晩餐(人間用)
晩餐時になると、ようやく殿下が私室へと戻ってきた。
二人きりということで、給仕が一品一品運んでくるのではなく、既にテーブルの上には出来立ての料理が並んでいる。
わたしを自分の膝の上へと乗せた殿下が、テーブルの上に置かれた料理を見せてくれた。
「リディア、晩餐の時間だよ。美味しそうだね」
「本当どれもこれも、とっても美味しそうですっ」
ウサギの好物である、新鮮なお野菜や果物。
そして……海老のロティ、魚のブレゼ•ソースアルベール、フォアグラを添えた牛フィレ肉など。眼前には見ただけでも分かる、美味しそうな人間のための料理が並んでいた。
「どれもこれも美味しそ……って、わたしはウサギだから野菜と果物以外食べられない!? 酷いっ、わざわざウサギの身体じゃ受け付けない物を並べて見せびらかすなんてっ。恨んでやるっ、食べ物の恨みは怖いんですからね!」
「ちゃんと二人分用意してるじゃないか」
「二人分でも、人間の身体じゃないから食べられないって言ってるんですっ」
わたしは前足でテーブルをモフモフと叩いて抗議した。
「元の姿に戻れば食べられるよね」
「えっ、戻してくれるんですか!?」
「勿論。立太子の儀式で使った魔力や、昨日の戦いで消費した魔力も回復したし。問題ないよ」
「う、相変わらず魔力の回復も人一倍お早い……。そうですよね、シオン様はわたしを元の体に戻すことくらい朝飯前ですよね。今は晩餐前だけど。シオン様のことだから、豪華で美味しそうな食事を見せびらかしてほくそ笑んでいるのかと思いましたわ」
「僕はそこまで性格は悪くないし、鬼畜でもないよ。気に入らない相手にならまだしも、リディアに意地悪なんてする訳ないでしょ?」
「……」
気に入らない相手にならするらしい。
「では戻すための……」
「待って下さいっ」
美しいお顔が近づいてきたので、前足で押しやった。
「……なに?」
「元の姿に戻す魔法は……く、口付けなど不用なことくらい知っています」
「そんなことないよ、こうしないと魔法が解けないんだ」
「嘘おっしゃいっ!」
前回は王宮の神殿内にて殿下に、廷臣達の前でウサギの姿から元に戻して貰った。
口付ける直前に元に戻す魔法を詠唱して──
側から見たら、口付けが魔法を解いたように見えたようだけど、実際に元の姿に戻れたのは、殿下の唱えた魔法詠唱にのみ起因する。
すなわち口付けは、なんら関係がない。
お陰で誤解した人々の吹聴による噂の結果、私達を題材にした舞台でも、ウサギにされた令嬢が王子様の口付けで元の姿に戻る──といった内容となっている。
(よくも糖分過剰でメルヘンチックな話を広めてくれわたね!?)
「早くしないと料理が冷めてしまうよ?」
「くっ!?」
折角の美味しい料理が冷めてしまうのは避けなければいけない。
「分かりました……」
腹を括ったのは決して食い意地などではない。
折角の料理が冷めてしまっては、作ってくれた料理人に申し訳ないもの。
そう内心で呟いた直後、再び殿下の美しいお顔がゆっくりと近づいてきた。
(前回は不意打ちだったけれど、こういう時ってどうするの!? 口付けを交わす時って、取り敢えず目は瞑るのよね!?)
殿下に抱っこされたまま大人しく目を閉じると──お互いの唇が触れそうな程の距離で詠唱が囁かれ、吐息がかかる。
ウサギになる呪いを解いた、あの時の魔法の呪文だ。
閉じた瞼の裏が光を感じ、全身が熱を帯びていく。目を開けると眼前には殿下の顔そして、唇には柔らかな感触。
「!!?」
免疫のないわたしには刺激が強すぎて、頭がどうにかなりそうだった。
顔が沸騰したように熱い……!
そう自覚した瞬時、殿下をベリベリと引き剥がして、自身が元の人間の姿に戻っていることを確認すると、さっさと席に着いた。
「元の姿に戻して下さって、ありがとうございましたシオン様。さあ、お食事が冷めないうちに頂きましょう」
「あれ、口付けの感想は?」
「黙秘致します!」
「次は最初から、人間の姿のままでしよう」
「……」
無言を返したのは早く食事を取りたいからであって、決して照れ隠しなどではない。決して!
こうしてようやく料理を口にすることが出来た。
肉の旨味が口に広がると、震えそうになる程の感動が湧いてくる。
人間の食事は素晴らしいと再確認しながら、堪能した。




