捕獲
抱きかかえられたウサギ姿のわたしは、シオン殿下の腕の中にすっぽりと収まり、そのまま私室へと持ち帰られてしまった。
そして抱っこされながら運ばれている最中にふと思い至る。それは、ウサギとは思えない驚きの行動と動きで、シオン殿下にわたしが本当は人間だと気付いてもらうという作戦。
しかしそれをするには、懸念点もある。
シオン殿下は婚約者であるわたしを、恋愛的に好きという訳ではない。わたし達は完全な政略結婚なのだから。
もしこのウサギがわたし、リディアだと気付いたたして実はシオン殿下には、他に思いを寄せている令嬢がいる場合を想定してみた。
その場合、わたしはウサギとして闇に葬られてしまうかもしれない、という物騒な想像が頭をよぎり震えそうになる。
幼馴染でもあるわたしに、流石にそこまでするとは思えないが、妹に呪われたての身体である。今は疑心暗鬼に陥っていても仕方がないのだ。
思い悩んでいるうちに、私室へと辿り着いた。
シオン殿下の私室は広く、一見シンプルだけど最高級の調度品が、適度に飾られていた。
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そうして晩餐の時間になると、わたしに用意されたご飯はペット用の皿とかではなく、人間用の食器に乗せて運ばれて来た。
それも王室御用達ブランドの磁器で、飲み水はブルーホワイトの美しい、高級ティーカップに入れられている。カップと同じ絵付けをされた揃いの皿には、レタスやニンジン、ルッコラ、ラディッシュ、アスパラなど。
新鮮で美味しそうな、とりどりの野菜が盛り付けられており、自分の待遇の良さに驚いてしまった。
(これが、王室で飼われるペットの待遇……!って、断じてわたしはペットではないけれど!)
テーブルの上には自分の食事と、シオン殿下の食事が並べられている。
「どれを食べる?」
問うてくると、シオン殿下は膝の上に乗せていたわたしを、皿付近のテーブルの上に置いた。
わたしは鼻先でラディッシュを指して、意思表示する。
するとシオン殿下は、ラディッシュを手で摘み、わたしの口先へとそれを持ってきた。
手ずから食べるのは癪だけど、仕方がないわね。しょうがないから食べてあげるわ──などと思った次の瞬間。
「僕の手ずから食べるといい」
「……」
イラっ。
きっと人間の姿だったら、露骨に顔を引きつらせていたことだろう。逆にウサギでよかった。
わたしはポリポリパリパリと音を響かせて、ラディッシュを咀嚼していく。
「美味しいか、よしよし」
そんなわたしを見て、シオン殿下は優しく微笑んだ。ウサギ相手にこんな顔をするなんて、意外だ。それに、わたしに食べさせる事を優先して、まだ自分は食事に手をつけていない。
(動物を慈しむ心くらいは、持ち合わせていたのね……動物を可愛がっているところなんて、今まで見たことがなかったけれど)
就寝時間となり、湯浴みを終えたシオン殿下に再び抱きかかえられる。
そして、ウサギの長い耳を以てしても、疑ってしまうような一言を彼は発した。
「朝、僕が目を覚ますまで側にいろ」
(えっ!?それって……まだ結婚もしていないのに同じベッドで眠れというの!?婚約者だからって、いけないわっ!はーなーしーてー!)
ジダバタと必死で暴れてみるも、離してもらえず、無駄な抵抗となってしまった。観念する他ないかも……。
そうして抵抗むなしく、わたしを抱っこしたまま彼は寝台に上がり、布団に入る。
(そうよ、シオン殿下が寝てしまってから、こっそり抜け出せばいいのだし。それにしても、ウサギになって抱っこされて思ったけれど、殿下ったらいい匂いがするわね……)
「僕が寝ている間に、絶対にいなくなるなよ?」
抱きしめられたまま囁かれるから、殿下の吐息がわたしの体をくすぐった。
(え、寂しがり屋……?)