最終話 断罪の崖
悪魔リーグによって天界に送られた牧野麦は、天界の森の中に到着した。
(リーグって悪魔なんなのよ。もっとちゃんと説明してよ。たしか、断罪の崖で今夜処刑されるって言ってたわ。ここはどこなのよ)
暖かな木漏れ日、頭上からは、桜の花びらが舞い落ちる。その隣には、真っ赤に染まる紅葉が。天界では、四季に関係なく木々が鮮やかに色づく。その木々の隙間から湖が見える。
(とりあえず、あそこまで行ってみよう)
湖のほとりまで下りていくと、向こう岸に、大きな城が湖にせり出すようにそそり立っていた。
(あの城。前に私がいたところだ)
その城を囲むように城下町が広がっている。
(あそこへ行って、誰かに聞くしかないわね)
リーグからもらった白いローブを頭からすっぽりと被り、制服姿を隠すと、城下町へと歩みを進める。
1時間ぐらい歩いただろうか。大きな湖のふちを反時計回りに進みやっと着いた。
「ふぅ……」
城下町の中は、大勢の天使達が行き交う。メインの通りにはお店が立ち並び、その街並みは人間界と大して変りわない。大きく違っていることは、みんな白い羽が背中から生えていることだ。
(断罪の崖。とにかくその場所を誰かに教えてもらわなきゃ。ザイリ待っててよ。ザイリに会って、直接ぶつけてやるんだから!!)
麦は、勇気をふり絞って、
「良し!!」
果物を売ってる露天商の天使に話しかけてみることにした。
「あのー」
「なんだい? お嬢ちゃん。あれ? あんた羽が無いね」
「いや。これはその……」
(いきなりヤバイ…… どうしよう……)
「そっかそっか。人間界に紛れ込むための練習してるのね」
「そうなんです。それです!!」
(ふぅ…… 焦った……)
「それでなんだい? 安くはしないよ!! うちで取れたものは天界一の農園で取れたものだ」
「いえ。断罪の崖ってここから遠いですか?」
「断罪の崖!? あんなところに行きたいのかい? あんた天使じゃないだろう?」
「え!?」
「悪魔だろう? 断罪の崖の場所なんて天使だったら、誰だって知ってるはずだがね」
「え……」
麦の顔から、ドンドンと血の気がひいていく。
(まずい…… どうしようどうしよう。こうもうまくいかないものなの……)
ドギマギしている麦を、誰かが後ろから、
スー
麦の両肩を、両手で優しく包む。
(誰? コーヒーの匂いがする)
「こんにちは。この子は、まだ天使として生まれたてなんですよ」
「ミカエル様!! 今日もお美しい!! サインをくれませんか? うちの店に飾りたいんです!!」
麦の後ろから現れたのは、天使ミカエルだった。
「良いですよ。なにか書くものはありますか?」
店主から、渡された色紙にサインを書くミカエル。
(助かった…… ミカエルさんありがとう。ミカエルさんって、天界ではアイドルみたい。きれいな顔してるもんね)
「ダメじゃないですか。ウロウロしては。迷子になっても知りませんよ。すみません。この子の教育係にさせられてまして。失礼します」
ミカエルに手を捕まれ、その場を離れる。露天商から少し離れた場所で、
「ミカエルさん。あのね」
「しっ」
話しかけるも、麦の話はさえぎられる。辺りを見渡し、ミカエルは麦の手を引っぱり、自らに引き寄せると、耳元に口を近づける。
「ここではまずい」
二人は何もしゃべらずに、城下町を離れ、山道を歩き、人気のない山小屋へと到着した。
バタン
中に入ると、ミカエルが口を開く。
「なぜ戻ってきたんですか? 悪魔の契約をしている者がウロウロしていたら、上級天使にはすぐにバレてしまいます。城下町には、上級天使があまりいないので助かりました。私は町で飲むコーヒーが好きなんですよ」
上級天使は、悪魔の契約をしているものを、オーラで見分ける力を持っている。一般の天使には、神から授けられる力が弱く。その力を与えられていない。
「リーグという悪魔に、無理矢理天界に送られたんです」
「リーグ? 知りませんね」
「あの…… ザイリは私のことをだましていたんですよね?」
「なに言ってるんですか? 剛腕のザイリと一回だけ、面談出来ることができましたが、あなたに会いたくてしかたがないと、おしゃっていました。ひどく弱っていて、さみしそうにしていました」
「でも、神と名乗る人が来て、私は洗脳されていると。そして、ザイリの取り調べを受けている映像を見せられました。映像には、友達の契約はしていない。私の体を乗っ取るためにやったんだ。と言っているザイリが映っていました」
(どういうことでしょう。私が見た取り調べ書では、剛腕のザイリは牧野麦と、友達の契約をした。としっかり結論付けて書いてあったはずなんですが……)
「おかしいですね。それはどんな神でしたか?」
「白い口ひげが、床まで伸びている人です」
「うーん」
(神はみんなそうですからね……)
「なにかその神の特徴を覚えていませんか?」
「うーん…… たしか、眼鏡を付けてました」
「それは……」
(神々の中で、唯一目が悪い神は一人しかいない。麦さんの元に現れたのはロキ様だ。ロキ様ならやりかねない。神々の中では、異常に悪魔を恨んでいる。このことは、麦さんには黙っておきましょう。麦さんが考えるべきことは他にある)
「あなたが、見た映像は偽物の可能性があります。ザイリは、あなたを心配していました。お恥ずかしい話なんですが、神様も失敗するんです。最高位の神であるゼウス様は、色恋で失敗されていますし……」
「神様も失敗するんですか? なんだか人間みたい」
「人間は、神が自らに似せて作ったんです。人間と同じような感情を持っています。神も罪を犯します。過去には、神同士で戦争もありました」
「天界も大変なんですね…… あっ!!」
ポケットに手を突っ込み、リーグからもらった薬を探す麦。
「あと、リーグという悪魔から渡されたものが」
リーグからもらった薬を、鼻をつまみながらポケットから出す麦。
「くさっ!!」
「そうなんです。物凄い臭くて…… これをザイリと合体した後で飲めと」
鼻をつまみながら、薬をのぞくミカエル。
「これは何の薬なんですかね。その悪魔を信用するんですか?」
「わからないです。でも、私は信じてみたい。そのリーグという悪魔が、ザイリになにかしてしまったみたいで悔やんでいました」
「わからないな。悪魔というのは、嘘がうまいし、だますことが日常茶飯事ですからね」
「私は、ザイリが助かるのなら、これに賭けてみたいんです」
「うーん」
(悪魔は、信用できませんが、麦さんが信じてるのであれば…… ザイリの件もありますし、悪魔の中には信じてみても良い悪魔が存在するのかもしれません。いやでも、ザイリはレアケースなだけかもしれない…… ここは麦さんに任せて、私は、麦さんが見たという映像を探ってみましょう)
「わかりました。もう時間があまりありません。今夜ザイリは断罪の崖で処刑されます。断罪の崖に行く安全な道を教えます。天使達が通る道では、見つかってしまう可能性が高い。私は私でやることが出来ました。断罪の崖で合流しましょう」
ヒュウウウウウウウウ
裸山に突風が強く吹く。その山肌にへばりつく様に麦は、上へ上へと登っていた。
「ミカエルさん!! どこが安全な道よ!! いたっ」
ごつごつとした硬い山肌は、麦の手を容易に傷つける。手のひらが、真っ赤ににじんでいく。
(私にはやることがありますって、どこか行っちゃうし。断罪の崖までは、一時間ぐらいで着きますってまだなの)
ビュウウウウウウウウ
ようしゃなく突風が、麦の体を山肌から引きはがそうとする。
「いやああああ!! 私が人間だってこと、絶対忘れてるよ!! 背中に羽が生えてないんだから!!」
濃い霧が、行く手をさえぎり、
「はぁはぁはぁ」
(視界が悪くて、この方向で合っているのかしら…… あとどれくらい登ればいいの)
麦を不安にさせる。
両腕を鎖で縛られたザイリは、断罪の崖に行く山道を登らされていた。深い霧に覆われた山道は、ザイリの未来に影を落とす。
(俺様の終わりは近い。今まで生きてきてこんな思いははじめてだ。心が冷え切ってる……)
ピュウウウウウウ
山の冷えた風が、
ブルブル
ザイリの悪寒を誘う。
「もっと早く歩かせるんだ」
「はっ!!」
ロタが、隊の先頭を歩き、天使兵4人がザイリを四方から挟み込む。
「悪魔め。一匹でも残らず滅する」
「へへへへへへ」
「なにがおかしい!!」
「神ともあろうものが、俺様をここまで恐れるとはな」
「うるさい!!」
振り返ったロタが、こぶしを強く握り、
ゴン!!
ザイリの頭を殴る。
「全然痛くねぇな。手加減ありがとうよ」
ツー
ザイリの額に血が流れ落ちる。
(こんな痛み。胸の痛みに比べればどうってことはない)
「くうううう。だから悪魔は嫌いなんだ。急げ!! 早く、この悪魔を滅するのだ」
「はっ!!」
山道をさらに登っていくと、頂上に行くにつれて、立ち込めていた深い霧が徐々に消えていった。空は漆黒の闇がおおう。山を登る間に、すっかり夜になっていた。
「断罪の崖に着きました!!」
地面が大きく裂けていて、裂けた崖の下には、赤々としたマグマが、
コポコポ
と音を立てて湧き上がる。マグマの明かりが、辺りを真っ赤に染めあげる。
ガチャガチャ
マグマにせり出すように、天使兵が飛び込み台を設置する。
「ロタ様。準備が整いました!!」
「良し!! 早くその悪魔を滅する」
「はっ!!」
天使兵は、ザイリを飛び込み台の前に立たせる。天使兵の1人が背中に槍を突きつけ、飛び込み台の先端へと誘導する。
(俺様も終わりか。長いようで短い人生だったな…… もっとあの女と遊びたかった。女とやったゲームは最高だった。俺様は死ぬのか? いやだいやだいやだ。無様でも良いから生きたい)
目の前に死が迫ってくると、ザイリのプライドの鎧がはがれていく。
「さぁ!! 悪魔よ!! 自らマグマの中へと飛び込むが良い!!」
「くそおおおお!! 俺様はまだ死にたくない!! やりたいことが出来たんだ!! お願いだ!! あと少しだけ、もう少しだけ俺様はあの女と一緒にいてみたい!!」
「黙れ悪魔!! 最後の最後で命乞い!! 私はだまされないぞ!! 悪魔に何度だまされたことか!!」
ロタが兵士から、
「貸せ!!」
ザイリの背中に突きつけていた槍を奪い取る。
「悪魔はいつだってそうだ。私の愛した女もだまされ、そして殺された」
「俺様はその女を殺してない!! やめてくれ!! そいつは俺様とは別の悪魔だ!!」
背中に突きつけられた槍が無くなくなると、振り返るザイリ。ロタと対面する。
ポロポロ
ザイリは泣いていた。感情の波が、ザイリに大粒の涙を流させていた。ザイリはもうなりふりかまっていられない。死は、誰よりも強く生きたいというザイリのプライドを、脱ぎ捨てさせる。
「悪魔が泣くとは、見苦しいぞ」
ザイリの眉間に槍を突きつけ、ロタの手に力が入る。ザイリは後ろへ後退せざるを得ない。
ズ…… ズ……
飛び込み台の端っこまで来ると、下を確認するザイリ。
コポコポ
マグマが今にもザイリを飲み込もうとしている。マグマの放射熱で、体が焦げる匂いがする。
「やめろ!! 許してくれ!!」
「ふん。猿芝居もいいところだ。悪魔に聞く耳は持たん」
グイ
槍にさらに力を入れるロタ。
ズル
立つところがもう無いザイリは、足を踏み外し、マグマへと落下していく。
(もし、生まれ変わることが出来るのならば、あの女のそばに……)
目を閉じ、死を受け入れようとするザイリに、
「ザイリイイイイイイイイ!!」
麦の声が聞こえる。
(あの女の声が聞こえる。これが、死に際で見る走馬灯というヤツなのか)
「ザイリ!! 手を伸ばして!!」
「手なんて伸ばせるか!! こっちは鎖で手が塞がれているんだ!! あれ? やけにリアルに聞こえるな」
目を開けると、麦が一緒にマグマに落下している。
「バカヤロウ!! なんで来たんだ。死ぬぞ!!」
「合体するわよ!! だから手を伸ばして」
「鎖に巻かれてるんだよ!!」
ググググ……
ザイリに巻かれた鎖はびくともしない。麦は、精一杯手を伸ばすが、ザイリにあと少しで届かない。
「もう少しで届くのに!! あんた悪魔界最強なんでしょ!? そんな鎖引きちぎりなさいよ!!」
「このクソアマが!! 無理難題言いやがってえええ!!」
ググググ……
全身に力を入れるザイリ。
「あれ? 泣いてるの? ザイリが泣いてる!! へー、そんな顔で泣くんだ」
「泣いてなんかない!! 黙れええええ!! うぉおおおおおおおおお!!」
バキイイイン!!
鎖が外れ、満面の笑みでザイリが麦に手を伸ばす。
「おい!! 女!!」
「ザイリ!!」
二人の手が触れ合うと、温かな光が二人を優しく包み込む。
崖の上では、ロタが兵士に詰め寄る。
「なぜあの人間がここにいる!!」
「すみません!! 警戒をおこたっていました」
バサ バサ バサ
崖の下から、ザイリと麦が合体して飛んでくる。
「な、なんなんだ!! その翼は!?」
ザイリと麦の合体した姿を見たロタはビックリしている。麦の体から、白い大きな羽が生え飛んでいる。その羽は悪魔の羽とは違う。悪魔の羽はコウモリのような羽をしているが、麦の体から生える羽は、天使そのものだ。
「なぜ天使の羽が? 捕らえろ!! 行け!!」
ロタの命令で、4人の天使兵が飛び立ち、ザイリと合体した麦を襲うも、
ガキン ガキン バコン ドゴォン
すぐに返り討ちにあい、気を失い地面へと落ちていく天使兵達。ロタの元へと降り立つ白い翼を持つ麦。
「ザイリと合体してわかった。ザイリの取り調べ映像は、捏造したものだったんですね。ザイリにそのような記憶は無い。なぜ捏造したんですか?」
「うっ…… そ、それはだな。悪魔は滅せねばならないんだ。人間の憎悪より生まれし悪魔を滅して何が悪い!! 断罪の崖で、痛み無く滅したあげようと思ったのに。私が直々に手を下すしかないようだ。神の裁きを受けよ!!」
ロタが、手を上げると、
バチイイイン
稲妻がロタに降り注ぎ、体を包み込む。
(ヤバイぞ!! 神を敵にして勝てるはずが無い)
麦の中に溶け込んだザイリが、心の中で麦に語りかける。
(ザイリは、最強の悪魔なんでしょ?)
(悪魔と神では、強さの次元が違い過ぎる)
「覚悟しろ!!」
「ちょっと待って!!」
ロタが、手を下ろし、あわれみの目で見つめる。
「私が手を下せば、一瞬で消し飛んでしまうからな。最後にこの世とお別れのあいさつの時間を少しあげよう」
(どうした?)
心の中でザイリが麦に語りかける。
(リーグという悪魔からもらった薬があるの)
(リーグだと!? リーグと会ったのか? ヤツは俺様を裏切った)
(リーグは、あなたに悪いことをしたと反省してたわ。あの時は、そうするしか無かったと。ザイリと合体したら、薬を飲んで欲しいと言われた)
(くっ…… それを信じろってのか? 俺様は、裏切られた相手を信じろというのか!?)
(私は信じる)
(くそっ!! 勝手にしろ!! おまえが信じるなら任せる)
ポケットから臭い薬を取り出すと、
「くっさー」
鼻をつまみ、覚悟を決めて、
ポイ
口に放り込む。
ピカアアアアア
麦とザイリが合体した体からまばゆい光があふれてくる。眩しい光が全身を包み込み。光が二つに別れる。光が止むと、麦とザイリは二人に戻っていた。
「合体が解けたの? ザイリ!? あなたザイリなの?」
(女が目の前にいる。合体が解けたのか? その顔を近くで見たかったんだ。しばらく見ない間に、小さくなったな)
ビックリした顔でザイリを見つめる麦。麦の体は、人間の姿へと戻った。
(なんだよそのビックリした顔。そうか、元の体に戻ったから、背も高くなったし、見慣れなくてビックリしてるんだな)
「元の体に戻ったぞ!! リーグは裏切者だと思ってたが、そうでは無かったみたいだ。そんなにビックリするなよ。元の体は、かっこよすぎるだろ。この鍛えた鋼のボディ!!」
「ううん。元に戻ってないよ。その体……」
「うん? えっ!?」
透き通るような白い肌、サラサラな金に輝く髪、背中には白い大きな翼。ザイリは、天使に生まれ変わっていた。
「な、な、な、なにをしたんだ!! 悪魔が天使に!?」
ザイリを見て、慌てふためくロタ。
「なんの薬だったんだ? 俺様の体が天使みたいになってるぞ……」
「天使みたいじゃなくて、天使だよ。ザイリかっこいいじゃん」
「おいおいおいおい。待ってくれ!! どうしてくれんだよリーグのバカ野郎!! なんで、元の俺様に戻んないんだよ!!」
ロタは、天使になったザイリを見つめ思考をめぐらせる。
「……」
(どういうことだ。悪魔が天使になるなんて前代未聞だ。どうすれば良い…… このまま生かしておけば、悪魔の取り調べ映像を偽造したことが、神々にバレる。それはまずい。少し予定が狂ったが、このまま滅すれば丸く収まる)
手に力を込めるロタ。
キイイイイイイン
手のひらの中には小さく激しい嵐が渦巻く。
(迷う必要は無い。元は悪魔なのだ。見た目が変わっただけだ)
ロタが、手を振りかざそうとしたそのとき、
バチイイイイン!!
「うわあ」
「きゃあ」
「なんだ?」
空から、稲妻が落ちてくる。
「そこまでじゃ!!」
稲妻に見えたのは、神ゼウスが光の速度で現れたからだった。
「神ロタよ!! 映像を偽造したな!!」
「ゼウスよ。私の話を聞いてくれ」
「言い訳は聞かぬ。ロタは目を離すと何をするかわからん。過去の失敗で、人間の戦争を誘発してしまったことを忘れたか。失敗を何の糧にも出来とらん。だから、女に悪魔を取られたんじゃ」
「う……」
ゼウスにひれ伏す神ロタ。
「ところで、これはどういうことだ? 悪魔が天使に姿を変えておるようだが」
そこへ、ゼウスとは一足遅れて、
バサ
空から降り立つミカエル。ミカエルが、神ゼウスを説得し連れてきたのだった。
「神よ。もう一度ザイリの審議をお願いしたい」
「うむ。そうであるな。大人しくしていれば、もう一度だけ、審議しよう」
天使に変わったザイリが、
「お願いしたい。俺様は罪を償いたい」
ゼウスに深々と頭を下げる。
(あれ? 頭を下げている天使は誰ですか? 見たことのない天使ですね。ザイリはどこに行ったんでしょう。まさか…… もう断罪の崖に落とされて……)
キョロキョロ
必死で当たりを見回すミカエル。
「ミカエルさん。ちょっと」
麦に服を引っ張られ、耳打ちされるミカエル。
「あれはザイリです」
「どこですか? いませんけど」
「だから、神様の前にいる天使です」
「えええええええええええ!! 剛腕のザイリが天使に!?」
我を忘れて、叫ぶミカエル。
「神よ。申し訳ございません。大きな声を出してしまって」
「いやいや。わしもビックリしておるところじゃ。麦さん。あなたはもう人間界に返す。これ以上ここにいてはダメだ。人間のあなたには住む世界が違いすぎる。天界でのことは、徐々に記憶から忘れ去られるだろう。ザイリのことは私に任せなさい」
神ゼウスが両腕を開くと、
パン
麦の顔の目の前で両手を叩く。
気が付くと麦は、人間界に帰ってきていた。そして、月日が流れ天界から帰ってきて1年。あれから悪魔も天使も見ていない。徐々に記憶から天界での出来事、ザイリとの日々は消えていった。
「ごめんなさい」
麦は校舎裏に、クラスメートの加藤圭介に呼び出されていた。
「そっか。でもあきらめないよ。俺を好きにさせてやるからな」
圭介から3回目の告白を受けた。
「圭介くんには悪いんだけど、忘れられない人がいるの。私の心はその人でいっぱいで」
「誰だよ?」
「真っ白な羽が生えた天使」
「あははははは。やっぱり、おもしろいヤツだな。次の授業、理科室だから遅刻しないようにな。先行ってるぞ」
「うん」
圭介が足早に去っていく。
「ひゅー!! やけるねぇ!!」
「誰!?」
木の上から人の声がする。大きな枝の上に寝転がっている学生服を来た男。
「授業サボって寝ようと思ってたのによ。目が冷めちまったぜ」
ストン
木の上から軽やかに男が降りてくる。
「なんだよ。俺様の顔になにかついてるか?」
「あの……」
ドキドキドキドキ
麦の胸の鼓動が高鳴る。
「ザイリ?」
「はぁ!? おい女!! なんで俺様の名前知ってるんだ? 今日、この町に引っ越して来たばかりだぞ」
「へへへへ。ゲームで勝負して勝てたら教えたあげる」
「おまえゲームやるのか!? 良いだろう、勝負だ!! ゲームで俺様に勝てるヤツはいねぇ!!」
二人の上空では、ミカエルが背中の大きな白い羽を羽ばたかせ、二人を見守っていた。
「願いが叶いましたね」
終わり
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
この作品を読んでどう思ったでしょうか? 本文下にある。☆☆☆☆☆で評価。そして、一言だけでも良いので、感想お待ちしています。つまらなかったらハッキリとつまらないとお書きください。
この作品がおもしろければ、以前書いた作品も読んでみてください。次の作品も構想中です。まだまだひよっこの僕の作品を、最後まで読んでいただき、まことにまことにありがとうございました。
『やみの ひかり』でした。次回作も読んでもらえるよう頑張ります!!