王都
馬車が王都に差し掛かると、出かける前より町は一層活気づいていた。
至る箇所に色取りどりの花が飾られ、町は華やぎ、人々はシオン殿下の立太子を心から喜び合って祝福している。
ようやく公爵家の屋敷に帰宅すると、お父様が出迎えてくれた。
やはり公爵家の自分の部屋は落ち着く。
なんたって寝台を一人で使うことが出来、隣を気にしなくて構わないから。
寝返りだって打ち放題だし、寝言もいい放題……言わないけれど。そんなことを考えつつ、長時間揺られ続けた身体を休めるべく寝台に横になった。
久々の自分の部屋の寝台はやっぱり落ち着く、なのに──
(寝やすさは段違いの筈なのに、昨日までに比べて、そこはかとなく寂しいような……)
先程まで貸してもらっていた、肩の温もりを恋しく思っている自分に気付いてしまった。
休暇中の間当たり前にあった存在がいなくなると、やはり寂しい。
同じ布団にシオン殿下がいないことをそんな風に思うようになるなんて、自分の感情に戸惑っていた。
◇
トゥールーズの離宮から帰宅して一週間が経過した。
本日はいよいよシオン殿下が王太子となるべく、立太子の儀が執り行われる日。
午前中に立太子の儀が滞りなく終わり、晴れて王太子となったシオン殿下を祝うため、国内外問わず貴族達が訪れている。
月明かりが王都を照らし出す頃、貴族達を招待して夜会が開かれた。
大広間は国内の貴族、そして異国の情緒を纏った客人など各国の出席者で賑わいを見せている。
わたしは普段下ろている髪を結い上げ、胸元から裾にかけて、薄水から徐々に濃紺へとグラデーションが掛かったドレスを身に纏う。
レースをふんだんに使い、華やかでありながら派手になりすぎない物を選んだ。
やはりこういった寒色系のドレスわたしは落ち着く。
首元や耳元を彩る銀細工の飾りには、サファイヤがあしらわれている。
廷臣が入場する来賓客の名前を読み上げていき、他国の名が読み上げられる度に会場内は色めき立とっていた。
「王太子シオン殿下、エヴァンス公爵令嬢リディア殿ご入室」
高らかな声が上がると私はシオン殿下に手を引かれ、大広間の中心へと向かった。
シャンデリアの煌めきの下、人々の視線に迎えられるのは流石に少し緊張する。でも程よい緊張感だ。
時折り掛けられる挨拶に「ご機嫌よう」と微笑みを返しながら歩みを進めていく。
わたし達が中央まで進むと一旦音楽が止んだ。
まずはシオン殿下と、その婚約者であるわたしがファーストダンスを務めることになっている。
会場が静まり返り、頃合いを見て舞踏曲が奏でられる。
互いに手を取り合って、殿下のリードの元ファーストダンスが始まった。
楽の音に乗って移動しながらくるくると回転して、会場のどの角度からでもわたし達のダンスが見て楽しめるステップが組み込まれている。
品定めの視線を向けている者もいるようだけど、周りと当たらないように気にせず踊れる、その部分だけは利点と言えた。
曲の途中、殿下が軽やかにわたしの体を持ち上げると、人々から歓声が上がった。
殿下のしなやかで軸のあるダンスは安心して身を任せることが出来る。
だからこそ、私も物怖じせずに踊ることが出来た。今までもこの瞬間も。
拍手喝采の中、一曲目が終わると続いて軽快な曲調へと変わった。
二曲目からは来賓客を交えての舞踏会が始まる。
私達のダンスを見ていた多くの貴族達がダンスに参加するため、それぞれのパートナーと会場の真ん中へと集まった。
一仕事終えたとばかりに、わたしは密かに安堵の溜息を吐いた。
続けてこの曲も、シオン殿下のダンスの相手はわたしが務めさせて頂く。
同じパートナーと、二曲続けて踊るのは恋人や配偶者のみ。
すなわちシオン殿下と二曲踊れるのは婚約者である私だけに与えられた特権。
「ファーストダンスも余裕そうだったね」
ステップを踏みながら、殿下が囁いた。
「シオン様こそ」
「そう見える?」
「はい、いつも余裕そうで可愛げがないくらい。でも、お陰で安心して踊ることが出来ました。あがり症のパートナーだと、こちらまで心配になりますから」
「確かにね、僕も信頼出来るリディアだから安心していられるよ」
思わず私達は微笑みあう。
二曲目が終わり、わたしは大広間の中心であるダンスフロアから遠ざかった。




