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ポエムチャンス

 朝になり、起床してからわたしは一旦、殿下の魔法によって人間の姿へと戻して貰った。


 昨日と同じくシオン殿下と二人きりで朝食を取ると、食後は再び魔法を掛けて貰い、わたしはウサギの姿となった。

 本日のウサギ生活の始まりである。



「じゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃいませ」


 お見送りをするため、シオン殿下に駆け寄って彼を見上げる。

 すると彼が踵を返したと同時に、小さく折り畳まれた一枚の羊皮紙が、くるくると舞いながら落ちてきた。


 何か落ちましたけど、と言葉を発しかけてわたしは口を噤む。


 ──もしかしてこれは、ポエムだったりする? まさかのポエムチャンス!!


 ここに来てポエムチャンス到来などと思わなかった。しかし……。


(いえ、もしかしたら国家機密の重要な書類かもしれないわ)


 そう思った瞬間「大切な書類だったらこんなに折り畳んで、折れ目を付けないわよね」と考えを打ち消した。


 意を決して、前足で紙を開いてみる。

 そこには……。



『リディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディアリディア』


 用紙一面に書かれた「リディア」の文字に狼狽し、わたしは尻餅をつきながら腰を抜かしてしまった。


(ぎゃああああ何事〜!?)


 何これ新手の呪い!? この展開は全く予想してなかった……。

 がくがくと震えながら言葉を失っていると、わたしの様子に気付いた殿下が屈んで膝を付く。



「あぁ、しまった」


 涼しげな表情で紙を拾い上げ、懐に仕舞うシオン殿下。仕舞うな。

 彼はわたしに視線を向けると、一言問うてくる。


「見た?」

「見てないです」

「本当?」

「断じて見てないです!」


 狼狽するわたしに、彼はにこりと微笑んだ。



(何で平静でいられるの!?)


「仕事の息抜きに、こうやってリディアの名前を紙にひたすら書き続けることがあるんだ」


 弱みを握る為にポエムを探し求めていた筈なのに、実際はシオン殿下が書き殴った紙切れ一枚で、わたしの方がダメージを負っているって何事!?

 シオン殿下本人に至っては微塵も精神を負傷している様子もないし。


 なんつう息抜きの仕方してんのよ!


「禁断症状? みたいな」

「……」



 監禁監禁言われて麻痺してきたのか、慣れてきたのか分からないけれど失念しかけていた。

 やっぱり彼のヤンデレ度合いは強烈ということを。


(禁断症状とか、最早呪いですか……?)



 ◇


 侍女にお世話をして貰いながら、のんびりとウサギとして過ごしていると──

 お茶の時間となった頃に、殿下が私室へと戻って来た。

 テーブルの上の三段トレイには、サンドイッチやスコーン、ケーキといった軽食よりも、ややしっかりとした食事が用意されている。


 先程まで野菜と果物くらいしか、食べられなかった私を考慮してくれてのことだろう。


 用意して貰った食事やケーキを全て食べた私に、殿下は神妙に呟く。



「実は、リディアが再びウサギの姿にされていると、貴族社会のみならず王都中に知れ渡っているらしい」

「まぁ……」


 私が不審な魔法使いの男の手によって、再びウサギの姿にされたのは王宮で開かれた夜会時の庭園。


 出席者に一部始終を見られていてもおかしくはない。



「夜会の騒動以外では、リディアの世話を任せている侍女とか、口の軽くない限られた者しか知られていない筈だけど。誰一人として絶対に口外しないとは限らないからね」

「はい……」

「それにしても広がるのが早すぎるな。ルーブルク公国の者か、あるいは国内の悪意ある貴族の仕業か……」

「……」

「リディア」

「はい」

「協力してほしい」

「協力、ですか?」


 小首を傾げると、一瞬言葉に窮した様子を見せた殿下が唇を開いた。


「王太子の婚約者が二度もウサギの姿に変えられたとあって、不吉の象徴との声も上がっている」

「……」

「魔法も碌に知らない奴らの、荒唐無稽な言い掛かりだ。そこで、明日は立太子して初めての演説があるんだけど協力して欲しい」



 きっと不吉とされているのは私個人にのみ、向けられた言葉に違いない。



「私の名誉のためにシオン様が動いて下さるのですから、協力だなんて……。むしろ私はお礼を言わなくてはいけない立場です」

「リディアを婚約者、妃に望んだのは僕なんだから、立場を守るのは当然だよ」


 彼の真摯な瞳に見つめられ、私は釘付けとなっていた。

 そっと手の甲に重ねられた、殿下の掌が優しくて温かい。

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