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月の浮舟に乗って宇宙へいってみた。

4 月の浮舟


 マルウバと会って四日がたった。

 なにも起こらない。

 いくら心に問いかけても、祈っても、月の浮舟はなにも語りかけてこなかった。

 本当に私は、月の浮舟を受け取ったのだろうか?

 マルウバと交わした言葉や、マルウバと会ったことさえルルカが見た幻ではなかったのか。そんな不安と、ミケロを見るたびに粉々になりそうな心の痛みにさいなまれ、ルルカは日に日に寡黙になっていった。

 それでもルルカは毎日、父さんと一緒にミケロのところへ行った。今はそれしかできない。だんだん、まっくら茸の効き目が弱くなっていくのがわかる。ルルカは突然に襲う死よりも、恐ろしい死があることを知った。

 眠ったまま凍り、なす術もなく消えていく命をみつめる悲しみ。それは見送る者をも、果てしない陰鬱な悲しみの奈落へ突き落していく。

 このまま、何も出来ず、何も起こらないまま時間が過ぎていくのだろうか?そして私は、ミケロの前でただ泣くしかないのだろうか……。

 石と砂を飲みこむような夕食からのがれ、ルルカは外へ出た。半欠け月が、今夜は三日月に変っている。

「お願いです。ミケロを助けて。私の大切なミケロを、あの恐ろしい病気から目覚めさせて……おねがい……」

 ルルカは、青い鋭い剣のような月に祈った。

……みかづきそう……。

かすかなささやき。

 ルルカは目をひらき、当たりを見まわした。

……三日月草と銀砂河の水……。

 こころが囁いている。

 息がとまる思いで、ルルカはそのささやきに心を凝らした。

やがて言葉が、湧きだす水のように静かにあふれだした。


三日月の夜

金の鱗の湖の汀

北の入り江の岸辺

影が中天にとどく前

三日月草を水に浮かべよ

光の波が舟を包みうみへ誘う

それは 月の民 月の浮き舟の唄


 「ああ。ああっ……」

言葉にならない声が、涙と一緒にルルカの唇からもれた。

月の浮舟が、私にこたえてくれた。

ルルカは走り出していた。

三日月草、銀砂河の水。

青い水の星へ。

あの天空のうみを渡って。


 金の鱗の湖。北の入江。

 湖面に映る三日月を、ルルカは見ていた。

 走ってきたから、肩が荒々しく上下している。

 影が中天にとどく前。

 何とか間に合った。真夜中ちょっと前だ。

 ルルカは震える手で、三日月草を湖に浮かべた。

 ルルカの震えを感じ取ったように、幽かなこまかな漣がうまれた。漣は湖面を揺らし、湖面の三日月をゆらす。なにも起きない。ルルカは唇をかみ、三日月草を見据えている。

 漣が消え、映った三日月が元の姿に戻ろうとした瞬間、三日月草のまわりから光が泡立ち包みこむと、光りの中から小舟が姿を現した。

「月の浮舟」

 ルルカはぴょんと飛びあがった。嬉しくて、そうせずにはいられなかった。

 それから大きく深呼吸して、ルルカはそっとおそるおそる金色に輝く、三日月そっくりの小舟に躰を移した。

 透きとおった金色の光の膜が、ルルカと小舟を球形に包む。

 ありがとう、月の浮舟。

 月の浮舟はふわりと空中に浮かび、次の瞬間には、真空の宇宙を渡っていた。

ルルカが見守る目の前で、青い水の星がぐんぐん大きくなっていく。

「きれい」

 ルルカは、近づいてくる青い水の星へ向かって両手をひろげた。

 小さな舟に乗っていることも、宇宙のなかにいることも忘れて。

「わあ……」

 雲を抜けると大陸と海が見え、灯りが集中する都市と道路の街灯の並木が迫り、月の浮舟は灯りが少ない小さな町へ向きを変え、大きく旋回しながら降下していき、森の中の池にふわりと着水した。

 透きとおった金色の膜が、花びらが開くように広がって岸までの道をつくる。ルルカは足を踏み出し、小道を渡って岸辺に降り立った。

 重く暗く濃い大気が、様々の匂いと一緒にルルカのなかに流れこんできた。戸惑う気持ちや、見知らぬ星へ降り立った恐れはどこかへ消えてしまっていた。

夜の闇も森の暗さも恐くない。クレーターや砂漠が広がる月の世界が、急に荒涼としたものに思われた。

 柔らかい草の感触。濃厚な甘い香り。これは花の香り!緑の葉が茂る森。水が岸をたたく優しいリズム。

「これが青い水の星なのね」

 つきない喜びが、ルルカを満たしていく。青い水の星に着いたあんしんだけではなく、ミケロの病気を治す苺がここにはある。その喜びだった。

 ルルカは草の上に腰を降ろし、夜空を見あげた。

「あれが、月なのね……」

 銀色の鏡のように、ルルカの故郷がくっきりと空に浮かんでいた。


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