行くか」
「うんっ」
十八時までには帰ってきたい。
文はちゃんと聞いてくれるからそう不安も抱いてはいなかった。
「きゃわいい~」
「猫が好きなんだよな」
「うん、ひとり暮らしを始めたら絶対に家族として迎えるんだから」
買い物、と言うよりも自由に出かけたかったみたいだ。
先程から色々な店に入っては見て回るだけに留めている。
「匠くんはひとり暮らしをする予定とかないの?」
「家の雰囲気が変わらなかったらそれもいいかもな」
もっとも、まだ一年生だから遠い話だが。
あまりにも雰囲気が悪かったら離婚に、なんてことにもなりかねない。
やはりそこで大切なのは母の気持ちだから俺の意見なんてどうでもいい。
出ておけば面倒くさいことにならなくて済むだろと若干楽観視している。
「じゃあ私がひとり暮らしを始めたら住ませてあげる」
「それじゃあひとり暮らしとは言わないだろ」
「ふふふ、私がいてくれてありがたいでしょ?」
「おう、文がいてくれてありがたいよ本当に」
決めていた通り、まだまだ見て回りたそうな文を止めて帰路に就き始めた。
文句を言われてしまっているが関係ない、年上ならしっかり注意しないとな。
「せっかく匠くんとお出かけできていたのに」
「休日にでも来てくれれば相手をするよ」
「嘘つき、大抵は寝ているからとか言って拒絶するよね」
それは仕方がない、なるべく部屋から出たくないんだ。
遭遇なんてしたらその日一日の気分が最低になると言っても過言ではない。
いやあれだな、もしかしたら俺も敵視しているのかもしれないと気づいた。
「文が妹だったら良かったけどな」
「多分、実際に妹だったら変わると思うよ、このぐらいの距離感が一番だよ」
「そうか、ずっと一緒にいると相手の粗が見つかりやすいって言うしな」
「うん、私がもし匠くんの妹だったらだらだらしないでっていっぱい怒ってるよ」
それは面倒くさそうだ。
あと、こういうタイプは一度嫌うと長引く気がするから余計にそう思う。
あくまで想像《妄想》ではあっても鮮明にイメージできてしまうのがなんとも言えない。
「とにかく今日はありがとう、少しだけでも遊びに行けて良かった」
「こっちこそありがとよ、それじゃあな」
俺はこの後も時間をつぶさなければならないわけだがどうするか。
「よう、また会ったな」
「会ってきたのか?」
「おう、普通に優しく対応してくれたぞ」
外面だけはいいということか。
まあこれは既に分かっていたことではあるが、引っかかることではあるな。
「それより文は?」
「家だ、送ってきた」
「そうか、それじゃあな」
「おう、また明日な」
やっぱりこのまま帰ろうと思う。
なーに、顔さえ合わせなければ無問題さ。
「昨日、夜に雨が降ってきたのよね」
「知ってる、なんか急だったよな」
だからあのタイミングで帰ったのは成功だった。
向こうが避けているからそもそも遭遇することなんてほとんどない。
そのため、俺が余計なことをすればするほど逆効果になりかねないから気をつけようと昨日ベッドの上で考えて決めた。
「だから濡れちゃったのよ」
「大丈夫なのか? いまは冬というわけではないからそこまで悪影響というわけではないだろうけどさ」
「大丈夫よ、帰ってすぐにお風呂に入ったもの」
……何故俺は彼女と当たり前のように会話をしているんだろうか?
言っておくと本当に友達とかではない。
俺達はただのクラスメイト、それ以上でもそれ以下でもないというのに。
いやまあクラスメイトなんだから話すぐらいは普通にするのかもしれないけどさ。
「で、どうして俺らは友達みたいに話してんだ?」
「い、いいじゃない、クラスメイトなんだから」
「いや、別にいいんだけどさ」
時間つぶしになるからありがたいし。
ただ、利用していることには変わらないからたまに引っかかってしまうわけだ。
が、改めようとはしないから質が悪いというか、まあそんな感じで。
「中田は河合と仲いいわよね」
「そうだな、逆に言えば健二ぐらいしかいないな」
健二以外と関わる必要もないとすら考えている。
先生達は別だ、少しでも気に入られておけば今後いいことがありそうだから。
「あ、健二に興味があるのか?」
「んー、どうせならクラスメイト全員と話せるといいわね」
なるほど、友達が欲しいのか。
それならぶつかれとしか言いようがない。
「でも、とりあえずは話しやすそうなあんたからね」
「話しやすそうか?」
「うん、なんかいい人って感じがする」
そうかあ? 寧ろなにもしていなくても敵視されるような人間だぞ。
……なんか申し訳ない気持ちになってきた、俺はいい人間なんかではないぞ。
いい人というのは河合兄妹みたいなのを言うんだ、会わせてあげれば分かるだろうか?
「なあ、今日時間ってあるか?」
「わ、私のっ? 別に……あるけど?」
「じゃあ付き合ってくれ」
「つ、付き合う!? い、いきなりは無理よ……」
「なに勘違いしているんだよ、ただ来てほしいだけだ」
彼女は慌てつつ「そ、それなら最初からそう言いなさいっ」と。
普通はこうだろう、いきなり付き合ってほしいなんて言えるわけがないんだ。
というわけで放課後はふたりで学校をあとにした。
すぐに会える可能性は高いような低いようなという感じ。
「悪い、ちょっと時間がかかるかもしれない」
「別にいいわよ、なにか用事があるわけでもないもの」
「じゃ、ジュースでも買うから飲んでくれ」
言われた物を買って彼女に手渡す。
「お金、払うわ」
「いやいい、付き合ってもらっている身だからな」
「み、みんなにそう言うのでしょう?」
「そりゃ付き合ってもらったらなにかしないとな」
で、大体三十分ぐらい経過した頃に文が口笛を吹きながら歩いてきてくれた。
「あれ、匠くんが女の人といる」
「ちょっとな」
名前が分からないからとにかくこれがいい人の例だと説明しておく。
あとは自分は違うということもしっかり説明をして文の方を見た。
「いい人だなんて照れるなあ」
「俺は河合兄妹のことを気に入っているからな」
違かった、健二だけではなく文ともいられないと駄目だ。
健二だけだと部活や他の友を優先されることでぼっちになりかねない。
ひとりでいるのは実はできるだけ避けたいところではあったので、文という存在はそれはもう貴重ということになる。
そもそも、優しいうえに異性だというのが大きい。
異性の友達がいるというだけでなんかいい気分になれるから。
「あ、河合の妹なのね」
「はい、河合文と言います」
彼女は文の頭を撫でた後に抱きしめていた。
困惑していた文だったが、その文もどうせならと考えたのか抱きしめ返していた。
「可愛い子ね」
「ありがとうございます」
これからどちらかが付き合ってくれないだろうか?
遭遇しなければいいだなんて考えていてもやはりリスクがあるわけだからさ。
「ありがとう、あなたと会えて良かったわ」
「あ、ありがとうございます」
なんか解散になったから普通に悩んだ。
文は歩いていってしまったし、目的も達成したいまこれ以上一緒にいるのは不自然。
利用するのはできるだけ避けたいから大人しく帰すのが一番か。
「付き合ってくれてありがとな」
「どういたしまして」
「それじゃ――」
「まあ待ちなさい」
こっちの両肩を頑張って背伸びをして掴んで言ってきた。
しゃがんでやればよかったなと気づいたときにはもう遅い。
「もう解散というのも寂しいじゃない、付き合いなさいよ」
「別にいいぞ、どこに行きたいんだ?」
「映画ね、映画が見たいわ」
それはまた……なんかリア充みたいなことを言ってきたものだ。
特に嫌でもないから了承をしてそのまま行くことにした。
帰ると出たくなくなるから仕方がない。
「恋愛映画でもいい?」
「おう、見たいのを見てくれればそれでいい」
それで始まったわけだが、なんとも言えない感じだった。
つまらないわけでもない、かといって、熱中するほどでもない。
だからとりあえずは意識をそちらに向けていた。
「良かったわね」
「おう、そうだな」
うん、まあたまにはいいんじゃないだろうか?
こういうのは異性の友達でもいないと見られないわけだから余計に。
「次は?」
「お腹空いたわ、ご飯を食べましょう」
「いいな、行くか」
これまた彼女に行きたいところを選んでもらった。
食べられればそれでいい、誰かに合わせる方が気が楽だから。
「美味しいわっ」
「ついてるぞ、取ってやるからじっとしてろ」
「ん……ありがと」
とまあこんな感じで、中々に楽しい過ごし方ができた。
案外相性がいいのかもしれないなんて考えて、河合兄妹がいればいいと片付けたのだった。