おめかし
うたた寝から目を覚ます。
気付けばいつの間にか部屋へと戻って来た殿下が、わたしを撫でていた。
「ごめん、起こしてしまったかな」
「いえ、お帰りなさいませ」
「リディアを襲った男の取り調べと共に、関与を疑われているルーブルク公女にも、現在事情聴取が行われている」
「ルーブルク……あの公女様、このわたしを騙した挙句、ペットにしようとしてきましたっ」
「それは許せないね、リディアを飼って良いのは僕だけだ」
「……そういう意味ではなく」
じとりと呆れを含んだ視線を送っていると、シオン殿下はくすりと微笑んだ。
「では、リディアが僕を飼ってみる?」
「飼い慣らせません」
「遠慮しなくていいのに」
殿下に背を向け、平静を装ったがわたしの脳内は、絶賛狼狽中となっていた。
(何故その発言をしながら、不敵に微笑んだ挙句に妙な色気を纏っているの……?)
受け取り手の問題かもしれないけれど、最近の殿下はやたらと色気を出して翻弄してくる。
いけないいけない、何で女のわたしの方が敏感に意識しているのよ。
表情が分かり辛いであろう、ウサギで良かった……。
「では、そろそろ寝ようか」
落ちてきた囁きと共に、身体が温もりに包まれる。
殿下は既に湯浴みを済ませて来たようで、シャボンの香りを纏っていていい香り……。
(はっ!逃げられない!?)
「そろそろ解放して頂けると有り難いと言いますか……」
「リディアはウサギの姿と人間の姿では、同衾の意味が違うと言っていたけれど、今はウサギの姿だから気にせず抱きしめて眠れるね」
確かに婚約者と言えど、本来の姿で同衾するのは憚れると私は言った──
(言ったけど、再びウサギになるなんて想定外だったのよ! しくじった!)
「結婚したらこれも日常になるんだから、今のうちに慣れて貰わないとね」
いつかこれが日常に……果たして慣れる日がくるのかしら……?
わたしにとって離宮以来の、寝付くことが困難な長い夜がやって来た。
◇
昨日はシオン殿下の立太子の儀が行われ、夜には王宮で夜会が開かれた。
夜会の最中に、具合の悪そうなルーブルク公国のニネット公女を庭園へ連れ出したら、怪しげな侵入者に私はウサギの姿へと変えられてしまった──という何とも濃くて激しい一日だった。
そのせいか朝になっても起きなかったわたしは、気付けば昼近くまで眠り続けた。
現在、目の前の姿見にはある意味懐かしく感じる下膨れ顔が映っている。
どこからどう見ても、紛れもなくウサギだ。
鏡にウサギの姿を映したわたしを囲む侍女達は、一様に頬を緩ませた。
彼女達はシオン殿下がお帰りになられるまでの間、わたしのお世話をしてくれている。
侍女達の眼差しは、間違いなくウサギのわたしを愛でていた。
「リディア様、本日のお召し物はいかが致しましょうか?」
一人の侍女が、何種類かのリボンを順に見せてくれた。毛並みの色と合わせやすい様に、身体の横に持ってきてくれるから、コーディネートもしやすい。
「こちらの青色のリボンなどいかがでしょうか?ピンクも可愛らしいですわ」
「青にしようかしら」
青の生地に、銀のラインが入ったリボンをわたしは選んだ。
前足を伸ばし、顎を軽く上げて座る自分の姿は令嬢然としている。だがウサギだ。
やたら姿勢が良い、偉そうなウサギだ。
「耳に付けるのも可愛らしいと思うのですが、耳はお嫌ですよね?」
「そうね、首にしてくれるかしら?」
「畏まりました」
気位の高そうなウサギが、リボンで可愛らしく飾られ、侍女達は更に頬を緩ませる。
「お可愛らしいですわ」
「本当に!」
「麦わらのお帽子とかも似合うと思いますっ」
侍女は口々に声を弾ませる。その中の一人が、高密度のブラシを取り出した。
「では、まずはブラッシングをさせて頂きますね」
「よろしくてよ」
「失礼致します」
侍女達に世話をされながら、穏やかに午前中が過ぎて行った。