ペットではないです
妹に呪いでウサギにされたわたしが、王宮の庭園で苺を盗み食いしていたところ、婚約者の王子に捕獲された。その翌日。
未だウサギ姿のわたしは、王宮の執務室で仕事をこなす、シオン殿下の膝の上にいた。ちなみに昨日は抱きしめられたまま逃げ出せず、結局朝まであのままだった。
外から扉を叩く音が室内に響く。
叩扉の後に入ってきたのは、濃い茶色の髪色に眼鏡をかけたシオン殿下の側近、ロレンス。彼は書類の束を机に置くと、殿下の膝の上にいるわたしを見て目を丸くした。
「シオン殿下、それは何ですか……?」
「見て分からないのか?ウサギだ」
「いえ、それは分かりますが……。シオン殿下は何故、ウサギを伴われておられるのですか?」
問われてシオン殿下は膝の上のわたしの頭を撫でる。
「昨日庭園で拾った。それから一向に僕と離れたがらないんだ」
ご自分が強制的に執務室へとわたしを持ってきたくせによく言うわ! と心中で独りごちた。
殿下への相槌に困ったロレンスは、一言「そうですか」と取り敢えず納得して見せ、本題を切り出した。
「今日の会議での資料を纏めておきました」
「そうだな、会議か……。流石に会議の場には、連れてはいけないな」
シオン殿下はしなやかな指で、私の毛並みを優しく撫でながら呟く。そんな殿下にロレンスは苦笑した。
「流石にペット同伴は了承致しかねます……」
(ペット!!?誰がペットよ!)
つい立派な前歯を剥き出しにして、威嚇したくなった。
「仕方がない、会議の間は部屋で留守番をしてもらうか」
「はい。そうして頂けますと助かります」
一旦わたしを抱えて自室へと戻ったシオン殿下は、長椅子の上に私を下ろした。そして屈んで私と目線を合わせてから、口を開く。
殿下の紫水晶の瞳がわたしを見つめてくる。
「会議が終わるまで、部屋で待っているように。部屋から出なければ、自由にしてていいから」
(本物のウサギは人間の言葉が分かる訳ないのに、律儀にきちんと言葉で伝えてくれるなんて……わたしだから理解出来るものの)
やはりシオン殿下は、ウサギのわたしをかなり気に入っているようだ。もし、わたしが元の人間の姿に戻って、ウサギがいなくなってしまったら……。彼はとても悲しむかもしれない。
そしてシオン殿下は立ち上がると、静かに告げた。
「絶対に逃げるなよ?」
「!?」
剣呑に輝く殿下の瞳に見下ろされ、悪寒が走った。