ウサ再び
ニネット公女が、黒ずくめの男と共犯である可能性が高いことに気付き、わたしは頭を打たれたような衝撃が走った。
硬直するわたしに向けて、男は問い掛ける。
「リディア様は以前、動物に姿を変えられてしまったことがおありだとか」
「だったら何だと言うの」
出来るだけ毅然な態度を崩さないよう、にべもなく発してからわたしは咄嗟に踵を返した。
駆け出そうとするも背後から詠唱が聞こえる。
早く逃げなきゃ──そう心中で呟いた瞬間、わたしの身体が光に包まれ、全身が熱くなる。
「いえ、せめて前と同じお姿なら不憫さも半減するかと思いまして」
(え……ま、まさか……)
「そう、ウサギの姿なら」
衝撃に思わず目を瞑ってしまったが、再び瞼を開けると──くつくつと笑う男の声を背後に受けながら、わたしの視界はあからさまに低くなっていた。
目に映る王宮も草花も全てが巨大で、先程までと比べて別世界に迷い込んだみたいだ。
現実を直視するのは勇気がいる。
しかしそう言っていられる場合ではなく、恐る恐る自身の手を確認した。
モフモフだ、モフモフの前足だ。
(ウサ再びーーー!?)
「やはりウサギの姿は落ち着きますかな?」
(落ち着く訳ないでしょ!ふざけないでよ!)
罵声を浴びせてやりたいのは山々だけど、声が出ない。ウサギだから。悔しい!
「では、このウサギは何処かにやってしまいましょう……」
不味いわ……。
黒ずくめの男はわたしを捕獲して、何処かに捨てようと目論んでいるようだ。そんな彼にニネット公女が慌てて提案をする。
「待って、わたくし以前よりウサギを飼ってみたいと思っていましたの!こんなに可愛らしいウサギなら、連れて帰ってペットにしたいですっ」
(何ですってー!?……って、やっぱりこの公女様は共犯じゃない!大人しいフリして人を騙すなんて、腹立つわね!あまつさえ、このわたしをペットにしようだなんて、良い度胸してるじゃない!)
この事態をどう切り抜けるべきか、思案しながらもジリジリと後退しつつ、怒りが抑えられないでいた。
その時──
「リディアっ!」
聞き慣れた声に呼び掛けられた途端、わたしは一目散に彼の元へと駈け出した。
背を向けて無防備に走るわたしに魔法が放たれる気配がする──
背後からの攻撃がわたしに届くより早く、シオン殿下が瞬時に起こした風の魔法が相殺した。
黒ずくめの男は躍起になったように再度魔法を繰り出すも、全て殿下によって阻まれる。
器用に魔法防壁で相手の攻撃を塞ぎながら、シオン殿下はわたしを抱き止めた。
(シオン様!)
「リディア、怪我はない?無事で良かった……」
全身で彼の胸に飛び込んだウサギ姿のわたしを、シオン殿下は抱き上げる。胸にしがみ付くわたしを安心させるように、彼の手が優しく撫でてくれた。
どんな姿に変えられようと、きっと彼ならわたしだと気付いてくれるし、どこに居ようときっと探し出して見つけてくれる。そう信じているし確信している。
だからもう大丈夫。それに、彼の腕の中がこんなにも安心するなんて──この状況下でシオン殿下への信頼と想いを、改めて強く自覚していた。
安心したのも束の間、後ろから男の忌々しげな舌打ちが聞こえたと同時に、わたしの中に憤怒の炎が湧き上がった。
「何するのよこのクソ魔法使い!!アンタなんかとっとと無様に摘み出されなさいよ!」
そこまで罵声を浴びせてわたしはハッとしながら前足で口を覆い、疑問を溢す。
「あら、わたしったら喋れてる??」
「不便かと思って、話せるようにしておいた」
「流石仕事が早くて器用ですねシオン様……。とにかく衛兵はこの無礼な不審者を摘み出しなさい! 衛兵ー!」
殿下の腕の中という安全域にいるのを幸いに、ここならどれだけ煽り散らかしても大丈夫な気がして、大声で衛兵を呼び掛けてやった。
それに相手が魔法使いと言えど、ここは王宮敷地内。まんまと敵陣に飛び込んできたようなものである。
特に今夜は多くの王侯貴族が集まっているとあって、衛兵も多く配置されている。
逆に忍び込むのも難しい筈だが、公国の手引きがあったとは──
「り、リディア様、キャラがお代わりになられて……」
怯えながらこちらを見るニネット公女だが、元はと言えば、この公女様に庭園へとおびき出された結果の惨状である。
公女をキツく睨むと、彼女は「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。
「よくもこのわたしを馬鹿にしてくれたわね、またウサギの姿にするなんて」
「ひぃぃっ!?」
わたしの怒りに加害者である筈のニネット公女が震え上がる。
被害者は私の筈なのに、こっちが虐めてるみたいになってるじゃない!?
しかも現在のわたしはシオン殿下に抱っこされているウサギだ。仕返ししてやりたくても哺乳類の中でも最弱に等しいウサギなのに、そこまで怯えるなんて……。




